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葬送哀歌は夜明けとともに  作者: 月乃はな
第二幕「君に別れを告げる刻」
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Episode21「霊を祓う者」②

「確認した悪霊二人、無事葬送できました」

『了解した。帰路も気を抜かずに戻ってこい』

「はい。……よし。報告も終わったしそろそろ帰ろうか、クロト」

「うん。お疲れさま」


 午後九時、突如管轄地域に現れた悪霊を送り終えた僕は覡への報告を終え、クロトと共に事務所へ戻るために歩き始める。場所は谷中にある巨大な霊園。ここからなら日暮里まで歩いて電車に乗れば、終電にも余裕を持って帰ることができるだろう。

 僕とクロトは横に並んで、人気のない霊園の道を歩き始める。冥界に下ってはや数週間、新しい戦い方を学んだ僕はクロトと二人で危険度C以上の悪霊の葬送を任されるようになった。ルカと覡も他の仕事ができる上、僕も自分の力を悪霊相手に試すことができるから一石二鳥だ。この調子なら、危険度Bの悪霊とも戦えるようになるかもしれない。


「ねえ、わたし何か食べたいな」

「そうだね、夕食のご飯が残っていたらおにぎりでも作らせてもらおうか」

「やった。おかかとツナマヨがいい!」

「鰹節は棚にあったような……ツナ缶あったっけ」


 電車に乗ったらメッセージアプリでルカに聞いてみよう、そんな風に考えながら、僕たちはまだ少し長い帰路を歩く。夜の霊園は薄暗く、ぼんやりと墓石を照らす月明かりだけが地面を照らしていた。

 思えば、随分と暗い場所にも慣れたような気がする。漂っている善霊を見ても驚くことはなくなったし、夜一人で歩いていても警戒こそすれ恐怖を覚えることはなくなった。なにより冥界の空に比べれば、まだ顕界の空は明るい方だ。よく見れば都会の空にも星が瞬いていて、たまに人工衛星が横切っている。夜という死神の世界になれ始めたことは喜ばしいことではあるけれど、それと同時に少しだけ心がきりきりと痛む感覚がした。


「深月お兄ちゃん」


 薄暗い夜の空を見上げていると、ふとクロトが袖を引いてくる。僕は「どうしたの」と足を止めて、そしてクロトが指さす方を見た。そして、僕も思わず動揺する。


「……人?」


 そこには、一人の女性が立っていた。身の丈はそこまで高くはない。恐らく百五十センチ代半ばというところで、体格も筋肉こそあれとても華奢な普通の女性だ。ひときわ目を引くのは腰程まで伸ばされたストレートの白い髪。天使と見紛うほどの白い肌は、夏の日差しを知らないようだ。

 ここが例えば渋谷のスクランブル交差点であったなら、ただ「目立つ髪色の女性がいるなあ」くらいで終わっただろう。けれど、ここは夜の霊園である。一人でぼうっと立ち呆けている様子は決して肝試しをしにきたようには見えなかった。


――まさか。


 嫌な予感がふと頭を過る。夜、女性一人でこんなところにいるなんて普通ではない。僕は慌てて女性に近づいて声をかけようとして、自分が今特製のスーツを羽織っていることを思い出した。

 脱がないと相手に見えない――僕はスーツを脱ごうと袖を抜こうとする。

 しかし。

 女性は僕がスーツを脱ぐ前に、僕たちのいる方に向かって振り返った。


「……あの」


 僕は驚きで固まってしまった。その顔が綺麗だったからとか、突然振り返ってきてビックリしたからとか、そんなくだらない理由ではない。

彼女の黒い双眸が、他ならぬ僕のことを射貫いていたからである。


「黒い衣服。夜に行動する、人ならざる存在」


 女性は僕とクロトを見つめながら、何かを思案するように言葉を続ける。女性の方も驚いているようだったが、彼女の表情は冬の風よりも冷ややかで、夜の霊園にいる僕たちに向けられた。


「なるほど。あなたがたが死神ですわね」


 二の句を告げる暇も無く、女性は僕たちに冷淡な言葉を投げつけた。








「……でも、昨日の人とは印象が違うんだよな」


 目の前に座る白鳥天音(しらとりあまね)という女性は、先程数秒放しただけでも朗らかで、その笑顔も嘘偽りなく明るかった。昨晩出会ったあの女性を月とするなら、白鳥は間違いなく太陽だ。だが、髪の長さも後ろ姿も、そして印象的な髪の色も、笑顔や第一印象以外のすべてが昨日の女性と一致している。


「なんだよ、前にあったことあったのか」


 ぼそぼそと呟く僕に、翔は「不思議な奴だけど悪い奴じゃないんだよな」と頷いている。翔が言うのなら、きっと「白鳥天音」はそういう人なのだろう。口調や髪色はそこらの大学生と比べてすこしばかり浮いているところはあるけれど、翔と話していたときの話題は学生ならではのものだった。そんな彼女が「死神」について知っているようにはとても思えない。きっと聞き間違いか人違いだろう。

 けれど、死神としての僕が、冷静に彼女に対して警報を鳴らしている。

 この女性はきっとただ者ではない、と。





 白鳥天音と出会って一週間、十月になり少しずつ構内の景色も秋めいてきたころ。


「まだ少し暑いですが、夜は少し冷えてきましたわね。深月さま」

「う、うん」


 僕は、なぜか白鳥天音に呼び出されていた。

 場所は旧校舎の五階。新校舎から離れているのもあり、使う学生が殆どいない教室が並ぶ校舎の屋上庭園だった。白鳥は翔伝いに僕の連絡先を聞いてきて、そしてわざわざメッセージアプリでご丁寧に僕だけをよびだしたのだ。翔は今頃、居酒屋のアルバイトとして開店準備を行っている。


「なぜ呼び出されたのかおわかりですわよね」


 白鳥は翔の前での明るさを忘れたように、僕のことを追い詰めるかのような口調で僕に質問を投げかける。

 どうやら、やはり彼女はただ者ではなかったらしい。


「……一週間前の夜のこと?」


 恐る恐る答えれば、白鳥は「ええ」と頷いた。ということは、谷中霊園で出会ったあの女性は間違いなく白鳥天音だったということだ。


「なんであんな所に、なんていう質問はお互い様だよね」

「そうですわね。お互い事情があってあそこにいた。だからとっても驚きましたのよ」


 ふ、と白鳥が笑みを深める。その笑顔と双眸は僕のことを知っている、とでも言いたげで、僕の背中には久しく感じていなかった寒気が走った。


「まさか夜闇に隠れる死神が昼間は大学に通っているなんて」


 それは、まるで犯人を見つけた探偵のような口ぶりだった。何も悪いことをしていないのに、何故か僕が悪いような気さえしてくる。震える口を必死に開いて、僕は絞り出すように彼女に訊ねた。


「……君は何者なんだ」


 死神のことを知っている人が普通であるはずがない。他の支部の死神か、それとも人間の肉体を奪った悪霊か。僕はいつでも大剣を作れるように身構えて、白鳥のことをじっと見つめた。

 白鳥はといえば、僕の動揺とは真逆で酷く落ち着いた様子で僕のことを見据えている。その目つきは品定めをしているかのようだった。

 その白い髪を見て思い出したのは、「聖譚」や「狂想」といった東ユーラシアを混沌に陥れようとした「暁の楽団」の衣服。けれど、彼女の目を見ていると、今まで出会ってきた人たちとは異なる何かを感じた。

 白鳥の黒い双眸には、僕たち――死神に対する嫌悪と敵意が滲んでいる。同族嫌悪とか、そういう類のものではない。どちらかというと、「悪霊」が「人間」に向けるようなものだ。種族が違うからこそ向けられる、純粋な敵意と殺意。彼女はそんな感情を目に宿しながら、ふ、と柔らかく微笑んだ。翔に向けるものとは違う、無知な敵への嘲笑を。


「私は祓魔師(エクソシスト)――あなたがた死神の敵ですわ」


 そう言って、彼女は僕の首に鞄から取り出した純白の杖を向けた。

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