表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
葬送哀歌は夜明けとともに  作者: 月乃はな
第一幕「規律の御旗を揚げる刻」
66/79

Episode20「『規律』は我らと共にある」③

 光に足を乗せる、などというのは、常識的に考えて不可能だ。それでも蓮花が創り出した光は僕たちの身体を持ち上げて、普段歩くことのできない空中へと僕たちを導いた。


「我らが『規律』の名の下に!」


 協会を象徴する言葉が死神達を鼓舞するようにビル街にこだまする。僕もまたその言葉に背中を押され、降り注ぐ靄の怪物を受け止めては切り裂いた。

 怪物は悪霊のものよりも不気味な雰囲気を放っている。見た目こそ新宿の地下で翔を襲おうとしたそれに近いが、怪物に意識を向けると桁違いのおぞましさが思考を埋め尽くそうとしてきた。気を抜けば恐怖に飲み込まれそうである。

唯一の救いは彼ら怪物が僕たちに標的を変えたことだ。キリのない闘いだとしても、戦闘に専念できるのならまだいくらか体力の消耗はましだった。

しかしいくら「まし」だとしても、いつかは限界が訪れる。


「はあっ……!」

「深月!」

「え」


 怪物を切り捨てて一呼吸おこうとした瞬間、僕の背中に凶刃が迫る。「いつのまに」だとか「避けないと」だとか色々な思考が僕の脳を巡ったけれど、僕の身体は疲労のためにうまく付いてこなかった。


――避けられない。


 脇腹への痛みを覚悟したその時、視界の外から飛んできた矢が怪物を貫いた。怪物は脳天に矢を喰らった途端、力なく大気へと解けていく。


「無理は禁物です。一度前線から後退しなさい」

「か、カサンドラさん。ありがとうございます」


 僕を危機一髪のところで助けてくれたカサンドラは、立て続けに矢をつがえて怪物へと放った。それらはものの見事に怪物を射貫き、少しずつ怪物の数を削っていく。


「それにしても、まさか悪霊がここまで潜んでいたとは。あの男は一体何をしでかしたのでしょうか」

「あの裂け目、『門』とはまた違ったような気がしました。なんというか、開けては鳴らないものを無理矢理こじ開けた、みたいな」

「……境界断裂」


 ふと、僕のそばにいたクロトがぽつりと呟く。ハッとして僕たちはクロトを見つめると、クロトは少しだけ驚いて、「あのね」と気まずそうに言葉を続けた。


「ラケシスに閉じ込められていたとき、暇つぶしに本を読んでいたんだけど。そこには、監査局の死神しか知らないものがあって……その中に、『境界断裂』って言葉があったんだ。たしか、世界の境界に現れる『裂け目』だって。『門』とはまた別のものなの」

「ラケシス――『境界の番犬』ですか。我は監査局が嫌いですが、その仕事ぶりは認めています。クロト、なぜ貴方がそんなことを知っているのかは知りませんが、他にその『境界断裂』についての情報は知りませんか。 例えば、あの裂け目を元に戻す方法とか」


 カサンドラの質問に、クロトは力なく首を横に振る。


「……分かりました。しかし貴方のお陰で今後の道筋が視えた。ありがとうございます」

「道筋、ですか?」


 そう尋ねると、カサンドラはええ、と嬉しそうに笑みを浮かべる。近づいてきた怪物を手慣らしとばかりに射貫いてから、彼女はひらりと踵を返した。そして、その矢先を『果ての森』目がけて引き絞る。


「この異変、あの女が気づいていないとは思いませんが――念のため、矢文でも飛ばしておきましょう」


 カサンドラの手が弦を放した。一閃の矢は何体もの怪物を巻き込んで、流星のように大空を駆けていく。その圧巻の一撃に見惚れていると、弓でこつん、と軽く小突かれた。


「ぼうっとしないで。充分に休めたようなら、もう一度戦線に戻りなさい。背後は我に任せるといいでしょう」

「はい! クロトはここで、助けを必要とする人の援護をお願い」

「分かった。無理はしないでね」


 二人の頼もしい後方支援に見送られ、僕はもう一度戦闘の激しい前線に繰り出した。前線では、蓮花を筆頭に多くの死神が武器を振るっている。しかし戦況は膠着していて、一向に勝利の兆しが見えなかった。

 原因はその数にある。裂け目に最も近いここは、一人あたり怪物を五体は相手取らなければならない。蓮花に至っては大鎌を一振りし、一度に何体もの怪物を切り捨てているけれど、それでも次々に現れる霊をこれ以上増やさないようにすることで精一杯のようだった。


「ルカさん、僕も前線に戻ります!」


 そう声を上げてルカの側にいた怪物を剣で切る。流れ込もうとする負の感情に目をそらし、僕はひたすらに前線の助けになることだけを考えた。


「ありがとう、深月。ただ、無理だけはしないようにね」

「もちろんです。『光の導き(ゲネテト・フォス)」!』


 僕は先程手に入れたばかりの力を使って、次々と怪物を空へと送る。というのも、普通に剣だけで切るよりも力を使った方が心なしか怪物を切りやすかったからだった。


「……それにしても、深月がいつのまにか主から力を賜っていたとはね。ああ、先輩としても友人としても、君の成長をこの目で見届けられなかったのが悔しいよ」


 冗談交じりにそう言ったルカはまだ戦闘に余裕があるようだった。手際よく怪物の急所を目がけて短剣を振っている。暗殺業でもやっていたのかと疑いたくなるほどの華麗な剣捌きだ。しかしそれでも、ルカの顔には僅かな疲れが見え始めているように感じられた。

 戦闘が始まってから一体どれほどの時間が経っただろう。少なくとも一時間以上は休みなく剣を振るい続けているようにも思える。どれだけ闘いになれていても、それが長時間続けばどんな死神も持たなくなるのは自明の理。一向に良くならない戦況を前にしたら尚更だ。


「いったいいつまでこの闘いは続くんだ!」


 死神の誰かがそう口にした。その声は悲痛を帯びて戦場に響き、少しずつその思いを周囲の死神へと広げていく。そんなとき、僕たちを鼓舞するようにオーロラがきらきらと眩いほどの光を放った。その光は怪物を飲み込んで、即座に敵を塵へと還す。


「今のうちに陣形を整えて、最前線の部隊は後方部隊と交代して」


 光と共に飛んできた蓮花の指示に、これまで最前線で敵と闘っていた柊たちが後退する。余程疲労が溜まっているようで、彼らは最早身体全体で呼吸をしていた。

 先の見えない闘い。自分たちだけで勝つことができるのか分からない闘い。

 それでも、誰一人として「極夜卿が来てくれれば」という弱音を吐くことは無かった。それは蓮花のことを信じているからか、それとも彼ら自身が『規律』をその身で貫こうとしているからか。理由はそのどちらかなのか、もしくは両方なのかは分からないけれど、僕たちの思いは今、戦場で一つになっている。


――我らが『規律』の名の下に、『規律』の敵を打ち払う。


 何百人といる死神という個人が一つの信念のもとに集い、そして共通の敵を追い払うために剣を振るっていた。

僕の身体を動かしていたのはまさにその信念を貫く彼らの意志だ。まだ僕は東ユーラシアの新人だけれど、大勢を犠牲にするような「暁の楽団」のやり方は間違っていると、僕自身の頭でそう判断した。それこそ、この数日間の冥府での滞在を経た、僕が決めた覚悟の一つだった。

 僕が剣を握ったのは、大切なものを守るためなのだから。

 蓮花の指示によって僕たちが勢いを取り戻したことにより、怪物達の数は少しずつ減っている。裂け目から零れてくる数も、ピーク時に比べれば落ち着きを見せ始めていた。


「もう少しよ、踏ん張って!」


 蓮花の言葉がビル街に響く。彼女のオーロラは僕たちを先導する旗のように空になびいて、僕の心を勇気づけた。隣で闘うルカ、僕よりも前で闘うリゼとアリス、援護を行うカサンドラとクロトに、先程よりも一歩退いたところで敵を一刀両断する柊。それ以外にも、会議で顔だけは知っている支部長たちが、あと少し、と踏ん張ってそれぞれの武器を振るっていた。

 だが、僕たちの攻勢もある一人の発見によってその勢いを失った。


「おい、あの裂け目……奥に何かいないか?」


 ふと、裂け目の向こう側に広がる闇を一人の死神が指さしたのだ。

 もしかしたら、戦闘に余裕ができはじめていたのが良くなかったのかもしれない。その言葉に釣られるようにじっとその深淵に目を懲らしてみると、得体の知れない寒気が僕を襲った。


――なにかがこちらを見つめている。


 それがなにかは分からない。生物のようでも、悪霊のようでもあった。「回生の樹」がもたらす温かな光の、正反対に位置するもののようにも感じられる。黒々とした目がぎょろりと動き、深淵の向こう側から僕たちのことを見下ろしていた。

 ただ一つ確かなことは、その裂け目の奥に潜んでいるのは、決して歓迎するべきものではない、ということだけだ。


「ああああ!」


 得体の知れない恐怖に襲われた死神の一人が発狂する。彼は武器を取り落とし、恐怖で身体が硬直して、がたがたと壊れた洗濯機のように震えていた。


「見てはいけない。東ユーラシアの死神たち」


 その時、裂け目を覆い隠すように一人の人影が僕たちと裂け目の間に現れる。突如として現れたその背中では軍服コートがはためいて、袖には頭が三つある犬の腕章が着けられていた。なによりも一際目を引くのが、太陽のように美しいプラチナブロンドの髪の毛だ。綺麗にウルフカットにされたそれは、僕にその人影が何者であるかを理解させる。


「――ラケシスさん」


 ふとぽつりと呟くと、僕たちに背中を見せていた彼女が振り返った。見慣れた藤色の双眸は、鋭く僕たち死神と――大鎌を持った蓮花のことを貫く。


「到着が遅れてすまなかった。ここからは、私『境界の番犬』も力を振るおう」


 そう宣言した彼女の姿に、僕はただ呆然とすることしかできなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ