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葬送哀歌は夜明けとともに  作者: 月乃はな
第一幕「規律の御旗を揚げる刻」
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Episode18「未来を覗く者」③

 柊が見事ウィルバートを戦闘不能にしたのを見届けて、カサンドラは先程からこちらを眺めて動かない俊宇に視線を動かす。俊宇はウィルバートの指示を受けてなお、カサンドラに向けて武器を向けようとはしなかった。しかし、その目つきは敵を見つめるものそのものだ。

 思い返せば、蓮花会長を降ろしたあの会議の時から、彼は向こう側についていたのだろう。少なくとも、彼は彼自身の意志で「暁の楽団」などという怪しい組織につくことを決めたらしい。


「俊宇。貴方はそちら側についたのですね」


 ひどく落ちついたように聞こえるその声が執務室に響いた。俊宇はカサンドラの言葉に僅かに肩を跳ねさせる。


「……ああ。『規律』は、いや冥府は……もう変わるべきだと考えたからな。お前こそ、なぜそちら側にいる? 未来が視えるお前なら、迷わず私たちに賛同してくれると思っていたんだが」


 嫌悪感を隠さずに顔を歪めた俊宇を一瞥し、カサンドラは返答代わりに大きく息を吐き出した。そして、すかさず弓に矢をつがえ、その矢先を俊宇に向ける。


「残念ながらそうはなりませんでしたね。我と貴方は敵同士、逃げられるものなら逃げてみるといいでしょう」

「……落ち着け、カサンドラ。まだ完全に敵対するのは早いと思わないか」

「落ち着けもなにも我は終始落ち着いていますよ。矢を向けられただけで動揺する自分に言えばいいのでは」

「そういうことじゃない。お前には未来が視えているんだから、何を選ぶべきか合理的な判断が下せるはずだ。お前は、蓮花が会長にふさわしいというのか? 死神がこのまま冥府に仕え続ける現状のままでいいとでも?」


 まくしたてるように告げられた俊宇の問に、カサンドラはふん、と鼻をならした。まるで、そんなことは気にとめてもいない、とでも言うように。自分の言葉が思いのほかカサンドラに響いていないことを理解した俊宇は、さらに言葉を重ね続ける。


「冥界は、死神は変わるべきだ。俺達は冥府の奴隷じゃない。高尚たる意志の下僕でもない。お前には、死神の未来が明るいものにでも視えているのか!」


 俊宇の言葉に、カサンドラは矢を向けたまま黙りこくった。

 俊宇が言っていることは、カサンドラももちろん分かっている。彼の言葉が、嘘偽り無く本当で――彼自身の意志によって、彼がこの冥府の未来を憂いていることも。それでも、カサンドラは彼の言葉に頷けない理由があった。

 きりきり、と弦が音を立てる。その音に身体を震わせた俊宇は、悔しそうに拳を握りしめた。


「リーダーはお前の力を欲している。お前なら、すぐにでも幹部になれるだろう。どうだ、お前も『救済』をもう一度追いかけてみないか」


 どうやら、俊宇が頑なにカサンドラに武器を向けようとしないのは、彼自身がカサンドラに勝てる自信が無いから、というだけではないらしい。彼はおそらくその「リーダー」とやらに命令されているのだろう。

 カサンドラを説得して仲間に引き入れろ、と。

 しかし、その目的がなんであろうかなど、カサンドラの知ったところでは無かった。未来を読めれば勝てる、とでも思っているのか、あるいは未来を視ることで全ての危機を乗り越えようとしているのかは知らないけれど、ともかくその全てはカサンドラにとって興味がある内容ではないのは確かだ。

 であるなら、カサンドラが取る行動はただ一つだけだった。


「黙りなさい、『規律』の敵よ」


 限界まで絞られた矢が、俊宇目がけて放たれる。光よりも早く撃たれたその矢は瞬きの合間に俊宇の腹を見事に射貫いた。赤黒い血が飛び散って、俊宇の口からもごぽり、と血が零れる。


「ごふっ……」


 射貫かれた俊宇はなすすべ無く地面に倒れた。露わになった彼の無防備な背中に、カサンドラはさらに矢を向ける。今度はその胴体の左側――心臓を目がけて。


「何度でも言いましょう。我は貴方の言うとおり、死神の現状はすべて識っています。その上で、我はこの道を往くことを決めたのです」

「……なぜだ、カサンドラ」


 赤黒い血を吐き出しながら、俊宇はカサンドラに問いかける。カサンドラの覚悟を確かめるかのように、そして彼は彼の信じる「救済」とやらを微塵も疑っていないように、全ての疑念をカサンドラへとぶつけた。その疑念を全身で受け止めて、カサンドラは更に弓を引き絞る。


「『救済』ほど、叶わない夢物語はありません。それはすなわち、人々が信じてやまないアルカディア。例え存在していないと分かっていても、追いかけてしまう理想の地。そしてその場所は、我の目には捉えられない」

「だからといって、沈む泥船に乗るというのか」

「はい。視えぬ大地を目指して泳ぐより、最後まで可能性を探るべきだと。我はそう思っています。……そして」


 カサンドラの目が鋭く俊宇を射抜いた。俊宇はその視線に目を剥いて、傷口の痛みも忘れるほどに硬直する。


「なにより、貴方たちのやり方は気に食わない」


 それは、まるでワガママな姫の言葉のようだった。世情やら、人情やらを抜きにして、ただひたすらに自分勝手な言い分。真面目そうなカサンドラからそんな言葉が飛び出すとは思ってもおらず、俊宇は彼女を言い負かす言葉を失った。


「分かりましたね。貴方たちは我と合わない。水と油が混ざることはないのです。故に、我は我の為に弓を引きましょう」


――お別れです、俊宇。


 そう言って、カサンドラは指を放した。直後、放たれた漆黒の矢が、俊宇の心臓に直撃する。心臓を貫いた矢は瞬く間に消え、心臓に大きな穴をあけた。いくら死を知らない死神であるとは言え、肉体の損傷が大きすぎると回復が間に合わない。俊宇はしばらく痛みに悶え苦しんだあと、ピクリとも動かなくなった。


「流石はカサンドラさん。なかなかのお手前ですね」


 カサンドラが顔を上げると、凍結したウィルバートを縛り終えた柊が近づいてくる。その顔には先程の怒りなど嘘のような笑顔が浮かべられていて、そして彼のチャームポイントである眼鏡――のフレームだけが、かたちだけ彼の顔を飾っていた。


「お世辞は結構です。柊、魂を入れるアレ――『魂檻(こんかん)』は持っていますか?」

「その名前で呼ぶ死神は久々ですね。ありますよ、もちろん」


 カサンドラが差し出した手に、柊は懐から取りだした試験管を一本乗せる。それは一昨日の救助活動で余ったものだ。カサンドラはそれを受け取ると、蓋を開けて床に伏した俊宇に近づけた。すると、俊宇から黒い靄のようなものが浮かび上がり、するすると試験管へと吸い込まれていく。


「『魂檻』――懐かしい響きです。東ユーラシアでこれをここまで大量に使ったのは実に五百年ぶりになりますね。そのせいで、一昨日はその名前を使わずに説明せざるを得なかった」

「それまでこの地域では大きな争い事が起きなかったということでしょう。我はそれを悪いことだとは思いません。まあ、平和ぼけしてしまうのはいただけないですが」

「……頭の痛くなる指摘ですね」


 俊宇の魂を閉じ込めた試験管に封をして、カサンドラはふう、と大きく息を吐き出した。自分たち二人を除いて誰も動いていない執務室を見渡せば、最早かつての美しさなど忘れたように、あちこちに穴が空いている。

 そして、天井に耳を澄ませば、しきりに何かが衝突する音が鼓膜に届いた。


「蓮花会長はまだ闘っているようです。助力に行きますか」


 柊の手が刀に添えられる。その身体は既にボロボロになっているというのに、蓮花に対する忠誠心は一丁前らしい。カサンドラは更にため息を重ねて、柊のことを引き留める。


「今の貴方が行っても足手まといでしょう。そもそも、彼女にそんな心配は必要ありませんよ。この我が――『予言者』カサンドラの名において断言します。まあ、予言など無くとも彼女はあんな輩には負けないとは思いますが」


 カサンドラのその言葉に、柊は目を見開いた。

 カサンドラ・クセナキス。

 彼女は古代の西ユーラシアでその名を轟かせ、そしてあるときからその能力を表舞台で使わなくなった死神である。彼女は全ての事象を静観し、ただ未来を見届けてきた。すなわち、彼女が「予言」を公然で行ったのは、五百年前のあの事件が最後である。

 そんな彼女が「予言者」として断言することに、何の意味があるのか。そのことに気づかない柊ではない。

 柊は黙って刀から手を放し、ただじっと天井を見上げた。天井に空いた穴からは、時々空でぶつかる二つの影と、空に伸びる「回生の樹」の枝葉が見える。そんな柊の顔を横目で見ながら、カサンドラは静かに瞼を降ろした。その瞼の裏に移る、冥界の未来を眺めるように。


「……今回は我らが勝つでしょう。この混沌を乗り越えて、そして来たる明日を目指すのです」


 そうして、「予言者」による五百年ぶりの予言が告げられた。

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