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葬送哀歌は夜明けとともに  作者: 月乃はな
第一幕「規律の御旗を揚げる刻」
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Episode17「剣を交えて君を知る」④

 眼前に風刃が迫る。瓦礫を取り込んだそれに直撃すれば、僕の身体は怪我を負うだけでは済まされないだろう。かといって、遠くに逃げることは難しい。

 暴風への対処において、重要なのは風よけになる場所になるところに逃げること。しかしここは広い会議室で、ここにあるものといえば軽い机と椅子ばかり。どこかに隠れるという選択肢はないに等しかった。


「……なら」


 僕は大剣を手放して、迫り来る刃に向かって両手をかざす。


「デスサイズ!」


 想像するのは巨大な盾。あるいは隙間一つ無い強靭な壁。会議室の部屋を二分するように、僕は自らの障壁を作り上げた。

 轟音と共に風が壁にぶつかる。椅子やら机やらが激しく壁に叩きつけられ、僕のデスサイズは僅かに揺らいだ。

 白い障壁が離散しそうになる。少しでも気を抜けば、僕はやすやすと吹き飛ばされてしまうだろう。何とか両足で踏ん張りながら、僕は目の前の風を受け止めようとした。

 しかし。

 風は容赦なく、勢いが衰えることを知らず、延々と僕の作り上げた障壁を叩き続ける。その風はまさしく彼女の揺るぎない覚悟を示していた。全てを貫く、変革への固い意志だ。

 パリン、という残酷な音が鼓膜に届く。壁が風によって粉砕した音だ。その音が聞こえてすぐ、僕の身体は風によってふわりと持ち上がり、その勢いのまま僕の身体は会議室の壁に叩きつけられた。


「ぐあっ!」


 瓦礫が盾によって弾かれていたのがせめてもの救いだった。背中を壁に強く打ち付けひどく痛んだが、それ以上の怪我はない。けれどすっかり力が抜けてしまって、僕の身体は重力のままに地面に崩れ落ちた。


「風は止まない。目の前に払うべき意志がある限り。深月、これが私の覚悟よ」


 粉塵の向こうで凜と立つ彼女の瞳は、真っ直ぐに僕のことを見据えている。絶対に僕に勝ち、意志を貫くという熱を宿して。


「……僕だって」


 このまま負けるわけにはいかなかった。蓮花のことを信じると決めたから。蓮花が示す未来に期待しているから。そしてなにより、僕の相手がアリスだからだ。

 死神の世界を見た。この冥界で、初めて出会った死神が彼女だ。爆発が起きても、かつてのリーダーの真相を知ってもなお彼女が貫く「規律」への覚悟に、僕は憧れに近い感情を抱いていた。

 あれほどまでに信条を貫ける人がこの世に一体どれだけいるというのだろう。彼女はおそろしいくらいに強くて、そしてうつくしいひとだ。その目もくらむ輝きに、僕もすっかりあてられていた。

 変わりたいと願った。翔や、僕の周りにいる友人たちを守るために。

 強くなりたいと願った。ルカや覡、リゼに守られるだけではない死神になるために。

 そして、今は。

 彼らと一緒に闘うと誓った。彼らの背負う「規律」の重みを、僕も一緒になって背負うために。完全な死神ではないとか、僕はここにいていいのかとか、そういうくだらないことを考えるのはもうやめにして。

 僕は、自分の意志でここに居る。そして、ここに僕の居場所を創るのだ。


「デスサイズ」


 剣を握る。僕が死神である証だ。他の人とは違うけれど、それでもこれは僕の道を切り拓くために必要なもの。最後の力を振り絞り、僕はゆっくりと立ち上がった。


「まだ、闘うつもりなのね」


 僕は彼女の言葉に首肯した。すると、彼女はあらためて僕に向かって剣を構える。


「『規律』は変わるべきよ。もう極夜卿の時代が終わったというのなら、私達は自分自身で歩き始めることを覚えなければ。私達の終点に行く道は、きっと一つではないはずだわ」


 彼女の瞳が揺るぎない覚悟に燃えていた。


「蓮花会長は強いし、立派な上司。けれど、彼女の指揮で本当に終点に辿り着ける? 私はそれが不安なの。冥府に認められずして船頭になれば、主は私達をいずれ見捨てるでしょうから」


 蓮花が冥府に認められていない。それは、リゼからも支部長たちからも聞いた言葉だ。それの真意を、僕はすでにルカや蓮花から聞いている。

 冥府に認められる――それは、蓮花がこの東ユーラシアを統率できるだけの実力と信頼、そしてカリスマ性があるのだと、冥府から承認を得ることだという。冥府の王は基本的に死神による自治を認めてはいるけれど、それでもその自治区がまるごと政府に反する組織になることは防ぎたいはずだ。そのために違反者を取り締まる監査局があるのだから。


「蓮花会長が座に戻ったところで現状は変わらない。なら、変革を志して新しい道を探す。新しい『規律』の形を見つけるの」


 アリスが懸念しているのは、このまま蓮花が認められなかった場合のことだ。冥府の判断材料が不明である以上、蓮花にできることはその実力を示すことのみ。しかし二十数年リーダーを務めてもなお冥府が彼女を承認することは無かった。彼女の統治に問題がなければ、覡が座を降りたすぐにでも認められていたはずだ、という考えに至るのは理解できる。


「主から賜りし風よ、今一度我が命を聞け」


 アリスの剣に風が集まる。もう一度、あの技を繰り出そうとしているらしい。僕もまた剣を手に目の前に立つアリスを見据えた。

 彼女から繰り出されるこの一撃は、受け止めることも逃げることもできない。否、その道は選ぶべきではないし、選びたくない。

 彼女が覚悟を貫くのなら、僕もまた覚悟で応えるべきだと思うから。

 僕がそう意志を固めて剣を構えた、その時だった。


『白き剣に選ばれし者よ。冥界の王の名において、汝に力を授けよう』


 どこかから――いや、このビルのすぐ後ろで輝いている「回生の樹」から――僕の頭蓋骨を反響するような、荘厳な声が聞こえてくる。アリスは反応していないところを見るに、この声は僕にだけ聞こえているのだろう。


『この力をもって、汝の意志を貫くといい。その意志の先に、汝の望む未来があらんことを』


 その言葉を最後に、その謎の声は聞こえなくなった。しかし、それと同時に僕の脳内に「力」についての情報が怒濤の勢いで流れ込む。僅かに頭痛を覚えたけれど、それでも僕は剣を握る手を緩めなかった。


「暴風刃!」


 目の前で、アリスが僕に向かってあの技を放つ。くらくらとする意識の中で、僕の口は勝手に動き出していた。


「……僕は闇を払う者。混沌とした夜の世界に、新たな光をもたらさん」


 その詠唱に反応するように、剣身がまばゆい光を放ち始める。まるで、常闇に終わりを告げる朝日のような温かな光だ。


「我が名は『黎明』。 主より賜りし光の刃よ、我が道を切り拓け……『光の導き(ゲネテト・フォス)』!」


 脳内に浮かんだ言葉に従って、大剣を大きく振り下ろす。目の前の空気ごと、風の刃を断ち切る勢いで。

風の刃と光の刃が衝突し、凄まじい熱が地面の塵を巻き上げながらはじけ飛んだ。その衝撃からか、目の前が真っ白に染まっていく。薄れゆく視界と意識の中で、アリスが浮かべた微笑みが見えたような気がした。







「……ねえ、そろそろ起きなさい。こんなところで寝るなんて、一体どれだけ肝が据わっているの」


 いつかのように、けれど以前よりも僅かに柔らかな口調のアリスの声で、僕の意識は浮上する。後頭部に感じる温かい感触に疑問を抱きながら、僕は重い瞼を持ち上げた。


「……ここは」

「本部の会議室よ。まったく、まさかそのまま気絶するなんて思わなかったわ」


 寝ぼけ眼の焦点を合わせると、僕の顔をのぞき込むアリスの姿が目に入る。亜麻色の前髪が頭上に揺れ、淡い緑の瞳が僕を仕方が無いと言いたげに見つめていた。極めつけは、そんな彼女と僕の間にある、大きな二つの山である。


「なっ!」


 そこで初めて、僕は今の状況を理解した。後頭部を包みこむ柔らかなモノに、彼女の……おそらくは胸が目の前にあるこの状況。つまり、僕は今有り体に言えば「膝枕」なるものをされているのだ。


「す、すみません……ぐっ」


 気まずくてすぐに立ち上がろうとしたけれど、全身がむち打ちしたように痛んでぴくりとも動かない。困惑する僕を尻目に、アリスはふう、と大きなため息をついた。


「無理に動かなくて良いわ。貴方の身体ボロボロだし……無理に動いて身体が悲鳴をあげているのよ。この状態だって、瓦礫ばかりの床に寝転ばせるのが申し訳なかったからだもの」


 大人しくしていなさい、という彼女に、僕は頷くことしかできなかった。

 唾液を嚥下することすら気まずい空気が流れる。先程まで僕たちは闘っていて、それが終わったと思ったらこんなことになっているのだから、僕の頭はパンク寸前だった。


「……深月」


 その空気を先に終わらせたのはアリスだ。アリスは僕のことを見下ろした後、僕の隣に転がっている大剣に手を添える。


「この剣の色、他とは違うと思っていたけれど……確かに、この色は貴方にしか出せないものなんでしょうね。貴方が冥府の王から授かったのは、黒を塗り替える白い光だったんだから」


 アリスの言葉で、僕は先程の出来事を思い出す。


「……なんか、恥ずかしいことをいっていたような」


 あれは、俗に言う口上とかいうやつだ。あの時は「ああするべきだ」と思う前から身体が勝手に言葉を紡いでいたけれど、思い返せば思い返すほど顔に熱が集まってくる。そんな僕の様子を見て、アリスはふ、と笑みを浮かべた。


「まあ、最初はみんなそうよね。私も恥ずかしかったし……でも、あれは力を使うための祝詞みたいなものだから」

「祝詞、ですか?」


 ええ、とアリスが首肯する。


「私の風も、貴方の光も。冥府に対して自らの意志を示さなければ、その力を使うことはできない。あの力は私達の願いの結晶であり、同時に私達が示した意志への冥府の返答でもある――と、極夜卿はおっしゃっていたわ」


 アリスの説明をまだちゃんと理解できたわけではないけれど、僕の力が「光」であることについては、なぜかストンと腑に落ちた。


「光。深月にぴったりね。まるであの『回生の樹』のように私を導いてくれた深月に」

「そんな大それたことをしたつもりはないですけど」

「私がそう勝手に思っているだけよ」


 あっけらかんと言うアリスを見ていると、こちらが恥ずかしくなってくる。膝枕されている状況もまた恥ずかしいけれど、それ以上に僕の力が褒められたことが気恥ずかしく、そして同時に嬉しかった。


「今回の勝負は私の負けね。最後、完全に私の風が貴方の光に飲み込まれた。ああ、悔しいわ」

「……その割には、嬉しそうな顔をしていますね」

「それは……まあ、一周回ってすがすがしいからよ。悔しいことは本当だから、これからもっと鍛練を積むけどね」


 次は負けないから、と笑うアリスを見て、僕も思わず笑みが零れる。剣を交えて、アリスの本気の覚悟にぶつかって、ようやく距離が近づいたような心地だった。

 彼女の葛藤も、意志も、僕は確かに知っている。その上で僕は彼女と向き合い、そして闘った。上の戦況がどうなるかは分からないけれど、僕には確信していることがひとつだけある。


「アリスさん」


 彼女の名前を呼べば、彼女はその淡い緑色の双眸を瞬かせた。なに、とでも言うように。


「蓮花さんを、信じてみてください。あの人は、その期待に応えてくれます。きっと、アリスさんが想像している以上に」

「……そうね」


 上階で闘っているであろう蓮花に思いをはせながら、アリスはゆっくり瞼を閉じる。上からは絶えず闘いの音が聞こえてきて、しかし僕の心に不安はなかった。アリスもまた、何かを確信したように眉を下げる。


「あの方は、極夜卿に負けないくらいに強く、そしてとても優しい方だから」


 そう呟いたアリスの顔は、つきものが落ちたように澄んでいた。

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