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葬送哀歌は夜明けとともに  作者: 月乃はな
第一幕「規律の御旗を揚げる刻」
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Episode17「剣を交えて君を知る」③

 速い。アリスの剣は風を生み、空気を切り裂き、僕の隙を突いてくる。さすが「雄風」の名を冠する死神だ。アリスの剣捌きに、僕は追いつくことで精一杯だった。いや、追いつくと行っても本当にぎりぎりだ。少しでも見誤れば、この腹部に刻まれた傷のように――簡単に切りつけられてしまう。

 剣を交えている間も、切られたところに傷みが走り、じわじわと熱を帯びていく。そのくせ抜けていく血液を押しとどめながら、僕はアリスと一度距離をとった。


「深月お兄ちゃん!」


 リゼの側についていたクロトが僕の名前を呼ぶ。両手のひらをこちらに向けているところをみるに、恐らく治癒を試みようとしているのだろう。しかし、リゼを襲う敵に遮られて上手く能力を発動できないらしい。


「クロト! 今はまだ大丈夫だから、回避に専念して!」

「……わ、わかった! 無理はだめだよ!」

「うん、ありがとう」


 腹部に力を込めてできる限り出血を抑えこむ。あまり深い傷ではないのが救いだった。ラケシスに貫かれた時は本当に動けなかったのだから。

 剣を握り、再度アリスに斬りかかる。僕の身体を動かしていたのは、もはや「彼女に負けるわけにはいかない」という執念だけだった。視覚に全ての意識を向けて、アリスの反撃を間一髪のところで避けていく。彼女が一閃、大きく剣を振り抜いたところを狙って大剣を振るも、彼女は風のように軽い身のこなしで僕の攻撃を容易く回避した。

 状況は変わらない。否、少しずつ僕の方が不利になってきている。このままの状態が続いてしまえば、もう一度僕が攻撃を受けることになるだろう。


――そうなる前に、状況を変えなければ。


 回避の合間にそう思考を巡らせて、僕はふと床に意識の一部を奪われる。というのも、

長いこと剣を合わせていたからか、もしくはアリスが「風の勢いを乗せた状態で」床を蹴り続けていたからか、床に僅かに亀裂が入っていたからである。

 この下には会議室がある。今の時間会議は行われていないから、きっとその場所には誰もいない。


――一か八かだ。


 覚悟を決めてアリスが繰り出した横薙ぎの一閃を後ろに大きく飛び退いて回避する。そうして着地したあとすぐに床を蹴り、僕は宙へと跳び上がった。


「危ないわね、深月。腹ががら空きよ」

「危ないなんて。それはこっちの台詞です」


 天井にぶつからないすれすれのところで大剣を振りあげる。アリスの目は僕のことを捉えていて、剣を構えながら警戒を滲ませていた。

 けれど、僕の剣に警戒をするのは失策だ。


「はああああ!」


 全体重をかけて剣を振り下ろす。そして、大剣の構成要素も再創造する。より重く、より固く。いつもはスクールバッグていどの重さを想像していたけれど、今回はそれよりももっと重いもの――自動車を想像して。


「デスサイズ!」


 そう声を上げれば、僕の周りにこれまで見たことがないほどの真っ白な霧が生み出された。目の前を塗りつぶすほどのそれを前に、僕もアリスも一瞬視界を奪われる。しかし、その霧は瞬く間に僕の大剣へと吸い込まれ――僕の手には、自分では操作不可能だと直感するほどの重さが感じ取れた。感覚に従って指を離せば、大剣は凄まじい爆音と粉塵をともなってひび割れた床にとどめを刺す。コンクリートが割れるような鈍い音が耳に届き、そしてすぐに――僕とアリスは宙へと投げ出された。


「なっ」


 僕の攻撃を回避したらしいアリスは、しかし床の崩落には巻き込まれたようだ。粉塵と割れた床の残骸と共に下の階へと落ちていく。僕は大剣が会議室の床に触れる前に武装をほどき、そして再度いつもの重さの大剣を創り出した。

 今度は粉塵が視界を覆う。上を見上げれば、二階層ほど離れたところに執務室に空いた穴が見えた。どうやら、床が崩落したのは僕たちが立っていた直径十メートルほどの範囲だけのようだ。


「いった……突然何をするかと思ったら。びっくりしたわよ、まさか床を壊すなんてね」


 瓦礫を除けて、アリスがよろよろと立ち上がる。その右手には彼女の愛用するナイトリー・ソードが握られたままだった。流石は「雄風」、僕よりも遙かに実戦を経験してきた死神だ。突然の状況にも対応し、臨戦態勢を崩さない。そんな彼女を見て、僕もまた剣を構え直した。


「僕の番です、って言いましたから。それに、あのままでは埓が空かないと思ったので」

「賢明な判断だわ。こっちから上の状況はわからないけれど……逆に言えば、私達の闘いに邪魔は入らない。そうよね?」


 そう言い放った彼女は、額から流れてきた深紅の血を拭い取る。


「本気でやりましょう。闘うことでのみ、私達はお互いのことを知ることができるから」

「……そうですね。僕もまた、闘いで勝つことでしか僕の覚悟を示せない」


 言葉を交わした彼女の顔には、冷静な彼女からは想像できないほど挑発的な笑みが浮かんでいた。そして、そんな彼女と相対する僕もまた、きっと笑っていたことだろう。

 命を賭けて自分を示す。

 こんな風に全力で何かに向き合ったことなど今までなかった。部活動はしてこなかったし、翔からも、伯父伯母からもある程度距離を取って接していたから。

 だからこそ、こんなにも――覚悟というものが、闘いというものが、僕の心を奪うほどの麻薬であるとは思わなかったのだ。

 やるのならば、彼女の言うとおり本気で武器を振るうほかはない。

 僕には死神とは違い怪我の限度がある。死という終着点もある。


――ならば、アリスを殺すつもりで向き合わなければ。


 剣を握り直す。染みてきた手汗をごまかすように。

 深呼吸をする。緊張を捨て、僕の中にある覚悟を冷まして固めるために。

 そうしてゆっくり目の前の相手を見据えれば、彼女もまた射貫くような瞳でこちらを見ていた。

 そういえば出会ったばかりの時も彼女は鋭い目つきで僕を見つめていた様な気がする。あれからまだ数日しか経っていないなんて、とても信じがたかった。

 瓦礫と壊れた会議机の合間を風が吹き抜ける。その風は僕の前髪を揺らし、そしてアリスの亜麻色のポニーテールをひらりと撫でた。そして、まるでそれを合図とするように、僕たちは同時に床を蹴る。

 瞬間。

 僕たちの剣は重なって、ガキンという金属のぶつかる音が鼓膜を震わせた。アリスから繰り出される攻撃を受け流し、僕もまた剣を振る。アリスは僕の攻撃をひらりと躱して、そして再度僕へと剣を振り抜いた。


「場所を変えても意味ないわ。私は戦場を駆ける風――風より速く動けるとでも?」


 僕はアリスの剣を辛うじて避け、その勢いで後ろに飛び退いた。ちょうど足下にあった机を蹴って、再度アリスと距離を縮める。

 風が優れているのは移動速度。彼女の振る剣も、動きも、大剣の僕が勝てるところはない。しかしそれらは遠距離に敵がいる場合で最大の効果を発揮する。ならば、こうして急接近してしまえばいい。最も、僕の大剣も近距離すぎると小回りがきかなくなるから、ある程度の距離を開ける必要はあるけれど。

 アリスの懐に潜り込み剣を振る。彼女は僕の剣の衝撃を流すように受け止めて、すぐに防御の体勢から攻勢へと切り替えた。くるりと一回転したアリスはそのまま剣を僕の顔目がけて突き出した。ナイトリー・ソードで刺突はあまり見ない。訓練の時も、覡はころころと武器を変えて僕に付き合ってくれたけれど、剣身の重い片手剣を使って刺突はしてこなかった。


――危ない。


 すんでのところで回避して、僕はそのまま受け身を取る。大剣を地面に突き刺してすぐに体勢を持ち直すと、アリスが「へえ」と微笑んだ。


「流石の対応力ね」

「まだまだこれから、です!」


 気を取り直して斬りかかるも、僕はあと一歩のところでアリスに届かなかった。回避と攻撃を繰り返し、何度も何度もアリスに挑む。次第に疲労が僕の身体を襲ったけれど、それでもなんとか彼女の「隙」を見つけるために攻撃を続けた。


「疲れてきたんじゃない」

「それはアリスさんも同じでしょう。明らかにスピードが落ちている」

「まあね。でもほら、私はまだ動けるわ。貴方の消耗具合を見れば――どっちが有利かなんて火を見るよりも明らかよ」


 アリスの指摘の通り、僕の額には汗が滲み、心臓が耳から飛び出そうな程に拍動している。息切れも彼女に比べて遙かに激しい。けれど、まだ倒れるほどの疲労では無かった。しかし、戦闘が長引けばこちらが不利になるのも時間の問題だ。

 なら。

 少しでも早く、決着をつけなくては。


「私も貴方も、考えていることはきっと同じね」


 僕の表情が変わったのを見たアリスは、に、と何かを企んでいるような笑みを浮かべる。その顔に危機感を覚え、僕は震える手を叱咤して大剣を構えた。


「我が名は『雄風』。主から賜りし風よ、今一度我が命を聞け」


 アリスの詠唱に合わせ、周囲を巻き込むほどの強風が吹き荒れ始める。その風はやがて渦となり、塵を巻き上げ、アリスの髪をなびかせながら、片手剣の剣身を包みこんだ。


「これで決める――『暴風刃イオラ・レピーダ』!」


 彼女がそう声を上げ、風を纏ったナイトリー・ソードを振り下ろす。

 直後。

 机も、椅子も、瓦礫さえも巻き込んだ強烈な風が、僕に向かって吐き出された。

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