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葬送哀歌は夜明けとともに  作者: 月乃はな
第一幕「規律の御旗を揚げる刻」
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Episode17「剣を交えて君を知る」②

「アリスさん。僕は――アリスさんが出した答えを、決して否定したりはしません」


 震える唇で、深月は言った。声は震えているくせに、迷い人は決して出てくることができないと言われる「果ての森」の中でも迷いなぞ知らないと言わんばかりの面持ちで。


「きっと皆同じです。だから、アリスさんは自分の心に従ってください」


 馬鹿みたいだ。新米の死神が、この「秩序」の何を知っているというのだろう。極夜卿の何を知っていると言うのだろう。彼はまだ、この世界のあり方の一片ですら理解していないはずなのに。

どうしてこんなにも、眩しいくらいに真っ直ぐな目ができるのだろう。

 いや、馬鹿なのは私も同じだった。

 二十五年前、あの軽薄な男のせいで、極夜卿は調停者の座を降りた。その真実を伝えられないまま、ただ失踪として――いつか帰ってくるのだと信じていた私は。極夜卿の統治こそが正しいと思い込んでいた私は。

あの議会にいる、長いものに巻かれるだけの議員となんら変わらない。

 悔しかった。「規律」はとても素晴らしいモノで、この世界でもっとも理性的な理念だと信じていたから。今もまだ、極夜卿が築いた秩序を維持できていると信じていたから。「規律」の実態がとても脆くて、あんな偽物が懐を突いただけで瓦解するとは、到底考えられなかった。

 私が何の返答もしないからか、深月は少し困ったように視線を泳がせ、そしてふう、と心を決めたように息を吐く。


「僕だってまだ混乱していて、これからどうすればいいかもよくわかっていません。それでも一つの芯を決めて、蓮花さんにつくことを決めました。アリスさん。アリスさんにとって、一番譲れないものはなんですか」


 譲れないもの。深月が発したその言葉に、私ははっと息を呑む。


「……それは」


 第四区の爆発から、あの爆弾魔との闘い。蓮花会長の通報まで、ゆっくりと腰を落ち着けて自分の考えを整理する暇はなかったけれど。

 そう訊ねられてようやく、自分の胸中に漂う不快感を理解した。

 結局のところ、私が望むのは一つだけ。それはまるで遠くに輝く「回生の樹」のように、私の目指すべきところを真っ直ぐに示している。


「……そう。そうね。私、私は」


 自分の思考を整理するように。自分の覚悟を噛みしめるように。私はゆっくりと拳を握った。私が目指すもの。私が譲れないもの。そのために、私は――。


「深月」


 隣に座る彼を見る。黒い髪がそよ風に揺れ、彼の薄い青みがかった黒目がはらりと現れた。その目はどこまでも、羨ましいくらいに透き通っている。きっと彼の「芯」というものに彼自身も自信があるのだろう。でなければ、あんな目ができるはずがない。


「私は、今のままでは蓮花会長に賛同できない。かといって、あいつらの言うことを聞くつもりも無い。だから、今は『変革を望むもの』として向こうに行く」


 深月は何も言わなかった。ただ、私の言葉に耳を傾けている。


「それで、もし……戦うことになるのなら。私と剣を交えてほしい。どっちが勝つとか正しいとか、そういう問題ではないけれど。私はただ、自分の想いを裏切りたくないの。自分でこの道を選ぶ以上、その覚悟は必要だと思うから」


 私の言葉を深月がどのように受け止めたのかは分からない。それでも、深月は彼の言った言葉のとおり、ただ純粋な笑みを返した。








 剣がぶつかる。それは互いに視線を交わしてすぐのことだった。私のナイトリー・ソードと彼の大剣が擦れあい、私達の間に軽くオレンジ色の火花が散る。瞬きすら許さないほどの速さで切り込めば防げないだろうと踏んでいたが、彼も決して弱いわけではないようだ。


「ふふ、流石は極夜卿に教わっているだけあるわね」

「お褒めにあずかり光栄です」


 武器を滑らせ、彼の防御から抜け出してもう一度剣を振る。今度は彼の防ぎにくい、上半身を狙った攻撃だ。柄の長い武器というものは、大抵手元や上半身を狙われることに弱い。だが深月は大きく上半身を仰け反って、私の攻撃をすんでの所で回避する。その対応力に、私は思わず笑みを零した。もう一度。そう思って何度も繰り返し攻撃を繰り出すけれど、彼は武器でなぎ払い、間に合わないときは攻撃を回避して、私の一閃に一つずつ不器用ながらも対応していく。

 はたから見れば、深月は避けるばかりで一方的に攻撃を行う私が有利に見えるだろう。しかし、私の攻撃が「見切られている」のも確かだった。風を呼ばずともナイトリー・ソードと大剣では攻撃速度に差があるというのに、彼は受け止めるタイミングと回避の選択を的確に行っている。回避後のリカバリーも完璧だ。隙を狙おうにも彼の目がそれを許してくれそうにない。


「避けるばかりじゃ勝てないわよ」


煽るようにそう言えば、彼は眉をわずかにひくつかせた。「わかってる」と言いたげに眉間に皺を寄せ、盾代わりに使っていた大剣を握る手を変える。

それに気づかず振り下ろされた私の剣は、向きが変わった剣によって簡単に横になぎ払われた。武器の重みを利用されては勝ち目が無い。私は剣を彼の大剣に滑らせて、彼の攻撃を受け流す。

やはり、一撃の重さで攻撃するのは悪手だ。相手が攻撃しようとする前に、こちらからたたみかけるべきだろう。私にある「雄風」の力を使えば、彼の隙を簡単に突くことができる。そして、速ささえ――攻撃さえ私のものにしてしまえば、私の武器よりも小回りが利かない深月に勝ち目は無い。


「私は大地を駆ける者。規律を乱し秩序を崩す芥を払い、混沌たる世に平穏をもたらさん」


 風を呼び起こす準備を始めると、彼はハッとしたように目を見開き、そしてすぐに私から距離を取った。その目には警戒が滲んでいて、こちらの一挙一動を見据えんと武器を構えながら私のことをじっと見つめている。

 けれど。


「残念。遅すぎ」


 一陣の風とともに、銀色の一閃が彼の懐に入り込む。深月の青みがかった黒目が驚愕の色に染まった。彼が取った距離は十メートルあまり。それを一瞬で駆けてきたのだから、彼がそんな反応を見せるのも仕方がない。

 私の強さとは速さそのもの。風のように、ではない。私自身が風になり、この戦場を駆け抜ける。

 それはさながら、東洋に伝わるかまいたちのように。彼の回避も防御もすり抜けて、私の刃は目の前の彼の横腹と左腕の肉を切り裂いた。


「ぐっ……」


 すれ違いざまに切りつけた私の後ろで、深月が腹に手を当てて地面にうずくまる。自分の刀身に目をやれば、それは赤黒い血で濡れていた。


「まずは一撃。次はどうする?」


 ふらふらと、彼は剣を支えに立ち上がる。額に脂汗を滲ませながら、しかし深月の目は変わらない鋭さを持って私のことを見据えていた。じっと彼の行動を観察していれば、彼はもう一度武器を構える。どうやら、まだ闘志は失っていないらしい。

 その視線に射貫かれて、私の背筋は久々に寒気を覚えた。瞳が、全身が、そして空気に至るまでが、彼の覚悟を私に伝えてくる。彼はまだ闘うつもりなのだと、私に訴えかけてくる。しかし、速さと身軽さ。その両方において私が優っているこの状況で、彼は一体なにを考えているのだろうか。

 なぜだか興奮して仕方が無かった。別に闘いが好きなわけでもないのに、彼のあの瞳に見つめられると、どうしようもなく嬉しくなってしまう。恋のように甘いものではない。覚悟の決まったあの瞳が真っ直ぐに私だけを見ていることが、どうしようもなく嬉しかったのだ。

 まるで一人の死神として――いや、一人の人間として私を見てくれているかのよう。

 彼の目には熱がある。死神が失ってしまったはずの「命」の熱だ。腕を失うことにも傷を負うことにも慣れてしまうこの環境で、彼の瞳は未だに「生」への執着で燃えていた。


「アリスさん」


 彼の喉から発せられるアルトが私の名前を呼ぶ。


「今度は、僕の番です」


 彼はそう言って笑顔を浮かべた。その笑みに私もつい頬を緩める。


「……ええ。やってみて」


 そして、今度は深月が先に床を蹴った。

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