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葬送哀歌は夜明けとともに  作者: 月乃はな
第一幕「規律の御旗を揚げる刻」
54/79

Episode17「剣を交えて君を知る」①

*****



 闘争とは、長きにわたる生命、そして人間の歴史において決して珍しくないものだ。

 あるときは己の意志を貫くために。

 あるときは外敵を排除するために。

 あるときは壮大なる野望のために。

 個人間の小さなものから世界を巻き込むほどの大きなものまで、闘いは世界各地で幾度も行われてきた。武力、財力、そして権力。個人のもてる全ての「力」を行使して、生命は争いながらも発展する。生命の歴史とは、闘争の歴史と行っても過言ではないのかもしれない。

 そして、「闘争」が生命の歴史であるというのなら。

 その生命から地続きに繋がっている死の歴史もまた、闘争を切り離すことはできないだろう。



*****



 舞台の幕が上がる。男の仰々しい礼を合図に、エレベーターで最上階まで上がってきたらしい白軍服の集団が、ドアを突き破って現れた。目の前にはクリスとウィルバート、そして俊宇。背後には多数の武装集団が陣取っている。僕たちは奇しくも敵陣営によって挟まれる形となり、攻め込もうにも上手く動けなくなってしまった。向こうの勢力はおよそ三十。こちらはルカが下に降りて行ってしまったため、戦えるのは僕を入れて五人だ。どのようにして動こうか、と頭を悩ませているうちに、蓮花から支持が飛んでくる。


「私は『聖譚』をやる。カサンドラは俊宇を、柊は『狂想』をお願い。リゼと深月はそれ以外の死神を抑え込んで。こちらの闘いの邪魔をさせなければ充分よ」

「はい、我にお任せを」

「承知しました」

「わかりました!」


 それぞれの返答を聞いて蓮花は満足そうな笑みを浮かべた。そして目の前で余裕そうに拳を擦るクリスに向かって槍を片手に飛び込んでいく。カサンドラと柊もまた、各々の標的と武器を交えた。彼らが役割を果たしている姿を背中に、僕とリゼも背後に迫る敵へと武器を向ける。そこには神妙そうな面持ちの死神達がずらりと並んでいた。


「深月さん。共闘は二度目ですね」


 どこか嬉しそうにリゼが言う。


「あの時の模擬戦に比べれば相手は数が多いだけ。互いに互いを守りながら、落ち着いて対処すれば問題ありません。背中は任せましたよ」

「任されました。リゼさんも頼みます」

「もちろんです」


 僕たちはアイコンタクトを交わした後、同時に敵に向かって武器を向ける。敵意を混ぜた視線を死神たちに向ければ、彼らは武器を手にこちらへと斬りかかってきた。まず動いたのは前に立っていた片手剣の死神だ。彼は大剣を握っていた僕に向かって剣を振り下ろす。きっと、速さであれば勝てる、と見越してのことなのだろう。身軽で小回りの利く刀身が僕に迫るが、けれど僕はその剣を易々と回避した。

――太刀筋は覡に比べれば遙かに遅い。

 今思えば、僕の手合わせ相手はあの極夜卿張本人だったのだ。彼が本気を出していなかったのは分かっているが、それでも剣に容赦は無かった。少しでも対処が遅れればすぐに横腹を面で打ってきたのを僕の身体は覚えている。

 とにもかくにも、僕は現世に戻ったら覡に感謝を述べなければならない。全く運動ができないところからそれなりに動けるところまで鍛えてくれたのは他でもない彼なのだから。

 そのためにも、僕は生きて現世に戻らなければ。

 僕はそんな覚悟を胸に、斬りかかってきた死神の横腹へと大剣の面を叩きつける。もちろん、ぶつかる直前に大剣の重さを調節することも忘れずに。すると死神は苦しそうな声と共に周囲の死神を巻き込みながら吹き飛ばされた。


「お、お前!」


 残された死神のうち、槍を持った男が顔を真っ赤にして前へと進み出る。その目からは僕への敵対心がじりじりと感じられた。あまり怒りの感情をぶつけられることには慣れていない。それでも、この程度でたじろいでなどいられないのも確かだ。僕は精神を落ち着かせるために息を吐き、そして武器を構えなおした。


「僕たちは敵同士。それに、最初に斬りかかってきたのはそちらです。もし闘う意志を放棄するのなら、その武器を下ろしてください」


 しかし、男は僕の言葉を聞き流して槍を振り下ろす。その攻撃を刀身で受け止めると、キリキリと金属同士が擦れあう甲高い音が鳴り響いた。


「そんなこと、するわけがないだろう。俺達は偉大なる我らが主のために、この世界の秩序を壊すと決めたんだ」

「……たくさんの人を傷つけて、騙して。許されるとでも思っているんですか」

「馬鹿言え。許されるつもりなんて毛頭無い」


 男が笑う。そんなもの、くそ食らえと言うように。そして、男は槍の長身を利用して、滑り込むように僕へと肉薄した。


「俺達の役目は既存の秩序を崩壊させるまで。その後は我らが主と七楽章様が世界を正しい方向へと導いてくれる。そうなれば『許し』など些細な問題だ。どうだ、お前もこちらにくるか? 今ならまだ迎え入れてやる」


 男の目はぎらぎらと輝いている。その腹の決まったような顔つきに、僕は思わずたじろいだ。

 なにが彼らをここまで動かしているのか。西ユーラシアの信仰を否定し、東ユーラシアの規律を拒絶し。混沌に満ちた世界の先に、一体何が見えているというのだろう。

 それはきっと僕には想像できないものだ。たとえ混沌の先に確かな光があるのだとしても、今回のように一般市民を巻き込むような選択をしていいはずがない。この時点で、僕と目の前の男たちの思考は平行線だった。話し合っても答えが出ないのはわかりきっている。

 であるなら。

 僕は何としても、目の前の脅威を払わなければならない。力で以て、彼らの思想と未来を否定しなければならない。

 いまはただ、僕が守りたいと思うものを守るために。


「……僕は」


 絞り出すように声を出す。腹の下に力を込めて、床を踏みしめ剣を握る。意識を外にもっていけば、背後で闘う仲間の音が聞こえてきた。その音を聞いていると、ふつふつと胸の奥底から勇気が湧き上がってくるような心地がする。


「貴方たちを否定する。その覚悟に、今も揺らぎはありません」


 そして、僕は油断を見せた男の槍を弾き飛ばした。槍がくるくると宙に浮き、男の顔が一瞬にして焦りに支配される。

 そこからは、もはや本能だった。

 男が慌てて槍の柄を掴み、こちらに警戒の色を見せる。僕も男が見せた隙を逃がすまいと無我夢中で大剣を振り抜いた。男の準備不足な槍と僕の大剣がぶつかりあい、相手の防御を弾き飛ばす。そして、間髪を入れずにもう一度攻撃を叩き込んだ。

 その一撃に速さはない。けれど、その代わりに重みとリーチがある。

 男は僕の攻撃を回避しようと身を仰け反らせた。しかし、大剣の剣身は男の肉体を見事に捉える。

――斬った。

 それは、瞬きの合間で腕に走った感覚だった。

 男の肉体が断ち切られ、断面からは血が溢れる。ぶしゃり、だとかびしゃり、だとかふさわしい音はなにかなど例えようもないけれど。ただ確かなことは、僕の一撃で男の肉体が両断されたこと。そして、目の前が言葉通りに真っ赤に染まったことだけだった。

――斬った。

 悪霊の縁を切るときのそれとは違う。肉体を吹き飛ばすときのそれとも違う。必要に迫られて死神の足を切断したあの時よりも、僕の腕は酷く重かった。

 顔を上げれば、男の肉体が地面に崩れ落ちるところが見える。赤黒い液体を身に纏い、こちらを木のうろの如く空虚な瞳で見つめながら、男は弱々しく腕を僕に向かって伸ばしていた。やがて男はぴくりとも動かなくなり、ただの肉人形のように床に転がる。


「……っ」


――僕が、斬って、殺した?

 胃袋が収縮する。ぐわんぐわんと視界が揺れる。「人を殺す」覚悟は決まっていたと思っていたのに、僕の腕に残ったのは嫌に生々しい感触だけだ。

 頭では分かっている。本当の死神は肉体が壊れたところで死にはしない。現に黒い何かが彼の肉体の周りをふよふよと浮いていた。ビルの倒壊現場から回収したモノと同じものだ。だから、僕は彼を真の意味では殺していない。

 それでも、目の前に転がる肉体は確かにそこで死んでいた。

 抜け殻となった肉体をじっと見ていると、酸っぱいものが食道を遡ってきた。久しく感じていなかった吐き気が僕のことを襲ったのだ。同時にめまいを覚えた僕は、ふらりと大剣を支えにしながらその場でよろめく。


「深月さん!? 大丈夫ですか!?」

「おい、あの男を狙え! 今ならいける!」

「それはさせません……! 貴方たちの相手はこの私です!」


 遠のく世界の中で、リゼと死神たちの叫ぶ声が聞こえた。

――そうだ、このくらいのことで、立ち止まっていいはずが無い。

 逆流してきたものを飲み込み、僕は気の抜けた足を叱咤する。はあ、と息を吸い込んで、震える瞼をこじ開けた。


「すみません、少し力が抜けました。リゼさん、カバーありがとうございます」


 僕の背中を守ってくれていたリゼに礼を言うと、リゼは「いいんですよ」と笑顔を浮かべた。先程まで彼女がいたところには死神の死体がいくつも転がっている。その光景を見るだけで、彼女が歴戦の猛者であることがひしひしと伝わってきた。


「こちらの死神もあと半分くらいでしょうか。魂はあとで回収して、監査局に引き渡しましょう」

「はい。ここからは、引き続き僕も闘います」

「無理は禁物ですよ。辛くなったら、何時でも言ってくださいね」


 リゼの優しさが心に染みる。僕は「ありがとうございます」とリゼに伝えて、あらためて武器を構え直した。

 できる限り無力化に集中しよう。そう心に決めて、僕は斬りかかってくる死神の武器を弾き飛ばした。人を斬る感覚は好きではないし、必要以上に傷つけるのも僕の信条に反する。

 そして、僕たちは互いに背中を合わせながら死神を少しずつ対処していった。蓮花には「抑え込めれば充分」と言われていたけれど、模擬戦でのコンビネーションが活きたのか、期待以上の成果が見込める。この調子であれば、完全無力化も可能だろう――そう思っていた時だった。


「流石ね」


 一陣の風が僕の頬に吹き付ける。それは知っている風だった。僕たちははっと手を止めて、その風を生み出した張本人に視線を向けた。

 戦場から一歩引いたところで、アリスがこちらを見つめている。彼女は両腕を組み、蓮花側にも暁の教団がわにもどちらともつかない場所に立っていた。これまで、粉塵と死神に隠れて様子を伺っていたのだろう。


「……アリスさん」


 武器を抜く様子のない彼女に声をかける。すると、彼女の双眸は僕を一瞥した。その目つきは先程の男と同様になにかの覚悟を決めている。その姿を見て、僕はこれから彼女が何をしようとしているのかを理解した。

 武器を交えないで済むのならそれが一番いいのかもしれない。互いに『規律』を重んじる死神同士だ。けれど、たとえ目標地点が同じであったのだとしても、そこに辿り着く方法はごまんとある。

 そして、もしその航路に納得がいかないのなら――。


「深月」


 アリスの凜とした声が僕の名前を呼んだ。春風のように優しく、けれど吹き抜ける突風のように真っ直ぐに。その声を浴びて、僕は彼女の意志を再確認する。


「……やるんですね」

「ええ」

「分かりました。リゼさん、他の死神を任せても良いですか」


 僕の言葉で、リゼは僕たちがやろうとしていることを察したようだ。たじろぎながらも裁ち鋏を握りしめ、彼女は大きく頷きを返す。


「……はい。任せてください」


 そういってリゼが白軍服の死神達に向かっていくのを見送ってから、僕たちは互いに向き直った。

――何かを語るまでもない。彼女が求めることを、僕は理解している。

 大剣を構える。彼女もまた、漆黒の風を纏いながら自身のナイトリー・ソードを創り出した。血と粉塵の粉っぽい香りが鼻をかすめて、僕たちの間を吹き抜ける。


「私は『雄風』アリス・ブランシェ。深月、貴方の覚悟を、貴方の信じる『規律』のあり方を私に見せて」


 戦塵の中、僕に剣先を向けた彼女の顔には迷いのひとかけらも見当たらなかった。


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