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葬送哀歌は夜明けとともに  作者: 月乃はな
第一幕「規律の御旗を揚げる刻」
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Episode16「反撃の狼煙を上げよ」③

 衝撃音から咄嗟に瞑った瞼を持ち上げると、真っ先に武器を競り合わせる二人が目に入る。蓮花の手にも男のものより少しばかり細身の槍が握られていて、僕はそこでようやく何が起こったのかを理解した。

 あの一瞬で、男が繰り出した攻撃を蓮花が防いだのだ。

 正に奇襲と言っても過言ではないその槍を払いのけ、蓮花は自身の武器を男に向ける。それは槍先にさらに刃がついたすらりと長い長柄武器だ。柄の先にははらりと長い漆黒の布がたなびき、その槍先は男が作り出した槍に負けず劣らず鋭い。受け止められた衝撃か男は我に返ったように目を見開き、蓮花はすっと笑みを深めた。


「暴力に頼るなんて――規則違反よ、貴方」


 待っていました、とでも言いたげな蓮花の顔に、僕たちは自分たちの作戦が成功したことを実感した。

 ルカが提案した作戦。

 それは、向こうに規則違反をさせる、といったものだった。

 正直言って、相手が本物の「極夜卿」ではないのなら充分に勝ち目がある。そして、皆の心酔を覚ますためには、彼の掲げた栄光や理想が荒唐無稽であることを示す必要がある。それ以外にも目標はあるが、それでも全ての目的を達成するためには、武力による衝突が最も手っ取り早く、単純な作戦だ。

 だが武力行使の唯一の壁は、規則において自衛や緊急時を除き行使が認められていないことだった。新たな『規律』を掲げるのなら、細微に及ぶ正当性をもって男を倒さなければならない。

 そこでルカが提示したのは「正当防衛」であった。

 爆弾魔を捉える際に武力行使が認められたことと同様に、向こう側から不当な攻撃をしてもらえばいい――ということだ。


「貴方の目指す形がなんであれ、規則は規則。例え調停者であったとしても、規則は守らなければならないわ」


 蓮花が浮かべた笑みを見て、極夜卿は怒りで顔を歪ませた。隣の爆弾魔の男だけが「何やってんだ!」と明らかな焦りを見せている。


「貴方は規則違反で拘束されなければならない。罪状は言論統制よね。なら、きっと刑罰は『果て送り』。協会の死神として、私が責任持って送りましょう」


 そう言って、蓮花はヒールを鳴らしながら極夜卿に近づいた。蓮花が近づくごとにその眉間に寄せた皺をさらに深くする男は、ただ無言で蓮花のことを睨みつけている。


「おい。おまえらのその質問は挑発であり侮辱だ。これも立派な規則違反なんじゃないか? 確か、公共の秩序を乱す発言もまた禁じられていただろう」


 にじり寄る蓮花と極夜卿を名乗る男の間に割り込むように、それまで呆然と立ち尽くしていた俊宇が割り込んできた。爆弾魔は冷静に三人の様子を伺いながらも、不機嫌そうに足で床を叩いている。そして、爆弾魔もまた「この男の言うとおりだ」と俊宇の発言に賛同した。


「私はただ現実的な質問をしただけよ。彼はあの西ユーラシアの惨劇を起こさないために民の心を集めなければならない。『極夜卿』などという名前が通用するのも最初のうち。次第に彼は彼自身の力で未来に舵を切らなくてはいけないの」


 俊宇がすっかり黙り込む。苛立ちを抑えるように唇を噛みしめながら、男の目はひたすらに蓮花のことを貫いていた。しかし、そんな視線など視界には入っていないと言うように、蓮花の双眸は未だ顔を歪めたままの極夜卿に向けられる。


「示しなさい。貴方が調停者の座に座るというのなら。私も、私の『規律』を示すから」


 蓮花の言葉を聞き届け、男は槍を握る手にさらに力を込めた。「黙れ」という言葉が聞こえてきそうな迫力で、男から大ぶりの一撃が繰り出される。しかしその動きは瞬発力に欠けていて、再び蓮花がその攻撃を受け流そうと槍を構えた。

 その時。


「全く、やはり不完全な人形は必ずエラーが起きますね」


「回生の樹」とは反対側の、冥界の果てまでを見晴るかす巨大な窓ガラスを突き破り、ひとつの白い影が部屋の中に飛び入ってきた。バラバラになったガラス片をスパンコールのように煌めかせ、初老の男がはらりと舞台に舞い降りる。

 前提として、ここは四百四十四階だ。世界一高いブルジュ・ハリファでさえ二百六階までしかなく、その高さはゆうに八百メートルを超えることを考えれば、その二倍以上の高さを持つこの本部の高さは一千六百メートルを超えるはずである。

 つまり、こんな異次元の高さを誇るビルの最上階に――しかも窓から――人が乱入してくるというのは、この場にいる殆どの死神が想像できなかった。そして誰もが驚愕で硬直する中優雅に着地したその男は、蓮花に向かって一礼するなり――目の前の極夜卿を名乗る男を外に向かって蹴り飛ばした。


「貴方、何を!」


 瞬きすら許されない速さで、男の肉体が吹き飛ばされる。蓮花の制止は届かずに、男の肉体は四百四十四階の高さから真っ逆さまに落ちていった。この高さでは助かるわけがない。それでも市民の混乱を防ぐため、蓮花がルカに「今すぐ下に降りて」と指示を出した。蹴り飛ばした張本人と言えば、純白のコートのすすを払いながら、ただ優しそうな笑みを浮かべている。

 その笑顔が不気味で、そして同時に僕はある種の既視感を覚えた。あの、全てを知り尽くしているような笑顔。まるで、自分は観客でも舞台に上がる役者でもないと言わんばかりの、台本がスムーズに進むようにと動く裏方のような、そんな笑顔。

――ああ、あの男は。

僕を「門」に突き落とした男だ。

僕の視線に気が付いたのだろう、男がこちらを見てふ、と更に口角を持ち上げる。


「これは深月様。此度の公演は楽しんでいただけていますでしょうか」

「貴方は」

「ええ。貴方が脳裏に浮かべているその男は、私で間違いありませんよ。お久しぶりですね」


 男の笑顔がこちらに向けられ、僕は思わず息を呑んだ。僕を「門」に突き落としたり、はたまたどこからかビルの最上階に飛び込んできたりと、この男の行動はその穏やかそうな顔つきからは想像できないほどに気が抜けない。彼の一挙一動に警戒していると、蓮花が僕に顔を向ける。


「深月。貴方、この男のことを知っている?」

「は、はい。この人は――僕を冥界に送り込んだ方です。突然夜道を襲われて、門に突き落とされました」

「……なるほど、つまり友好的な死神では無いのね。それだけでも確定できるなら充分よ」


 蓮花があらためて武器を構える。その刃先は今にも男を貫かんとしているけれど、突然の乱入者はただ落ち着き払った様子で部屋を眺め回していた。


「おい『聖譚』。今回はお前の出る幕じゃねえだろう。しかも、『円舞』が作った人形まで壊しちまって」


 困惑と緊張の中、声を上げたのは爆弾魔だ。赤髪のその男は親しげに、同時に嫌悪感を示しながら乱入者に話しかける。乱入者もまた、爆弾魔に対して親しげに言葉を返した。


「これでいいのです。やはりあり合わせの記憶で作った極夜卿には、彼女の感情が最も反映されている。あの人形が不具合を起こした時点で、我々のプランAは失敗しているのですよ」


 であるなら、と男が続ける。


「早急に、プランBに移行するべきでしょう。つまり、この協会を崩壊させる方法――そう、蓮花様が例えたように、五百年前の公演の再演を行います」


 そう言って、男は優しくも恐ろしくもある笑みを浮かべながら、武器を構える蓮花のことを嘲るように見つめる。そして、まるで舞台の上に上がる役者のように、地面に散らばったガラス片を踏み抜いた。

 五百年前の公演――僕にはその言葉が良く分からなかった。それでも、その言葉を聞いた蓮花や柊、そしてカサンドラが武器を構えたのを見て、彼の発言が恐ろしいものであることを理解する。


「さっきから、人形って――つまり、あの極夜卿は死神ではなく、作り物だったってことですか」


声を震わせながらもそう訊ねるリゼに、「聖譚」と呼ばれた男は首肯した。


「ええ。よくできていたでしょう。あれは我々の仲間が作り上げた集合記憶の造物。極夜卿はかくあるべしという人々の妄想が構築した偽物です。まあ、作った張本人の思想が染みついてしまっていたという欠陥はありましたが」


 極夜卿はかくあるべし。

「聖譚」を名乗る男の言葉に、僕は覡の言葉を思い出す。彼はあくまで第三者的視点から極夜卿の統治について分析していたが、少なくとも彼の自己分析はあまり間違ってはいなかったのだろう。

 完全無欠の王。

 孤高で、威厳があり、実力も伴っている。記憶の造物云々についてはよくわからないが、恐らく再現されたのは彼の性格だったはずだ。是以外を許さない態度と、それを許せるだけの実力――があると思わせる威圧感。もし彼が冥界の空の色を白いと言えば、そうなってしまいそうなほどだった。


「とにかく。あれは理想を超えることができなかった。そう、蓮花様の指摘は間違いではないのです。あれに足りないのはそれを成し遂げるための現実的な施策であり、その理想を現実のものにするだけの力だったのですから」


 結局はつくりもので、偽物だ。それは男にとっても不満な結果だったのかもしれない。でなければこうして表に出てくることはなかったはずだ。仲間だと推測される爆弾魔が動揺しているのも、彼の登場が意外であったことの証左だろう。


「ですが、我々にはあります。理想を現実にするための施策も、実力も。現に――五百年前、我々はそのための一公演を演じきりました。今回は、それと同じことをするだけですよ」

「……つまり。『救済』の統治が陥落したのは、あなた達のせいなのね」


 蓮花が導き出した答えは、男の笑みを更に深くさせた。その反応に支部長を含む三人は嫌悪感をあらわにする。


「ど、どういうことですか」

「五百年前。西ユーラシア死神協会はテロリストによって崩壊しました。その犯人は不明のままでしたが――ついに、目の前にその犯人が現れたってわけです」


 僕の質問に答えてくれたカサンドラはさらに続ける。


「あいつらは言いました。西ユーラシアの目指す『救済』は実現不可能だと。自分たちが新しい『救済』を掲げるのだと。最初こそ議論が行われましたが、それは次第に武力による対立へと変化しました。その結果――西ユーラシアの調停者は死に、西ユーラシアの秩序は崩壊したのです」


 カサンドラの視線は、鋭く二人の白衣の男を射貫いていた。その目には憎悪と悔恨の炎が燃えている。しかし、そんな視線に貫かれてもなお、男達は飄々とそれらの視線を流した。その態度は、彼らがその「崩壊」に対して肯定的な感情を持っていることを示している。

 一つの統治区の秩序を崩壊させた犯人。

 彼らが、僕たちの目の前に立っている。プランAでは偽物の極夜卿を使い、表向きには穏便に統治の舵を乗っ取ろうと企てた。それが失敗に終わったため、彼らはプランBに移行するという。そしてそれは、「五百年前」の再演だとも。

 ということは。

 そこまで考えて、僕の脳裏には最悪の未来が描き出された。


「ああ、皆様。貴方達の想像は、すぐに現実のものになるでしょう――さて。舞台が始まる前には、役者の名前を知らしめなければなりませんよね。それが一番の告知になります故」


 僕たちの警戒を他所に、男は両手を拡げて大きく――舞台の開演を知らせるお辞儀のように――深く頭を下げた。ぴったりとワックスで固められたその髪は、少しも綻ぶことなくこちらに向けられる。


「皆様、大変長らくお待たせいたしました。序幕はここまで、これから始まるのは第一部の最終幕。主演は元調停者の楊蓮花、相対せしは私ども――『暁の楽団』にございます」


 男の口上を、僕たちは遮ることができなかった。それは男の姿があまりにも堂々としているからかもしれないし、男の意図が計り知れなかったからかもしれなかった。僕たちが呆然としている間にも、男はさらに言葉を連ねていく。


「私の名は『聖譚(オラトリオ)』クリス。そしてこちらは『狂想(カプリチオ)』ウィルバート。我らは太陽を落とす黄昏の使者であり、いずれ空を支配する月光でございます。さあ、東ユーラシアの命運を賭けた公演の幕を上げましょう」

「――皆、戦闘態勢! 彼らの目論見を阻止するわよ!」

「はい!」


 そう高らかに告げた男の手によって。そして、それに反応した蓮花によって。

 東ユーラシアの未来を変える、闘いの火蓋が切って落とされた。

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