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葬送哀歌は夜明けとともに  作者: 月乃はな
第一幕「規律の御旗を揚げる刻」
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Episode16「反撃の狼煙を上げよ」②

 極夜卿を名乗る男が調停者の座を奪ってから、二日が経っていた。

 たった二日。されど、その二日で本部の様子はがらりと変わる。

 蓮花が座っていた席は極夜卿のものとなり、死神たちの心の中にでさえ蓮花の居場所は存在しない。突如本部に現れた蓮花を見て、死神たちが思うのは「いまさらなにをしようというのか」という呆れだった。


「何用だ、蓮花。考えでも改めたのか」


 東ユーラシア死神協会本部、四百四十四階。漆黒の石によって創りあげられたそのフロアは、目の前の椅子に座す男の威圧感を倍増させる。冥界の空のように黒々とした髪の毛と闇を湛えた深紅の双眸は、なるほど確かに覡を想起させた。髪型こそ違うが、構成要素は確かに似ていたのだ。

……しかし、これほどまでのプレッシャーを僕は覡に対して感じたことはない。それはまさに、現役時代の「覡紅夜」が持ち合わせていた威厳なのだろう。


「まさか。貴方と私の考えが交わることはないわ」


 けれど、蓮花は怯まない。腕を組み、不遜な態度に思われそうなほどに目の前の極夜卿を名乗る男を見据えている。まるで、自分はお前と対等なのだ、と言わんばかりに。


「なに、別に貴方と争いたいわけじゃない。私はただ、貴方に確かめたいことがあってきたのよ」

「ほう。確かめたいことか」


 男の深紅が僕たちを貫く。その目は冷徹で、冷酷で、覡のものと同じはずだというのに全く異なる宝石がはめ込まれているようだった。


「今一度、貴方の理想を教えてちょうだい。貴方は何を望み、何を目指すのか。この東ユーラシアをどのようにしたいのか」


 蓮花も負けじと男を見つめ返す。視線を逃がした方が負け、とでもいうような視線の応酬に、周囲の僕たちもごくりと息を飲んだ。肺を押しつぶすほどの緊張にふと目で辺りを見渡せば、男の側に立っているアリスもまた、男のことを見定めるように見つめている。この場で笑顔を浮かべているのは例の爆弾魔だけだった。


「私の理想か。そんなもの、言わずともわかるだろう。現状からの脱出と改革。これに尽きる」


 男は続ける。当たり前だと前置きをして。


「冥界は変わらなければならない。『規律』というのは、それについていくことができないものを振り落とし、見捨てる理念だ。他の地域に行けば良いと考えるだろうが、『自由』も『平等』も肌に合わない死神はどうなる? 皆行き場を失い、死神としての主命を果たすこともできなくなる。それでは、救えるはずの死神も救われないというもの」


 男の目が鈍い光を放った。


「私は新たな『規律』をもって、そのような死神たちを救済する。『規律』を正しく運用し、全ての死神の明日を拓く。それこそが私の理想であり、目指すべき東ユーラシアのあり方だ」


 堂々と告げられた男の指針に、蓮花は「そう」と淡白な返事を返す。この男が示した理想は蓮花の目にどう映っているのだろうか。耳で聞く限りは「全てを見捨てない」という言葉はとても魅力的に聞こえるけれど。


「貴方にとって、『規律』は調停者がもたらすものなのね」

「ああ。絶対的な指導者の下にのみ、完全なる『規律』による秩序がつくられる」

「その理想のためなら、貴方はテロを容認するの?」

「無論。あらゆる障害を払うためには、手段など選んではいられないだろう」


 男の答えを、蓮花は冷静に聞いていた。眉一つ動かさないその姿には、目の前の男に対する諦念が僅かに滲んでいる。


「――わかったわ。それが、貴方の考えなのね」


 その声は、まるで最終勧告のように部屋に響いた。ただひたすらに、窓の外に生える回生の樹ばかりがこの部屋を見下ろしている。唾液を嚥下する音すらも許されないと錯覚するほどの緊張が室内を支配した。蓮花と極夜卿は互いを射貫くように見つめ、決してその視線を外さない。そして、いつまで続くのか不安に駆られるほどの静寂を破ったのは蓮花の大きなため息だった。


「……やはり、貴方に『規律』は似合わない」


 それは、目の前の男への落胆を示していた。諦念でも憤怒でもない。ただの失望で、ただの幻滅だ。その視線は淡々と男のことを捉えたまま、男の返答に呆れているようだった。


「『規律』とは、それに反する者を除外する理念。その為には武力すら辞さないのは、規則にもあるとおり。罰則規程第六条にもそう書かれている――そうだろう、アリス」


 しかし、そんな蓮花の表情など意にも介さず、男は側に控えるアリスに言葉を投げかける。突然の名指しに驚いたらしい彼女は気まずそうにこちらを一瞥した後、「ええ」と小さく肯定した。


「お前の掲げるかつての『規律』は、確かに今の私には合わないだろうが。だが、その『規律』が変われば、さしたる問題ではないだろう。無論現状の規則を大幅に変えるつもりはない。前提にある『規律』の範囲を拡げるだけだ。私の言っていることに、なにか問題があるだろうか」


 蓮花は何も言わなかった。後ろで聞いている僕からしても、今の極夜卿が目指すところを革新だとするのなら、彼の言い分に反論の余地はない。テロを認めるなんて癪ではあるけれど、今の彼の発言や考え方に反抗することは統治における強硬手段を手放すことに他ならないのだから、上手いこと言い返すのは難しいはずだ。けれど、蓮花の顔には僅かな焦りも見られなかった。何も言わずに男の言い分を聞き届け、そしてゆっくりと腕を組み直す。


「そうね。貴方の話は貴方の前提においては確かに正しい。貴方から見れば、私たちは貴方の掲げる『規律』の敵なのだから。ただ、一つだけ訂正させてもらうわ」


 長い沈黙の後、蓮花がついに口を開いた。その場の視線がすべて蓮花に向けられて、しかし蓮花は笑みすら浮かべながら声を上げる。


「『規律』というのは、秩序を保つために王が与えるものではない。秩序を保つために掲げた、冥府との誓約なの。調停者を含めた全ての死神が目指すべきあり方そのものなのよ。つまり、衆の共感を得なければその目標は闇へと消える。それこそ――かつて、西ユーラシアの調停者が『救済』を掲げ――そして、信頼を得られずに失墜したように」


 蓮花の発言に、男の眉がひくりと動いた。それを見とめて、蓮花はさらに笑みを深める。


「なぜ批判が集まったのか、貴方も知っているわよね。調停者が掲げた『救済』という目的が、あまりにも遠すぎたから。だからこそ、かつての貴方はより現実的な目標を立てるようになった。それが突然『救済』となんら変わりない方針へと方向転換するなんて。『救済』の二の舞を演じることがないように、貴方は一体――」

「黙れ、蓮花」


 突如。なにが逆鱗に触れたのか、男は地を這うほどの低音で蓮花のことを威圧した。声こそ荒げてはいないものの、その迫力は蓮花ですら驚きのあまり動きを止めるほどだ。しかし男は周りの雰囲気を気にもとめず、蓮花のことを食い殺すほどの眼力で睨みつける。


「『救済』は失墜などしていない。それ以上彼の愚弄はやめろ。お前が、その魂を惜しいと思うのなら」


 蓮花の発言に怒りを露わにする姿は、まるで自身の大切なものを傷つけられたとでも言わんばかりだった。その眉間に刻み込まれた皺は彼の怒りを如実に表している。普通の死神であれば、彼の威圧感に失神していても可笑しくはないけれど、その怒りを呼び起こした張本人である蓮花は、笑みすら浮かべて男のことを一瞥した。


「あら。間違ったことは言っていないでしょう? 貴方の目指す未来と『救済』が違うものであると証明しなければ、貴方の統治が信頼を得ることは難しいわ。誰も、ゴールの見えない船旅になんて出たくはないでしょうから」


 蓮花が瞳をすっと細める。視線の剣はまるで男を貫くように、あるいは切りつけるように、鋭く男に向かって突き立てられた。

 沈黙の中、二人は視線だけで応酬を重ねる。一体二人は何を考えているのだろうか。外野の僕たちには到底想像できなかったけれど、それでも二人の間に激情が渦巻いていることだけは感じ取った。ふつふつと、男の怒りが熱を増していく。

そして、幾ばくかの静寂のあと、蓮花がついに口を開いた。


「極夜卿を名乗る男よ。前調停者として、そして『極夜』の友人として貴方に問うわ。貴方は一体、『規律』と『救済』でどこを目指すの? まさか『果て』ではないでしょう?」


 蓮花が皮肉交じりにそう言った、その直後。

 男の手から、まるで鞭のように漆黒の槍が伸びた。虚空から創り出されたその刃先は瞬く間に目の前に立つ蓮花に向けられる。

 そして。

「回生の樹」が見下ろす調停者の執務室に、空気を切り裂く音が鳴り響いた。

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