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葬送哀歌は夜明けとともに  作者: 月乃はな
第一幕「規律の御旗を揚げる刻」
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Episode15「分かたれた道」③

 僕たちは皆何も言えなかった。柊もカサンドラも、ルカに対してあたりの強いアリスでさえ、すっかり黙りこくってしまっている。

――まさか、覡が極夜卿だったなんて。

 よくよく考えれば、確かに覡と極夜卿には似ているところがあった。近寄りがたい雰囲気だとか、漆黒で染めたような髪の毛だとか、神秘的な赤い瞳だとか。最も、覡の方が幾分か柔らかく、接しやすくはあるけれど――考えれば考えるほど、極夜卿は覡そのものだった。


「……リゼさんは知っていたんですか?」


 ふと、隣で気まずそうに視線を逸らすリゼに訊ねる。すると、リゼはシャンパンゴールドの瞳を震わせながら、「はい」と小さく頷いた。


「うちの店長から特別な客だと言われまして――私が専属で着いていたんです。すべては覡さんの身分を隠すため。ですから東京支部の事情を知っているのは、本当にごく僅かでした。蓮花会長とルカさんを除けば私と店長だけで、監査局にすら伝えなかった。その理由については、蓮花会長が教えてくれたとおりです」


 そういえば、蓮花の話では極夜卿――覡が調停者の座を降りたのは、白い軍服の集団を追うためだった。覡はそのために以前から存在が秘匿されていた特殊な支部、東京支部に身を寄せて、ルカと共に動いていたのだ。

 確かに、調停者よりも協会の支部長という立場の方がはるかに自由だ。協会を脱退する手もあったかもしれないが、協会員であることによって渡界の認可が下りやすくなったり、身内の協力が得やすかったりするのだから、覡の判断はきっと最善だったのだろう。


「ただ、表向きには失踪扱いにしたことが災いしてこんな事件が起きてしまった。俺が表に出てきたのはひとえにこの問題を解決するためだ。もちろん、深月の救助が一番のきっかけではあるけどね」

「……すみません」


 僕が気を抜かなければ、ルカに手間をかけさせることもなかったのではないか――そんなことを考えて、僕は反射的に頭を下げる。しかし、ルカは気にしないで、と僕の肩を軽く叩いた。


「深月が気に病む必要は無いよ。全ての始まりは俺のせいだし、所長にも責任はある。むしろ俺たちのせいと言っても過言じゃないほどには。だからこそ、俺たち二人はあの偽物の極夜卿の正体を突き止めなければならないんだ」


 確固たる覚悟を宿したルカの蒼が、僕たちのことを貫く。その奥には覡のものとよく似た深紅がちらついて見えた。

 ルカの瞳に射貫かれて、カサンドラと柊も息を飲む。ルカの言葉に、示した意志に、覡の面影を感じたからだろう。


「リゼもああ言っていることですし、貴方の言っていることの方が信じられます。少なくとも私にとっては、ですけれど。ですが、そのことを市民に知らしめ、支部長たちに知らしめるのは難しいでしょう。なにせ、こちらは本当の極夜卿を隠さなければならないのですから」


 けれど、柊の示した懸念はこの場にいる皆が共に頭に思い描いていたものだった。本物か偽物か分かったところで、それが盤面を覆す一石にはならないからだ。


「向こうが『極夜卿』という名で戦うのなら、私たちはその名を使わずに『規律』の理念の正当性を――蓮花会長の正当性を訴えなければなりません。あくまで、本物の存在は奥の手として残した上で」


 人を信じるか、理念を信じるか。それはこの東ユーラシア統治区においては重要な問題で、乗り越えなければならない壁の一つだった。そのことはこの場にいる皆が理解しているのに、上手い策が見つからず、僕たちは全員黙り込んでしまう。

 そんな中、これまで意識を失っていた蓮花が、ゆっくりとその場の状況を確かめるように瞼を持ち上げる。リゼが真っ先に「会長!」と蓮花に駆け寄って、心配の種が消えたように笑顔を浮かべた。


「……ここは」


 一方で、壇上の覇気を失ったその声は未だぼんやりとしていた。皆の視線が一斉に蓮花を向き、蓮花もまたこちらをじっと見つめて、やがて静かに頭を抱える。


「どうやら、手間を掛けさせたみたいね。ごめんなさい、私が頼りないばかりに」


 蓮花の謝罪を前に、カサンドラが一歩前へと進み出た。白い蓮花の手を取って、跪くような形でカサンドラは言葉を紡ぐ。


「そんなことを仰らないでくださいな、蓮花会長。我ら、決して後悔はしておりません。むしろあの極夜卿の鼻を明かしてやろうと考えているのです。なにせあの極夜卿、とっても気に食わないんですもの。規律を無視する規律の王など、信用に値しませんから」

「ええ、カサンドラの言うとおりです。私たちは自らの意志でここにいます。蓮花会長、私たちは皆、貴方を信じることにしたのです」


 柊とカサンドラ二人の言葉に、蓮花は何も言わずに俯いた。そして、力なく眉を下げて強がりを感じさせる笑みを浮かべる。


「――ありがとう、二人とも。リゼ、アリス、そしてクロトに深月。貴方たちがいるだけで、まだ立ち上がれる気がするわ」


 しかし、蓮花は口ではそう言っているものの、僕には酷く弱々しく見えて仕方がなかった。まるで突いたら倒れてしまうドミノのように、あるいは叩いたら砕けてしまうガラスのように感じられるその姿に、一抹の不安を抱かずにはいられない。

 ふと隣を見てみれば、ルカもまた心配そうに蓮花のことを見つめていた。


「ルカ」


 その時、蓮花の瞳がルカを見る。不安げに揺れるその輝きを押し隠すように、蓮花は真を持った声で続けた。


「――あの極夜卿は偽物。そう信じて良いのよね?」


 その言葉はルカの反応を窺うようだった。芯を持っているのに、どこか心に引っかかるところがあるのか、完全な自信を宿すには至っていない。けれど、そうなってしまうのも仕方の無いことなのだろう。極夜卿に信頼されたのに、IDカードを持った極夜卿に詰められたのだから。

 ルカはそんな蓮花の現在の状況を見とめると、ああ、と大きく首肯した。


「アレは偽物。どうやってIDを偽装したかは知らないけれど、ともかく所長は君を信頼している。だから安心してくれ、彼はまだ君を見限ってなんかいないよ」


 それに、とルカが笑顔で続ける。


「所長が本当に君と敵対するのなら、俺はこうしてここにはいない。そうだろ?」


 蓮花の精神状態に鑑みれば、ルカがこうして明るく振る舞ってみせるのも、きっと蓮花のことを思ってのことなのだろう。柊もカサンドラも、リゼも含めて皆が蓮花を励まそうとしている。僕も何かしなければ、と思いながらも、励ますなんていう経験の無い僕には、蓮花になにを言えば良いのか分からなかった。

 その時、ふと柊の後ろに立つアリスに視線が引き寄せられる。先程から黙ったままのアリスは何か思い悩んだ様子で、蓮花ではない地面をじっと見つめていた。そんな様子のおかしいアリスに気を取られていると、パン、という小気味良い音が鼓膜を震わせる。


「ひとまずはどこか腰を落ち着けられる場所で休憩しよう。すぐに行動したいのはやまやまだけど、思い詰めたままでは思考が凝り固まって、良い案なんて出てきやしないからね」

「悔しいですがその点にはルカに賛成します。蓮花会長、我らと一息つきましょう。目の前の壁を見上げるばかりでは、超える方法など見つかりません。確かこの辺りには、レストランが一つあったはずです」


 ささ、とカサンドラは蓮花の手を引き、柊は肩を貸しながら、ルカの後ろをついていく。レストランとなると、僕は何も食べられないだろうけれど、それでも座る場所が欲しいのは理解できたから、僕も大人しく彼等のあとに続いた。

 けれど、アリスは――なにか思うところがあるらしい。何も言わず、黙ったままで、皆の列からふらりと離れる。リゼはクロトの手を引いていて、ルカたちの意識も蓮花に集中している。どうやら、アリスの離脱を見たのは僕だけのようだった。

 僕たちから離れていくアリスの背中は、その背筋こそしゃんと伸びていたけれど、放置できるほど強くもない。

 そして、僕もまた――そんなアリスの姿を見てしまった以上、見なかったフリをするのは憚られた。


「……リゼさん。すみません、少し席を外します」

「え、あ、ちょ……深月さん? ……あれ、アリスもいない?」


 そんな困惑するような声が後ろから小さく聞こえてくるのを聞き流す。僕はただひたすらに遠ざかっていくアリスの背中を追った。






 アリスは暫く歩いた後、十三区を取り囲む東の森に少し入ったところで立ち止まった。東の森は薄暗く、うっすら霧がかかっていて、光という光が殆ど些事込んでこない陰気な場所だった。生えきった林冠を見上げればその暗さは良く分かる。冥界を照らす『回生の樹』の光のひとすじすら、この森には届いていないのだから。


「アリスさん!」


 森を包む霧の中、アリスを見失う前に僕は大声でアリスの名前を呼んだ。彼女はハッとしたようにこちらを振り返ると、「どうして」と消え入るような声で呟く。


「突然居なくなるから、心配して追ってきました。なにか悩んでいることがあるんじゃないかって」

「別に、ついてこなくても良かったのよ。私はただ、気持ちを整理したいだけで」

「……ごめんなさい。過ぎた心配でしたかね。なら僕、少し離れたところにいますから。気持ちの整理がついたら声をかけてください。流石にこんな暗いところから、一人で帰るのは危ないと思うので」

「まって」


 少し離れようとしたところで、僕の腕はアリスによって掴まれる。まさか引き留められるとは思わなかったので、僕の身体はいきおいよくつんのめってしまった。


「ごめん。一人でこんなところに来ておいて、勝手なことなのは分かってる。でも、少しだけ側に居てくれる?」


 そう言って気まずそうに僕の表情を窺うアリスは、僕の袖を弱々しく握っている。軽く腕を振れば振りほどけてしまいそうな弱さに、僕の喉は音を鳴らした。

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