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葬送哀歌は夜明けとともに  作者: 月乃はな
第一幕「規律の御旗を揚げる刻」
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Episode15「分かたれた道」②

「それで、これからどうするのです」

「……まさか、君たちがついてくるとは思わなかったよ」

「何を。極夜卿にああ命令されてしまっては、従わなければ余計に動きづらくなるでしょう」


 カサンドラの言葉に首肯した柊に、ルカは「確かにね」と肩を下げた。

 蓮花を連れた僕たちは、極夜卿の命令によって東ユーラシア統治区の辺境――十三区の西端を訪れている。本部のある第一区とはほど遠い田園風景が広がり、建物も平屋が軒を連ね、道を歩く人も見当たらなかった。高い建物は一切無く、遠景としてビル群を臨むことしかできない。正しく、寂れた田舎という言葉が目に見える形で広がっている。


「さて、蓮花会長はすっかり意識を失っているみたいですし。ここからは我々が動くべきだと思うのですが、どうですか」


 カサンドラがそんな言葉と共に集まった死神たちを一瞥した。ここに集まっているのは、皆議会で極夜卿に異論を唱えた者たちだ。未だ気を失ったままの蓮花を除けば、カサンドラ、柊、ルカの三人の支部長たち、そしてアリスとリゼ、僕とクロト。たった七人という少人数ではあるものの、皆極夜卿への疑念を拭えず、ひとまずは本部を離れるべきだと判断して、この十三区まで移動することにしたのである。


「でも、何をするべきか考えないと。極夜卿の統治をひっくり返す――そんな大それたことを実現する方法を」


 ルカの意見に、カサンドラと柊は沈黙で同意を示した。

 ここにいる者たちの考えていることは同じだった。

 極夜卿が認められない。完全に信じることができない。そんな僅かな疑念を捨てずに持っていたものたちだけが、今この場に集まっている。


「やはり人員が必要でしょうが、残念ながら我の部下は他の支部に異動願を出したそうです。極夜卿のいうことなら、きっとそれは正しいのだろうと――全く、本当に呆れます。社会に生きることを決めたのならば、信じるものにこそ疑いを向けるべきでしょうに」


 ため息をつくカサンドラは、貴方の所はどうなんです、と柊に視線を向ける。その瞳に見つめられた柊は力なく首を横に振った。


「もう二人部下がいますが、今は現世の方に遠征させています。十三区へ追放されたのは私たち個人ですから、彼等を巻き込むわけにはいきませんよ」

「うちもあともう一人居るけど、東京の留守を任せているからね。通常業務に支障があれば、冥府からお叱りを受けることは間違いなしだ」

「――つまり、今居る七人だけでなんとかしろと。そういうことでしょうか」


 カサンドラの導いた結論に異を唱えるものはいない。皆が気まずそうに視線を逸らし、石段に寝かせた蓮花を見つめた。


「では、そこの四人の若者に、自己紹介をしなければなりませんね。これから我らは運命共同体。謀反を起こすのなら、最悪流刑も考えられます。互いのことは知っておくべきでしょう。それに、その方がなにか良い策が出てくるかもしれませんから」


 そういって、カサンドラは淡い栗色の髪の毛を靡かせた。


「我の名はカサンドラ。カサンドラ・クセナキス。協会においては西端の支部、アテネにて支部長を務めております。まだまだ若輩者ですが、どうぞよろしく」


 アリスのものよりも薄いペリドット色の瞳を細めたカサンドラが、僕たちに向かってゆっくりと礼をする。その仕草はじつに上品で、蓮花の持つ力強い気品とはまた異なる美しさを感じさせた。彼女を前に、僕の声も思わず震えてしまう。


「よ、よろしくお願いします」


 カサンドラの放つ雰囲気は、アリスやリゼ、蓮花やクロトというような、僕が今まで接してきた女性とはまるで異なっている。リゼよりも少し背が低いくらいだろうか、くせっ毛なのかくるくるとウェーブがかった栗色のロングヘアーはふんわりとした雰囲気を放っているけれど、彼女の立ち振る舞いは野原に咲く一本の花のように静かで淑やかな強さを持っていた。


「君が若輩者とか、冗談は止めてくれよ。俺よりも遙かに年上じゃ……いった!」

「黙ってください。我は東ユーラシアの支部長としてはまだまだ後輩です。まあ、ルカよりは先輩だとは思いますけどね」


 カサンドラの肘がみぞおちに入ったのか、ルカが腹を押さえて呻いている。クロトがうずくまるルカに駆け寄って治療をしようとしたけれど、「大丈夫」とルカは首を横に振った。痛がるルカには申し訳ないと思いながら、普段の飄々とした様子からは想像できないやりとりに僕は思わず笑みを零した。


「なにを笑っているのです。今はそんな余裕はありませんよ」

「……すみません」


 ぴしゃりとカサンドラに注意され、慌てて笑顔を引っ込める。

 そうだ。僕たちはこれからどう動くのか、しっかりと話し合わなければならない。

 極夜卿によって、蓮花は調停者の座を降ろされた。本来であれば、議会の決定にしたがって、極夜卿につくべきなのかもしれないけれど。


「では、まずは互いの意見の共有から始めましょうか。まずは私、柊から。これは私の考えではあるのですが――正直、あの極夜卿は極夜卿らしくありませんよね」


 柊がため息交じりに遠くにそびえる本部を見つめながらそう言った。


「柊もそう思いますか。我も同じことを考えていました」


 続いて、カサンドラが同意を示す。


「もし本当にあの男が極夜卿だというのなら、何を見てその考えを改めたのか突き止めなければ納得できません。そして、もし彼が極夜卿ではないのなら――その証明を、我らはしなくてはなりません。どこの馬の骨とも知れぬ輩に『規律』の舵を握らせるわけにはいきませんから」


 二人の話を聞く限り、あの極夜卿はどこか「おかしい」らしい。たった一日で全てが変わってしまうことがあるのだとしても、あの変わり様は異様だという。


「我に言わせれば、あの極夜卿は『規律』とはかけ離れています。系統で言えば、かつての西ユーラシアのものに近いでしょう」

「西ユーラシアの理念、ですか」

「ええ。すなわち……『救済』ですね。こぼれ落ちるものに慈悲を与え、導き、善行によって己の罪を洗い流す。あちらは我々東ユーラシアの協会という形ではなく、宗教の意味での教会として西ユーラシアの秩序を守っていました」


 そう語るカサンドラの口調は、まるで過ぎ去ってしまった遠くのものを懐かしむようだった。出会ったばかりの人の内情に踏み込むことはできないけれど、彼女の表情からだけだとしても、西ユーラシアになにか思い入れがあることは推察できる。カサンドラは哀愁を漂わせながら、染み渡るようにゆっくりと言葉を続けた。


「『規律』と『救済』。これらはまるで異なっています。明文化されたものに従うことと、己の心に従うことは違いますから。そして……あの極夜卿についてですが、『極夜卿』という名前を使ったようにしか思えないのです。具体的な策もなければ、現実的な理論すら掲げない。ただ、支部長たちのもつ蓮花会長への不満をかつての実績による期待感で塗りつぶしただけ。名前の持つ説得力は強いですから、皆が賛同してしまうのも仕方が無いかもしれませんが……末端の会員にまで心を砕いてきた蓮花会長の方が、まだ期待できるでしょう」


 カサンドラの説明は、すとんと僕の中で腑に落ちた。確かに、あの議会の場で極夜卿は理想を並べ、多くの支部長から支持を得た。けれどそれは理想に過ぎず、現実的な航路ではないのだ。

 いわば、かつての栄光を理由にした信仰の形成。規則を土台とする「規律」とはほど遠い同調。カサンドラや柊が疑念を覚えたのは、正しく極夜卿のそういうところだったのだろう。


「とまあ、こういう理由で我と柊は蓮花に着くことを決めたのですが。さっきから何も言わないそこの東京支部長代理はどうなんですか」


 そういって、カサンドラがペリドットの双眸をルカへと向ける。痛みから復活したらしいルカは、一歩退いたところから僕たちの意見交流を眺めていた。どうやら、彼は彼なりに――なにか思うことがあるようだ。ルカの考えていることは浮かべているものが笑顔だとしても読みにくいけれど、今の彼はいつも以上に複雑そうな感情を抱えているらしい。


「俺も似たような理由だ。でも、もっと単純だよ。あの極夜卿のやり方は気に食わない。テロを容認してまで、既存の規則を無視するなんてね」


 柊の隣から、「規律を無視した貴方がよく言うわ」という小さなぼやきが聞こえてきたが、ルカはそれを流れるようにスルーする。ルカの言い分に柊はなるほど、と納得した様子を見せたものの、カサンドラは納得がいっていないようだ。彼女は細い両腕を組み、怪訝そうに眉間に皺を寄せている。


「でも、それだけではないでしょう?」


 そして、カサンドラがルカのことを見つめながらそう言った。なにか確信を持って投げられたその言葉に、ルカはひくり、と眉を動かす。


「貴方はあの極夜卿が偽物だと分かっているような口ぶりでした。IDカードが本物だと分かってからも彼の真偽を疑っていたのは蓮花会長と貴方だけ。あの議論において発言したなかでは、ですけれど」


 カサンドラのペリドットが確かめるようにルカを射貫いた。ルカもまた、彼女の追及の視線から逃れるようなことはしない。真っ直ぐに、彼女のことを見つめ返している。


「つまり、我が思うに……貴方は何か知っているのではないですか? 我らの知らないことについて」


 カサンドラの言葉に、柊も、アリスも、リゼですら言葉を飲み込んだ。クロトが僕のズボンの裾を掴み、僕はクロトの手を握る。数刻前に会議室で感じたあの緊張感が、再度僕たちの間に流れ始めた。

 沈黙には充分すぎるほどの時間が過ぎる。その緊張の糸を切ったのはルカだった。ルカは一度蓮花のことを見、そして黒い上空を見上げてから、何かを決心したように息を吐く。


「――そうだね。知っているよ」


 ルカの透き通るほどの蒼が煌めいた。なにかの覚悟を宿したその瞳は、いつになく鋭く、冷たく、けれど確かな温もりを灯している。


「教えてくれますね。我らに」

「ああ。この際、もはや隠す必要も無い。ちょうどこの辺りには人もいないしね」


 そういって、ルカは諦念のため息に溶かすように言葉を紡いだ。


「俺は極夜卿が今どこにいて、何をしているのかを知っている。いや、知っている、程度の話じゃない。俺は今、極夜卿の下で動いている。なぜなら、彼は俺の――俺たちの上司だからだ」


 その時、ルカの双眸が僕たちを一瞥する。ルカの発言を咀嚼して、僕はまさか、と息を飲む。


「東ユーラシア死神協会東京支部の現支部長。彼こそが二十五年前に姿を消した真なる極夜卿――覡紅夜、その人だ」

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