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葬送哀歌は夜明けとともに  作者: 月乃はな
第一幕「規律の御旗を揚げる刻」
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Episode14「御旗に集うものたち」①

 鼻先をかすめる爽やかな花の香りに刺激され、僕の意識はゆっくりと浮上する。

 瞼を持ち上げれば、そこには息を飲むほどの真っ黒な花畑が広がっていた。


「……まただ」


 三度目になる異様な世界の光景に驚くことも無く、僕はただあの人を探すために視線を動かす。彼が「果ての花園」と称したこの場所は、相変わらず変わらない景色が地平線の向こうまで続いていた。一つだけ他と違うのは、目の前の小高い丘の上に立てられた誰かの墓標だけだ。

 そういえば、あの墓は一体誰のものなのだろう。

 がらんどう――この場所をそんな風に表した時の、拒絶するような彼の表情が目の裏にこびりついて離れなかった。あの墓の下には、彼にとって大切な誰かが眠っているはずなのに。

 ふと思い立って、僕は丘を登り始める。さわさわと音を立てる黒い百合は、僕のことをじっと見上げるように揺れていた。

 石造りの質素な墓標。今回は墓前に供えられた花がなく、刻まれた文字が何を意味しているかは分からない。それでも、この石は誰がなんと言おうと誰かが埋まった墓だった。


「そうだ、お供えは」


供え物を探して、僕は辺りをぐるりと見回す。しかし、辺り一面に咲き乱れる黒い百合以外、供えられそうなものは見つからなかった。前回と同じ供え物に申し訳なく思いながら、僕は花を手折って墓前に置く。すると、一つの影が墓に重なるように降ってきて、僕ははっと顔を上げた。


「あれ。また来たんだね」

「あ」


 白い百合を手にした男がいつの間にか僕の隣に立っている。彼はふ、と頬を緩ませると、墓前に花を供えて静かに目を瞑った。


「――まさか、こんなに早く君が来るなんて。君の後ろ姿を見つけて驚いたよ」


 黙祷を終えた彼は、どこか嬉しそうにそう呟く。


「僕も正直驚いています。まだ一日も経っていないのに」

「君が冥界に落ちたからかも。もしくは、僕と君の『縁』が間接的な何かによって結ばれたからかな」

「……この前も、そんなことを言っていましたね。貴方と僕は結ばれているって」


 縁。妙に耳に残るその言葉を舌の上で転がすと、男は嬉しそうに眉を下げる。


「人を含め、この世界に存在する全ては縁で繋がっているんだ。あらゆる巡り会いは縁によるもので、縁は全てを変えるための力を持っている。いや、縁があるからこそ、人は何かを変えることができるんだろう」


 そう言葉を続けた彼は、何か言いたげに瞼を伏せると、僕たちの目の前にある墓標に手を伸ばした。白い指が墓石を撫でると、世界が喜ぶように風が彼のコートをひらめかせる。その風はいつかのように彼の頭を隠すフードを持ち上げると、「果て」の空を想起させる彼の髪をあらわにした。

 例えるなら、濁りを知らない高級な絹糸のような。この世のものとは思えないほどの艶をもったその白銀は、空から降り注ぐ光を一身に浴び、黒い花畑の中でひときわ映えていた。


「君はどうやら、この一日で冥界の多くと縁を結んだようだね」

「僕が、ですか」


 男は頷く。白と黒の世界で唯一の鮮やかな色彩を放つ彼の双眸が僕のことをじっと見つめた。本来頭上に広がる空の色と呼ぶべきその瞳は大きく、彼のどこかあどけなさの残る顔立ちを際立たせる。こうして向かい合ってちゃんと彼の姿を見たのは初めてだったから、僕は思わず息を忘れた。男というよりも青年に近い顔つきだ。少なくとも、彼の放つ雰囲気は覡や柊のような年長者の風格というよりも、ルカのもつ親しみやすさによく似ている。


「世界を変えるにはまだまだ足りないけど、君の大切な友人を守るためには充分だろう。あとは、君がどれだけその縁に食らいついていけるか、だ。折角結んだ縁でも、無下にし続けていればいずれ切れてしまうから」


 縁とは繋ぎ続けるもの。一度繋がったからと言って、放置していてはその縁は薄れていく。交流のないかつての友人との間に距離が生まれてしまうように。


「だから、もし君が何かを変えたいと望むなら、こんなところで揺蕩っていてはいけない。君は今掴むべき人の手を見極めなければならないんだ」

「……それは」

「そんな顔をしないでくれ。別にもう来るなって言っているわけじゃない。こうしている間にも、蓮花の治政は揺らいでいる。今の君には他にやることがある、っていっているんだよ」


 そう言われて、僕は目を瞬かせた。どうして彼が東ユーラシアの現状について知っているのだろう。僕がどこの人間かも、今何が起きているのかさえも、彼には何一つとして伝えていないはずだ。

青年の目が細められる。ルカの蒼よりも遙かに透明度の高いその瞳は、まるで僕の考えていることなど全て見透かしているように輝いていた。


「……とにもかくにも、君は早く冥界に戻らないと。前にも言ったとおり、僕たちの縁は既に繋がっている。暫く会えなくなったとしても、間接的に僕たちを繋げる縁によって、また僕たちは出会うだろう。だから、その時がくるまではお別れだ」


 間接的な縁とは何なのだろう。彼の言っていることは相変わらずよくわからない。直接言ってくれれば良いのに、彼はこうしてもったいぶるように僕に情報を教えてくる。まるで長大な物語の語り部のように、彼の言葉は未来をほのめかすだけで、明確に語りはしないのだ。


「なら、せめて貴方の名前を教えてください」

「僕の名前?」

「はい。名前を知っていれば、会える確率は上がると思います」


 僕の提案に、青年は目をきょとんと丸くした。そんなことを言い出すとは思っても居なかったような表情だ。しかし、彼はすぐにその顔に平静を取り戻すと、ふわりと花が綻ぶような笑みを浮かべた。


「……そういえば、言っていなかったんだった。僕の名前はアレクシス。気軽にアレクと呼んでいいよ」


 アレク――そう乗った青年の姿を、僕は記憶に焼き付ける。こんな不思議な出会いをしたのに、この出会いに意味が無いとは思えなかったからだ。夢から覚めても、また彼のことを探せるように。次第に白に塗りつぶされる視界の中で、彼の空色を忘れないように。


「そろそろ別れの時間だ。頑張ってね。これから、君は数多の選択をすることになるだろう。君の前にあらゆる壁が立ちはだかることだろう。それでも、ひたすらに前に進むんだ」


 彼の声が遠くから聞こえた。白い空と黒い花畑で構成された、異質な世界が僕を排除しようとしている。僕の意識は遠のいて、全てが白に変わっていく。

 何となく、もう夢でこの場所に来ることはできないような気がした。「果て」にたどり着くためには、きっと僕がこの墓標を見つけ出さなければならないのだろう。


「深月」


僕がこの世界を離れる直前、アレクの言葉が耳をかすめた。


「世界を変える公演の終幕で、僕は君を待っている」







「深月さん!」


 僕を呼ぶ声に、意識が急速に浮上する。突き上げられるように顔を上げれば、何か硬いものに額がぶつかった。


「いったあ……と、突然起き上がらないでくださいよ!」

「ご、ごめんなさい」


 ぼやける目を瞬かせれば、僕が横になっているベッドの側で、リゼが鼻を押さえている。どうやら僕が起き上がった勢いで、リゼの顔にぶつかってしまったらしい。そのおかげか僕の寝惚け眼もすっかりさめて、慌てて僕は頭を下げる。

 すると、リゼの下からひょっこりと桃色の頭が現れた。


「あ、深月お兄ちゃん目が覚めたんだね」

「く、クロト?」

「ルカお兄ちゃんについてきたんだ。深月お兄ちゃんが危ないかもしれないからって」

「……凄いんですよ、この子。あっという間に貴方の傷を治したんです」

「でも無理はだめだよ。わたしの力はお兄ちゃんの自分で傷を治す力を強くするだけだから」

「わかった。ありがとう、クロト」


 どうやら、リゼとクロトが看病をしてくれていたらしい。僕の身体に刻まれていたいくつもの傷はすっかり無くなっている。少しばかり倦怠感は残るものの、動けないというわけではない。僕は身体をゆっくりと起こして、寝そべっていたベッドに腰掛けた。

 ベッドが四つ並んだこの部屋は、見る限り仮眠室のようだ。隣のベッドには誰かが寝ていた痕跡が残っている。


「アリスさんは?」

「アリスは数分前に目を覚ましましたよ。傷も全て治っています」


 死神の肉体は自己修復が可能だ。人間のそれよりも遙かに強いその能力は死神だけの特権と言っても良いだろう。けれど、治ると言っても痛覚が無いわけではないし、至近距離で爆発を受けて意識を失い、心配にならないわけがない。僕がほっと胸をなで下ろすと、リゼも嬉しそうに眉を下げた。


「だから、貴方が起きてくれてよかったです。ルカさん曰く疲れが溜まっていただけのようですが、皆心配していたんですよ」

「心配をおかけしてすみません。リゼさんも、色々とありがとうございます」


 リゼが居なければ、ルカはきっと来てくれなかったはずだ。最悪の場合、アリスもリゼもボロボロになって、僕も命を落としていたかもしれない。住民にも被害が出ていたことだろう。

 彼女のキラキラ光るシャンパンゴールドを見つめ礼を告げると、リゼはふい、と気恥ずかしそうに目を逸らす。「心配させないでくださいね」と呟く彼女の耳はリンゴも驚くほどに赤らんでいた。


「そ、それはそれとして! お目覚めのところ申し訳ないのですが、少しだけ助力をお願いしてもいいでしょうか。いや、少しで済むかは分からないのですが……とにかく、ちょっと面倒なことになっていまして」

「面倒なこと?」


 リゼは言いづらそうに顔を歪めながら首肯した。

まだ問題は解決していなかったのだろうか。確か、爆弾を設置したと思われる容疑者はもう捕まえたはずだけれど。それとも、なにか他に問題でも起きたのかもしれない。

そう思ってリゼに詳細を聞こうとした、その時だった。


「彼が『規律』の死神だとは認められません!」


 扉の向こうから、アリスらしき女性の叫び声が聞こえてくる。そのあまりの剣幕にクロトが肩を跳ねさせて、リゼははあ、と頭を抱えながらため息をついた。


「扉二枚隔てているのにこの大きさって……クロトちゃん、そして深月さん。ごめんなさい。手を貸してくれますか」

「い、一体何があったんです?」


 あそこまでアリスが声を荒げるなんて普通ではない。アリスは基本的に落ち着いているし、冷静に物事に向き合う女性だということは、一日一緒に仕事をしただけの僕でも分かっている。だからこそ、リゼの言う「面倒なこと」は相当な事態なのだろう。


「アリスって良くも悪くも素直なんですよ。そして自分の信じるものにも真っ直ぐで。だから、よく人と衝突するんです」

「あー……」


 リゼの話に心当たりがあって、僕は思わず視線を泳がせる。そういえば、彼女は自分の思ったことを素直に言うところがある。関東支部での件についても、素性の分からない男と一緒は嫌、というのは至極当然なことではあるのだが、正直ちょっと傷ついたのを思い出した。


「中でも、アリスが酷く衝突した人が居るんですけど、それが」

「しかも、この男があの東京支部の支部長代理だなんて!」


 アリスの抗議の声がリゼの言葉をさえぎるように響いてくる。リゼは呆れたようにため息を重ね、僕も何となく扉の向こうで起きていることを察して苦笑いを浮かべた。


「――ルカさん、ですね」


 謎にしては簡単すぎるそれを解明し、リゼは「はい」と申し訳なさそうに項垂れた。







 扉を貫通するほどの抗議の声が聞こえてきたのは、仮眠室のすぐ側に作られた会議室だった。本来は支部同士が打ち合わせや情報交換を行う場所で、関東支部を始めとする今回の事件の対応を行う支部のリーダーが雁首を揃えていた。

 その中心に立っているのが蓮花である。そして、彼女たちの視線は部屋の中央、ダークブロンドの髪の青年と亜麻色の髪の女性に集まっていた。


「目が覚めたんだね、よかった。クロト、リゼ、どうもありがとう」


 議論の渦中にいるであろうルカは、部屋に入ってきた僕たちを見るなり笑顔を浮かべる。彼を取り巻く死神達は皆が皆険しい顔をしていたから、その温度差に少しだけ気まずくなった。


「深月、コレが貴方の上司って正気?」


 続いて、アリスの目が僕を貫く。その鋭さに踵を返してベッドに帰りたくなったけれど、僕はなんとか踏みとどまって、場を収めようとぎこちなくも笑顔を向けた。


「えっと……ルカさんは僕の上司、というか先輩に近いというか」

「まあ今は上司に近いかな。俺は東京支部の代表としてここにいる。というか、コレ呼ばわりは酷くないか」

「貴方にはそのくらいで丁度いいわ。今までどこにいたのかと思えば、まさか東京支部に隠れていたなんてね」


 ルカに対するアリスの視線は当初僕に向けていたものよりも冷たかった。その目はあの爆弾魔に向けるような剣呑さで、ルカに今にも斬りかかってしまいそうなほど勢いがある。一方、そんな目を向けられている筈のルカは表情に動揺を見せることなく、落ち着いた様子でアリスや自分を取り囲む支部長たちを見つめている。


「まあ、東京支部は蓮花会長からの依頼で独自に動いているから、君たちが存在を知らないのは仕方の無いことだよ。でも『隠れていた』なんて人聞きが悪い言い方はしないでくれ。それとも、なにか俺は君に嫌われるようなことでもしたのかな」


 いつもと変わらない、飄々とした笑顔を浮かべた彼に、アリスはその眉間の皺を深くさせた。どうやら、アリスの触れてはいけないところに触れてしまったらしい。


「ルカ。忘れたとは言わせない」

「あ、アリス。落ち着いて」


 アリスはリゼの制止も聞かずにルカに詰め寄る。そして、貫くようにルカの胸を指さした。


「貴方の……貴方のせいで、極夜卿は姿を消したのよ」

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