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葬送哀歌は夜明けとともに  作者: 月乃はな
第一幕「規律の御旗を揚げる刻」
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Episode13「我らが『規律』の名の下に」③

「――お前は」


 男がルカをじっと見つめる。その表情には僅かな驚きがにじみ出ていたが、しかし男はすぐに挑発的な笑顔を取り戻し、距離をとるべく後ろへと飛び退いた。


「まさか邪魔されるとは思わなかったが。なぜお前がここにいる?」

「組織の情報網をなめないでくれ、と言いたいところだけど、後輩から救援依頼が来たからね。悪いけど、これ以上好き勝手はさせないよ」


 自らの獲物よりも数倍大きな斧を持った男に向かって、ルカは身じろぎも躊躇いもせず朗々と言葉を紡ぐ。その立ち姿はいつも以上に大きく見えて、僕はふう、と安堵の息を吐き出した。


「リゼ。隙を見て、アリスと深月を連れて離れてくれ。いいね」

「は、はい」

「深月。よく犯人を引き留めてくれた。ありがとう」

「っ、はい!」

「よし。じゃあ始めようか」


 青の双眸が真っ直ぐに男を捉える。ダークブロンドの髪がゆれ、瞬きすら許さないほんの一瞬の間に、ルカは男の懐を狙って飛び込んだ。

 剣筋はまるで流星のようで、僕たちはその戦いに目を奪われる。

 男の対応は僅かにワンテンポ遅れていた。肌を切られるすれすれの所で、男は斧の柄を使って攻撃を受け流す。しかし、ルカの攻撃はその程度では止まらない。地面に受け身を取って流れるように立ち上がると、男の背中に向かって短剣を一閃した。それもまた受け止められるが、明確に、僕とアリスによる攻撃の捌き方とは違う点があった。

 男が押されている。

 僕たちのことなど眼中にないほどに、先程までの余裕ぶっていた顔を歪め、ルカの攻撃を見極めんと眉間を険しく寄せていた。


「この野郎っ!」


 蓄積した怒りにまかせ、ルカの攻撃を弾いた男が斧を振り被る。どうやら、先程僕たちを吹き飛ばしたあの攻撃を繰り出そうとしているようだった。


「ルカさん!」


 思わず僕は声をあげる。ルカはあの男が斧に爆弾のエネルギーをつぎ込むことを識らないはずだ。至近距離で爆発を喰らってしまえば、例えルカであっても怪我を負うだろう。

――けれど、ルカは僕たちの予想を遙かに超える動きを見せた。

 振り下ろされた斧にあえて近付くように、ルカはその身体を男の懐に潜り込ませたのである。

 男の目が零れんばかりに丸くなる。まさか、自分から斧に「当たりにくる」なんて考えもしなかったのだ。


「感情的になるのはよくないよ」


 それはまるで囁くように、驚きを隠せない男に告げられる。そして、斧がルカの皮膚を貫く直前に――男の肉体は軽々と蹴り飛ばされた。

 骨とコンクリートがぶつかった鈍い音が鼓膜を震わせる。勢いよくビルの壁に叩きつけられた男は、土煙の中で崩れ落ち、やがてふらふらと立ち上がった。


「……お前」


 ぎろりと男がルカを睨む。しかしルカは憎悪の籠もったそれに少しも動じることなく、改めて剣を握り直した。ここからが本番だ、とでもいうように。

 どちらからだっただろうか。いや、恐らくほぼ同時だったのだろう。二人は互いに地面を蹴って刃を重ねた。

 剣と斧がぶつかり合う音がしきりに聞こえてくる。一秒の息をつく間もない応酬の中で男にこちらを邪魔する余裕はないだろう。リゼは慌ててアリスに近寄り、その身体を持ち上げて僕の方まで駆けてきた。


「アリスの怪我は大分塞がってきています。あとは意識が戻るのを待つだけです。深月さんは……まだ無理そうですね」

「すみません。でも、歩くくらいならできますから」

「わかりました。ここはルカさんに任せて、私たちは本部の中に入りましょう」


 リゼの肩を支えに、僕はずるずると足を引きずりながら本部ビルの中に退却する。コンクリート製のロビーの奥にたどり着いてしまえば、ルカと男の戦闘も僕たちの中から遠ざかった。


「深月さん。私は上に上がって助けを呼んできます。だから少しだけ、アリスとルカさんをお願いしてもいいでしょうか」


 リゼの提案に僕は首肯する。リゼは少しだけ心配そうに逡巡した後、頬を引きつらせながらぎこちない笑みを浮かべた。


「大丈夫です。私たちの『規律』は揺らぎません。だから、きっと皆力を貸してくれるはず」


 そう言って、リゼはすっくと立ち上がってビルのエレベーターに走って行く。その背中を見届けて、僕は改めてガラスの向こうで繰り広げられる戦闘に視線を向けた。

 変わらずルカは優勢だ。男の攻撃を難なく捌き、大ぶりな相手の隙をついて男の防御を崩していく。

そしてついに、その時は訪れた。

 視界に鮮烈なまでの赤が映る。それが一体どちらのものかなど想像するまでもない。

 ルカの攻撃が男の右腕を切り裂いたのだ。

 男の防御がとたんに崩壊する。その隙を見逃すほどルカは優しくはなかった。僅かにぶれた動きを見極め、ルカが更に男に攻撃を加える。

 腹、左腕、足、胸。それらは全て致命傷にいたるほどの深さではないが、男がまともに動けなくなるほどに、しかもそれをほんの数秒で、ルカは男の身体を幾度も切りつけた。


「……殺しはしない。ただ、君には道具になってもらうよ。この騒動を落ち着かせるための道具にね」


 まるでさきほどの意趣返しのように、ルカはにこりと笑みを浮かべる。どさり、と土埃を挙げながら倒れた男を見下ろし、とどめと言わんばかりに短剣を男の腹部目がけて突き刺した。がは、という血を吐く男は、その反応を最後にぴくりとも動かなくなる。

思えば、あっけない戦いだった。

 ルカは終始男から優勢を勝ち取っていたし、男はルカに押されてばかりだった。僕たちを手のひらの上で転がしていたような相手から、ルカは易々と勝利を得たのである。

 ルカは強い――いや、僕がまだ至らないだけだ。

 勝利による安堵の中に僅かな苦みを感じながら、僕は男を拘束するルカを見つめた。しばらくすると本部の中から応援に駆けつけた警備員が何人も現れる。警備員はルカをみるなりぎょっとしたが、すぐに「ご協力に感謝いたします」と敬礼すると、男の身柄を本部の地下にずるずると連れて行った。


「……ありがとうございました」


 引き渡しを終えたルカに僕は頭を下げる。 

 いくら感謝しても足りなかった。僕は自分たちなら犯人を取り押さえられると過信して、リゼもアリスも巻き込んで、無謀にも犯人の前に突撃した。ルカが駆けつけてくれなければ、僕は今頃息をしていなかっただろうから。


「深月」


 ぽん、と肩に手が乗せられる。顔をあげれば、そこにはいつもと変わらない笑顔を浮かべるルカがいた。


「君たちの判断は正しかった。救援要請が少しでも遅れていたら俺は駆けつけられなかったし、深月やアリスがいなければあの男は暴徒に紛れて本部を爆破していただろう。そうなっていたら、今以上に被害者が出たに違いない」


 君たちはよくやったよ。

 ルカの言葉が胸中を温かく満たしていく。僕の無力さは僕が一番理解しているけれど、それでも彼の優しさがじわりと心に染みた。同時に、僕の意識が異様な浮遊感に包まれる。緊張の糸が切れたからか、あるいは疲労によるものか。なんとか踏ん張ろうとしたものの、身体はすでに限界を訴えていた。


「すみま、せ」

「おっと……大丈夫、傷は手当てしておくから。お疲れさま」


 倒れ込んだ身体がルカによって受け止められる。意識を手放す寸前、エレベーターホールからこちらに歩いてくる人影が見えた気がした。








「何故お前がここにいる」


 カツン、と靴底を鳴らしながら現れた数人の死神たちは、ルカを視界に入れるなり嫌そうに顔を歪めてそう言った。ルカは死神たちを一瞥すると、ふん、と小さく鼻を鳴らす。


「何故って、君たちのフォローをしにきたんだよ。本部が頑なに動かないんだから、動ける奴が動くしかないだろう」

「これは協会の問題だぞ。お前に立ち入る隙は――」

「俺はもう協会の会員だけど。まあ、不安なら蓮花会長に確認してくれ。そんなことよりも、先ずは彼らを寝かせるベッドと医療キットを用意するべきだと思わないか。君たち議会の対応が遅れているからこそ、その尻拭いが彼らに回ってきた。彼らは君たちとは違って充分に働いたんだ。俺が何を言いたいか分かるよね?」


 死神たちが押し黙る。ルカの言葉には彼らにとっても間違いでは無く、急所を突かれて何も言い返せないようだった。

そんな彼らを冷ややかに睨みつけたルカは、議会の死神のことなど眼中にないとでも言いたげに、ロビーに戻ってきていたリゼに声を掛ける。リゼは何かを察したようにルカのもとに駆け寄ると、地面に寝そべったままのアリスの状態を確認した。


「……傷は完全に塞がりました。じきに目を覚ますとは思いますが、やはりベッドで寝かせてあげたいです。確か関東支部がある五階に仮眠室があったはずですから、そこに運びましょう」

「わかった。よし、そこに突っ立っている支部長の皆さん。どうか道を空けてくれ」

「お……お前っ!」


 耐えられなくなったのか、集まっていた死神のうち一人が不満そうに声を上げる。今にもルカに詰め寄ろうとしたところで、「待ちなさい」と凛とした声で制止が入った。ロビーにいる全ての死神の視線がその声の主に集まる。


「……会長」

「ここで争うべきでは無いわよ、ヴィノーダ。ルカ、駆けつけてくれてどうもありがとう。深月をつれて、しっかり休んで。そしてリゼ。アリスは私が運ぶから、あなたは医療キットを持ってきてくれる?」


 ルカたちの衝突を止めたのは蓮花だった。皆が呆然とするなかアリスの身体を横抱きにした蓮花は、リゼが先に救護室に飛んでいったのを見送って、アメジストを想起させる目を細めながらその辺りを見回す。

 ボロボロになった本部前の広場、削れたコンクリートの床、へこんだ向かいのビルの壁。そして、ルカの背中でぐったりと意識を失っている一人の人間。蓮花はどうやら自分が随分と遅れているらしいということを理解して、ゆっくりと瞼を伏せた。


「……情けないわね、調停者として部下に重荷を背負わせるなんて。皆が私を疑うのも仕方が無いかも」

「蓮花会長。今は反省している暇は無いよ」

「分かっているわよ。ヴィノーダ、俊宇、今から会見を開くからその準備を。カサンドラは他の支部長を集めてちょうだい。今回の事件は大規模で、きっと現状の対策本部だけでは済まないでしょうから」


 その場に集まっていた死神のうち三人が、蓮花の指名に「はい!」と返事する。途端に騒がしくなるロビーを見つめて、ルカははあ、とわざとらしくため息をついた。


「……ということは、これから本格的に『あいつら』を追うんだね?」


 本当にそれでいいのか。そう問いただすような視線を向けるルカに対し、蓮花は小さく頷きを返す。蓮花の双眸は揺らぐこと無く、真っ直ぐにルカを見据えていた。


「ええ。彼には悪いけど、こんな大事件が起きた以上、もはや私たちも部外者ではないのだから。『規律』を崩そうとするものを、私は決して許すつもりはないわ。だから、ルカ。申し訳ないけど、今回ばかりは力を貸して」


 蓮花の言葉にルカは目を丸くする。しかし、すぐにふ、と柔らかな笑みを零した。その言葉を待っていた、とでもいいたげに。


「もちろん。俺は協会の死神だからね。でも、ちゃんとリードを握っておいてくれよ」


 そう答えてルカが差し出した右手を、蓮花は笑顔で握りしめた。

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