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葬送哀歌は夜明けとともに  作者: 月乃はな
第一幕「規律の御旗を揚げる刻」
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Episode13「我らが『規律』の名の下に」②

「はああああっ!」


 アリスの攻撃に合わせ、僕もまた大剣を振りかぶる。左右両方からの攻撃であれば犯人も対応しきれないだろうと思っての作戦だ。僕たちの思惑通り、男は攻撃を受け止めることを諦めて後ろに大きく飛び退いた。その隙を逃さないように、アリスは瞬きすら許さない速さで更なる攻撃を次から次へと繰り出していく。しかし、男は嫌そうに眉を寄せただけでその全てを難なく捌いた。


「速いな、流石は『雄風』」

「私を知っていたのね」

「そりゃあな。関東支部の一番槍を知らない奴はいないさ。それに……敵のことを調べるのは、ごく普通のことだろう?」

「そう。貴方が素直で助かったわ。私たち協会を敵と称すなら、こちらも手加減はいらないもの」


 アリスの剣を例えるなら、それはきっと戦地を駆ける風だ。打ち込めば打ち込むほど、彼女の纏う風によってその勢いと速さを増していく。

対して僕の大剣はアリスほどの素早さはない。けれど、こちらにはそれ以上の重さがある。この違いを活かせば、きっといつかは男のリズムを崩すことができるだろう。

 そう頭を動かしながら、僕はアリスによる攻撃の合間を狙って男へ大剣を振り下ろした。大剣が彼に肉薄する。しかし男はそれを容易く斧で防ぐと、僕の攻撃を勢いよくはじき返した。


「それに比べて、こっちは遅すぎる」

「っ、まだだ!」


 僕はすぐさま剣を構え直し、諦めずに攻撃を浴びせ続ける。けれど男は息切れを起こすことなく、顔色一つ変えずに僕の攻撃を捌き続けた。その顔には笑みさえ浮かんでいて、どこか不気味さを感じさせる。


「はは、ここからは俺の番だ」


 直後。それまで防御に徹していた男の斧が僕に向かって振り上げられた。僕はその攻撃を大剣で受け止めて、何とか男の斧を横へと弾く。けれど、一つ攻撃を対処してもまたすぐに次の攻撃が飛んできた。

 斧と大剣がぶつかりあい、僕たちの間に火花が上がる。相手を射貫かんとするほどの視線を互いに交わし、ただひたすらに攻撃と防御を繰り返す。

 この駆け引きにおいては一瞬の気の緩みすら許されない。恐らく、いや確実に、先に気を抜いた方が負傷するだろう。

 けれど、僕は決して一人で戦っているわけではない。

 男の視線が僕に集まっている、今ならば。


「アリスさん!」

「ええ、任せて」


 僕の声に合わせて、男の背後をアリスが狙う。風に紛れて、アリスは男が僕に釘付けになる瞬間を狙っていたのだ。男は両手で斧を握っているし、彼の背中にはなんの今の男にアリスへの攻撃を防ぐ術はない。

 ようやく、相手にもう一度攻撃を与えられる――僕たち二人が、そう確信したときだった。


「不意を突いたとでも思ったか。俺が『雄風』を無視するとでも」

「なっ!」


 気が付けば、男はアリスの攻撃をもう一つの斧で受け止めていた。無論、僕の攻撃も斧で防いだままだ。ただ一つ数秒前と違う点を挙げるなら、僕の大剣を抑えていた斧を握る手は、いつの間にか片手になっていた。

――双斧。

 新しく創り出されたその武器に唖然としていると、男の笑みが怪しげに歪められる。何かを企んでいるようなそれに、僕の脳裏を嫌な予感が駆け巡った。

 この男の武器は斧だけではない。すっかりデスサイズ同士の応酬で忘れていたが、彼にはもう一つ、アリスにとっての「風」のような武器がある。

 そして今、僕たち二人は男との距離を詰めている。それこそ、前のように「壁」を生成できないほどに。


「……まさか」

「ああ、お前はトロいが、頭の回転だけは速いんだな」


デスサイズ――そう叫ぼうとした瞬間に、目の前の双斧が凄まじい音と光を伴って爆発した。慌てて大剣の面を壁代わりにしたけれど、衝撃ばかりは防げない。僕とアリスの肉体は爆風によって正反対の方向に吹き飛ばされて、その勢いのままコンクリートに叩きつけられた。

皮が摺れ、血が零れ、骨肉が悲鳴を上げる。運良く頭をぶつけずにすんだものの、身体中がミシミシと嫌な音を立てていた。目の前が真っ赤に染まり、爆風で切れた額から血が滴る。ぼんやりとする思考に鞭を打ち、大剣を支えに立ち上がろうとしたけれど、僕の足はすっかり力が抜けてしまって、情けなくもアスファルトに膝をついた。


「……アリスさん」


霞む視界で、僕は男の反対側にいるであろうアリスを探す。

受け身は間に合っただろうか。

意識はあるだろうか。

そんな不安に苛まれながら、僕は必死に目を動かした。

そして。

アスファルトに寝そべった、血まみれの一人の女性が視界に入った。吐こうとしていた息が止まり、ただ眼前に広がる光景に呆然とする。


「アリスさん」


美しかった亜麻色の髪は土煙と血に汚れ、ゴムが解けて地面に散らばっている。ワイシャツは赤く染まっていて、両腕からどくどくと血が流れている。ごふ、と苦しそうに彼女が咳き込めば、そこからも容赦なく血液が零れ出た。

――誰がどう見ても致命傷だ。

それもそうだ。僕の大剣ならまだしも、アリスの片手剣では防御しようにもしきれない。至近距離で爆発を喰らってしまえば、いとも容易く吹き飛ばされてしまう。四肢が繋がっているだけマシなのかもしれなかった。

救援を呼ばなければ――そう思い至り、僕は市街地にリゼの姿を探す。遠くから何かを叫びながらこちらに駆け寄ってくる姿を見て、僕は胸をなで下ろした。


「ミツキさん! アリス!」

「まさか、まだ仲間がいたとはな」

「黙ってください、悪人。こんなことをして……無差別テロを起こして、市民を煽動して! 一体何が目的なんですか!」


 涙を浮かべて叫ぶリゼは、今までに無いほどの剣幕で男のことを睨みつける。叫んだその勢いで、シャンパンゴールドの瞳から零れた涙がアスファルトにぽたりと染みた。


「何のためにって、そりゃあこの冥界に蔓延る『無秩序』を正しい『規律』によって統治するためだ。お前らネットを見てないのか」

「ネット、ですか?」


 男の発言の意味が分からず、僕たちは揃って疑いの目を向ける。男は信じられないとでもいいたげな表情を浮かべたあと、「仕方ねえな」とポリポリと頭を掻いた。


「いいことを教えてやろう。俺たちは極夜卿から命を受け、蓮花による統治を終わらせるためにここにいる。蓮花はあの極夜卿から調停者の座を強奪した偽王だ。少々手荒だが、アイツの掲げる『規律』の脆弱性を訴えるには、十分すぎる公演だっただろう。これを期に極夜卿は再びこの地に返り咲く。偽りの『規律』を追い出してな」


 偽王。

 男の口から飛び出したその言葉に、まるで頭を打たれたような衝撃が走る。隣を見れば、リゼは訳が分からないと言わんばかりに目を見開かせ、拳を小刻みに震わせていた。


「偽王。つまり、蓮花会長がニセモノだと。この騒動は、極夜卿の命令で起こしたものだと。貴方はそう仰るんですね」

「ああ」


 男の表情は揺るがない。自分の信じるものに余程の自信があるようだ。しかし同時に、リゼの瞳も真っ直ぐに目の前の男を冷静に見据えていた。まるで、男の掲げる「規律」を、取るに足らないくだらないものだとでも訴えるように。


「すみませんが、私にその手の嘘は通じません」


 リゼの手には、いつの間にか巨大な彼女のデスサイズが握られていた。全てを断ち切るその鋏に手を掛けて、リゼは淡々と言葉を紡ぐ。


「ミツキさん。もう救援は呼びました。間もなく柊さんが来るはずです。本部にも連絡しましたが、そちらは混線で繋がらなくて。でも、すぐに救援が来ますから。柊さんなら安心です。アリスは私がなんとかこちら側に連れてきます。だから貴方は、少しだけ後ろで待っていてください」

「リゼさん?」 

「テロリスト。私は、貴方に言いたいことがあります」


 リゼが僕の前に躍り出た。僕からは彼女のシルクのような金髪と大きな彼女の武器しか見えない。けれど、その背中はふつふつと、奥底から沸き上がる怒りを宿していた。


「会長は正真正銘の調停者です。例え冥界に認められずとも、例え彼女のやり方が極夜卿と違っていても、今の協会に彼女ほど『規律』を重んじる死神は居ません。それに」


 リゼはふう、と大きく息を吐く。それは怒りを落ち着かせるためのものだったのだろう。彼女の声はいつになく落ち着いて聞こえてきた。


「極夜卿は。私たちが敬愛するあのお方は、決して『規律』を乱すようなことはしないでしょう。『規律』とは、極夜卿が主と民に誓った、冥界との約束なんですから」


 リゼの言葉が男の放ったものとは違う力強い確信を持って放たれる。その姿勢を表するなら、信仰という表現も心酔という表現も間違っていた。

――そこにあるのは、圧倒的なまでの信頼だ。

 なぜ彼女がそこまで言い切れるのか、僕にもいまいち良くわからないけれど。それでも、びりびりと空気を震わせる彼女の感情が肌を介して伝わってきて、僕は思わず息を飲む。男もこれまでの余裕ぶった姿を忘れたように、ただあっけにとられてリゼのことを見つめていた。


「分からない」


 しばらくの後、ようやく男が発したのはそんな間抜けな声だった。


「なぜ、対応が遅れてばかりのリーダーを信じられる? なぜ、そんな情けないリーダーを信頼できる? なぜ、そこまで『規律』を疑わない?」


 男の疑問が立て続けにリゼにぶつけられる。しかし、リゼはその全てに動じること無く、背筋を伸ばして堂々と言い放った。


「それは、この目で長い間、あのお二人と関わってきたからです。今日会ったばかりの人の言葉より、私は自分の目を信じる。ただ、それだけのことなんです」


 信じるべきもの。それを判断したリゼの決意は、男には最早動かせそうになかった。それほどまでにリゼの意志は盤石で、その信頼は揺るがない。男はそのことに気が付いたのか、諦めたようにはあ、とため息をついた。


「……なるほど。一枚岩では無い、ということだな。蓮花に対する不満が膨れ上がってきたところを狙ったつもりだったが、そう上手くはいかないらしい。お前にしろ、あのミッシェルとかいう男にしろ、協会での信頼は厚いようだ」


 男はそう言いながら斧を構える。男の背後には未だアリスが気絶したまま倒れていて、僕たちは背筋が震えるほどの緊張感を覚えた。

 もし、男がアリスに何かをしたら。怪我だらけの僕は到底動けないし、リゼでも恐らく間に合わない。どうかこちらに歩いてきてくれと願うものの、しかし男は僕たちの嫌がることをちゃんと理解しているようだった。


「まあ、まだ想定内だな。俺たちにとって重要なのは、お前たち協会の死神という一部では無く、市民という名の巨大な力だ。例えお前たち一割の死神が蓮花を信頼したとしても、九割の市民はどうだろうな。蓮花は極夜卿ほどのカリスマを持ち合わせていない――そう考える奴だって少なくないだろう。情報を鵜呑みにする奴もいるわけだ」


 男の言うことは正しかった。いくら僕たちが声を上げたとしても、大多数の民衆による声には容易くかき消される。特に、情報が錯綜する混沌とした状態で、落ち着いて判断を下せる人は決して多くはない。心配に心配が重なって、過去のリーダーがそれを払拭すべく現れたのなら、その背中を追いたくなるのも理解ができた。


「間もなく、市民の不安は爆発する。お前達は第一陣を退けたようだが、次から次へと、住民は本部に押し寄せる。もう導火線に火は点いているんだ。だが、まだ勢いが足りない」


 男の足がアリスの方に向けられる。リゼはすぐに走り出そうとしたが、それを見た男は爆弾らしき黒いものをまきびしのように地面へと放り投げた。


「おっと、それ以上は近付くなよ。この女には新しい世界への生け贄になってもらうんだからな。内容は、そうだな――『蓮花によって、協会の死神は口封じのためか失踪した。彼女は黙秘を続け、真相を闇に葬ろうとしている』。まあ、この辺りの文面は『夢想』に任せた方がいいな」

「この卑怯者……」

「落ち着いてください。このまま飛び込んだら、リゼさんが」


 アスファルトにいくつも転がる爆弾に構わず飛び込もうとしたリゼの袖を掴み、僕は慌てて彼女のことを引き留める。リゼもしばらく逡巡した後、「分かっています」と歯がみしながらその身を退いた。

 いくら死神であったとしても、幾度も爆弾を喰らっては肉体が持たない。魂だけになってしまえば、僕たちはあの男を止める術が無くなってしまう。

 けれど、だからといってアリスを見捨てることもできなかった。

 僕が壁を作り、リゼを守るように展開すれば、もしかして。

 そんな考えが一瞬頭を過ったものの、強度に不安が残るそれが数発の爆弾に耐えられるとは思えない。その都度作り直せばいいのかもしれないが、それではきっと間に合わないだろう。

 そうして僕たちが躊躇っているうちに、男はついにアリスの横にたどり着いた。片手に握られた斧を首筋にあて、じっくりと狙いを定めてから刃を振り上げる。


「じゃあな、『雄風』。少しばかりコンパクトになってもらうぜ」


 そう言って男は悪徳に満ちた笑みを浮かべながら、勢いよく斧を振り下ろした。僕たちの制止も届かずに、斧がアリスの首めがけて真っ直ぐに落ちていく。


「アリス!」


 リゼのつんざくような悲鳴が響いた。僕は余りの残虐さに恐怖が勝って、思わず目を瞑ってしまう。身体は上手く動かなかった。何もできない。何もできずに、あと少しでアリスの首が断ち切られる。

――そう思われた時だった。


「ちょっと。いくらなんでも野蛮だよ」


 カキン、と言う何かがぶつかる音と共に、懐かしい声が鼓膜を震わせる。

 いや、懐かしいというのは単なる感覚の問題で、実際は昨日聞いたばかりなのだけれど。それでも、その声はまるで救世主のように本部前の広場に響いた。


「白軍服の男――うん。所長の推測したとおりだ。やっぱり今回の事件の黒幕は君たちか」


 ハッとして瞼を持ち上げる。そうして目に飛び込んできた光景に、僕たちは言葉を失った。


「……ルカさん」

 随分と見慣れたダークブロンドの髪が揺れている。僕の声に反応して、彼の青空を思わせる双眸がこちらを向いた。その優しさに、懐かしさに、僕の瞳からはふいに涙が零れる。


「ああ、ルカだよ。ごめんね、少し遅くなった。でも、肝心な時には間に合ったみたいだ」


 突如として現れた黒スーツの青年は、短剣で男の斧を受け止めながら、現世と何も変わらぬ笑顔で微笑んだ。

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