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葬送哀歌は夜明けとともに  作者: 月乃はな
序幕「始まりの月が昇る刻」
24/79

Episode7「狂犬と番犬」①

 もし妹が生きていたら――最近は、そんな風に思うことが増えた。

 どんな妹だっただろうか。僕に似て大人しいのか、あるいは活発なのか、もう想像することしかできない妹の姿が、頭の中に描かれては消えていく。


「クロト、どんな服が着たい?」


 その時、空想の世界をかき消すように、ルカの声が聞こえてきた。

 はっと顔を上げると、目の前には色とりどりの児童服が並べられている。フリルやら、レースやら、可愛らしいワッペンやらで飾られたそれらの服は、全てクロトの背丈にぴったりのものだった。

 僕とルカは今、クロトを連れてショッピングセンターの児童服売り場に立っている。クロトを迎えた翌日、流石におんぼろワンピースではよくないだろうと、死神の制服の発注とは別に私服を買いに来たのである。なお、クロトが現在身に纏っているのはルカが急ごしらえで作ったというワンピースだ。徹夜で作ったというそれを着て、彼女はたくさんの服を前にしてはしゃぎ倒していた。


「わたし! わたし、これとあれと……あと、そこにあるのもほしい!」

「全部買ってあげたいのはやまやまだけど、一週間分で我慢してくれると助かるよ。冬になっても半袖を着るわけにはいかないだろう」


 ルカが優しくそう諭すと、クロトは不満げに唇を尖らせながらも、何枚もの服を見比べ始める。ワンピース、チュニック、ギャザーシャツ。青空にさえ目を輝かせていたクロトは、ピンクや水色、花柄など様々な種類が揃ったこの棚を見て、さらにきらきらと眩しい笑顔を浮かべていた。


「服と靴を買ったら、あとは子供用のカトラリーと、日用雑貨を買わないとね」

「結構買うんですね」

「まあね、男二人で暮らしてきたから……小さな女の子のためのものなんてないんだ」


 ルカの手に握られた買い物メモには、びっちりと必要なものが記されていた。タオルやシャンプー、コンディショナーなどの雑貨から、クローゼットやベッドなどの大型家具まで、その種類は様々である。総額を考えるだけで身の毛がよだつが、当のルカはその量を気にしていないようだった。


「覡さんから許可が下りてよかったです。駄目って言われたらどうしようかと」


 あの後、覡から返信があった。仕事が終わり次第早急に帰宅すること、クロトを一時的に保護すること、必要なものを買い足しておいてほしいこと。淡々と文字になって送られてきた彼の指示に、僕たちは胸をなで下ろした。


「あの人は無口だけど無情じゃないから。それは、深月も知っているだろう」

「はい。それに意外と……顔に出ますよね。最近分かってきました」

「それが分かれば大丈夫。クロトに関しても、ちゃんと対応してくれるはずだよ」


 ルカの言葉に、僕はほっとして笑顔を返す。そして、ようやく服を選んだクロトが駆け寄ってくるのを抱き止めて、彼女の手からワンピースとチュニックを受け取った。

 服を楽しそうに選ぶ様子や気に入ったものを前にしてルカにねだる様は、そこらの同じ年頃の少女と何ら変わりない。本当に、どこにでもいそうな少女だ。まさか監査局に追われているなんて想像できないほどに。

 クロトは監査局について詳しくは知らないようだった。怖い女性がいること、黒と赤の服を着て、集団で行動していること。そして、クロトが部屋を一歩出ることすら許さなかったこと。聞けば聞くほど、まだ知らない監査局への警戒心が僕の中で膨らんでいった。それは、クロトに妹の姿を重ねているからかもしれないけれど。

 ルカの話では、監査局は此岸に渡り調査を行う際、その場所を担当する死神に許可を取りに来るらしい。その時に、クロトについて話を聞いてみるとのことだ。

 なぜ監査局がクロトを閉じ込めたのか。

 何故監査局がクロトを追いかけているのか。

 そして、クロトの今後について。

 それまでに覡が戻ってくれば良いのだが、どうやらもう少しだけ冥界での仕事が長引くらしい。監査局からの連絡が先か、或いは覡が戻るのが先か、そのことに東京支部は随分と気を張っている。とはいえ、このような楽しむべき買い物の時間まで、暗い顔をしているわけにはいかないのだが。

 買い物メモのものを全て買いそろえた僕たちは、両手いっぱいにショッパーを提げ、大きなものは郵送を依頼して、一息つくためにフードコートの席についた。夏休みのショッピングセンターは流石に混み合っていて、そこかしこから子どもの声や楽しそうな笑い声が聞こえてくる。人酔いしそうなほどに人が入り乱れるフードコートは、どの店も長蛇の列が伸びていた。


「僕が買い出しに行ってきます。なにか希望はありますか」

「わたしドーナツがいい!」

「俺は深月の食べたいものと同じで構わないよ。荷物とクロトは俺に任せて。よろしくね」


 ルカから受け取った財布を片手に、僕は真っ先にドーナツ店に向かう。何を買っていこうかとショーケースを前に頭を悩ませていると、僕の肩に何かがぶつかった。


「あっ、ごめんなさい」

「こちらこそすみません」


 ぶつかったのは、どうやら誰かの肩であったようだ。はっとして振り返ると、そこには目を惹くほどに美しい金髪を流した女性が立っていた。金髪と言っても、リゼのものよりもさらに色素の薄いプラチナブロンドだ。つややかな髪をウルフカットにしたその女性は、こちらに向かってしきりに頭を下げる。


「すみません、前を見てなかったんです。ドーナツに目を奪われていて……あなたもこのお店で買われるんですか?」

「ああ、はい。僕は買うものが決まったので、よろしければどうぞ」


 ショーケースの前を譲ると、女性はありがとうございます、と一礼し、ショーケースに並べられたドーナツを見比べ始めた。透き通った藤色の瞳はキラキラとしていて、心なしか甘い物を前にしたクロトを思い起こさせる。


「こんなに種類があると悩みますよね。それなのに、姉は決まってこのグレーズドーナツを買うんですよ」


 そう言って女性が指さしたのは、この店自慢のグレーズがたっぷりとかかったドーナツだ。定番と言えば定番だし、僕も丁度それを買おうと思っていた。外れがない、というのは安心できる要素でもある。


「ああ、そうだ。ぶつかってしまったお詫びに、こちらでの会計は私が持ちますね」

「そんな。悪いですよ」

「構いません。こちらの不注意だったわけですし」


 そう言って、僕のことを置いていくように女性はさらりとその懐から財布を取り出した。止める間もなく、女性は支払いを済ませてしまう。そして渡されたドーナツのトレイを前に、僕は受け取ることしかできなかった。


「あの。ありがとうございます」

「……ええ。こちらこそ。それでは、よい一日を」


 金髪の女性は柔らかく微笑むと、その背筋をすらりと伸ばして僕の隣を横切った。

 その瞬間。


「帰り道に気を付けろ。イヌがこのあたりを嗅ぎ回っている」

「えっ」


 去り際に伝えられた言葉に、僕は慌てて彼女の方へと身体を向ける。だが、振り返ったその先には、ただ他の場所と変わらない人混みが広がっていた。

 狐につままれたような気持ちになりながら周囲を見回す。何処を探しても、先ほどのプラチナブロンドは見つけられなかった。僕は静かに肩を落とし、彼女に買って貰ったドーナツに視線を向ける。それは、彼女の存在が夢でも陽炎でもなんでもないことを証明していた。

――イヌ。

 彼女は確かにそう言った。その言葉が何を意味するのかはわからないけれど、彼女は何故か僕にそう忠告したのだ。


「イヌ?」


 頭に疑問符を浮かべながら、僕はフードコートの奥に座るルカとクロトを見る。そして、ふと鞄に突っ込んだままのワッペンのことを思い出した。クロトを探す際に手がかりとして持ち歩いていたそれを取り出してみれば、そこに描かれた三つ首の怪物――ケルベロスに目がとまる。

 そういえば、ケルベロスというのは――イヌだ。首が三つあったとしても、この世に実在などしていなくても。きっと、ジャンルわけするなら間違いなくイヌに分類される。

 僕ははっとして、もう一度周囲を見渡した。

 何故気が付かなかったのだろう。

 彼女は恐らく、いや、間違いなく死神だったのに。

 しかし、どれだけ人混みを注視してみても、彼女のすらりとした後ろ姿を見つけることは叶わなかった。

その後、僕はすぐにルカにあの女性のことを相談した。報連相はちゃんとやれ、と言われたからでもあるけれど、それ以上にあの女性のことが気になって仕方が無かったからだ。

 ルカは僕の話を疑うことなく聞き入れて、すぐさま覡に話を通した。覡からも返信があって、仕事が終わり次第すぐにこちらに戻ってくるという。遅くても、今夜にはこちらに到着できるらしい。


「帰り道……流石に、ケルベロスも人混みの中で騒ぎを起こすつもりはない、ってことかな。とにかく、クロト。深月と俺から離れないように。日が暮れるまで、このショッピングセンターで時間を潰した方がいいかもね。それと、荷物はみんな宅配サービスで送って貰おう。荷物を抱えた状態じゃ、万が一のとき戦えないから」

「信じてくれるんですか」

「信じるとも。君はつまらない嘘はつかないから。それに」


 ルカはそう言って、僕の服を掴んで離さないクロトを一瞥した。


「君に忠告した女性……彼女が何を考えているかはわからないけれど、わざわざ君に接触してきたことにはなにか理由があるはずだ」


 ルカのいつになく真剣な表情に、僕もごくりと息を呑む。楽しい買い物の時間は、どうやら終わらせる必要があるらしい。側で震えるクロトを安心させるため、僕は彼女の小さな手を握った。








 日が暮れる。夜の帷が下り、世界が闇に包まれる。それでも、新宿の街は今が夜であることを忘れさせるほど、明るい電灯が道路と行き交う人々を照らしていた。

 あと少し歩けば事務所につく。警戒を怠らずここまで戻ってきたけれど、今の今まで襲撃らしきものもなく、死神らしき存在とも出会っていない。ただ、道の隅で善霊たちがゆらゆらと所在なさげに揺らめいているだけだった。


「所長が新宿を拠点に選んだのは正解だね。夜になっても人の影が絶えない。確かに……同族との衝突を拒絶するならこれ以上の適所はないよ」


 ルカ曰く、死神同士の戦いは滅多に起きるものではないという。少なくとも、協会が成立してからはそれぞれの担当地域がしっかりと分けられて、たまに冥界でぶつかることはあるにしろ、此岸では衝突という衝突が本当に少ない。

 だからこそ、覡が何故「不夜の街」である新宿を拠点に選んだのかはわからないけれど、今回ばかりはその選択に頭が上がらなかった。


「所長も、じきに仕事が終わるらしい。所長が来れば……きっと穏便に済ませられるだろう」


 ルカが覡に寄せる信頼は揺るぎなく、ルカは周囲を警戒しながらコンクリートの道を歩いて行く。僕は彼の後ろについて、クロトを挟み込むように帰路を歩いていた。

 空に浮かんだ月が、街の明かりに負けまいと光を放つ。じっとりとまとわりつくような空気をかき分けて、僕たちは事務所に続く交差点を曲がった。

 その時だった。

 蒸し暑い空気の中に僅かに混じる、異様な冷気を感じ取る。ルカははっと顔を上げ、その冷気が漂ってきた方向――上空をじっと見据えた。僕はクロトの手を握り、自分の側へと彼女を寄せる。

 星一つ無い夜空が揺らめき、月光を吸い込まんほどの漆黒の「門」が、上空に小さく開いた。そこから、一つの人影が僕たち目がけて飛び降りてくる。


「見つけたっ!」


 ぶつかる、と反射的に瞼を閉じたとき、ガキン、と金属同士がこすれ合う音が耳に届いた。恐る恐る目を開けると、そこには剣を持った一人の少女と、その剣を短剣で受け止めるルカの姿があった。


「可笑しいな、不意をついたと思ったのに。襲われるって分かってたの?」

「あんなに殺気を振りまいて、不意を突くもなにもないと思うけど」


 ルカはそう言い捨てて短剣を振り払う。少女はひらりと深紅のマントをたなびかせ、大きく後ろに飛び退いた。

 少女は空色の髪を腰ほどまで伸ばし、黒と赤を基調とした軍服を身に纏っている。藤色の瞳は長い睫で縁取られ、その表情には僅かに怒りが感じられた。


「まあいいか。早くその小娘を渡して。大人しく言うことを聞くなら、痛い目には遭わせないから」

「渡してって言われても、俺たちはなんで君たちがクロトを追っているのかわからない。不当な追跡と監禁かもしれないのに、そう簡単に頷くとでも思うのかな? そもそも、君たちから捜査の連絡すら来ていない。監査局の犬は報連相もできない駄犬なのかい」


 ルカの言葉に、少女は顔を歪ませる。ルカがこんなにも相手を挑発するような物言いを繰り返すとは思わなかったが、それでも少女にはよく効いているようだった。冷静さを失った彼女は頭に血を上らせて、藤色の双眸は完全に据わっている。


「いいよ、分かった。あんたたちのこと、ボロ雑巾みたいになるまで痛めつけてあげる。みんな、ここだよ。ここに小娘がいる。死神のことは……容赦はいらないから」


 少女は朗々と空に向かって声を上げた。すると、どこからか少女と似た軍服を身につけた死神達が現れて、少女の後ろに控えるように立ち並んだ。その数、およそ二十余り。ここが新宿の路上であることが、少女たちにさらなる有利を与えていた。さらに、彼等の服には全てあの三つ首の化け物を描いた紋章が縫い付けられている。それが意味することはただ一つ。

 ついに、監査局(ケルベロス)がクロトを追ってここまできた、ということだ。


「る、ルカさん。結構まずくないですか」


 クロトは僕の側で震えている。顔を埋め、突如現れた死神の軍隊から隠れるように身を竦めていた。


「まあ……そうだね。深月、鞄からジャケットを出してくれ。流石に、人目につく状態でやり合うのは危ない」

「は、はい」


 僕は慌てて鞄からジャケットを引っ張り出し、ルカに手渡す。彼は至極落ち着いた様子でありがとう、と微笑むと、すぐさまジャケットに袖を通し、短剣の刃先を少女に向けた。


「いいかい、深月。君はクロトを連れて事務所に向かうんだ。まともにやり合っちゃいけない。あの死神達は、俺が相手をするから」


 僕はその言葉に息を呑む。

 それはつまり、ルカ一人であの大人数の死神を相手するということだ。そして、僕にルカを見捨てて逃げろということでもある。

 そんなこと、やりたくなかった。ルカと肩を並べて戦いたいし、ルカに負担ばかり掛けるなんてことはしたくない。それでも、僕の中の理性がひたすらに訴えている。

 二人で戦うのは現実的ではない、と。

 僕たちがすべきことは、戦うことでも逃げることでもない。クロトを守ることだ。

 冷静に考えるなら、二手に分かれるのが一番良かった。


「……わかりました」

「よし。クロト、君は深月から離れないで。分かったね」


 僕とクロトが頷いたのを確認してから、ルカはその青い目をすっと細める。そして、目の前に立つ少女に向けて笑顔を浮かべた。


「悪いけど、後輩を傷つけさせる訳にはいかないんだ。そっちに対話の意思があるなら受け入れるけど、どうかな」

「いまさらね。話し合う余地なんてない、そうでしょ。みんな、そこの餓鬼を捕らえて。私は……この男をやるから」 


 少女が剣を構える。それを合図として、周りの死神達も武器を手にした。


「かかれ!」


 少女の号令が夜の街に響き渡る。その一声は死神達を動かして、彼らは一斉に僕たちに向かって走り出した。


「逃げろ、深月!」


 ルカのかけ声に背中を押され、僕はクロトを抱きかかえて地面を蹴る。後ろ髪を引かれる思いで、けれどそれを振り払うように、僕はひたすらに前を見た。

 背後から聞こえてくる音に目を逸らして。

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