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葬送哀歌は夜明けとともに  作者: 月乃はな
序幕「始まりの月が昇る刻」
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Episode6「冥界より訪れし者」②

 勢い余って飛び出したものの、手がかりという手がかりがワッペンしか無いことに頭を抱えた。SNSで探ってみても最新の情報は現れないし、人間や警察に聞くわけにもいかない。そこで、目撃情報のあった場所の周辺を漂っている善霊に声を掛け、自分以外の死神について噂が広がっていないか、聞き込みをすることにした。


「薄桃色の髪をした女の子の死神? ああ、それなら西の方に向かっていったよ。やけにボロボロだったから……お前さん、あの子の保護者かい? 目を離すなんてよくないよ」


 年増の女性の霊が、姑よろしく僕を咎める。


「知ってるよ、その死神なら。でも、場所まではわからねえな。なにしろ、凄まじい速さでどっかにいっちまいやがったんだ」


 小太りで無節操な男性の霊が、イライラしながら唾を吐き出す。


「ああ、そのお嬢さんでしたら、あの廃ビルに入っていきましたよ。ええ、一時間ほど前ですが」


 幾度も善霊に尋ねて回って、探し始めてから二時間が経過したころ、紳士然とした初老の男性の霊が数十メートル離れたところにある廃ビルを指さした。疲弊し始めてきた僕の精神に突如現れたオアシスのように、彼は続ける。


「大分疲れているのか、或いは何かから逃げているのか。とにかく、普通ではない様子でした。あの廃ビルは霊の集合場所でもありまして、そちらがいらっしゃらなければこちらから伺おうかと考えていたのです。あなた方死神は、そういうこともしてくださるんでしょう?」

「……はい。何か困りごとがあれば、いつでも。情報ありがとうございます」


紳士的な善霊に頭を下げた後、僕はあの少女が入っていったという廃ビルに視線を移した。窓ガラスは所々欠損し、コンクリートには亀裂が入り、侵入を禁止するテープが風に煽られてはためいている。恐らく彼女は、あのテープを破ってこのビルに入っていったのだろう。

 僕は拳を握りしめ、早速そのビルへと歩を進める。夏のじっとりとした暑さが身体中に纏わり付いているはずなのに、そのビルからは嫌な寒気が感じられた。それこそ、リゼと共に墓地に赴いたときとよく似た感覚が。


「まさか」


 地面を蹴り、空いていた鉄製の扉を勢いよく開けて、僕はビルの中へと突入する。光のない室内は夜のように真っ暗で、けれどその闇よりも遙かに深い黒が、部屋の隅で確かに蠢いていた。

……悪霊だ。それも、一人ではない。

 そしてあろうことか、その悪霊たちの視線の先には怪我を負って壁にもたれかかるあの少女がいた。腕からは血を流し、足も負傷しているのかその立ち姿はふらついている。満身創痍だということは一目で分かるけれど、それでも少女は目の前の悪霊を力強く睨みつけていた。


「お前のような半人前が、こんなところにくるとは丁度いい。ここらで力を蓄えるとしよう」


下劣な笑い声を響かせる悪霊の一人が、その手を高く振り上げる。間合いが近すぎて、十中八九その攻撃を少女は避けることができないだろう。


「ッ、デスサイズ!」


来たる衝撃と痛みに備えて目を瞑った彼女を見て、僕の身体は考える間もなく飛び出した。光を編み、この両手に剣を創造する。恐らく、縁を切るのは間に合わない。ならば。

僕は瞬時に剣の向きを変え、目の前の悪霊を吹き飛ばすように、大剣の樋で悪霊達をなぎ払った。悪霊たちの霊体を見事に捉え、彼らは易々と部屋の隅へと吹き飛んでいく。土煙こそ上がらないが、彼らの纏う靄を見るに、何とか室内に留まることはできたらしい。僕は少女を背中に隠し、悪霊たちの方へと切っ先を向けた。


「あ、あの」

「間に合ってよかった。いや、その怪我を見る限り間に合ったとは言えないけど……とにかく、見つけられてよかった」


 少女は、傷の具合が悪いのか息を荒げている。死神の怪我はどうなるのか知らないけれど、とにかく事務所へ連れ帰った方がいいだろう。

 そのためにも、目の前の悪霊たちを一刻も早く送らなくては。

 扉から差し込む僅かな外光を頼りに、状況を把握する。

 悪霊の数は恐らく三人。墓地でリゼと相手取った贋霊に比べれば、その霊体から発せられる靄は微々たるものだ。ビルのエントランスに当たる部分だからか、障害物は少ない。辛うじて、ボロボロになったカウンターが部屋の隅でその姿を残している。


「えっと……動けそう?」

「な、なんとか」

「よし。なら、あのカウンターの下に隠れていて。そこなら少しは安全だろうから」


僕は彼女の身体を支え、カウンターを指さした。少女は動揺しているのかその視線に落ち着きはないが、何とか壁に寄りかかりながらカウンターを目指して歩き始める。


「お、お兄ちゃんは?」


震えた声で、少女は言った。


「僕は、あの悪霊を引き受けるよ」


 だから僕は、彼女が安心するように微笑みかけながらきっぱりと言い切った。

一人で悪霊を相手にするのは初めてで、内心不安で満たされているけれど、それでも僕は剣の柄を握りしめ悪霊たちを観察する。

 悪霊たちは吹き飛ばされたあと蠢いて、その霊体をもう一度持ち直し始めていた。暗闇の中から、じっとこちらを見つめている。その視線からは、確かな憎悪と抑えきれない怒りが感じられた。


「あなたたちは僕が送ります。大人しくしてください」


悪霊が三人、その輪郭をはっきりと形作る。ぎろり、とこちらを睨む目にひるまないよう、僕も精一杯彼らを見つめ返した。


「お前も、あの小娘の同僚か。死神ってのは、隙を狙う卑怯者なんだなあ?」


嘲笑するような、煽動するような口調で、前に進み出た悪霊の一人が語りかけてくる。


「三対一で小さな女の子を襲っていたあなたたちには言われたくありません。大人しくしていれば、手早く終わらせてあげられますよ」


 穏便に済むのならそれ以上のことはない。そう思って提案したけれど、悪霊たちは僕の提案を流し、ハ、とおかしなものでも見るかのように笑い飛ばした。


「抜かすな。みたところ……お前、新人だな。東京にいる死神に、お前みたいなやつはいなかった。あの馬鹿みたいに強いやつと、そこの半人前にも満たないやつの二人だけの筈だ」


 悪霊の言う馬鹿みたいに強い奴、というのは、恐らく覡のことだろう。彼の実力は未だこの目で見たことはないが、側に居るだけでひしひしと彼の「強さ」が伝わってくる。ルカの話では、覡の「強さ」は悪霊が葬送を恐れて近寄ってこなくなる程らしい。そして、消去法で言えば、もう一人の「半人前にも満たないやつ」というのはルカのことだろうが、何故彼がそう呼ばれているのか分からなかった。

 僕が彼の発言に困惑していると、悪霊は何かを察したようににやりと笑った。


「……はは、分かったぞ、お前、怖じ気づいているんだろ」


 肩が跳ねる。剣を握る手に力が入り、は、と小さく息を吐く。

図星だった。

 初めての悪霊相手の葬送で、三対一という不利な立場。しかもその上で、僕はカウンター下に隠れる彼女を守らなければならない。怖じ気づくな、という方が難しい。

 ちゃんと僕は彼らを送ることができるだろうか。

 ちゃんと僕は彼女を守ることができるだろうか。

 戦わなければ、と思う反面、ルカがいつものように颯爽と現れて、彼らを一掃してくれることを祈っている自分がいた。最も、カフェで働いている彼が今現れるわけがないことは自分が一番理解している。


「臆病な新人とは俺たちも運が良い。こいつも喰えば、きっとあの死神も余裕で倒せる」

「ああ。あの黒髪は流石にきついがな」


 僕の弱さに勘づいてか、悪霊たちは強気になって声をあげる。ちらりとカウンターの方に視線を向ければ、少女がじっとこちらを見つめていた。恐怖に震え、白いワンピースの裾をぎゅっと握りしめる彼女の身体は、もう既にボロボロだった。精神の方も、振りまかれる悪霊たちの悪意にあてられて穏やかではないはずだ。

 それでも。

彼女の瞳は真っ直ぐに、僕に向けられていた。

 身体中が痛むだろうに、新人だと聞いて不安になっているだろうに、その藤色は確かに僕への期待を宿している。その視線を浴びて、僕は自然と剣を握る手に力がこもった。

 剣を構え、余裕ぶる悪霊たちを両目で見据える。心の奥から湧き出す恐怖をかみ殺し、僕は僕のやるべきことを理解する。

 ルカが来てくれるはずがない。それを承知で、僕は彼女を探すために飛び出した。

 覡が来てくれるわけもない。彼は今、冥界で彼のやるべきことをこなしている。

 今この場所、この東京で、名前も知らないあの少女を助けられる死神は僕しかいない。


――――他でもない、僕がやらなければならないのだ。


 僕は一番手前にいる悪霊目がけて走り出し、剣を振りかぶった。彼らをなぎ払うように身体全体を動かして、体重を移動させる。手前の悪霊は僕の行動に目を剥いて、咄嗟に両腕で防御の姿勢を取った。

 ガキン、と金属同士がぶつかるような音が鳴る。

 鳴るとは思わなかったその音に、今度は僕が目を見開く番だった。攻撃を防いだ悪霊はほくそ笑み、僕のことを見下ろしている。右から振り抜いた大剣は、悪霊の靄によって――否、靄だったものによって、悪霊の頭部にぶつかる寸前で止まっていた。

 悪霊にはランクがある。強さの違いと言ってもいい。悪霊を知るための講義で、覡がそう説明してくれたことが一瞬にして思考を駆け巡った。

一番簡単に送ることができるのが、意志のない、言葉も操れない、ただの黒い靄の塊に見える悪霊だ。死神協会が規定する危険度ではEに分類され、生前の恨みや意志が定かではないために、その縁も非常に脆く、抵抗も少ない。

その次がより人の形に近付いた悪霊だ。危険度はDに分類され、ある程度の意志があり、言葉を一部判別することができる。リゼと墓地で戦った贋霊がこれに属しており、葬送への抵抗もある。

そしてその次がハッキリとした人型と、会話が可能なほど明瞭な意識をもつ悪霊だ。彼らは危険度Cに分類される。会話こそ可能だが悪意が強く意思疎通はほぼ不可能で、戦闘になる可能性が高い。そしてなにより、危険度C以降の悪霊の一部にはそれまでの悪霊とは異なる特徴がある。

それこそ、今目の前で起きた光景――悪霊による「武器」の製造だ。

 今回でいえば、悪霊は自分の腕を武器に変えて、こうして僕の攻撃を防いでみせた。その腕は黒々とした艶のあるケモノの爪へと変化して、ぎらりと鈍く闇の中で光っている。


「あーあー、驚いて咄嗟に作っちまった。油断しているときに、脇腹をぐさりといってやるつもりだったのに。仕方がない、こうなったら全力で潰すぞ」

「了解。新人なら、三人でやれるだろう」


 先んじて腕を巨大な爪へと作り替えた悪霊に続いて、残る二人もそれぞれ武器を作り出していく。一人は片腕をもいで片手剣に、もう一人は片手の指を引っこ抜いて五本の短剣を形成し、僕に向かって刃先を向けた。

 危険度Cの分類される悪霊の武器は、基本的に自らの靄から作り出されるものだ。無から形成する死神とは異なり、悪霊の武器は悪霊自身の霊体の欠損を必要とする。だからこそ、武器と共に欠損による隙も生まれるのだと、覡は言っていたのだが。

 肩を狙い、足を狙い、腕を狙う。三者は矢継ぎ早に攻撃をくりだすことで、それぞれの隙を補いながらこちらが反撃するタイミングを得るのを防いでいた。一朝一夕で得られる団結力ではない。きっと、長いこと共に活動していたのだろう。

 彼らの思惑は上手くいっている。現に、今の僕は防戦を強いられていた。

 気を抜けばこちらがやられてしまう、そんな武器同士の応酬の中で、僕はただ覡との特訓の内容を思い出す。

 贋霊を送ることに成功してから、覡は僕を次の段階へと進ませた。

 剣での打ち合いだ。

 覡は基本槍と弓を主に扱っているが、それ以外の武器もそれなりに使えるそうで、容易く片手剣を扱いながら僕に剣での「戦闘」を叩き込んだ。

 その時の覡の太刀筋に比べてしまえば、この悪霊三人のそれは単純で、予想すらできてしまえるものだった。だからこそ、僕は今――彼らの動きを観察している。

 大剣というのは、一撃こそ大きいがその分隙が生まれやすい。攻撃の雨の中でむやみやたらに武器を振り回せば、細切れになるのは僕の方だ。

 右から、肩を狙う短剣の斬撃。その後、避けた先の足下を目がけて片手剣が振り下ろされる。それをはじき返すと――爪の悪霊による攻撃が飛んでくる。

 やはり、ある程度パターンがあるようだ。それぞれが動きやすく、実戦を重ねた結果の連携らしい。一体何度、この方法で他の魂達を狙ってきたのだろうか。抵抗する善霊だって喰らってきたに違いない。

 だが、もし彼らの戦闘にリズムがあるのなら。

 そのリズムを崩すことこそ、突破口になりえるだろう。

 僕は何度目かの短剣による斬撃と、片手剣の攻撃を回避する。そして、予想通りに――目の前に爪の悪霊が現れた。

 来た。

 僕は、す、と息を止める。今までは、この爪の攻撃を受け流してきた。片手剣を弾いた後、剣を戻すのが間に合わないからだ。けれど、今回は少しだけ余力を残しておいた。

 ガキン、と甲高い音が鳴る。


「なっ……」


 これまでとは異なる僕の動きに、爪の悪霊は刮目した。はじき返された攻撃は、彼の武器を宙へと持ち上げ、彼の弱点――頭部を露わにする。

 それは紛れもなく隙だった。

 僕はすぐさま剣を握り直し、振り上げた剣を悪霊の頭に向かって思い切り振り下ろした。体重を移動し、身体全体で霊体を切りつける。

 そうして漸く、僕の大剣が霊体の中にある縁を捉えた。強固な縁だ。前世への執着と悪意によって補強された、未練という名前の黒い糸。それに刃を沿わせ、僕は静かに瞼を閉じる。


「止めっ!」


 爪の悪霊が叫んだ。けれど、その叫び声が紡ぎ終わる前に、僕の刃は彼の縁を両断した。爪の悪霊は瞬く間に粒子となって、大気へと溶けていく。その一瞬のできごとを、残された二人の霊はただ唖然と眺めていた。

 静寂が辺りを支配する。舞い上がった土埃を払いながら、僕は残りの二人を一瞥した。


「あ、お、お前……やりやがったな!」


 片手剣の悪霊が、僕に剣の切っ先を向ける。僅かに震えるその剣先は、彼が恐怖を感じていることを如実に表していた。まさか、先程まで怖じ気づいていた新人に送られるとは思っていなかったのだろう。


「次は、どちらですか」


 二人を見据えて、僕は大剣を構え直した。どういうわけか、悪霊に対する恐怖は薄れている。いつのまにか手元の震えはなくなっていて、僕は酷く落ち着いたまま息を吐き出した。


「うわああああっ!」


 先に動いたのは短剣の悪霊だった。冷静さを失った彼は五本の短剣をこちらに向かって放り投げ、そのまま僕へと殴りかからんとする。その動きは先の連携など忘れてしまったかのように単調で、僕は軽く短剣を躱したあと、無防備な霊体に刃を添えた。

 ざくり、と縁を切る感触が走る。

 どうやら、あの爪の悪霊が彼らのリーダーだったようだ。切り伏せた霊体はふわりとその形を失っていき、この場所に残された悪霊は、あっという間に片手剣の霊ただ一人となった。


「っ……」


 悪霊は剣を取り落とし、先程まで他の二人が居た場所を呆然と見つめている。ゆらりと靄を揺らめかせながら、彼は静かにこちらを向いた。


「お前。普通の死神じゃ、ないな。そうだろう」

「それは」


 確かに、僕はルカや覡とは違う。この武器の色も覡が見たこと無いといっていたし、そもそも僕は生きている。

 返答に困った僕をじっと見た霊は、何かを察したように――そして諦めたように首を振った。


「もういい、降参だよ。三人ならもしやと思ったが……俺一人で勝てる気はしない。あいつらが抵抗できなかったんだ、俺がしたところで意味ないさ」


 そうして彼は、僕の前に首を差し出す。真っ黒なそれを眼前にして、僕は剣を握る手に汗をかいていたことに気が付いた。こうして彼に向き直り、僕は今更思い出したのだ。

 これは、人を殺す仕事であることを。


「……ありがとうございます」


 彼に頭を下げ、僕は彼の前に進み出る。隙だらけの僕を前にしても、彼は地面に置いた片手剣を握り直すことはない。本当に抵抗を諦めたようだった。

 大剣を握り直し、大きく振り上げる。振り下ろすことに躊躇いはあったものの、悪霊を送らなければ悪霊自身にも他の霊にも、さらには人間にも被害が及ぶ。だからこそ、僕は目を閉じることなく、その首を目がけて剣を振り下ろした。

 先程と変わらない、糸を断ち切る感触を覚える。黒い靄が輪郭を失い、少しずつほどけていく。やがてその靄が完全に見えなくなった頃、僕の身体は膝から崩れ落ちた。


「お兄ちゃん」


 カウンター下で隠れていた少女が駆け寄ってきて、僕の身体を柔く握る。目線の高さが同じになった彼女は、心配そうにこちらを見つめていた。


「ごめん、ちょっと気が抜けちゃって。君は大丈夫だった?」

「うん。お兄ちゃんのおかげ」


 彼女はそう言って、怪我を負った方の足が見えるように、長いワンピースの裾をほんの少しだけめくる。


「……え?」


 そこに広がっていた光景に、僕は息を呑んだ。先程まであったはずの傷は跡形もなく消え去って、怪我も傷もないつやつやの白い肌が彼女の身体を覆っていたのである。けれど白いワンピースに残る血痕が、彼女が怪我をしていたことを事実として刻み込んでいた。

 死神は、傷が早く癒えるのだろうか。

 混乱しながら少女を見つめると、少女は何食わぬ顔をして、僕のことを興味深そうに観察していた。そして、くるくるとしばらく僕の周りを回った後、こてり、とその細い首を傾げる。


「お兄ちゃん死神だったんだね。雰囲気がすごく人間に似てたから、勘違いしちゃった。でも、死神ってことは……わたしは見つかっちゃったのかな」

「見つかったって?」

「え? だってお兄ちゃん、わたしのこと捕まえに来たんでしょ」


 その衝撃の発言に、僕は言葉を呑み込んだ。疲れ果てた脳味噌をフル回転して、情報を整理する。

 捕まえに来た、ということは、彼女は何かから逃げている、ということだ。彼女を追いかけているのは死神で、死神が追いかけるのは悪霊だ。けれど、彼女はどこからどうみても死神である。ならば、死神が死神を追いかけている、ということだろうか?

 訳が分からなくなって、僕はとりあえず冷たいコンクリートに腰を下ろした。日影になっていたこの場所は夏場の割に冷えていて、動き回った身体には気持ちが良い。下半身が冷えてくると、何となく思考も澄んでいくような感覚がした。


「まず。僕は君を捕まえにきたわけじゃないよ。ただ、君が心配だっただけなんだ」

「そうなの?」

「そうだよ」


 少女はほっとしたように息を吐いて、薄桃色の髪の毛が床につくのも気にせずに、僕の隣に腰を下ろす。座っている彼女を改めて見てみると、その身体の小ささが良く分かった。年頃で言えば、小学生になろうかという時期だろうか。その割には、空やら木やら、雲やらを知らなかったけれど。

 ますます、彼女のことが気になった。なんでそんなボロボロなのか、だとか、誰から逃げているのか、だとか、聞きたいことがたくさんある。だが、ひとまずはこの場所から離れ、事務所のほうに戻るべきだ。埃だらけで、クーラーもないこの廃ビルは長話をするには適していない。


「とりあえず、安全なところに移動しよう。僕についてきてくれる?」


 スーツのジャケットを脱ぎ、彼女に羽織らせる。覡に合わせたサイズのそれは少女が着るとさらにぶかぶかでワンピースのようだったが、こんな汚れたワンピースで街中を歩かせるわけにはいかなかった。それに、結局一般人から見えなくなるのならジャケットの大きさなんて関係ないだろう。


「……そこは、怖くないところ?」


少女が不安そうにこちらを見上げた。彼女を安心させるため、僕は彼女と視線の高さを合わせる。


「ああ。僕の信頼している人がいるんだ。君に危害は加えないだろうし、また悪霊に襲われたとしても、僕が君を守るから」


 彼女のことを真っ直ぐに見つめながら、僕ははっきりと言葉を紡いだ。一度守ることができたからだろうか、自分の中に確かな自信が芽生えている。まだ若葉にすぎない自信だけれど、僕にとっては重要なものだった。

 小さな同僚に手を差し出す。少女はしばらく戸惑うように視線を動かして、そして恐る恐るといった調子で僕の手を握った。力なく添えられたその手を包みこみ、僕は彼女に笑顔を向ける。


「僕の名前は深月。日野深月だよ。君の名前は?」

「わたしは……クロト。クロト・ゾイ」


 そう名乗った少女は、年相応のあどけない表情で、僕の手をきゅっと握った。

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