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葬送哀歌は夜明けとともに  作者: 月乃はな
序幕「始まりの月が昇る刻」
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Episode3「揺るがぬ覚悟があろうとも」③

「仮契約、ですか?」


 僕が恐る恐る訊ねれば、彼はそうだよ、と楽しそうに頷いてみせる。


「期間は年末まで。その間に、深月はこの仕事が続けられるのかを考えて、所長は深月に覚悟が芽生えたかを見定める。半年あれば、きっとこの仕事のことが分かるだろう。全てを理解することはできなくても、続けられるかくらいは分かるはず。何より深月は力を得られるし、所長だって深月の人となりだとか実力だとかをいろいろ知ることができる。双方にメリットがあるいい案だろ?」


 否と言わせるつもりはない。そう言いたげに、ルカは覡に視線をやった。彼もその意思を感じ取ったのか、額に手を当てて大きくため息をついている。


「……わかった、俺はそれで構わない。お前は?」

「え、あ、はい。僕もそれで大丈夫です」


 突然の急展開に頭がついていかなかったけれど、ルカの提案は確かに僕を魅了した。少なくとも、大切なものを守れるだけの力は手に入りそうだったから。


「よし、話はこれで解決だ。じゃあ早速、契約書に署名を。仮とは言え、しっかり内容は把握してもらわないと」


 そう言って差し出されたのは、先ほどとは違う紙。内容を確認すれば、仮契約と書かれていて正直驚いた。だって彼は、話が始まってから席を一度も立っていない。まさか、前もってこうなることが分かっていたとでもいうのだろうか。


「うん、不備はないね。じゃあ俺、ちょっと夕食作ってくるよ。深月も食べていくといい。この後いろいろ所長から説明があると思うから」


 あれよあれよと促されるままサインをした僕を見届けて、質問する暇もなく彼はそそくさと部屋から出て行ってしまった。この部屋に、僕と所長を放置して。

 しばらく、沈黙が流れた。何せ先ほどまで対立していた二人だ。それに覡が醸し出すオーラは人並みではない。彼が黙っていたら尚更、口を開いてはいけないと思わせるようなプレッシャーを感じさせるものがある。


「……してやられたな」


 結局、先に口を開いたのは覡だった。冷たいお茶を飲み込んで、契約書を忌々しげに眺めている。


「してやられた、って……」

「全てルカの思惑通り、ということだ。まさかこんなものまで用意していたとは。俺が心変わりすることはもちろん、他のあらゆる可能性を考えて、当初の目的を遂行できるように策を講じてあったんだろう。相変わらず抜け目ない」

「当初の目的?」


 僕が疑問を投げかければ、彼は椅子に座り直して目の前の契約書を指さした。まさか。


「お前を支部に引き入れること。それが当初の目的だ。実を言うと、俺はお前を引き入れるつもりでいた。最初に言っただろう。お前には、いずれこちらから接触していたと」


 つまり、彼らは最初から僕を死神として雇用するつもりだったということか。もし先月の一件がなかったら、彼ら側から勧誘があったのかもしれない。


「もっとも、俺はお前の話を聞いて考えを改めた訳だが……ルカはそれが許せなかったんだろうな。現に、彼を怒らせてしまった」

「え、怒っていたんですか」


 覡が、頭を抱えて頷いた。僕の目にはそうは映らなかったから、彼を怒らせたと言われてもあまりピンとは来ない。契約を切り出した時の笑顔は嬉しそうで、楽しそうで、怒りのような感情は一つも帯びていなかったように僕には思えていた。


「ルカは自分の感情を隠すのが巧い。お前がいる手前、声を荒げたり不機嫌を顔に出したりはしなかっただけだ。……今日の夕食は覚悟した方が良さそうだな」


 ほんの少しだけ青ざめた彼の表情を見て、ふと今までの彼を思い返した。第一印象こそ、表情筋があるのかすら疑わしいほど感情を感じ取れない無表情の恐ろしい人だった。けれど、ルカに性格がねじ曲がっている、といわれたときのしかめ面や、今日の夕食を考えて顔色を悪くするその様を見ていると、決して彼が感情をまるで表に出さない人という訳でもない気がしてくる。意外と、ルカよりも顔に出ているのかもしれない。そう思うと、僕に向けられたあの冷徹な瞳が彼の本心であったと察してしまうから、どこか居心地が悪くなるのだけれど。


「まあ、悪いのは予定を無視した俺だ。罰は受け入れよう。今は……お前に色々と教えなければいけないな。契約を結んだ以上、お前を東京支部の構成員として認める。これからはよろしく頼むぞ」

「あ、はい……よろしくお願いします、覡所長」

「覡でいい。緊急時に長い呼称は不便だろう。別にお前がそう呼びたいのなら構わないが」


 彼は腕を組み、すっかり元の顔色を取り戻してそう言い放った。その口調にはやはり距離が感じられて、僕は改めてまだ彼に認められていないのだと実感する。一体僕には何が足りていなかったというのだろう。いくつかある、ということは、「人を殺す覚悟」以外にもあるということだ。それが、僕には見当もつかなかった。


「あの、一つ聞いてもいいですか」

「なんだ」

「僕に足りないものって……他は何でしょうか。何が足りないのか、僕には分からなくて」


 答えを求めるのは間違っているかもしれない。ルカの言っていたとおり、自分の頭で考えなければいけないことはきっと沢山あるのだろう。それでも、先人の、上司の知恵は少しでも借りたかった。僕には、まだ知らないことが多すぎるから。

僕が疑問をぶつけると、彼はそうだな、と呟いてから黙ってしまった。考えるように顎に手を当て、ほんの少しだけ眉を顰めている。


「答えじゃなくていいんです。ヒントだけでも教えてくれませんか」

「ヒント、か」


 ああ、彼を困らせている。やっぱり、自分でゼロから探すべきなのだろうか。

 数分の沈黙の後僕が謝ろうと思ったそのとき、彼は小さな声で呟くように、その唇をわずかに開いた。うまく言えるかは分からないが、と前置きをして。


「どれほど揺るがない覚悟があったとしても、避けられない選択が目の前に横たわったとき……必ず心の根幹は大きく揺れる。大抵の場合、力ではそれを完全には解決できない」


 そう淡々と語る彼の表情が、少しだけ曇っているように見える。否、淡々と聞こえるように努めているのかもしれなかった。彼がルカに比べて感情を表に出しやすいというのなら尚更。


「お前の目的を忘れるな。力だけを追う亡者に成るな……俺が言えるのはそれだけだ」


 覡の瞳が細められる。人外じみたその紅が、僕のことを真っ直ぐに見据えている。その視線には、確かに期待が込められていた。僕を見限ったのに、契約で仕方なく招いたわけではない……そのことがひしひしと感じられるほどに。


「……分かりました。ありがとうございます」


 彼もまた、期待してくれている。応援してくれている。そう実感しただけで、これほどまでに勇気が出るものなのだろうか。目の前に広がっているのは人智を超えた異質な世界で、悪霊という恐ろしい存在と戦う危険な環境だというのに、僕はもう恐怖を忘れていた。むしろ、盲目なまでの純粋な興味と欲求が僕を突き動かしている。


「さて」


 気持ちを切り替えるかのように、彼は息を吐いて契約書を手に立ち上がった。窓際のデスクの引き出しに契約書を突っ込んで、代わりに一つの鍵束を取り出す。じゃらじゃらと音を立てるそれは、彼の骨張った大きな手に収まって、黒いスラックスのポケットに押し込まれた。


「荷物を置いたらついてこい。場所を変えるぞ」


 突然の覡の行動に、僕は驚いて間抜けな声がこぼれてしまう。状況に頭がついていかない。彼は一体、これから何をしようとしているのだろう。彼の言葉をうまく飲み込めず立ち尽くしている僕を見て、彼は小さく息を零した。笑われた、のだろうか。


「戦闘の練習に、ここは些か狭いだろう」


そう言い残して、彼は部屋の外に出て行ってしまった。扉が閉まる音と同時に、僕はようやく彼の言葉を理解する。

 戦闘の練習、ということはつまり、早速色々と教えてくれるということか。例えば、ルカが使っていたあの黒い武器についてとか、この悪霊を遠ざけるお守りについてとか。そう思うと、期待と興奮で胸が高鳴る。それらは、僕の非日常の始まりを意味するものだから。


「は、はい!」


うわずってしまった返事と共に僕は慌てて立ち上がり、扉の奥に消えた背中を追いかけた。





 彼に連れられてやってきたのは屋上だった。八階建てのこのビルにはエレベーターが備え付けられていて、自由に各階を行き来できるようになっている。先ほど覡が取り出していた鍵は屋上を含むこのビル全体のものらしい。何より一番驚いたのは、このビルの所有者は覡で、ルカと共にここに住んでいるということだった。一階にはルカのカフェ、二階は東京支部の事務所があり、そして三階は二人が暮らす居住区域になっているらしい。しかも四階から八階までは倉庫になっていると言うから驚きだ。覡曰く、冥界からこちらに引っ越すに当たって持ってきたものが想像以上に多く、保管場所が必要だったのだと。もちろん、食材や仕事関係の資料なども入っているらしい。

 どうして冥界からわざわざ現世に来たのか気になって、エレベーターの中で理由を尋ねてみたけれど、彼はただ一言で「面倒だから」と答えた。まあ、現世にずっといれば現世で悪霊が発生したときすぐに駆けつけられるとか、きっとそういうことなのだろう。しかし、彼の表情を見る限り理由はそれだけではなさそうだった。でも、なにか隠しているんですか、なんて聞くのは失礼にも程がある。僕はそれ以上の追求をやめたし、彼もそれ以上何も言わなかった。その次にお互いが口を開いたのは、屋上に着いて、いざ練習を始めよう、と向き合った時である。


「今日から、戦闘……といっても基礎中の基礎だが、その練習を始める。今日のところは、死神の持つ武器について教えよう。甘やかすつもりはない、全力で取り組め」

「はい」


 僕の返事を聴いた後、彼は僕に向けて手をかざした。彼と僕との間は五メートルほど離れていて、僕たちを遮る者はなにもない。あるのは梅雨の夜らしい湿気を含んだ空気だけ。そのはずなのに。


「具現化せよ、『デスサイズ』」


 覡がそう唱えた途端、どこからともなく黒い靄が現れて、流水のように渦巻きながら細長い形を作っていく。やがて、その黒い靄は彼の背丈の半分の長さくらいの山のような曲線を描く細長い棒に変化した。

 この現象には既視感がある。地下道で、そしてお堂の中でルカが虚空から作り出した短剣と同じものだ。その時とは異なり呪文らしいものもあったし、生成がゆっくりでなんなら作られたものは短剣ではなかったけれど。


「これは『デスサイズ』。人によって好きな形に変化させることができる死神の武器だ。俺の場合、使い慣れた弓と槍……二つの武器を状況によって使い分けている。死神になる資格を持つ者ならば、誰でも生成できるだろう。お前もやってみるといい」


 覡が作ったのはどうやら弓のようだった。棒の両端をつなぐように、弦のような光が伸びている。その見た目はまるでゲームに出てくる武器のようで、揺らめく炎のような装飾が施されていて目を奪われるほど美しいしかっこいい。なにより彼が持つと様になる。彼もまたルカとは違うタイプの美形であり、豪華な武器の装飾に負けない美しさを持っている男だ。ルカもそうだが、ここまで武器が似合う男を僕は現代社会で見たことがない。あふれ出る強者感とかっこよさに少しだけ嫉妬しながら、僕は彼のポーズを真似て腕を前に突き出した。


「ああ、そうだ。言い忘れていたが、武器を作るときはどんなものを作りたいかイメージをするといい。頭の中で、手の平で武器が作られていく様を想像するんだ。目を閉じて、意識を集中してやってみろ」

「想像」


 どんな武器を作りたいか。そう言われると正直悩む。武器種の重複を防ぐため、弓と槍、そして短剣は避けた方がいいことは分かるけれど、自分の好きなように作れるとなると悩ましいものだ。片手剣はスマートだしかっこいい、ゲームなどを通して芽生えた憧れも少なからずある。斧も、他の武器種よりもパワーがあって全体としてのバランスがとれるし、かっこいいからありかもしれない。

 そこまで考えたところで、頭の中に一つの武器がよぎった。

 折角死神になったのだ。あの形の武器は捨てがたい。近接系で、パワーもあって、デザインも他の武器とは一線を画している。

 僕は言われた通りに瞼を閉じて、頭の中でそれを構築する想像をした。大きくて、人の背丈ほどあるそれを。

 けれど、できただろうかと目を開けたそのとき、僕の手には何もなかった。基礎となる棒すら作られていない。あれ、と疑問に思って、何度も何度も構築に挑戦する。それでも、いっこうにそれが作られる気配はしなかった。


「深月。お前はどんな武器を作ろうとしているんだ?」


 流石に疑問に思ったのだろう、覡は僕に近づいてきて、顎に手を当てながら訊ねてくる。


「……大鎌です。やっぱり、死神と言ったらあの武器かなって思って」


 そう答えると、彼は納得したようにああ、と呟いた。何か思い当たる節があるのだろうか。


「残念ながら、大鎌を構築できる死神は限定されている。その武器の特殊性故、冥府が定めた死神にしか使用が許可されていない」

「特殊性、ですか?」

「ああ。なんでも大鎌には他の武器よりも遙かに強い能力が備わっているらしい。それがどんな能力かは冥府が秘匿していて一般の死神には分からない。ただ”他の武器とは違う”のだと。大方、情報が漏れたら問題になりかねないとでも考えているんだろうな。とにかく、構築するなら他の武器に変えなければいけない。他に使いたい武器や使い慣れた武器はないか」


 そう問われて、僕は頭を悩ませる。これが剣道部や弓道部の経験がある人だったらすぐに決まっていたことだろう。僕は今まで金銭面を考えて部活には入っていなかったから、これといった特技はない。運動神経もいいとは言えないので、あとは我欲に従うしかない。


「……よし、決めました。もう一回やってみます」


 しばらく考えて、僕はもう一度手を突き出した。瞼を閉じて、意識を手のひらに集中する。そして、覡の指示通りに頭の中で武器の全体像を想像した。

「具現化せよ、『デスサイズ』!」

 そう呪文を唱えたその瞬間、瞼の裏に焼き付くほど強烈な太陽光に似た白い光が、闇夜に飲まれた夜の新宿を塗りつぶした。


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