Prologue
墨を零したような空に、白銀の月が浮かんでいる。聳え立つ、光を失った東京のビル群は、ただ静かに世界を見下ろしていた。
夜。
生気が最も薄れる時間に、「それ」は世界を闊歩する。
揺らめく影として、あるいは人の姿形を模造して、時には形を成した化け物として。我欲を満たすために今を生きる魂を喰らい、容赦も情けも無く殺していく「それ」は、正しく人間の敵だった。
しかし、人間は「それ」の存在を知らなかった。与えられた生が突然「それ」によって奪われることも知らず、明日があると信じてただ呑気に生きている。なぜなら、徒人に「それ」を見ることはできないから。故に人間は抗う術を持ち合わせていなかった。ただ一方的に奪われるのを待つことのみが、人間に許されたただ一つの行動だった。
それでも、他者を害して自身を満たす、そんな悪行が許されるわけがない。少なくとも「彼ら」はそれを善しとはしなかった。
罪には罰を。悪には正義の鉄槌を。
それが世界の理であるかのように、「それ」を罰するものたちがいた。
まがい物の身体を借りて生者を守らんと武器を振るう執行官。もしくは、死者を送り迷える魂を輪廻に導く救済者。この二つの顔を持つ彼らは、葬儀を思わせる漆黒の衣服に身を包み、人智を超えた力を扱い夜の町を駆け抜ける。
生者を害するすべてのものに刃を向けて、彼らは月を背中に高々と笑うのだ。
「奪えるものなら奪って見せろ。我々は冥府に仕える執行官――死神である」と。