洗髪王
「洗え、髪のすべてを頭皮に置いてきた」
かつて洗髪王と名乗りを上げた男がいた。
洗髪王は自ら捕縛され、指定された椅子に大人しく座り、大きな白い布に体を包まれた。
静寂を破るように、ガラガラガラとコマ付きのカートが椅子の横に運ばれる。
頭皮からふさふさと繁っていたレゲエ風の黒髪は見事に剃り落とされ、色白の頭皮はシャンプー IN RINSEで綺麗に洗われ清潔なタオルで優しく丁寧に拭かれた。
追い討ちをかけるような指圧マッサージにより男は心地好い永遠の眠りに誘われた。
「お痒いところはございませんか」という定型な問い掛けによりハッと覚醒し、「大丈夫です」と無難に答え、無事に生還を果たした。
再び訪れた静寂の中、窓から差し込む陽光をつややかな頭皮がきらきらと反射する。
すべてを置いてきたという髪はもう頭皮に存在しない。
目に見えぬ毛根がただ残るのみ。
洗髪王のラブリーでキューティーなクルー達はチリヂリになって散髪屋の床に散らばっていた。
「お会計、千二百円です」
良きご縁がありますようにと、男は心を込めて五千円札を渡した。
宛名:洗髪王 と手書きされた領収書と共に受け取ったお釣りの金額をきっちりと数え、札は上下表裏を直して揃えてから黄色の長財布に仕舞った。
店から颯爽と出ようとして、PUSHと書かれたガラス扉に「ドンッ!!」とぶつかった。
「よし、宝くじを買おう」
店から出た男はつるつるの色白の頭を撫で、じんじんする赤鼻の頭を撫でた。
願掛けのため、男は髪という宝と決別し、まだ見ぬ財と女を求める。
かつて洗髪王と名乗りを上げた男の新たな航海は、今始まったばかり。
「ご予約のお名前をお願いします」
「洗髪王です」
「はい?」
「洗髪王です。お洗濯の洗、髪の毛の髪、王様の王、の漢字3文字で洗髪王です」
「はい、洗髪王様ですね。かしこまりました。それでは、午後三時のご来店、お待ちしております」
がちゃん、ツー、ツー、ツー