嘘色のベルベット・ケーキ
代替物と本物の区別が付かなくなったのはいつからだろう。
最初は食品、次に義足や義手、臓器が続き、ついには人格の代替物まで世間に出回る様になった。脳の電気信号や神経を編集する事で、望む様な人格になれるし、あるいは過去の人格を寸分違わず再現する事ができるのだ。
また、それだけではない。代替物の身体に代替物の人格を入れて、擬似的に死者を甦らせる事だってできる。今は皆そうやって生きている、らしい。
私は彼女と一緒に霊園に来ていた。
現代人にとって、墓地とは少し立派なゴミ置き場だ。データを取れば遺体はただの燃えるゴミでしかない。だけど前時代的な風習に縛られている僅かな人々がいるから、こんな時代でも葬儀社や霊園が生き残っている。彼女はそう語った。
色とりどりの花が添えられた墓石の列を歩いていると、彼女がふと足を止めた。
「ここには」
君の死体が埋まっている、と彼女は続ける。
墓碑には私の名前と、「神の永劫なる祝福があらん事を」という言葉が刻まれていた。
「おかしな話ですね」
「全くだよ」
彼女は愉快そうに笑った。
全部おかしいのだ。
彼女は私を殺して、私の代替物を作った。死ぬ直前の記憶は今でも鮮明に思い出せる。馬乗りになってナイフを振り下ろす彼女。最後まで困惑し続けた自分。
代替物として「生き返った」人間は死んだ時の記憶を消去されるが、何故か私は覚えている。
代わりに彼女は私を殺した事を覚えていない。
「周りから浮かない様に花を置いておこう。一輪だけ買っておいたんだ」
彼女は鞄からキクの花を取り出して、私の墓に供える。そしてその場にしゃがみ込んで、しばらく祈っていた。
私を殺したくせに。
「君は祈らないのか?」
「私が私に祈っても、意味がないでしょうに」
建前の返事をする。私は彼女のおかしな姿を見たかったから、見下していた。
「ご両親が泣くよ」
「別にどうでもいいです……」
正直、墓参りにも親からの評価にも興味がない。自分はこのつまらない時間を早く終わらせたかった。
仕方ないなぁ、と彼女は苦笑し、立ち上がって歩き出した。少し遅れてその後を追う。辛気臭い場所だからか、肌に当たる空気は冷たく乾いていた。
頭上の空はうっすらと青い。曇りとも晴れとも煮え切らないその様は、まるで出来の悪い粗悪品の様だ。
「変な事に付き合わせたお詫びだ、カフェにでも連れて行ってあげよう。最近面白いケーキが出たんだ」
「どんなのですか」
「『レッドベルベットケーキ』だってさ」
「レッド……苺の味でもするんですかね」
「それは食べてからのお楽しみだよ」
へぇ、と相槌を打って、私は彼女の車に乗り込んだ。
「気になったんですけど」
「何?」
「──さんの死体ってあそこにあったりします?」
「いっぱいある。けど無視した」
「じゃあ私の墓に行った理由って何なんですか」
車が走り出した。
しばらく無言が続く。
「なんとなく、思いを馳せたかった……のかも、ね」
そう言った彼女の耳は、赤く染まっていた。
私は何故だか、それを嬉しく思った。
本当に、おかしい話だ。
レッドベルベットケーキから着想を得ました。自分はあんまり食べたくないです。