最終話 二人の門出
◆◆◆
「それでは、余達はそろそろ行くとしよう」
「おう、元気でな!」
魔族達の先頭に立つ、ティアルメルティと四天王各々に、生身の肉体を取り戻した俺は握手を交わしていく。
──十年。
言葉にすれば一瞬だが、この月日は俺の人生の中でもかなり濃密な時間だった。
俺達のダンジョンに挑んでくる冒険者や、勇者計画の次世代プロジェクトによる『勇者セカンド』達との戦い。
『聖骸』を取り戻そうと、各国に協力を呼び掛け、軍レベルの人数を動員してダンジョンへ攻めてきた『教会』連中。
そして、ウェルタースの能力でダンジョンの外まで動けるようになった俺達の反撃や、他所のダンジョンへの殴り込みイベントなど、退屈しない日々だった。
そして、ティアルメルティ達、魔族の面々が自分達の世界へ帰還するために必要なダンジョンポイントが貯まり、今日……こいつらとの別れの日を迎えたのだ。
それに合わせて、ダンジョンマスターの交代も行われ、俺も無事に生き返る事ができたのである。
「魔王様……どうか、あちらへ戻られても、お元気で……」
ポロポロと涙を流しながら、この世界に残る事を決めた、マルマを筆頭とする魔族達がティアルメルティ達に別れを告げる。
「こらこら、なにも今生の別れという訳ではないのだから、そんなに大げさにするんじゃない」
呆れたように言うティアルメルティの言葉通り、実は別世界へと帰るこいつらと、二度と会えないという訳ではなくなっていた。
それというのも、ウェルタースの存在があるためである。
ウチのダンジョン・コアの外部ユニットと化し、転移装置的な役割を課せられた彼女だったが、どうやらその能力は本体が別世界へ行っても繋がっているらしい。
つまり、彼女がこちらに残れば、向こうへ行ったダンジョン・コアを通して、ティアルメルティ達がこちらの世界へ、もしくは俺達があちらの世界へ行く事も可能なのだという。
もっとも、転移には大量のダンジョンポイントが必要な訳だから、軽々しく会える訳ではなさそうだがな。
「ご主人様、あまりに引き止めては、魔王様達も別れづらくなってしまいますわ」
魔王の手を握り、顔面をぐしゃぐしゃにするマルマを慰めるように、すっかり彼女の下僕となったマルタスターが、ソッと肩に手を置く。
……この絵面だけなら美女二人の美しい主従関係に見えなくもないが、マルタスターはマルマの命令で常に服の下に、縄による特殊な縛りを施しているというから、なんとも大変な変態になったものだ。
それと、マルマの流す涙やら鼻水やらを、にちゃり……とした粘着質な笑顔で、物欲しげに見守るのも止めた方がいいと思う。
「お前らは、何か言っとく事はないのか?」
一応、『聖女』の称号を持つガーベルヘンとラクトラルにも、声をかけてみる。
なんせ、こいつらは始め、ティアルメルティを討つために、ダンジョンへ乗り込んで来たんだからな。
もっとも、見送りの場に同席してる時点で、そんな事はどうでもよくなっているようだが。
「……ずっと、ママと一緒にいられるようになったのは、感謝してる」
「私も、ガーベルしゃまと過ごせる日々に、感謝してます」
「ママ……♥️」
「ガーベルしゃまぁ……♥️」
互いを呼び合いながら見つめ合うと、二人は周りの目も気にせず、チュッチュッと始めやがる。
まったくこいつらは……。
「こら、魔族の子供もいるんだがら、場所は選ばないとダメ!」
「……はい」
「……申し訳ありません」
叱られた二人は、しゅんとしながら体を離す。
それでも手だけは離さないのは、ガチな関係なんだろう……。
そんな元『聖女』達を注意しながら、仕方ないなぁ……と嘆息するのは、今年で二十三歳になる前ダンジョンマスター……そう、オルーシェだ。
当たり前だが背も伸びて、お子さま体型だった頃より出る所は出て、引っ込む所は引っ込む魅力的な身体付きに成長している。
そして、長くなった髪をまとめて落ち着いた雰囲気を纏うようになった彼女は、昔と比べて『美しい』と表現するのに相応しい女性へと変貌を遂げていた。
変わらない所と言えば、昔から愛用していた眼鏡くらいの物だろうか。
ふと、そんな彼女を見ていた俺と、目が合う。
「どうしたの?」
小首を傾げ、にっこりと微笑む彼女に、俺はなんでもないと返しながら、オルーシェの頭をポンポンと軽く叩いた。
こういった子供扱いされるような事をされると、彼女は不満げな表情になるのだが、そうやってすぐ顔に出るのはガキのまんまって感じで微笑ましい。
「……さて、名残惜しくはあるが、余達はそろそろ行くとしよう」
ティアルメルティの言葉に従って、魔族達はゾロゾロとダンジョンへ入っていく。
そうして殿に残った彼女に、オルーシェは最後の別れの握手を交わした。
「元気でね、ティア。また会える日を、楽しみにしてるよ」
「お主も元気でな、オルーシェ。次に会う時は、子供の顔とか見せてくれると嬉しいぞ」
「うん、頑張る!」
なにやらコソコソと話しているオルーシェとティアルメルティだが、俺の方をチラチラと見てる辺り、また変な話をしてるんじゃないだろうな?
そんな風に眉をひそめる俺を見ながら、二人はまたも顔を見合わせてクスクスと笑っていた。
「では、さらばだ!」
オルーシェから離れ、俺達に大きく手を振りながら、ティアルメルティもダンジョンの中へと入る。
そしてしばらくすると、小さな地鳴りと共に、周辺が細かい振動に包まれ始めた!
それが数秒ほど続いた後……。
『では、皆様……ごきげんよう』
ウェルタースを通じて、魔族達を収納したダンジョン・コアの声が響くと、次の瞬間に大きな力が消失したような感覚が辺り一帯に流れ、大地の鳴動も嘘のように収まっていた!
「……行ったね」
「ああ、行ったな」
この場に残った誰もが、そんな思いを浮かべていただろう。
目の前にあるダンジョンの入り口からは、一種の脅威のようなものは消失しており、さながらダンジョンの脱け殻といった感じだろうか。
ダンジョン・コアを失ったここも、やがて時間をかけて天然系なダンジョンへと変化していくだろう。
「さてと……それじゃあ、俺とオルーシェは予定どおり、レオパルト達の所に魔族が帰還した報告をしに行ってくるわ」
「留守番よろしく」
用意してあった荷物を担ぎ、この場に来れなかった連中の所へ向かう事にする。
とはいえ、あいつらにもティアルメルティ達が帰る日にちは伝えてはあったから、特に急ぐ旅でもないんだがな。
「はい、お気をつけて。ごゆっくりとどうぞ」
何かニヤニヤしながら、俺達を送り出すマルマ達。
……なんつーか、あからさまに楽しんでやがるな。
◆
しばらく歩き、険しい山道を越えた辺りで、俺達は休憩する事にした。
軽い食事をすませ、ちょうどいい大岩にゴロリと寝転がって空を仰ぐ。
はぁ……いい天気だ。
かつては、常にあったダンジョンと繋がっていた感覚……それが、今はキレイさっぱりと消えてしまっている。
何者にも縛られていない、魂の解放感を改めて感じ、今更ながら生き返ったんだなと実感が湧いた。
そんな俺の隣に、オルーシェがちょこんと座って顔を覗き込んでくる。
「ねぇ、ダルアス。とりあえず用事を済ませたら、早く決めないといけないね」
「ん?決めるって……なにをだ?」
「私達の結婚式」
「ぶふっ!」
唐突なオルーシェの言葉に、俺は思わず噴き出してしまった!
「お、お前、まだ諦めてなかったのか!」
「当然!」
以前にうっかり約束してしまってから、その件についてまったく口にしなくなっていたから、てっきり忘れたんだろうなと思っていたら……。
「事が済んで、ダルアスがちゃんと生き返るまではって、保留にしてただけ。でも、そろそろいいでしょ?」
「うぐ……」
キラキラと瞳を輝かせる彼女に、俺はわずかに気圧されてしまう。
つーか、俺みたいなおっさんかつ、根っからの冒険者家業の男より、こいつに相応しい男はいるんじゃないのか?
何より、俺なんかに彼女を幸せにする事ができるんだろうか……。
「………うん」
小さく頷き、俺はそんな胸中に湧いたモヤモヤを、包み隠さずオルーシェへ伝える。
普段は偉そうな事を言っておきながら、こんな女々しい部分が自分にあったとは、我ながら驚きだ。
それだけに、彼女が幻滅したり愛想を尽かしても仕方がない事だろう。
だが、そんな俺の告白を聞いて、オルーシェは呆れたように大きなため息をついた。
「何をいまさら……ダルアスのダメな所なんか、いっぱい知ってる。それでも……一緒にいたいくらい好きだよ」
「ぐっ!」
どストレートに好意を伝えてくるオルーシェの笑顔に、ドクンと心臓が跳ねる!
「それに、私はダルアスに幸せにしてもらいたいんじゃない、二人で幸せになりたいの!」
「…………反則だ」
呟きながらも、俺は顔が熱くなっていくのを自覚する。
おそらく、顔面が真っ赤になっている姿を、彼女にも見られているのだろう。
そんな俺の手を取り、オルーシェは少し真剣な表情になった。
「あらためて言うね。ダルアス……私と、結婚して」
昔、俺にその言葉を伝えてきた時と変わらぬ、真っ直ぐな眼差し。
あの時とは違い、年齢差がどうとかもっとよく考えてから……とか、自分に言い訳するような材料など、もはやありはしない。
何より、今の俺自身がオルーシェに対して抱く感情は、親子などで感じる愛情とは似て非なる物だった。
「……ふつつかなおっさんだが、よろしくな」
それ以上は言葉にできず、俺はソッとオルーシェを抱き締める!
すると、彼女は嬉しそうに微笑みながら、強く抱き締め返してきた!
互いの熱と鼓動を感じながら、数分ほどそうしていたが……やがて、どちらからともなくゆっくりと離れる。
「ま、まぁ、なんなしても、結婚式は用事を全部済ませてからだな!」
冷静になると、なんだか猛烈に恥ずかしくなってきて、俺はそんな事を言いながら乾いた笑いを漏らす。
「そうだね。でも……」
同意しながらも、スッと近づいてきたオルーシェの唇が、俺の唇と重なる!
チュッという湿った音と、柔らかい感触の不意打ちに、思わず言葉を失った俺を愉快そうに眺めながら、オルーシェは「手付けだよ」と囁いた。
そうして、固まっていた俺より先に大岩から降りると、クルリと身を翻して両手を伸ばす。
「これからも……生涯よろしくね、旦那様♥️」
そう言って、オルーシェは幸せそうに、満面の笑みを浮かべた。
その笑顔を見ながら、だいぶ前に抱いたある思いが、頭の片隅に浮かび上がってくる。
ああ、俺はきっとこの娘に、ずっと勝てなさそうだな……と。
─終─
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。
近く新作を始める予定ですので、よろしければまたお付き合いください。




