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11 ダンジョン繁栄のために

          ◆◆◆


 ここは、『教会』総本山、中央大聖堂。

 周辺国家からは、聖地と崇められる土地にそびえ立つ、立派な聖堂の最奥の部屋に、『教会』の運営を担う上級神官達が集まって頭を抱えていた。


「……魔王を討伐させるため、送り込んだ『聖女』ウェルタースの監視を勤めていたた連中が、消息を絶ってから一月だ……」

 重い空気の中、神官の一人がようやく口を開く。

「……考えたくは無いが、まさかやられたというのか」

「いや、逆に例のダンジョンを根城にして、我々への復讐の準備をしているのかもな」

 まったく手綱は握れていないが、それでもウェルタースの強さと凶暴さは、身に染みて知っている。

 それだけに、かの『聖女』が魔王に敗北する姿は、彼等の脳裏に浮かび上がってこなかった。


 そう、ウェルタースが魔王に勝ったのなら問題はないのだ。

 なぜなら、『教会』にはかつて彼女を封印した、魔道具がまだ残されている。

 魔王を倒し、ウェルタースを封印できれば、それが最良の結果となるだろう。

 しかし、何の情報も無く、ただ吉報を望んで待つだけの身というのは、焦燥感を煽る。

 そんな、ジリジリとした時を送っていた所に、コンコンと議会室の扉をノックする音が響いた。


「何の用だ」

 ここに彼等が詰めている時は、何人たりとも邪魔する事は許されないのは、『教会』の人間なら誰でも知っている。

 にも関わらず、こうして知らせにくるのだから、ただならぬ事案なのだろう。


「あ、あの……」

 扉の向こう側から聞こえてきた声は、中央大聖堂に務める、『聖女』の一人の物だ。

 二つ名持ちではないとはいえ、『聖女』に認定されるほどの者が、あからさまに戸惑いを隠せていない事に、上級神官達の表情にも緊張の色が浮かび上がる。


「ほ……豊穣の『聖女』、ウェルタース……様が、面会を求めて参りました……」


 その報告に、上級神官達は呆けたように口を開いたまま、顔を見合わせた。

 ウェルタースをダンジョンへ送り込んだ部隊の者ならともかく、本人が戻ってきたとは、どういう事なのだろうか?

 しかも、封印を課した時には、三メートル近い巨体の化け物じみた姿になっていたのだ。

 そんな物がこの中央を目指して来たのならば、もっと早くに捕捉されていなければおかしい。


「そ、その来訪者は、間違いなくウェルタースと名乗ったのか?」 

「は、はい!それに、私は以前ウェルタース様と同期で修行していましたから、彼女の姿を間違えはしません!」

「馬鹿な!あの巨体で……」

「巨体……?」

 姿は見えずとも、扉の向こうの『聖女』が首を傾げた様子が、声の調子で伝わってくる。

 それが、ますます上級神官達に困惑を与えた。


「……よかろう、ウェルタースを通しなさい」

 神官の一人がそう告げると、一瞬だけ室内にざわりとした空気が流れたが、結局はそれしかないのだと悟って全員が小さく頷く。

 かしこまりましたと、扉の外で一礼する気配が伝わって、『聖女』の足音が去っていった。


 そして、数分後──。

 再びノックの音が響き、入室の許可を与えると、重い扉を開いて室内へと歩を進めてきた、小柄な(・・・)女性が頭を下げる。


『お久しぶりですね、皆さん』

 一礼し終えて頭を上げた目の前の女性に、上級神官達は唖然としするしかない。

 命令を無視し、目につく村を壊滅させては巨大化していった、あの怪物の姿はどこにもなかった。

 ここに現れたのは、『聖骸』を埋め込まれる前の、ただ敬虔だった頃の姿をしたウェルタースである。


「お、お前は……本当にウェルタース……なのか」

 戸惑う神官達に対して、ウェルタースはにっこりとした笑みを浮かべた。

『ええ、正真正銘、本物のウェルタースです』

「馬鹿な……あの巨体はどうした!?なぜ、以前の姿に戻っているのだ!」

『……その件に関して、詳しく説明してくださる方を、ご同行させていただいてます』

 ウェルタースが、同行者の存在を仄めかした時、ビリッとした緊張が走った!


「ど、同行者だと!?いったい、どこのどいつだ!」

『はい。それでは、お呼びいたしましょう』

 そう言った途端、ウェルタースの影がゆらりと波打ち、そこから人影が浮かび上がってくる!

 どんな奴が出てくるのかと、神官達は息を飲んだが、そこに現れたのは、おそらく十代前半とおぼしき美少女だった!


「な……なんだ君は!?」

「なんだ君はってか?」

 意外な同行者の愛らしい姿に、神官達は思わず問いかけたが、返ってきた気の強そうな声に、ムッと眉を潜める。


「訪問者であるにも関わらず、名も名乗れんのか、小娘!」

「そうだ!それに、貴様はウェルタースとどういう関係なのだ!」

 威圧的な言動で、少しばかり脅してやろうという意図があまりにも見え見えで、少女は小馬鹿にしたように小さく鼻を鳴らす。


「ならば名乗ってやろう!余の名は、ティアルメルティ!貴様らが不倶戴天の敵だと認定する、魔王である!」

「っ!?」

 魔王!

 あまりにも、その単語のイメージと欠け離れた少女に、神官達全員が唖然とする。

 しかし、次の言葉を聞いて、神官達は氷の入った冷水を浴びせられたような衝撃を感じた!


「そして、ウェルタースとの関係ということだが……まぁ、主従という関係であるな」

『はい、我が魔王様』

 ティアルメルティの前に(ひざまづ)く姿は、美しい絵画のようであったが、この場にいた者達にからすれば悪夢でしかない!

 なにせ宿敵に対して、こちらの切り札が臣下の礼を取っているのだから!


「ご覧の通り、ウェルタースは余の軍門に下った。こやつが今の姿に戻ったのも、余がこやつを管理して、そうさせているからだ」

 つまりは、いつでもあの化け物じみた姿に戻せるという事だと、魔王は暗に告げていた。

 彼等は知らぬ事だったが、オルーシェ達に徹底的に解析され、最終的にオルアス大迷宮のダンジョン・コアに吸収されたウェルタースは、いまやコアの外部ユニット扱いになっており、こうして遠出をする時の中継ポイントとなっている。

 そのため、本迷宮からウェルタースの影を経由して、自在に出入りできるようになっていたのだ。


 つまり正確に言えば、ウェルタースのマスターもオルーシェという事になるが、事情を知らない神官達からすれば、ティアルメルティが彼女を降したとしか映らない。

 なので、そこまで『聖女』……いや、『聖骸』を支配下に置いているという事実に、神官達は美少女の容姿をしているだけな魔王の恐ろしさを、改めて認識していた。


「さて……本日、わざわざ余がこんな僻地にまで足を運んでやったのには、お前らに直接用件があったからだ」

「な、なにっ!?」

「我々に、何の用があるのだ!」

 かろうじて、声の震えを隠しながら、神官達は問い返す!


 ウェルタースを味方につけ、有利な状況の魔王が示す用件など、ろくな物ではないだろう。

 万が一、この場で戦闘となれば組織に壊滅的な被害が出るのに加え、おそらく自分達も生き残れはしない。

 それでも内心の怯えを押さえつけ、神官達は強い口調で虚勢を張ってみせた!

 そして、それが分かっているからこそ、ティアルメルティは余裕の態度で口を開く。


「なぁに、ちょっとした商談だ」

「し、商談!?」

「そうだ。余が求める物……それは、貴様らが所有する『聖骸』の全てだ!」

「なっ!?」

「ちなみに、対価は貴様らの命(・・・・・)。素直に『聖骸』を渡すなら、お前達を見逃してやろう」

「っ!?」

 あまりにも屈辱的な物言いに、神官達の表情が歪む!


 しかし、魔王が現実を見ていない的外れな話している訳でない事は、彼等自身が痛感していた!

 実際、いま魔王の支配下にあるウェルタースが、強めのダンジョンモンスターなどを生成したりすれば、彼等は容易く全滅の憂き目に会い、『聖骸』も奪われてしまうだろう。

 そんな結末に比べれば、助かる条件を提示している今の状況は、有情とも言える。

 ただし、プライドを捨てられれば、だが。


「さあ、どうする?提案を受け入れて命を拾うか、突っぱねて全てを失うか……」

 選択肢を与えているようで、実質にはひとつしか選べない。

 悪辣な魔王からの交渉に、神官達はギリギリと歯を食いしばる事しかできなかった。


           ◆


「──という事で、『教会』の連中が隠し持っていた、『聖骸』をゲットしてきたぞ!」

「ご苦労様。それに、ウェルタースも」

『お気遣いありがとうございます、マスター』

 世間的に表に出れないオルーシェに代わり、『教会』との落とし前を付けに行ったティアルメルティとウェルタースに労いの言葉をかけ、彼女らが持ち帰った戦利品を確認する。

 ウェルタースを引き連れて行ったのは正解だったようで、ビビる『教会』の上役どもの姿は最高だったと、彼女は楽しげに語った。


「それにしても、これが『聖骸』……なのか」

 俺は呟きを漏らしながら、まじまじと『聖骸(それ)』を眺めた。

 なんというか……正直、こんなのが本当に本物のなのか?というのが、俺の感想である。


 もっと巨大で荘厳な物を想像していたのに、だいたい人間サイズの精巧な模型みたいだ。

 しかし、「思ってたんと違う!」な感想の俺とは逆に、オルーシェとティアルメルティは、これが本物である事を確信しているようだった。

 やっぱり、高い魔力を持ってる連中が見れば、これの価値がわかるものなんだろうか?


「ん……どうやら、本物のみたい。静かだけど、すごい濃縮された魔力を感じる」

「うむ。確かにこんな物の一部を埋め込まれれば、強力な『聖女』が作れるだろうな」

 もっとも、廃人になる可能性の方が高いだろうが……と付け加えて、ティアルメルティは肩を竦めた。


「なんにしても、これで準備は整った」

 オルーシェの言葉に、俺達は大きく頷く。

 この『聖骸』を奪ってきたのには、二つの理由がある。

 ひとつは、研究材料として。

 そしてもうひとつが、このダンジョンへ侵入者を誘う餌としてだ!


 なんせ、『勇者』も『聖女』も撃退した我がダンジョンは、悪い意味でも有名になりすぎた。


 あまりに難易度が高いダンジョンとして認識されてしまうと、近いうちに誰もここへ潜ろうしとしなくなってしまうだろう。

 そうなれば、ダンジョンポイントを貯める事もできなくなってしまう。

 そこで、とんでもないお宝として、『聖骸』をアピールするのである!

 これがここにある以上、『教会』やら『魔導機関』やらが指を咥えて見ているだけのハズがない!

 必ずや、良いダンジョンポイントとなってくれる、手練れをたくさん派遣してくれる事だろう。


 『聖骸』の研究、それを使った自軍ダンジョンモンスターの強化、そして良質な刺客(ポイント)の補充……。

 まさに、一石三鳥のこの計画を建てたオルーシェに、感心せずにはいられない。


「まったく、大した奴だよ」

 誰に言うでもなく、ポツリと漏らした独り言。

 それが聞こえた訳でもないだろうが、オルーシェは俺の方へ振り向くと、にっこりと笑顔を見せた。


「また忙しくなると思うけど、お願いね。頼りにしてるよ、ダルアス!」

「おう、任せとけ!」

 彼女の笑顔に答えるように、俺も精一杯の笑顔でガッツポーズを取るのであった。

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