07 乙女の覚悟
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無事に退却してマスタールームまで戻ってきた俺達は、早速オルーシェ達からの治療を受ける。
俺の左腕も回復し、ソルヘスト達の呪毒も消してもらえた。
しかし、現状は楽観視できない事態になっているようだ。
「ウェルタースは現在、地下四十階付近にいる。足止めとして、奴に吸収されにくいゴーレム系のダンジョンモンスターをけしかけているけど……」
そこまで言って、オルーシェは俺の方をチラリと見た。
……わかってる、俺のコピー野郎が猛威を振るっているんだろう。
くそっ、このダンジョンで俺の姿で暴れるとはな。
「許せねぇよなぁ」
「うん……私のダルアスを真似てるだけでも腹立たしいのに、妙にイチャイチャしてるのも許せない」
イチャイチャ……なに?
思いがけない単語に、ついオルーシェの顔を見ると、なぜか悔しそうな……それでいて、羨ましそうな表情が浮かんでいた。
どういう事……?なんて思っていたら、オルーシェが現在のウェルタース達を、映し出す。
そこには、迫るゴーレムの集団と、ウェルタースを守って戦う俺のコピーの姿があった!
『お前らなんぞに、ウェルタースはやらせん!』
『いいぞ、ダルアス(コピー)!』
『俺の命に代えても……大事な人は守ってみせるっ!』
『格好いいぞ、ダルアス(コピー)!』
『危ないから、お前は常に俺の側にいろ……』
『素敵……』
……なにこれ?
モニターの向こうでは、やたらと格好つけてるコピー野郎と、それを応援するウェルタースがゴーレム相手に無双を繰り広げている。
しかし、俺はここまでわざとらしく「守る、守る」と、連呼したりはしないんだが。
「どうやら、ダルアスの腕を食らってこちらへ干渉した時に、ダンジョンマスターであるオルーシェの想いの一部も、向こうへフィードバックしてしまったようじゃな」
あいつらの不可解な変化に、ティアルメルティがそう説明してくれた。
いや、それにしたって俺がモデルなのに、ちょっと……いや、かなり美化してないか?
「んもー、鈍いおっさんだのう!」
「な、何の事だ?」
バシバシと魔王に背中を叩かれ、俺は彼女に問い返す。
「つまり、オルーシェから見たダルアスは、ああいう風に映っておるという事であろう?」
「んなっ!」
そうなの!?
まさかと思いつつ、オルーシェの方をチラリと見ると、目が合った彼女は照れくさそうに頬を染めた。
いや、さすがに俺があんな風に見えてるなら、なんかのフィルターかかり過ぎだろ……。
「まぁ、オルーシェの主観はともかく、コピーとはいえ、お主の姿をした奴にああもイチャつかれたら、いい気はすまい」
モニターを眺めながら言うティアルメルティに賛同して、オルーシェは高速で頷く。
「あ、いや……慕ってくれるのはありがたいが、今はそれどころじゃないだろ?」
実際、快進撃を続けるあいつらへの対処でそれどころじゃないハズなのだが、つい口をついた俺の一言が少女達の逆鱗に触れた!
「ああん!?オルーシェの乙女の純情が傷つけられてるのに、それどころじゃないだとぉ!?」
「ううん……悲しい……」
かなり泣き真似っぽいが、顔を覆ってティアルメルティに寄りかかるオルーシェに、俺はなす術もない。
ぬぅ……泣く子には勝てんという、いつの時代も通じる真理を持ち出してくるとは。
しかし、どうフォローしたものかと戸惑う俺に対して、魔王は邪悪な笑みを浮かべて、問いかけてきた。
「のう、ダルアス……ここは、オルーシェのお願いを聞いてやって、機嫌を直してもらうのはどうかの?」
いや、さも名案のように言ってるが、肝心のオルーシェの前でそういう取引の話をしてもいいのか?
「ティア、ナイスアイデア!」
こちらの心配をよそに、オルーシェは顔をあげる。
いいのかよ……。
まぁ、この非常時に、いつまでもへそを曲げられては困る。
どうせ大したお願いじゃないだろうし、さっさと済ませてウェルタースへの対策を考えないと。
「では、オルーシェ。ダルアスに、なにをお願いするのだ?」
「キス!熱烈かつ、大人なやつ!」
「却下だ!」
いきなり全開できやがったな、こいつ!
つーか、まだガキと呼んでいい歳から抜けてもいないのに、大人のキスとか要求してくんな!
「やれやれ……お堅いな、ダルアスは。じゃあ、他のお願いは?」
「なら、お姫さま抱っこ!常に愛を囁く感じで!」
「むぅ……」
まぁ、愛を囁くは却下としても、お姫さま抱っこくらいなら、別にいいか……。
仕方なく了承すると、二人の少女達は、パァン!とタッチを交わした!
しかしまぁ、結構なピンチだってのに、なんだってこいつらはこんなに余裕なんだ?
……って、ひょっとしたら!
二人の態度にピンと来た俺は、それを確信に変えるためにティアルメルティに尋ねた!
「もしかして、お前……もうアレが打てるのか?」
そんな俺の問いかけに、魔王は自信満々な表情で、グッと親指を立てる!
アレ……つまりは、ティアルメルティが開発した、『聖骸』の機能を停止させる魔の一撃、『解神・魔破拳』!
『聖骸』の活動を停止させるという効果はバツグンだが、それを打つための前提条件が面倒臭い。
そのため、ティアルメルティはウェルタースを観察していたハズだったのだが……なるほど、その解析が終わったからこその余裕か。
ただ、それならそうと、もっと早く言えよな!
「なんにせよ、ウェルタースと戦うなら、少し上の階層にある、広いフロアがいい」
「そうだな……マスタールームじゃ狭すぎるし、戦場にするには向いてなさすぎる」
それでなくても、ここにはオルーシェやティアルメルティが使用している、様々な資料なんかが山積みなっているからな。
こんな場所で、暴れる訳にはいかないだろう。
「それじゃ、ダルアス」
俺の正面に立つと、オルーシェはなにかをせがむように「んっ!」と唸って両手を広げた。
これは、もしかして……。
「……お姫さま抱っこをしろと?」
一応、聞いてみると、オルーシェは「正解!」と言わんばかりに、首を縦にふる!
「いや、お前はここにいないと危ないだろ!」
なんで、前線に出ようとしてるんだよ!
思いがけぬオルーシェの行動に驚いていると、彼女はその理由を説明してくれた。
「前にダルアスにあげた指輪……アレが、左腕ごとウェルタースに取り込まれちゃったでしょう?」
「あ、ああ……」
「なので、今のダルアスは私が近くにいないと、生前の姿に戻ったり、ダンジョンポイントを力に変えたりできない」
なにぃ!
そ、それは困る……あのコピーを倒すためには、今の骸骨兵のままじゃ無理だ。
「だから、私も行く!そして、見せてやるの!あの偽者達に、本物の絆ってやつを!」
目を輝かせながら、再び「んっ!」とお姫さま抱っこをせがむオルーシェ。
俺のパワーアップを促進するためだけならまだしも、なんか知らんが、ウェルタースと俺のコピーへの対抗心はハンパないな……。
これはもう、俺に断るという選択肢は一切残されていないようだ……。
◆
「さぁ、行くぞ!」
最強の切り札を持つティアルメルティが、もはや言葉はいらぬとばかりに号令を取り、俺達は決戦の場へ向かう。
四天王達も魔王に付き従い、意気軒昂といった所だ。
「頑張ろうね、ダルアス」
「うん……」
そして、俺も万全の体制を整えて、戦場へと歩を進める。
満面の笑みを浮かべる、ダンジョンマスターのオルーシェを、お姫さま抱っこしながら……。




