05 豊穣の由来
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教会のダンジョン・コアこと、ウェルタースの肉体を奪い、人間ダンジョンと化している奴を倒すための方針は、割りとあっさり決定された。
作戦はいたってシンプルで、補食されれば奴の回復手段となってしまうダンジョンモンスターは出さず、ひたすら迷宮内の罠で削っていくというものだ。
バーサクドックとの戦いで、ダメージは負うとわかった以上、これは有効だろう。
さらに、あの巨体では落とし穴や滑り台的な罠は通用しなさそうなので、隠し矢や飛び出す槍、さらには火攻め毒攻めなどの、殺傷力の強い罠を増やしておく。
なんなら、めっちゃ狭い通路を用意して、引っ掛かった所をボコボコにするなんてのも悪くない。
ウェルタースめ、己の手の内を早々にバラしてしまった、自分を恨むんだなぁ!
「少し不安要素があるとすれば、ウチのダンジョンモンスターを取り込んだウェルタースが、こちらの動きをどのくらい把握できるのかという事だけど……」
口元に手を充てて、そう呟きながらオルーシェが眉をひそめる。
奴を罠に誘導するため、ダンジョンの操作をする彼女にはそこが懸念材料なんだろう。
確かに、バーサクドック程度を取り込んだだけで、俺達がマスタールームから観ていた事を知り、音声に介入してくるくらいだからな、人間ダンジョンとなっているウェルタースの解析能力は、侮れないものがある。
だが、そこは俺達がカバーすればいい!
俺と一緒に遊撃に出る四天王の力を使えば、罠でダメージを受けたあいつを倒す事も、そう難しくはないだろう。
ちなみに、ティアルメルティはオルーシェと共に、マスタールームでウェルタースの動向を見守る事になっている。
ウチのダンジョン・コアを参考にしながら、安全な場所から奴の能力を解析して、必殺の『解神・魔破拳』の準備をする手筈だ。
まぁ、これが決まれば、あの外道なダンジョン・コアも一発で黙らせる事ができるだろうから、案外ガーベルヘン達の時より楽勝かもな。
あとは……。
「それじゃあ、くれぐれもウェルタースを倒した後は、肉体の回収をお願いね」
念押しするオルーシェに、俺達は任せろと胸を叩いてみせる。
本来なら、ダンジョン内で生物が死ねば、時間の経過で勝手に吸収されものだ。
しかし、ウェルタースの場合はガーベルヘンと同じように、肉体と『聖骸』が融合しているのでそれもかなわない。
そうなると、ダンジョンポイントとして吸収できない所なのだが……今回は、相手もダンジョン・コアだというのが幸いした。
ダンジョン・コアは、別のダンジョンマスターに相応しいだけの魔力の持ち主がハッキングに成功すれば、乗っ取りが可能なのだ。
そう、かつてオルーシェが俺の権限下にあった、ダンジョン・コアを乗っ取ったようにな。
しかも、今回はウチのコアの協力も得られるので、ウェルタースのダンジョン・コアの全データを奪う事もできそうだという。
そうなれば、奴が溜め込んできた様々な経験値は丸ごといただけるので、これは利用しない手はないという話で決まっていた。
『本来ならば、ダンジョンマスター同士がかち合う事も異例なので、そんな機会はほとんど無いのですがね』
ダンジョン・コアの言葉に、そうだろうなぁと頷く。
だって、普通は自分の所有するダンジョンに籠ってた方が、絶対に安全だからな。
そこは自由に移動できる、ウェルタースの特性が仇になりそうだって感じか。
「みんな、気をつけてね!」
「余の準備ができるまで、くれぐれも油断するでないぞ!」
「応よ!」
少女達の激励を背に、俺と四天王の面々は、ウェルタース迎撃のためにマスタールームから出撃した!
◆
ズルリ……ズルリ……。
俺達の待ち構える、地下三十五階の広間に繋がる長い廊下の奥から、なにかを引きずるような音が微かに聞こえてくる。
あれは、俺達の作戦通りにダメージを受けた、ウェルタースの足音だ。
案の定、こちらのダンジョンモンスターを摂取できず、盛々にしたトラップによってダメージ回復が追い付かないために、ここにたどり着くまでに満身創痍になっている様子……。
奴の動向を観察していた、オルーシェ達からも同様の報告を受けているので、まず間違いないだろう。
とはいえ、奴も前例がない人間ダンジョンなんて代物だ、トドメを刺すまでは油断はできない。
俺と共に、ここでウェルタースを討つべく控えている四天王達にも、緩んだような空気は微塵もなかった。
『ふうぅぅぅぅ……ハアァァァァ……』
重苦しい呼吸音が響き、ゆっくりとその吐息の主が姿を現す!
天井まで届くような長身巨体の美女が、体のあちらこちらから血を流し、その身に刺さったままの矢を痛々しく晒しながら、ギロリと俺達を睨みつけた!
『やって……くれる……。まさか、こんな手段に出る……ダンジョンマスターが、いるとはね……』
深呼吸もままならなくなったのか、ゼェゼェと荒い息を吐きながら、ウェルタースはかろうじて立っている。
油断は大敵だとわかってはいたが、一発殴るだけで倒れそうなその姿を見てしまうと、安堵のような気持ちがわずかばかり沸き上がってしまう。
そんなこちらの気配に気づく様子もなく、怒りを湛えた瞳で、奴は睨み付けてきた!
『ダンジョンの……主なら……もっと堂々とぶつかってこいよぉ!』
卑怯者が!と、ウェルタースは激昂するが、そっちの矜持なんぞ知ったことか!
やり口はセコくとも、最小の労力で最大限の効果があるなら、そっちを選ぶに決まってるっつーの!
『僕にぃ……こんな真似をしやがってぇ……許さない……絶対に許さないぃぃ!』
一方的に傷だらけにされたのは初めてなのか、ウェルタースはギリギリと歯ぎしりをしながら、ズン!と巨体を踏み入れてきた!
よし!そこだっ!
『ぐはあぁっ!』
踏み込んだウェルタースの口から、苦痛の絶叫が放たれる!
なぜなら、彼女の足下から何本もの槍が飛び出して、その身をを貫いたからだ!
『が、あ……』
「いくらイラついてるからって、ダンジョン内では迂闊に踏み込んじゃいけないぜ?」
ここにたどり着くまでに、何度も罠にハマっただろうに……俺達を目視して、怒りに目が眩んだか?
『お、の、れぇぇ……』
突き刺さった槍に固定され、動けなくなったウェルタースが、憎々しげに手を伸ばす。
ここが最大の勝機!
「いくぞぉ!」
「応!」
掛け声と共に、俺と四天王の武闘派二人が動き出す!
ソルヘストは右から、ラグラドムは左に回り、俺は正面からウェルタースを狙って走る!
俺達三人はタイミングを合わせ、同時に奴の首へと攻撃を……!
「ぐあっ!」
「がはぁっ!」
「なっ!?」
しかし、振り下ろされる剣の風切り音よりも先に、四天王の苦痛の声と、俺の発した驚愕の声が響き渡った!
『捕まえたあぁ!』
ウェルタースの両手が、がっしりと俺の両腕を捕らえ、万力のような力で締め付ける!
今の骸骨兵状態じゃなかったら、腕の肉は爆ぜてたかもしれねぇ!
そう思うとゾッとするが……こ、これは!?
『フッフッフッ……まんまと引っ掛かってくれたね』
「て、てめぇ……それはいったい……」
こちらの攻撃が奴の首に届く寸前、ウェルタースの影から巨大な獣の頭が飛び出して、ソルヘストとラグラドムをその大口で捕らえていた!
しかし、そのサイズこそ違うものの、この獣は……。
『そんなに驚く事はないだろう?これは、さっき補食したバーサクドックを、僕のダンジョンモンスターとして使役しただけさ』
「なん……だと……!?」
ま、まさか、こいつ……補食して吸収するだけじゃなく、ダンジョンモンスターまで生成できるのか!
驚愕する俺達を、先程までの苦しそうな雰囲気の消え失せたウェルタースが、ニヤニヤしながらこちらの反応を楽しむように眺めていた。
『何もそこまで驚かなくていいだろう?この肉体は、すでにダンジョンのような物なんだから』
くっ……言われてみりゃそうかもしれんが、通常のダンジョンと人間ダンジョンでは、見た目から規模から違い過ぎて、ダンジョンモンスターを生み出す事が可能だとは思っていなかった……。
『フフフ……この女の豊穣の二つ名の由来は、普通のダンジョンのように、モンスターやアイテムを生み出す事ができるかもしれない……という所から付けられた物なんだけどね』
チッ!そんな所に、ヒントがあったとは……!
迂闊……だった!
『もっとも、このモンスターを生み出す能力は、僕が完全に肉体の主導権を握ってから顕現した物だから、気づかなくても仕方ないさ』
隠していた札が綺麗に刺さったのが嬉しいのか、ウェルタースはにんまりとしながら、こちらを気遣うようなセリフを口にする。
くっ!なんて腹立たしい……!
そんな優位に立つ主に呼応して、四天王の二人を捕らえていた巨大バーサクドックの頭部が、ギリギリと咥えた顎に力を込めた!
「ぬぅっ……こ、この犬っころがぁ!」
「我ら四天王を……舐めるなよぉ!」
獲物を噛み砕こうとする獣頭に、雄叫びをあげたソルヘストとラグラドムが、超至近距離からの必殺技を放つ!
次の瞬間、爆発のような衝撃と巨大バーサクドックの悲鳴が重なって、フロアに響いた!
「くあっ!」
「ぬうぅ!」
さすがに敵との距離が近すぎたのか、自らの放った技の余波を受けて、ソルヘスト達は地面を転がる!
だが、無事に獣の大口からは脱出に成功したのは、さすがだ!
よぉし、俺も!
背後に起こった衝撃のせいで、わずかに俺の右腕を拘束する力が弱まった!
その一瞬の隙を突いて、俺は手にしていた剣を軽く放ると、ウェルタースの死角になる顎の下から蹴りあげる!
狙い通り、下から俺の蹴った剣は奴の顔面に突き刺さり、ウェルタースはグラリと揺れた!
だがっ!
『逃がさん……お前だけは……』
俺の左腕を掴む奴の手に、さらなる力が込められる!
ミシミシと音を立て、ヒビが入っていく左腕!
やがて、ウェルタースの握力に堪えかねた骨が砕け、バキン!という音と共に俺の左腕は折られてしまった!
「ちぃっ!」
まさか、並みのモンスターよりもはるかに強度が高い、この骸骨兵ボディが砕かれるとは!
しかし、俺はそのままウェルタースに蹴りを入れると、反動を利用して奴から距離を取った!
ふぅ……左腕は失ったが、脱出には成功したぜ!
「大丈夫か、ダルアス!」
「ああ、この程度のダメージなら、すぐに直せる」
実際、オルーシェに頼めば即完治だろう。
トカゲの尻尾切りみたいだが、ウェルタースから逃げられた事を考えれば、安い必要経費だ。
さて、ここから仕切り直しだ!
まずは、先ほど奇襲に使った剣を回収しないと……などと考えていたのだが。
『フッ……フフフ、ハハハハ!』
ウェルタースは、奴の手に残った俺の左腕を眺めながら、高笑いを始めた!
な、なに?なんなの?
怖いよぉ……。
『ククク……これだ、これが欲しかった!』
「なに……?」
『冒険者や教会の上層部で噂だった、オルアス大迷宮の特別な守護者!その一部を取り込めば、僕はさらにこのダンジョンを掌握できる!』
ま、まさか!
奴が、モンスター生成の能力を隠してまで狙っていたのは、俺だったというのか!?
『僕の糧になれ!』
嬉々とした声で、俺の左腕を口元に運んだウェルタースは、そのままゴクリと腕を飲み下した!




