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04 魔導機関にて

           ◆◆◆


 ディルタス王国の首都ジャハルマ。

 その都市の中央に位置する王城の敷地内にある一角が、国が保有する様々な魔術系研究機関、通称『魔導機関』の研究施設である。


 その中でも決して部外者の目に触れぬよう、秘匿されたされた部署……あらゆる非道な人体実験を肯定する、この国の暗部が『ムーラーレイン』だ。

 今、その部署において、額を床に擦り付けるような勢いで平伏している男がいる。

 オルーシェ達のダンジョンに挑むも、捕縛に失敗し敗走してきたこのムーラーレインの職員であるヅダットだ。

 背中に冷たい汗を流しながら床とみつめあう彼の前には、ムーラーレインの最高責任者であるバスコム・マイガンと呼ばれる初老の男が、今回の顛末がまとめられた報告書に目を通していた。


「……ヅダット君」

「は、はいっ!」

 不意に名を呼ばれ、裏返りそうな声でヅダットは頭を下げたまま返事をする。

 迂闊に頭をあげて叱責されるのを怖れたためでもあるが、それ以上に穏やかな声色のバスコムが恐ろしく身がすくんだためでもあった。

「この報告書に書かれている事柄は、間違いがないんだね?」

 責めているというよりは確認するためといった風なバスコムの問いに、ヅダットは消え入りそうな声で「はい……」と答えた。


 彼が尋ねているのは十中八九、ヅダットが首都ジャハルマに戻るまでの有り様(・・・)についての事だろう。

 全裸に剥かれ、自分達が開発した魔道具に拘束されたあげく、背中と胸の目立つ場所に「ディルタス王国 魔導機関 局長(・・)ヅダット様参上!」などと刃物で刻まれた姿は、恥以外の何物でもない。

 当然、彼は局長でもなんでもないのが、その傷痕を見た者達がどう噂するのかなど簡単に想像できる。

 きっと、根も葉もない噂が一人歩きして、この魔導機関の栄誉を傷つけるに違いない。

 そして、そんな恥を晒した自分に訪れる運命は、決して明るいものではないだろう。

 そんな、死刑の宣告を告げられる咎人の心境で俯いていたヅダットだったが、事態は彼の思わぬ方向に進んだ。


「ククク……ハハハ……ハァーツハッハッハッ!」

 唐突に爆笑し始めた上司の様子に、当事者であるヅダットもキョトンとしてしまった。

 そして、そんな彼の姿を見たバスコムは、さらなる笑みを浮かべる。


「フハハハ、なんだねその顔は?もしかして、自分は始末されるとでも思ったのかな?」

 愉快そうに笑うバスコムの様子からは、ヅダットが考えていた最悪の事態になりそうな雰囲気は微塵も感じられない。

「ほ……本音を言えば、その可能性も考慮しておりました……」

「フフフ……まぁ、あれだけ無様を晒してしまえば、そう考えてもおかしくはないがね」

「は、はは……」

「だが、今回の件は最近増長していた冒険者ギルドの連中を黙らせるのに、丁度良かった。『高い依頼料金を出して護衛に雇ったA級冒険者が、ろくに働きもせず全滅した上にうちの職員がとんでもない恥をかかされた!』と、怒鳴りつけてやったよ」

 お陰で、今後はこちらの条件を飲ませて依頼を出すことができると、バスコムは愉快そうに笑う。


「まぁ、君は優秀な職員であるし、不名誉の極みといった目にあった訳だから、これをもって罰は受けたということにしよう」

「は、はいっ!」

 その言葉を聞いて、ヅダットは胸を撫で下ろした。

 己の所属している機関が、非人道的な真似も辞さない場所であるだけに、何をされてもおかしくないと思っていたが、ほぼお咎めなしになるとは嬉しい誤算だ。

 そして、やはり自分のような優れた者は組織にとって不可欠なのだなと、傷付いた自尊心も癒される気がした。


「さて……それにしても、実験体十七号は捨て置けんな」

「は、はい!あの小娘、なぜかダンジョンマスターなどになっておりまして、かなり危険な存在になりつつあります!」

「ふむ……」

 バスコムは、自らの顎を撫でながら思案する。

 ムーラーレイン内で行われていた、後天的に強大な魔力を人に宿らせるための実験、『プロジェクト・ゼダン』。

 年端もいかぬ少年少女たちを犠牲にして行われていたこの実験の中で、オルーシェ(十七号)は唯一の成功例だ。

 そのため、様々な学習をさせていたのが仇となり、まんまと逃げられてしまったのだが。


「……よし、『ジュエル・トルピス』の者達を動かそう」

「ジュ、ジュエル・トルピス!」

 ヅダットが、思わず驚愕の声をあげるのも無理はない。

 この魔導機関において、間違いなく最強と言えるのが、ジュエルトルピスと呼ばれる十人からなる魔術師達によって形成されているチームだ。

 そのチームのメンバー全員が攻撃魔法から回復魔法、あげくは様々な強化魔法(バフ)まで使う、まさに魔法のエキスパートである。

 さらに、各々がわずかな時間差でもって魔法の詠唱をすることで、切れ間なく魔法を使うなどのチームワークにも優れており、彼等ならば例え魔族の大幹部が相手であろうと完封できるに違いないと言われていた。

 そんな虎の子を出してくるあたり、バスコムの本気が感じられてヅダットは小さく身震いする。


「ジュエル・トルピスの者達は、十七号に学習も施していたし、あの小娘がどのようなダンジョンをデザインしようと、容易く切り抜ける事ができるだろう」

 そう、オルーシェに様々なダンジョンの知識を学ばせたのもジュエル・トルピスの面々である。

 それ故に、その存在はオルーシェにとって師であり、育ての親とも言える。

 もっとも、そこに愛情の類いなどは有りはせず、獣に鞭打つ調教師といった躾の仕方ではあったが。

 しかし、そんなあらゆる局面に対応できる魔術師チームが乗り込むというのだから、もはやダンジョンに攻略は成ったと言っても過言ではないだろう。


「ヅダット君には、彼等の案内役を頼みたい」

「はいっ!必ず、汚名を返上させていただきます!」

 自分にとんでもない恥をかかせた、あの小娘と従者の骸骨兵(モンスター)に正当なる復讐が遂げる事ができる喜びに、ヅダットは高揚していた。

 しかし、そんな彼を現実に引き戻すように、バスコムはポンとヅダットの肩に手を置くと、ボソリと囁きかける。


「わかってはいるだろうが、()は無い。気合いを入れて取り組むように」

 そこに込められた冷たい意図を理解して、浮かれていたヅダットは冷水を浴びせられたように現実へと引き戻されていた。

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