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03 ウェルタースの能力

 棺桶を思わせる、黒い箱から立ち上がった謎の女。

 もしや、こいつが豊穣の『聖女』なのか?

 それにしても……。


 ボサボサな栗色の髪、法衣に見えなくもないほどみすぼらしい衣服、だがそれに相反するようなグラマラスな肉体に、表情は乏しいものの中々に整った顔立ち。

 マルタスターやガーベルヘンほどではないが、結構な美女と言っていいだろう。

 しかし、そんな事がすべてどうでもよくなる程の特徴が、この女にはあった。


 そう、こいつは……デカい!

 いや、胸や尻がって意味ではなく、身体全体がデカいのだ!

 おそらく、身長は三メートル弱、体重は百五、六十キロはあるだろうか。

 たぶん、一番近いイメージが沸くモンスターは、オーガといった所だな。

 どこか薄汚れた雰囲気も、そんな印象に拍車をかけている。


 いやー、さすがにいくら美女でも、こんなのの相手は遠慮したいな。

 ……そんな事を、皆が頭に思い浮かべていた中で、ただひとり四天王のラグラドムだけは、「いい……」と呟いて箱から現れた女に見入っていた。

 土属性のやつは、ゴツい異性がタイプの場合が多いとは聞いたが、またひとつその説が立証されてしまったな……。


「……そう。わかった」

 そんなどうでもいい事に気を取られている内に、いつの間にかオルーシェが、誰かと魔法で話していた通話を打ち切る。

 誰と話していたのかは……確認するまでもないな。


「今、マルマの所にあの女の映像を送って、マルタスターに確認を取らせた」

「うん、それで?」

「やっぱり、マルタスターも知らない顔らしい。けど、『聖骸』の気配は感じたって」

 やはり、そうなのか……あの女が、二つ名持ちの最後の一人!

 豊穣の『聖女』、ウェルタースか!


「……とりあえず、ダンジョンモンスターをけしかけてみる。マルタスターが言ってた、噂の事も気になるし」

 例の、ダンジョン攻略に特化した能力……ってやつか。

 確かにどんな力なのか、情報は欲しい所だな。


「本日のびっくりドッキリモンスターは……君に決めた!」

 そう言って、オルーシェが手元のパネルを操作すると、『聖女』のいるフロア目掛けて通路や階段からゾロゾロと小型の影が集まってくる!


 あれは…バーサクドック!

 それは、このダンジョンの浅い階層の中で、最も危険なダンジョンモンスター!

 その特徴と言えば、ひとえに狂暴な性格にある!


 狂戦士のごとく、引くという事を知らぬ気性に加え、群れで獲物を襲い、尚且つ凶悪な呪毒を持っている厄介なモンスターだ!

 噛まれる事で感染した呪毒は、早急に処置をしなければ致死の呪いとなって、被害者を狂乱させて死に至らしめる!

 そんな、バーサクドックの弱点は水。

 なんでか知らんが、濡れる事を怖がるのだ!


 まぁ、厚めの皮鎧でも着ていれば、それなりに呪毒の牙は防げるし、耐久力もそれほど強くないから、そこそこの冒険者なら対処できるモンスターではある。

 しかし、標的であるウェルタースは防御力の無さそうな薄手の格好だし、なにしろ身体(まと)が大きい。

 オルーシェが差し向けたバーサクドックの群れは、奴にとって大きな脅威となるだろう。

 よし……お手並み拝見といくか。


 ……グルルルル。

 突然、唸り声にも似た低い音が、ウェルタースのいるフロアに響く!

 一瞬、バーサクドック達の唸り声かと思ったが……違う!?

 その音は、モンスターに取り囲まれた、ウェルタースが放っていた物だった!

 爛々と輝く瞳に、口の端から溢れる唾液……もしかして、あれはウェルタースの腹の音か!?

 そう思った時、またもあの唸り声に似た音を立てながら、『聖女』は周囲のバーサクドック達を、値踏みするように見回した。

 間違いない……周囲のダンジョンモンスターに対して、豊穣の『聖女』は明確な補食の意図を持っている!

 マジか、こいつ!


 だが、そんなウェルタースに対しても、バーサクドックは怯みはしない!

 陣形を整えるように『聖女』の包囲が完了すると、四方八方から一斉に飛びかかった!


「ふうぅぅんんっ!」

 巨体から繰り出される、ウェルタースの腕による横凪ぎの一撃が、数匹のバーサクドックを吹き飛ばす!

 そんな雑な攻撃にも関わらず、吹き飛ばされたモンスター達は壁に激突し、苦痛の鳴き声と共に絶命した!

 見た目通りの、恐るべき膂力!

 しかし、背後から襲いかかったバーサクドックが数匹、ウェルタースに牙を立てる!


「うぅぅっ!」

 噛みついた奴らの頭を鷲掴みにした『聖女』は、その呼び名とは真逆の荒々しさで、裂ける自分の肉ごとバーサクドック達を引き剥がす!

 さらに、そのまま床へと叩きつけると、体重を乗せて踏みつけた!


「ゴルアァァッ!」

「おぉぉぉぉっ!」

 バーサクドック達と『聖女』の咆哮、骨や肉の砕ける音に、床や壁が破壊される衝撃などが響き渡り、不協和音はオーケストラのように重なりあって、やがてひとつの調和すら感じさせる戦場音楽を奏でていく!

 それは、しばらくの間続いていたが……やがて、静かに終わりの時を迎えた。


 血煙が舞うフロアには、ウェルタース以外に動くものはいない。

 しかし、そんな彼女も体中が傷だらけで、無事とは言い難かった。

 おそらく、呪毒にも犯されているだろう。


 そんな中、向かってくる敵がいなくなった事を確認したウェルタースは、足元に転がるバーサクドックの骸を掴み上げると、まったくの未処理なそれに食らいついた!

 そのまま、バリバリと骨を噛み砕き、肉を食いちぎっては、ゴクリと飲み込んでいく!

 なまじっか美女と言っていいだけに、大型の亜人モンスターみたいな補食の仕方は、凄惨な印象が何割か増しで伝わってくるようだ。


 つーか、俺みたいな冒険者は、時としてダンジョンモンスターも食ったりはしていたが、ここまでワイルドな奴は見たことがねぇ!

 それ以前に、下処理もせずにモンスターの肉なんぞ食おうものなら、腹を壊す事は請け合いだ。

 良い子は真似すんなと、言っておきたい!


 それからしばらくの間、俺達が見つめるモニターの向こう側では、ひたすら『聖女』がモンスターを食らうシーンが映し出されていた。

 いったい、俺達はなにを見せられているんだろう……そんな考えが皆の頭を支配していた頃、ふとウェルタースに現れた異変に気づく。


「おい、ウェルタースの奴……ダメージが回復してないか?」

 俺の指摘に、全員が目をこらした。

 そこで、ウェルタースが先程の戦闘で負っていた傷が、消えている事を確認する!


「確かに、モンスターに噛まれた傷が、無くなっているぞ!」

「それに、バーサクドックからの呪毒も、消えてるみたい」

 ティアルメルティとオルーシェが見立てたように、すでにウェルタースの肌には返り血の後が残るだけで、まるで最初から噛まれてなどいなかったかのように、肌はきれいなままだ!

 また、あれだけ噛まれたにも関わらず、バーサクドックの恐ろしい毒に犯された様子もない。

 もしや……ダンジョン攻略に特化した能力ってのは、この事なのか!?


「補食による回復と、状態異常の無効化……それが、豊穣の『聖女』の能力か」

 俺の呟きに、オルーシェ達がこちらへ顔を向ける。

「冒険者をやってた俺の意見で言うと、ダンジョンを攻略するのに最も注意が必要なのが、食料の確保と様々な状態異常への対処方だ。まぁ、普通はそれらを代用したりする知恵や、仲間との協力でなんとかしていくもんだが、あのウェルタースみたいな特性があるなら、ダンジョン攻略も容易になるだろう」

 人間離れした力で敵を倒し、それを喰らって回復していく。

 巨体というだけで、普通の人向けサイズな罠に引っ掛かり難くなり、状態異常に陥る事もないのなら、生存率も格段に上がるだろう。

 そこへきて、冒険者のように富や栄誉を求めるわけでもないのだから、余計な探索にかかる時間も短縮できる訳だ。


 これを、ダンジョン攻略に特化してると言わずに、なんと言おう!

 冒険者視点から見た俺の説明に、ティアルメルティ達が感心しながら、パチパチと拍手を飛ばす。

 だが、ひとりオルーシェだけは眉を潜めて、モニター向こうの『聖女』へと視線を戻した。


「本当に、それだけなのかな……?」

「うん?何か、気にかかる事でもあったのか?」

 もしや、何か見落としでもあったかとオルーシェに尋ねると、彼女は「そういう訳じゃないんだけれど……」と、歯切れ悪く答える。


「なんと言うか、私個人……というより、ダンジョン・コアと契約した、ダンジョンマスター(・・・・・・・・・)としての直感(・・・・・・)が、警鐘を鳴らしてる気がするの」

 ダンジョンマスターとしての直感……だと?

 俺も一時はダンジョンマスターに成りはしたが、すぐにオルーシェに取って代わられたから、その感覚は正直よくわからん。


 だが、オルーシェがそう言うなら、まだウェルタースには何か秘密があるのかもしれないな。

 そんな、言い様のない一抹の不安に沈黙している間に、ウェルタースは倒した全てのバーサクドックを、胃の中に納めてしまったようだった。

 というか、毛皮や骨も残さないって、どんだけ徹底して食ってんだよ……。


『ふぅ……なかなか食べ応えがあったね』

「!?」

 一瞬、誰の声なのかと、耳を疑ってしまった!

 いや、ウェルタースには間違いないんだろうが……その声は、あまりにも外見のイメージと違い過ぎていたのだ。

 獣じみた雄叫びをあげていた、三メートル近い巨体から、あんなに可愛らしい声が出てくるなんて、さすがに想像もしなかったわ!


『ええっと……』

 俺達が驚いていた事も知らず、ウェルタースは何かを探すように周囲をキョロキョロと見回す。

 だが、やがてその視線がピタリと止まった。


 まるで、奴を見ている俺達を(・・・・・・・・・)見つけたかのように(・・・・・・・・・)


 偶然……だよな?

 そうは思いつつも、ウェルタースの視線は、俺達を捉えているような気がしてならない。

 嫌な気配を感じさせる『聖女』は、そこでニンマリと笑顔を見せた。


『どうやら……随分と遠くから観ているようだね』

 ……ハッタリじゃねぇな。

 もはや疑いようもなく、奴はこちらを補足している!

 どういう手を使っているのかは検討もつかんが、オルーシェが危惧していた通り、まだ奴には未知数の能力があったって事か。


『君は随分と大きく育ったんだね……羨ましいよ、御同輩』

「……なんだ?こいつ、誰に語りかけてる?」

 独り言のようでもあるが、確かに何者かに向けて、ウェルタースは話しかけている。

 しかし、その相手は俺達ではないような気がする。

 それに、御同輩ってどういう……?


『おそらく、奴の言う御同輩とは、私の事でしょう』

 いまいち要領を得ないウェルタースの言葉に戸惑っていると、意外な所から声がかかった。

 声の主は……ダンジョン・コア!?


「いやいや、なにを言ってるんだ?」

「どういう事なの、コア?」

 思わず問いかける俺達に、ダンジョン・コアは何でもないように答える。


『我々が向こうを見ているように、奴もこちらを見て、聞いている。そして、そんな真似ができるのは、「ダンジョン・コア()」と同様の力を持つ存在だけです』

 それってつまり……。


「ウェルタースには……ダンジョン・コアが(・・・・・・・・・)埋め込まれている(・・・・・・・・)!?」

「なっ……」

 オルーシェが導き出した答えに、俺達は思わず絶句する!

 だが、モニター向こうのウェルタースは、笑顔を浮かべながら小さく拍手した。


『正解だよ、小さい人間。僕はこの女に移植された、『ダンジョン・コア』であり、『聖骸』と呼ばれる存在さ』

「ええっ!?」

「ダンジョン・コアが……『聖骸』!?」

 もう何度目かになる衝撃の事実に、俺達は唖然とする事しかできなかった。

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