07 心の器
「四天王よ、奴らを足止めせよ!」
再びティアルメルティが魔法の詠唱を始めると、彼女を守るように四つの影が躍り出る!
「魔王様の準備が整うまで、我々で奴等を止めるぞ!」
「おおよ!」
まずは、魔王四天王で最速を誇るソルヘストと、無双のパワーを持つラグラドムが動いた!
迫るガーベルヘンに向かって構えを取り、ティアルメルティとの修行で磨きのかかった、彼等の奥義を発動させる!
「我々の奥義は、同士討ちの可能性があるのが欠点だった……だが、今は違う!」
ギュッと握った拳を開き、ソルヘストは『聖女』達を包んで燃え盛る、炎の球体へ魔力を集中させた!
「魔王様との修行により、進化した我が奥義!その名も『真空牢』!」
ソルヘストが繰り出す魔力が、球状の炎を包囲するような四角体を形成する!
それと同時に、彼の構築した空間からあらゆる大気が消滅し、文字通り『真空の檻』となってガーベルヘン達を捕らえた!
「大気がなければ、炎は持続できん!さらに、中の人物も呼吸ができず、持って数秒よ!」
恐るべき、ソルヘストの新奥義!
だが、音無き真空の檻の中で、ガーベルヘンは咆哮のような叫び声をあげた!
「なにっ!?」
『聖女』の叫びに呼応した神の炎は、ソルヘストの生み出した四角体の中で勢いを増し、膨張して圧力を上げる!
それに耐えきれなくなった檻を内部から破壊して、ガーベルヘン達は脱出を成功させた!
「ならば、物量で押しきる!」
ソルヘストの技が破られたと同時に、ダンジョンの四方からラグラドムが操る大量の砂が、『聖女』達におそいかかる!
かつては、周辺の大地と融合して無差別に飲み込むのが彼の奥義であったが、今は狙った一点に己の操る大質量の土や砂を畳み掛ける事ができるようになっていた!
「これぞ新奥義、『土竜葬』!」
実物のドラゴン数匹にも匹敵する物量の砂が、炎の膜を押し潰さんと殺到する!
だが、完全にガーベルヘンを飲み込んだと確信した瞬間、彼女達を覆う砂が溶岩のように赤熱化し、四方八方へと弾け飛んだ!
「無駄よ、無駄ぁ!神の炎が、邪悪なる魔族の技などで、止められるハズがないでしょう!」
四天王の大技を連続で破り、高らかに勝ち誇る興奮したラクトラルの声が響き渡る!
「ふむ、それなら精神を攻めてみますか」
「っ!?」
いつの間に接近したのか、『聖女』達の近くへ滲み出る影のように姿を現したのは、暗澹のタラスマガだ!
その存在に気づいたガーベルヘンが迎撃するよりも先に、彼の奥義が発動する!
「『鬱の槍』!」
それは、ネガティブな思考が形を取ったかのように、陰鬱とした影の塊!
範囲内にいる者を全て、自殺したくなるほどのネガティブ思考の沼へ沈めるのが彼の奥義だが、それを槍という形に圧縮し、たった一人に絞りこんで心を殺すための技だった!
タラスマガから放たれた漆黒の槍は、見事ガーベルヘンを刺し貫く!
しかし、一瞬だけ動きは止まったものの、『聖女』は発狂する事もなく再び猛威を振るい始めた!
「き、効かないのか!」
「この子の心は、とっくに壊れているわ!それを再び壊そうなど、無理に決まっているでしょう!」
危うい所で反撃を逃れ、魔族の四天王達が後ろに引いたのを見計らい、ラクトラルはガーベルヘンに指示をだす!
「今よ!最大出力!」
「ああぁぁぁぁっっ!!」
悲鳴にも似たガーベルヘンの咆哮!
次の瞬間、吹き荒れた青い炎がフロア全体を余すところなく包み込んだ!
ほんのわずかでも燃え移れば、その全てを焼き付くすまで消える事の無い、神の炎!
そんな炎に逃げ場なく蹂躙されたフロア内で、魔王を含む魔族に生き延びる方法などありはしない!
勝利を確信したラクトラルだったが、炎が収まりかけたその視線の先に、信じられない物を見た!
それは、明らかに神の炎に焼かれたハズの魔王達!
しかし、誰一人として焼かれるどころか火傷のひとつも負ってはいない。
「ど、どういう事なの!?」
「私の幻術……」
囁くように答えたのは、四天王の一人、幻惑のガウォルタ!
彼女の極まった幻術は、夢と現の境界を曖昧にし、こちらも攻められぬ代わりに、あらゆる攻撃を無効化するにまで至っていた。
「究極奥義、『胡蝶の夢』……」
静かに、しかしどこか誇らしげに、ガウォルタはその技の名を告げた。
「くっ……」
忌々しげに、顔をしかめるラクトラル。
お互い、必殺の一撃が決定打になり得ない状況に、身動きが取れなくなっている。
しかし、時間をかけ過ぎれば、ホームである魔族側の方が有利だ。
いっそ、彼等を無視して最下層まで突き進み、ダンジョン・コアを破壊してしまった方がいいのではないか……?
そんな考えが浮かんだ、その時!
「下がれ、皆の衆!」
四天王の後方から、少女が命令を下した。
それに従い、魔族達が道を開けると、腰だめに拳を構えた魔王、ティアルメルティが姿を現す!
──チャンス!
守る壁の無い今なら、一直線に炎を放てば敵の首魁を取れる!
思考が追い付くよりも先に、反射的に繰り出された炎が、ティアルメルティへと伸びていく!
だが、そんな迫りくる神の炎を前にして、魔王の顔に浮かんだのは……不敵な笑顔だった!
「『解・神!魔覇拳』!!」
構築された、様々な魔法陣を宿した少女の拳!
それが突き出された瞬間、パンッ!という小気味のいい音と共に空気が弾けて、波紋が広がる!
ただそれだけ、誰も何もダメージなど受けていない。
だが。
「えっ?」
ラクトラルの、間の抜けた呟きが響く。
彼女達を覆っていた炎、そして魔王へと向けた炎。
その全てが、そんな物は初めから無かったかのように、消えてしまっていた。
あまりにも静かで、あまりにも唐突に無敵の状態から無防備に晒されたため、思考が停止してしまっている。
「『聖骸』により発する能力は、すでに解析させてもらった。神の奇跡すら屠る、魔王の一撃……これが余の究極奥義、『解神・魔覇拳』よ!」
もっとも、物量ダメージは無いけど……といった、眼前の少女の呟きすら、頭に入ってこない。
そんな拠り所を無くした『聖女』達に、四天王が襲いかかった!
「天空!」
「大地!」
腕を振りかぶるソルヘストと、下方から腕を振り上げるラグラドム!
「合体攻撃・顎!」
空気の塊である上顎と、岩の塊である下顎が、凄まじい勢いで無防備となったガーベルヘンに齧りつく!
悲鳴を上げる間も無く、大量の血を吐いて打ち上げられたガーベルヘンを見て、隣にいたラクトラルの表情は恐怖に凍り付いた!
「ひゃあ、ひやあぁぁぁあっ!」
半ば恐慌状態に陥ったラクトラルが、悲鳴を上げてバタバタと走り出す!
それは計画的な退却などではなく、ただ恐怖に駆られただけの逃避だ!
しかし、その背中に狙いを付けた、ガウォルタとタラスマガは、相反する精神攻撃を付与した一撃を放つ!
「合体攻撃・『天道地獄』!」
矢のような形となって放たれたその一撃は、ボロボロと泣きながら逃げるラクトラルの背中に、深々と突き刺さった!
◆
「あうっ!」
背中に走る衝撃!
だが、まだ走れる……逃げられる!
あらゆる敵を燃やしてきた、無敵だった神の炎を消滅させるような化け物に、勝てるハズがない。
他はどうなってもいいが、自分だけは助からなくては!
そんな、保身のために走るラクトラルの目の前に、先ほど吹き飛ばされたガーベルヘンが落ちてくる。
(そうだ、あの子を回復させて盾にすれば、逃げられるかも!)
ニヤリと歪んだ笑みを浮かべ、ラクトラルは即座に回復魔法をガーベルヘンに施した!
完全回復とはいかないものの、ガーベルヘンは意識を取り戻してユラリと立ち上がる。
(よしっ!)
内心で拳を握り、ラクトラルは彼女へ命令を下す!
「ガーベルヘン!あいつらを、足止めしなさい!全力で私を守るのよ!」
いつものように、「はい」という答えが返ってくると思っていた。
だが……。
「ああん?」
「え?」
血を流したまま、ラクトラルを見据えるガーベルヘンの口から漏れたのは、不快感を顕にした唸るような声。
それは、かつての苦い記憶が甦るような一声だった。
「ガ、ガーベル……ヘン?」
「ガーベルヘン……だって?ラクトラル……お前、誰に向かって言ってるんだ?」
胸ぐらを掴まれ、額を打ち付けながら凄まれたラクトラルは、ダラダラと汗を流しながら目を見開く。
「あ、ああ……」
「アタシが今までボケてたのをいいことに、好き勝手やってくれたなぁ……きっちりと落とし前は付けてもらうぞ、ラトぉ!」
ラト……その呼び方は、ガーベルヘンが正気だった頃に、彼女が呼んでいたラクトラルの愛称だ。
「う、嘘よ……今さらガーベルヘンが、正気に戻るなんて……」
「ああっ?正気に戻ったらのんだってんだ!それとよぉ……お前、アタシの事をなんて呼んだ?」
至近距離で睨まれ、震えを増しながらラクトラルは答える。
「ガ……ガーベル……様……」
「そうだよなぁ……アタシには『様』付けだったよなぁ!」
「ひっ!」
大声で迫られ、萎縮するラクトラル。
(無理……正気に戻ったガーベルヘンには、絶対に勝てない……)
今までの尊大な態度は微塵も無く、ただ絶対の上位者として君臨するガーベルヘンに、彼女の心が音を立てて折れていく。
二人の関係が元に戻った今、ラクトラルが築き上げてきた自信はすべて崩れ去り、何も残っていない。
そんな彼女は、怯えて涙を流しながらも、卑屈な笑顔を無理やり形作って、縋るようにガーベルヘンへと許しを乞うた。
「ご、ごめんなさい……ごめんなさい、ガーベルしゃま……もう、絶対に逆らいませんから、許してください……」
「ほぅ……二度とアタシに逆らわないか?」
「さ、逆らいません……」
「これからずっと、アタシに服従するか?」
「しますぅ……なんでも言うことを聞きますぅ……」
「お前は、アタシのモノだ。そうだな?」
「はい、はいっ!私は、生涯ガーベルしゃまのモノですっ!」
機嫌のよくなった主人に、愛想をふる犬のように、ラクトラルは何度も頷きながら自分はガーベルヘンの物だと連呼する。
それが、自分自身の魂の奥深くに刻み込まれるまで、何度も何度も……。
◆
「……おい、なんか動かなくなったぞ、あの『聖女』」
「よく聞こえんが、なんかブツブツ言ってるし……お前らの攻撃って、どんな効果があるんだ?」
逃走しようとしていたラクトラルが、ガウォルタとタラスマガの合体攻撃を食らってから、棒立ちになって五分ほどが経過している。
その間、急に泣いたり笑ったりし始めて、端から見ているとちょっと怖かった。
「んん……実は我々も、どんな効果があるのか、よくわかっていないんですよねぇ」
「最高と最悪の夢を同時に見せる……みたいな効果が、あるやらないやら……」
「なんだそれは!」
首を傾げるガウォルタ達に、思わずティアルメルティもツッコンでしまう。
なんにせよ、精神崩壊は免れなさそうといった答えが出た頃、ソルヘスト達によって倒されたガーベルヘンが、意識を取り戻した。
「あ、ああ……い、痛いぃ……ママ、ママぁ……」
幼子のように、泣きじゃくるガーベルヘン。
だが、その声を聞いたラクトラルが、彼女の元へと猛然と走り出した!
「大丈夫ですか、ガーベルしゃまぁ!」
駆け寄り、泣いているガーベルヘンを抱き上げると、ラクトラルは心から心配そうに、彼女の顔を覗き込む。
「ああ、ガーベルしゃま……こんなに怪我をして。すぐに治してさしあげますね!」
媚びるような笑みを浮かべながら、ラクトラルは回復魔法をガーベルヘンに施す。
そのあまりの様子の変わりように、当のガーベルヘンすらもキョトンとしていた。
「マ、ママ……?」
「はいぃ……私は、ガーベルしゃまのママですぅ。いっぱい、甘えてくださいぃ」
キュッと抱きしめ、優しく頭を撫でるその手に、ガーベルヘンの目には涙が浮かぶ。
そんないつもとは違う優しい反応に、最初は戸惑っていたガーベルヘンも、徐々に落ち着きを取り戻していく。
やがて彼女は、心の内に溜め込んでいた本心を、少しずつ吐露していった。
「ママ……わたし、もう痛いのはイヤ。怖いのもイヤ!」
「いいですよぉ……ガーベルしゃまの側には、ずっと私がいますから、もう痛い事も怖い事もないですぅ」
「ほんとう?ずっといっしょ?」
「ええ、もちろん……私は、ママですから」
「ママ、ママ……大好き!」
「エヘヘヘ……私も、ガーベルしゃまの事、大好きですぅ……」
心の壊れた成人女性達が、互いに依存しながら二人の世界に没頭していく。
それはある意味で、幸せなのかもしれないけど……と、なんとも複雑な気持ちで、魔王達はその光景を眺めていた。
そんな中、ネガティブな事案担当とも言える、タラスマガの瞳がキラリと輝く。
「……『精神崩壊依存レズ』、か。これは、キテるかもしれませんねぇ」
ボソリと呟いくタラスマガに、その場にいた全員から「何もキテねぇよ!」とツッコミが入るのだった。




