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05 浄化の炎

「ちくしょう!どうにでもなれやあぁぁっ!」

 ヤケクソ気味な雄叫びをあげながら、冒険者達が突っ込んでくる。

 一見すれば自暴自棄にも見えるが、各々の役目をちゃんとこなすためのフォーメーションはできている辺り、それなりの実力は感じられた。

 まぁ、俺達の前では無意味だがな。


流星の矢(メテオシューティング)!」


 ダンジョンの天井に向けて、仮面アーチャー(レオパルト)が矢を放つ!

 どこ見て撃ってんだと思いきや、空中で軌道を変えた無数の矢が、魔法を使おうとしていた後衛の連中に降り注いでいく!

 次々と貫かれていく後衛の悲鳴が響くなか、重装備で突進して来た前衛の戦士達が、マスクドバトラー(エマリエート)に迫る!


地竜の爪(ドラゴンアッパー)!」

 背の低いドワーフ特有の、下方から打ち上げるような攻撃が、彼女に肉薄していた戦士達を装備ごと打ち砕く!

 挙げ句、数人の戦士が宙に舞う光景に、冒険者達は思わず足を止めて見上げてしまっていた!

 そして、俺はそんな隙を逃さない!


「ふんっ!」

 中衛の連中の懐に一瞬で飛び込み、剣を振るう!

 呆気にとられていた事を差し引いても、奴等では俺の剣速に対応できず、あっという間に斬り伏せられていた。


「おいおい、なんだかノリが悪いな!」

「必殺技の名前くらい、口にする空気だったでしょ!」

「……なんかお前らのノリに、乗ったら負けな気がしたんだよ」

 そりゃあ、俺だって男だし、必殺技のひとつやふたつは想定している。

 だが、正体を隠しているためか、妙に浮かれた雰囲気のこいつらを見ていると、なんか恥ずかしいって気持ちが先に立ってしまう。

 それに、ノリ優先でいくと、うっかりミスとか起しそうだからな。

 せめて、俺くらいは冷静でいないと。


「さて……こいつらはもう戦えないだろうし、放っておけば死ぬ。お前らはどうするんだ?」

 すでに冒険者達は、全員が戦闘継続は無理な状況だろう。

 それを踏まえて、『聖女』達や教会兵の連中に選択を迫る。

 だが、瀕死の冒険者連中とは違い、ラクトラルの顔に浮かぶのは余裕の表情だった。


「死んでいないなら、まだ使い道はありますわ」

 そう言った『聖女』の体から、神々しくも柔らかな光が放たれる!


大回復魔法(オーバーヒール)!」


 ラクトラルが発動させた魔法の光が、もがく冒険者達を包み込む!

 次の瞬間、致命傷と思われた傷はみるみる内に癒され、再生されていった!


「こ、これは……」

 冒険者達も、回復した喜びよりも戸惑いの方が大きそうだ。

 確かに俺達の時代ならともかく、これ程の回復魔法は現代の冒険者からすれば、奇跡に近い所業に見えただろう。

 なるほど、『聖女』の認定を受けるだけの実力はあるんだな。

 だが……。


「さぁ、何度でも回復させてあげるから、遠慮なく戦いなさい!」

 癒しを与えたラクトラルは、嬉々として冒険者達を促すが、当の本人達は俺達に向かう事を躊躇している。

 ……それもそうだろう。

 なぜならすでに最初の攻防で、奴等は俺達に絶対に勝てないと、実力の差を感じてしまっている。

 実際、俺達は二割も本気を出していない。

 それだけに、ラクトラルがいくらでも回復してやると言っても、その回数だけ死ぬ程の激痛を味わうだけだと理解すれば、動けなくなるのも当然だ。

 先に、こいつらが戦闘継続は無理だと判断したのは、肉体的なダメージではなく、心を折ったと確信したからである。


「……どうしたの、早く行きなさい!」

 再びラクトラルが、冒険者叱咤する。

 だが、向こうから見えない彼等の表情からは、「うるせぇ、バーカ!」といった感情がありありと見てとれた。

 まぁ、何度も同じような事を繰り返すのも面倒だしな……。

 そう考えた俺は、こっそりと念話でこの戦いを見ているオルーシェに連絡を取りある作戦を伝えた。

(わかった、任せて)

 頭の中でオルーシェの返答が聞こえると、突然このフロアの壁が開き、隠されていた道がいくつか現れる。


「おい、お前ら……この通路を使えば、この場からは逃げられるぞ」

 俺がそう声をかけると、冒険者達が少し困惑しながらも、チラチラと隠し通路の方へ視線を走らせた。

 実際、この隠し通路はいざという時に俺達が脱出するため、用意していた物だ。

 ここを抜ければマスタールームを除く、このダンジョン内のどこかしらへワープする仕掛けになっているので、運が良ければ上の階層へ出られるかもしれない。


 とはいえ、運悪くより深い階層に移動して全滅してとしても、責任はとらんがな。

 ただ、この場で無駄な痛みに曝され続けるよりはマシだと判断したようで、冒険者達は互いに顔を見合せると、即座に二手に別れて左右の通路へと走り出した!


「あなた達っ!」

「もう付き合ってられるか、バーカ!」

「生きて帰ったら、てめえらの事をあちこちに吹聴してやるからなぁ!」

 かなりラクトラルに対してヘイトが高まっていたのか、冒険者達は中指をおっ立てるよくないジェスチャーをしながら、隠しルートの奥へと消えていった。

 そうして、その背中が見えなくなると、再び壁は動きだして通路を覆い隠す。

 岩の壁が通路を塞ぐ重い音が止むと、フロア内には静寂が訪れた。


「……はぁ」

 それは小さなため息だったが、思ったよりも大きく響き渡る。

「所詮は、志も信仰心も無い冒険者……教会のために働ける喜びなど、理解できなかったようですね」

 悲しいわ……などと呟きながら、ラクトラルはもう一度ため息を吐いた。


「おいおい、お前らの人望の無さを、冒険者のせいにするんじゃねぇよ」

 俺の言葉に、取り巻きの教会兵達が構えるが、それをラクトラルが制する。

 そして、何かを決めたように、ニンマリと笑った。


「……これより、プラン2を開始します」

「えっ……」

「そ、それは……」

 『聖女』の発言に、教会兵達がざわつくが……なんだ、そのプラン2ってやつは?


「よ、よろしいのですか……まだ、マルタスター様は……」

「先ほど逃げた冒険者達の事も有りますし、何よりそちらの守護者達のようなモンスターが大量にいた場合を想定すれば、危険度は限界に達していると判断します」

「むぅ……」

 こちらをチラリと見た教会兵達が、確かに……といった感じで頷き合う。


「それでは、あなた達は地上に戻って、ダンジョンの入り口を封鎖してください。もしも冒険者達が戻って来たら……わかっていますね?」

「はっ!」

 ラクトラルの言葉に頷きと、教会兵達はこちらに背を向けてもと来た道へと駆け出していく。


「おっと、逃がすかよ!」

 レオパルトが、そんな奴等の背中に向けて狙いをつけるが、放たれた高速の矢が敵に到達する前に、突然現れた青い炎に包まれて、矢はあらぬ方向へと飛んでいった!


「なにっ!」

「オイタはいけませんね……あなた達の好きにはさせませんよ」

 教会兵達を庇うように、ラクトラルとガーベルヘンが立ちはだかる。

 今の青い炎は……おそらく、ガーベルヘンの能力か。


「……ふうん、お前らが俺達の相手をしてくれるって事か」

 この場に残った『聖女』が二人……ちょっと意外だが、部下を守るために殿を務めるとはな。

 少し見直したぜ。


「いいえ?あなた達を相手する暇など、ありませんが?」

 うん?

 俺達など、最早どうでもいいと言わんばかりのラクトラルに、ちょっとばかり面食らってしまう。

 それじゃ、いったい何をしようってんだ?


「私達が討つべきは、ダンジョンの主である魔王とダンジョン・コア。そして、このダンジョン内にいる全ての生存者……」

「なん……だと……?」

 何を言ってるんだ、こいつは……。

 まるで、このダンジョンを全て破壊すると言わんばかりのラクトラルに、俺達は顔を見合せた。


「では始めるわよ、ガーベルヘン」

「……」

「……どうしたの?」

「あ、あれは痛くなるから……」

 何をしようとしてるのかはわからんが、ガーベルヘンが少しばかりゴネていると、ラクトラルは彼女の髪を強引に引っ張り、睨みつけた!


「ガーベルヘン……私の言う事が聞けないの?」

 静かに……だが、有無を言わさぬ口調で問いかける。

 こ、怖~。


「ご、ごめんなさい……ごめんなさい、ママ……」

「謝るくらいなら、さっさとやりなさい!」

「は、はい……」

 涙目になるガーベルヘンを離し、ラクトラルはその背中を押す。

 グスグスと鼻を鳴らしながら、数歩進んだガーベルヘンは、長い前髪を垂らしながら顔を上げた。


「あ……ああぁぁぁぁ……」

 唄うような響きが、彼女の口から放たれていく!

 その声に合わせて空気が震え、ただならぬ気配が周囲に満ちていった!

「ああぁぁぁぁぁぁっっ!」

 やがて、その圧力(プレッシャー)が臨界に達した、その時!


 ガーベルヘンの法衣が弾け飛び、巻き起こった青い炎が彼女の全身を覆う!


「な、なんだぁ!?」

 突然な『聖女』の変化に、俺達は思わず声を上げてしまった!

 そんな様子を満足そうに眺めながら、ラクトラルがガーベルヘンの横に立つ。


「これこそ、彼女の持つ『聖骸』のお力……神敵を全て焼き尽くす、浄化の炎よ!」

 両手を広げ、うっとりとした顔で誇らしげにラクトラルは告げる!

 ぬう……確かに、ガーベルヘンは凄まじい火勢を放っているが、真横にいるラクトラルに燃え移る気配はない。

 神敵……というか、奴等に敵対する相手にだけ有効な炎って事か。


「ちぃっ!」

 舌打ちしながら、レオパルトがノーモーションでまたも矢を放つ!

 だが、ガーベルヘンの炎がドーム状の壁となり、ラクトラルを守った!


「マジかよ……あの鏃、ミスリル製の取って置きだったのに……」

 一瞬で焼き尽くされた矢を、信じられない物を見る目で眺めながら、レオパルトは呟きを漏らす。

 つーか、魔力に対してかなりの耐性を持つミスリルを、あっさり防ぐあの炎……確かにヤバすぎる!


「フフフ……この炎に守られている以上、あなた達に打つ手はないわよ」

「試してみるか、コラァ!」

「いくら炎がヤバくても、その程度の薄い膜なんて!」

 俺とエマリエートが、『聖女』達に斬りかかろうと動こうとした瞬間、後方から制止する声が響いた!


「止めろ、お前ら!その炎に触れるな!」

 レオパルトが放った必死の声に、俺達の足が止まる!

「あの炎は危険すぎる!込められている魔力の強さが、この世の物とは思えん!」

 ……そんなに!?

 俺もエマリエートも、大した厚みもない炎の膜なんて、剣風で斬り裂く自信はあった。

 だが、この場でもっとも魔力の扱いに長けているであろう、エルフのレオパルトが言うならば、彼の言う通り触れるだけで危険なのかもしれない。


「……いい判断だわ。この神の炎は、触れた物を焼き尽くすまで、絶対に消せはしない。骸骨兵(スケルトン)のあなたを、ちゃんと火葬する機会でしたのにね」

 クスクスと笑いながら、物騒な事を言ってくれるラクトラル。

 ちっ、趣味の悪い冗談だぜ。


「確かにアタシらは、アンタらに触れられないかもしれない。でも、それだけでダンジョンを攻略できるつもり?」

 うむ、エマリエートの言うことも、もっともだ。

 なんせ、マスタールームに至る道のりはまだまだ遠いし、罠の類いもわんさかあるからな!

 戦闘を回避するだけで攻略できるほど、ウチのダンジョンは甘くないつーの!


「フッ……その程度の事、想定済みです」

 ラクトラルが鼻で笑うと、ガーベルヘンの放つ炎が勢いを増した!

 すると、奴等の足元の床が徐々に溶け始め、炎のドームに包まれた二人が沈み込んでいく!


 お、おいぃぃ!

 まさか、ダンジョンの床をぶち抜いて、最下層のマスタールームを目指すつもりかよっ!

 あまりにも強引すぎるその手段に、さすがの俺達も言葉を失ってしまう!

 そうしている間にも、『聖女』達の姿は融解してポッカリと開けられた穴に消えていった!


「……はっ!」

 しばらくして、俺達は正気に戻る。

 し、しまった……前代未聞な光景に思考が停止してしまった。


「ま、まさか、あんな方法が……」

「いやいや、普通はあり得ねぇだろ!」

 ショックから立ち直った俺達は、大声で捲し立てまくる!

 だが、それを嗜める声がフロアに届いた!


『落ち着いて、みんな!』

「オルーシェ……」

 そ、そうだな……今は慌ててる場合じゃない。

『とにかく、対策を取る。一度、みんな戻ってきて』

 そんなオルーシェの指示に合わせて、壁の一部が扉のように開いた。

 俺達は小さく頷くと、マスタールームへ直通するその道へと駆け込んでいった。


            ◆


「──それで、『聖女』達はどの辺まで来てるんだ?」

 一端、マスタールームに集合した俺達は、現状を確認するためにオルーシェに尋ねる。


「今、彼女達は二十階層の真ん中辺り」

「もうそんな所まで……」

「思ったよりも、進行速度が速い。しかも、あの炎に対抗する手段がない」

 オルーシェも、ダンジョンを操作して様々な妨害を行ったらしい。

 しかし、どれも浄化の炎に守られた『聖女』達に対しては、足止めにもならなかったようだ。

 触れる事もできない、止める事もできない……。

 マルタスター以上の脅威を認識しつつ、なす術のない現状に、部屋を包む空気は重苦しい物となっていく。

 

 だが、そんな室内にどこからともなく「ククク……」と笑う声が届いた!

 こ、この声の主はっ!?

「……どうやら、余の出番のようだな」

 そう言いながら、途方にくれる俺達の前に姿を現したのは……!


「ティ……ティアルメルティ!」

「そう!みんなの魔王(ティアルメルティ)だ余!」

 ボロボロになった装いのまま、「たった今修行から(けえ)ったぜ!」とばかりに、親指を立てて見せる魔王の姿だった!

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