04 仮面と覆面の戦士
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俺達がモニターを見つめる中、ダンジョンに侵入してきたのは数人の冒険者風な奴等だった……んん、何度か見た顔だな。
「確か、浅い階層で宝箱を漁ったり、他の冒険者を狙ってた連中」
俺の内心を読んだように、オルーシェが補足する。
なんだよ……コアの奴がわざわざ知らせて来るから、教会関係者かと思ったのに。
『本命は、後発で侵入してきた連中です』
「えっ?」
コアの言葉に注意深く観察すると、確かに少し離れて歩く一団があった。
目立つ女が二人と、それを護衛するように囲む五人の戦士……少し装備の違いはあるが、鎧に付けられたシンボルマークから、奴等が教会の私兵であるのがわかる。
なるほど、おそらくダンジョン内を案内させるために、冒険者を雇ったって所か。
という事は……。
「真ん中にいるこの二人の内のどちらかが、二つ名持ちの『聖女』か」
「案外、どちらも二つ名持ちかもしれない」
「むっ……」
オルーシェの言葉に、俺はその可能性に気づいた。
確かに、天啓のマルタスターが行方不明(地上階層でマルマの下僕と化しているが)となっている以上、一気に戦力を送り込んで来てもおかしくない。
しかし、いかに魔王を敵視しているはいえ、それなりの権力を有する教会が博打みたいな手を打つだろうか?
それに、護衛っぽい教会兵の数が少なすぎるのも気になる。
そんな風に侵入者一行に注視していると、レオパルトとエマリエートが、『聖女』らしき女性達をマジマジと眺めていた。
「……こっちの眼鏡の女、見たことがあるな」
「ええ。確か、少し前にウチの国に来てたっけ」
「そうなのか?」
俺が聞き返すと、二人はコクリと頷いてみせた。
「名前は確か、ラクトラルとかいったか。教会代表の『聖女』の一人として、何度か王城にも顔を出していた」
「『聖女』に認定されてるだけあって、回復魔法が得意とか言ってたわ」
「ほほぅ……」
まぁ、ありきたりと言えばありきたりな『聖女』様だな。
しかし、マルマスターのように人畜無害な体で要人に近づく場合もあるから油断はできん。
「そうなると、このラクトラルって奴が二つ名持ちなんだろうか?」
「ううん、どうかな……」
俺の言葉に、レオパルトは少し煮え切らない態度で思案するような仕草をする。
「俺は、少しだけ彼女と話す機会があったんだが……どちらかと言えば、裏で活躍するより表で出世したいタイプに思えてな」
「ふむ……」
俗な話ではあるが、『聖女』だって人間ならそういう奴もいるだろう。
マルタスターから聞き出した情報では、『聖骸』を宿す事に失敗すれば、時として命を落とす者もいるという事だった。
ラクトラルという女がレオパルトの言うタイプなら、そんな博打はしなさそうではある。
「そうなると……ラクトラルにくっついている、こっちが本命?」
オルーシェが指摘する、もう一人の人物。
ラクトラルにぴったりと寄り添い、怯えた雰囲気を醸し出す長身の『聖女』らしき女性だ。
確認すると、レオパルト達も初見の顔だという。
うん、俄然怪しいな。
「なんにしても、一度は『聖女』の力を確認しておきたいな……」
前のマルタスターみたいに、不意を突かれてヤバい状況になるのは、こりごりだ。
今ならこちらの戦力も整っている事だし、一当たりしてみて敵の能力を見ておいた方が、後々で有利になるだろう。
「あ、待て。俺達は手助けできねぇぞ」
「はぁっ!?」
何を言っているのかね、レオパルト君っ!
「お前、昔からつるんで冒険してた俺を、見捨てるっていうのか!」
「そうじゃなくて、俺達はお前ら……つーか、魔王と裏で繋がってるのがバレたらマズいんだよ」
「アタシらが向こうの顔を知ってるって事は、向こうも知ってるって事だからね」
ぐぬぬ……そういう事か。
確かに俺達との密約の件が教会なんかに露見したら、あっという間に各国に広がって袋叩きになりそうだもんな。
しかし、敵の戦力と比較すると、俺だけで向かうには少しだけ不安だわ……。
「大丈夫。私にいい考えがある!」
迷う俺の背中を押すように、自信満々なオルーシェが瞳を輝かせた。
◆
──階段を降りてくる、数人分の足音が聞こえる。
「くくく、来たようだな」
「フフフ、そのようね」
『聖女』達を待ち構える、レオパルトとエマリエートが含み笑いを漏らす。
一応、オルーシェの言う「いい考え」……要は仮面や覆面で変装してる訳だが、さっきまでの消極的な態度とは裏腹に、随分とノリノリだ。
それに、奴等の能力を暴く事ができたら、即戦略的撤退に移れるよう、このフロアのあちこちに脱出用のトラップが仕掛けられている。
それらを使えばいつでも逃げられるという、精神的な余裕もあるからこそのテンションなんだろう。
さて……。
「来たぞ」
そう呟いた俺達の視線の先に、階段を降りてきた冒険者風の連中が姿を現す。
と同時に、こちらを見てガクガクと震えだした!
「あ、あの骸骨兵はぁ!」
「ま、間違いないわ!このダンジョンの地獄の守護神、『クソヤバ・スケルトン』よ!」
「な、なんか他にも二匹いるぞ!」
……クソヤバ・スケルトンって。
俺って、お外ではそんなあだ名で呼ばれてたのかよ。
ちょっとショックを受けてる俺の背後で、レオパルトとエマリエートが笑いをこらえているのが分かる。
くっ……なんか恥ずかしいっ!
「何を騒いでいるのです」
慌てる冒険者達を戒めるような、厳しい女の声が響く。
彼等の後に続いて階段を降りてきた、数人の人影……教会兵に囲まれ、寄り添いながら姿を見せた『聖女』、ラクトラルともう一人だ!
「無駄話をしている暇は、与えていません。敵が現れたなら、早く戦いなさい」
キッと睨む『聖女』に、冒険者達もビクリと震える。
だが、俺を知ってるだけに、早々には仕掛けてこれなさそうだった。
「そ、そうしたいのは山々ですが、あそこにいる骸骨兵はこのダンジョンの守護者でして……」
「そりゃあもう、鬼のように強くて、俺達じゃ太刀打ちできません!」
冒険者達が必死でラクトラルに説明すると、彼女はこちらを一瞥する。
「確かに……このダンジョンには、最強の守護者として知性ある骸骨兵がいるとは聞いていますが」
そう言ったラクトラルの視線が、俺を通り越してレオパルト達へと向かった。
「ちなみに、あの後ろの二人はなんです?」
「さ、さぁ……俺達も初めて見るもんで……」
戸惑う連中の様子に、レオパルトとエマリエートがスッと前に出ると、芝居がかった様子で肩をすくめてみせる。
「ふっふっふっ、こいつは驚いた」
「アタシらの事を知らない、無知な田舎者がまだいるとはね」
煽るような二人の物言いに、冒険者達や『聖女』は少しばかりイラついたようだ。
小さく息を吐いてから、逆に強い口調で返してくる!
「たかがダンジョンモンスターのクセに、随分と偉そうね……名前があるなら、名乗ってみなさい」
そんなラクトラルの言葉に、待ってましたとばかりにレオパルト達は見栄を切ってみせた!
「ダンジョンを駆ける必中の流星!我が名は『仮面アーチャー』!」
「ダンジョンに咲く鋼鉄の華!我が名は『マスクドバトラー』!」
仮面アーチャーに、マスクドバトラー!
ぶっちゃけ顔を隠してるだけで割りとそのまんまな格好とネーミングだが、各々は結構気に入っているのかなにやら満足げだ!
まぁ、正体はバレていないようで、あちらさんは「し、知らねえ~」って顔をしている。
ただ、ラクトラルにくっついているもう一人の『聖女』らしき女だけは、長い前髪の奥からポーズを決めている二人を、キラキラとした子供のような目で眺めていた。
「わぁ……格好よ……」
「ガーベルヘン!」
つい口から漏れた言葉を聞きつけ、ラクトラルから叱責のこもった口調で名を呼ばれ、長身の『聖女』はビクッと体を震わせる!
「敵の奇策に、惑わされてはいけません!」
「は、はい……ごめんなさい、ママ……」
小刻みに震える様子から、ガーベルヘンと呼ばれた『聖女』はラクトラルに相当怯えているようだが……ママってなんだ?
さほど歳が離れてるようにはみえないが、あの二人は親子なんだろうか?
そんな疑問が、俺達の雰囲気に出てしまったのだろう。
「ああ、あなた達からすればおかしな関係に見えますよね」
ラクトラルは口の端を上げて、二人の関係性について話始めた。
そこには、若干の「自分はそんなに歳を食ってない!」という、念押し的な物も感じるが。
「誤解を招きたくはないので説明させていただきますと、この子……ガーベルヘンは心を病んでしまっており、精神は五歳ほどの子供のままなのです」
見た目は二十代、頭脳は子供……か。
「そのため、私が母親代わりとなって、彼女の精神を安定させているのです」
「……その割りには、随分と怖がられてるみたいだけどね」
「躾は大事ですもの。この子の為にも、時には厳しくするのが思いやりというものです」
……なんというか、ラクトラルの表情や口振りからは、奴が言うほどの思いやりみたいな物は感じられない気がする。
どちらかと言えば、現役時代にクエストの依頼人の中にもいた、他人を物としてしか見ず、利用できるかできないかで判断するタイプの連中と同じ匂いがするぜ。
それにしても……。
「心を病んで、ねぇ……それって案外、『聖骸』の移植実験のせいだったりしてな」
「っ!?」
むっ!
カマをかけてみたつもりだったが、露骨にラクトラルの顔色が変わりやがった!
「あなた達……なにか知らなくてもいい事を、色々と知っているようね」
その一言に、奴が引き連れていた教会兵達も次々に武器を抜く!
「知りすぎた者には、消えてもらいましょう」
眼鏡の奥で光る瞳に冷たい殺気を宿しながら、『聖女』らしからぬ命令をラクトラルは下した!




