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03 浄化の『聖女』

「……まぁ、お前らが相変わらず馬鹿だって事は確認できた」

 レオパルトは若干疲れたように言うが、なんか酷くない?

 マルマがアホなだけなのに……。


「しかし……仮にも教会の宣伝広報でもある『聖女』を、あんな風に扱ってていいのかい?」

 エマリエートが危惧するのも、もっともだろう。

 実際、マルタスターからの報告が入らなくなった教会がそろそろ動くはずだから、ダンジョン内の警戒レベルを上げていたわけだしな。


「そりゃ、良くはないだろうな。つーか、マルタスターからの連絡が途切れたから、次の刺客が来るのは確定してるし」

「マジかよ……いつ頃に来そうなんだ?」

「たぶん……今日か明後日ぐらいだと思う」

「はあぁぁぁっ!?」

 オルーシェが出した答えに、レオパルト達は大きく顔を歪めた!


「なんでいっつも俺達が顔を出すタイミングで、面倒事が起こるんだよ!」

「魔族の次は『勇者』達で、今度は教会の『聖女』!? どういう立ち位置なのよ、このダンジョンはっ!」

 そんなもん、俺が聞きたいくらいである。

「まぁ、様々なトラブルに巻き込まれるのも、冒険者冥利に尽きると考えれば、俺達は最高の体験をしてるんだぜ!」

「泥沼にハマってるだけな気もするがな……」

 前向きな俺の言葉に、暗い表情でレオパルトは項垂れる。

 だが、この時この場に居た以上は、何がなんでも協力してもらう。

 逃がさん……お前らだけは……。


「二人にはちゃんと報酬も用意するから、私達からの依頼と思って手伝って」

「ん……まぁそういう事なら……」

「乗りかかった船だしねぇ……」

 オルーシェが報酬をちらつかせた所で、渋々ではあるがレオパルト達は協力の姿勢を見せる。

 確かに、後々自分達に火の粉が飛んで来かねない魔族や『勇者』の時とは違って、教会相手にこいつらが協力する動機は小さい。

 だから、多少は利益を与えなきゃという、オルーシェの考えは正しい。


「それじゃあ、まずは……」

『マスター、報告がありますがよろしいですか?』

 今後の事について、話し合いを始めようとした時、不意にダンジョン・コアが話に割って入ってくる。

「どうしたの?」

 問い返すオルーシェに、コアはわずかに警戒を促すよう答えた。


『侵入者があります……おそらくは『聖骸』持ちの』

 思ったより早い……が、おいでなすったか!

「コア、侵入者の映像を!」

『了解です』

 そう答え、ダンジョン・コアが展開したモニターに映ったものは……。


           ◆◆◆


 ──侵入者の報告が入る、数十分前。


「ここが……オルアス大迷宮ですか」

 眼鏡の奥に光る切れ長の瞳が、スッと細められる。

 彼女の名は『聖女』の一人、ラクトラル。

 マルタスターと似たような法衣を纏い、知的な雰囲気を漂わせながら、おそらく三十半ばほどの見た目に相応しい、熟した色気も感じさせるその美女が再び呟いた。


「魔王が巣くうダンジョン……場合によっては全てを浄化せよ(・・・・・・・)との事でしたが……」

「マ、ママ……」

 値踏みするように、ダンジョンの入り口付近を観察していたラクトラルの法衣の裾を、弱々しく引く者がいる。


 彼女と同じような法衣を身に付けながらも、長い前髪が顔の半分を覆う、頭ひとつ高い長身の女性。

 なぜかラクトラルを「ママ」と呼んでいるが、見た目だけで判断するならおそらく二人の歳は十歳も離れてはいなさそうだ。

 とても親子には見えない……にもかかわらず、その様子は必死で母に縋る童女を思わせた。

 彼女こそ、その身に『聖骸』を宿し、浄化の称号を賜った『聖女』、ガーベルヘン。

 そんな長身の『聖女』に、ラクトラルは微笑みかけながら「どうしたの?」と問いかける。


「こ、ここは……怖い……わたし、入りたくないよぉ……」

「あら……」

 ブルブルと震え、ダンジョンに入る事を拒絶する彼女の姿に、ラクトラルは小さく驚きの声を漏らす。

 今まで、様々な組織や教会の害となる連中を二人で浄化(・・)してきた。

 しかし、相対する前から彼女が怯える事など、これが初めてだったからである。


「弱気になってはいけないわ、ガーベルヘン」

「で、でも……」

 ガーベルヘンは、それでもまだダンジョンへ入る事を躊躇していた。

 そんな彼女を見つめていたラクトラルの視線が、慈愛の様相から一気に変貌を遂げる!


「ガーベルヘン……あなた、私の言う事が聞けないというの?」

「ひぐっ!」

 鋭い視線と、それに追随する冷たい言葉。

 その二つに晒されて、ビクリと大きく体を震わせたガーベルヘンは、涙目で声を詰まらせた。


「ご、ごめんなさい、ママ……わたし、言うことを聞くから、怒らないでぇ……」

 法衣の裾を掴む手に力がこもり、涙を浮かべて彼女に従う事を口にしたガーベルヘンを見て、ラクトラルの周囲の空気が柔らかな物へと変わっていく。


「そう、いい子ね。私の言うことをちゃんと聞けるなら、怒ったりしないわ」

 険が取れた微笑みを見せたラクトラルに、ガーベルヘンはホッとした様子でその場に膝をついた。

 そうして、ラクトラルの胸に顔を埋め、「ママ……」と呟きながら頭を擦りつける。

 幼子が母に甘えるような行為だが、当の母親役(?)であるラクトラルは、そんな彼女にまるで興味を示していない。

 さっさと終わらせてほしいと言わんばかりに、雑な対応でガーベルヘンのするがままにさせていると、随行していた教会所属の兵士が、小走りでラクトラルの元へとやってきた。


「どうしたの?」

「申し訳ありません、ダンジョンの案内に雇った冒険者達がゴネ始めまして……」

 その報告を聞いて、ラクトラルはあからさまため息を吐く。

 今回のダンジョンへの侵入は、天啓の『聖女』マルタスターの安否確認、もしくは救出が目的だが、あくまでも秘密裏に行わねばならない。

 そのために、このダンジョンに一番近い村にも寄らず(・・・・・・・・・・)足跡(そくせき)を残さぬためにギルドに登録していない、はぐれ冒険者を案内人に選んだのだ。


 だが……所詮は、組織に属する事もできない不適合者の集まり。

 腕は立つかもしれないが、その分タチも悪いらしい。


「……分かりました。私が話を聞きましょう」

 教会兵は、『聖女』の手を煩わせる事を謝罪するように、頭を下げる。

 そうして、ラクトラル達を冒険者達の所へと案内した。


「──何を揉めているのかしら?」

 ラクトラルが到着すると、教会兵と問答をしていた冒険者達が彼女の方へと交渉相手を変えるべく、ニヤニヤしながら顔を向ける。


「いや~、別に揉めてる訳じゃないんだよ」

「その通り。ただ、この先ダンジョン内を案内するなら、別料金って事を理解してもらいたいって話を、ね」

「……報酬は、先払いで払ってあるハズですが?」

「ありゃ、このダンジョンまで案内するだけ(・・・・・・)の料金さ」

「そもそも、このダンジョンは難易度最高レベルなんだ、中に入るなら追加料金が発生してもおかしかないぜ」

 理不尽な要求ではあるが、この件がギルドを通してない裏の仕事という事もあり、表だって訴えられる事はない。

 そういった事情も含め、冒険者達は余裕の表情を浮かべながら、ラクトラル達に対して強気の態度を崩さなかった。


「なんなら、体で払うってのもアリだぜ?」

「ははっ、そりゃいい。『聖女』様とヤッたら、運が良くなりそうだ」

 下卑た笑い声をあげる冒険者達。

 しかし、そんな彼等をラクトラルは害虫でも眺めるかの様な目で一瞥した。


「やれやれ……質が悪ければ、頭も悪い」

「あん?」

「あら、聞こえなかったのかしら?どうやら、耳も悪いみたいね」

「おいおい、随分と強気じゃねぇか、『聖女』様よぉ……」

「こっちには、あんたらを有難がる教会の信徒なんざいねぇんだぜ?」

 ザワリと、冒険者達の回りの空気が、不穏な気配を纏い始める。


 彼等の人数は十人、対するラクトラル達は教会兵五人を含めても七人しかいない。

 それに加えて、普段は素人相手にぬるい説法なんぞを説いている連中など、数々の修羅場を潜り抜けた彼等からしたらカモでしかないのだ。

 客から獲物へシフトしかけている事だし、少しは立場というものをわからせてやろうか……。


 そんな考えから、はぐれ冒険者の一人が投げナイフの柄にこっそりと手を伸ばす。

 だが、その動きを察したラクトラルは、ガーベルヘンに合図を送った!

 次の瞬間、ガーベルヘンから放たれた一筋の光が冒険者を貫き、噴き上がった青い炎がその身を包み込む!


「~~~~~~っ!!!!」

 燃え上がる冒険者が、声にならない絶叫を放つ!

 彼は地面を転がり、仲間達も慌てて炎を消そうとするが、砂や土をかけても魔法による消火しようと試みても、青い炎は弱まる事すらしない。

 しかし、それでいてその炎は、燃えている彼以外に引火する事もないのだ。


「な、なんなんだよ、この炎はっ!?」

「……それは神の力による聖なる炎。いかなる手段を持ってしても、消すことはできないわ」

 混乱する冒険者達を見ながら、ラクトラルは嘲笑う。

 狙った物は全て焼き尽くす、浄化の炎。

 それこが、ガーベルヘンの能力であり、その力をコントロールするのがラクトラルの役目であった。


「ママ……」

「良くできたわ。いい子ね、ガーベルヘン」

「えへへ……」

 人が炎で焼かれているすぐ近くだというのに、呑気にラクトラルから頭を撫でられた浄化の『聖女』は、安堵の笑みを浮かべる。


 ──やがて、動かなくなった仲間の末路に、先程まで強気の姿勢を取っていた冒険者達は、真っ青になって震えだした。

 それを見て満足したラクトラルは、生き残った冒険者達に対して命令をくだす。


「さぁ、早く降りなさい。そして、私達を魔王の元まで連れていくのよ」

 拒否権はもはや無い。

 怯え、引きつった顔でダンジョンへと向かう冒険者達の背を見送り、『聖女』達一行は少し遅れて迷宮の入り口を潜っていった。

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