03 致命の一言
オルーシェの顔を知っていたという事は、こいつは間違いなく例の魔導機関の一人だろう。
なら、ちょっとくらいは乱暴な真似をしても構わんな。
「さぁて、まずはてめぇの名前を教えてもらおうか!」
全裸で両手を縛られている追っ手に、俺は凄みながら尋ねてみた。
お互いの呼び名を知るのは、円滑なコミュニケーションの初歩だからなぁ!
しかし、奴はキッ!と俺を値踏みするように睨みながら、言葉を吐き捨てた!
「貴様のような、モンスターに名乗る名など無いわっ!」
「おっ?この野郎……骸骨だからって、差別する気か!?」
「黙れ!死人はおとなしく死んでろ!」
ひ、酷い!俺だって、好きで死んでる訳じゃないのにっ!
とはいえ、悲しい事だがこれが普通の反応かもしれないな。
「こいつは、確か……」
むっ!知っているのか、オルーシェ!?
首を傾げ、眉をひそめながら、彼女が目の前の男の名前を口にする。
「たしか……ザコ山ザコ助……」
「誰だ、それは!」
弾かれたように、ザコ山が反応する!
「まぁまぁ、落ち着けよザコ山」
「だから、何者だそいつは!私の名はヅダット!栄えある、ディルタス王国の魔導機関に在籍する者だ!」
ハァハァと息を切らせながら、ヅダットと名乗った男は俺達を睨み付けていた。
なんだ、ザコ山じゃないのか……。
「……フッ。かかったわね」
「なにっ!?」
「ああして、テキトウな名前で呼んでやれば、プライドばかりが高いあなた達のことだから、本当の名前を自ら言うと思った」
「ぐっ……!」
おお、やるなオルーシェ!
さすがだと俺がポンポンと頭を撫でると、彼女は「ううん」と首を横に振る。
「ダルアスが、私に乗っかって奴を挑発してくれたから。やっぱり、私達は相性ぴったり……」
そんな事を言いながら、照れたように笑った。
……そうなの?
まぁ、挑発したつもりはないんだが、結果オーライとしておこう。
などと思っていると、逆にヅダットの方から噛みつくような声があがった!
「十七号……この、人類の裏切り者めっ!」
じ、人類のっ!?
「おいおい、ひでぇ実験から逃げた娘に対して、人類の裏切り者とは大きく出たな」
あんまりな物言いに辟易していると、ヅダットは悪びれた様子もなく言葉を続ける!
「フン……確かに苦痛を伴う実験はしたがな。だが、それも魔族や亜人族に対抗するためという、崇高な目的のためではないか!本来なら、無為にその命を散らすだけの無価値な輩に、意味を持たせてやったのだ!人類の発展に貢献できた事を我々に感謝するべきであるというのに、あろう事か魔道具を盗んで逃走したのだから、人類の裏切り者と呼んでしかるべきだろう!」
「……そんなに崇高な目的なら、てめぇら自らで実験とやらをやってみればいいじゃねぇか」
「馬鹿か!危険な実験で、我々の優れた体や頭脳に万が一の事があればどうする!それこそ、人類の損失ではないかっ!」
うわぁ……怒りを通り越して、引くレベルの選民思想だな、この野郎。
魔導機関とやらがこんなクソ野郎の巣窟だったとしたら、実験体と呼ばれた少年少女達は、俺の想像を絶するような目に会わされていた事だろう……。
ふと、オルーシェの方に目を向けると、彼女は怒りからかトラウマからか……俯きながら、小さく身を震わせていた。
そんな彼女に、俺が「大丈夫か?」と尋ねようとすると、それよりも先にオルーシェは顔をあげて、ヅダットを冷たい目付きで見下ろす。
「……言うことは大きいのね……ちん〇んは小さいくせに」
「っ!?」
オ、オ、オルーシェさぁん!
そ、それはちょっと致命の一撃が過ぎますよぉ!?
「なっ、この……貴様ぁぁぁ!」
顔を真っ赤に染め、股間を隠しながらヅダットが吠える!
奴は羞恥と怒りに震え、殺意すらこもった目でオルーシェを睨み付けた!
だが、そんな邪視はどこふく風といった様子で、彼女は小さく鼻を鳴らす!
それだけにとどまらず、「ザーコ、ザーコ、ザコち〇ちん」などと、手拍子を加えて煽り倒していた!
もうやめてあげて!泣いてる子だっているんですよ!
実際、俯いてふるふると身を震わせるヅダットの姿は、まるで猛獣の前に放り出された小型犬のように頼りないものになっている……。
クソ野郎だとは思うけど、男としてちょっとだけ同情しちゃうぜ……。
「……ク、ククク……逃げ出して優位に立った途端に、下品な本性を現したという事か」
少しだけ立ち直ったのか、ヅダットは涙目ながらも顔をあげる。
「今は、その骸骨が近くにいるから強気なんだろうがな……もうすぐ、我々の雇ったA級冒険者達が、ここに乗り込んでくるぞ!」
ほぅ?
こいつと一緒に侵入してきたあいつらも、ヒリュコフ達と同じ現代のA級か。
「それに、今回雇ったA級達は、前に雇われていた連中とはモノが違う!ギルドにおいて、五指に入るほどのベテラン勢なのだからな!」
自分の連れてきた連中への信頼で落ち着きを取り戻したのか、ヅダットは完全にさっきまでのペースを取り戻していた。
「楽しみだよ……再び施設に戻った貴様が、どんな絶望の表情を見せてくれるのかなぁ!」
サディスティックに満ちた台詞と共に、ヅダットはこれ見よがしに唇に舌を這わせる。
それを見てトラウマが刺激されたのか、オルーシェがビクリと震えた。
そうして、俺の側に寄り添ってきた彼女を安心させるために、その手をキュッと握ってやる。
すると、ホッとしたのだろうか……少し潤んだ目に、淡い笑みを浮かべながら、オルーシェは俺を見上げていた。
「……さて、それじゃあお前さん自慢の護衛である、あいつらを倒してくるか!」
そうすりゃ、このクソ野郎も折れるだろうし、ダンジョンポイントも貯まって一石二鳥だしな。
しかし、軽くお使いにでも行くように言う俺に対し、ヅダットは「は?」と拍子抜けしたような表情を浮かべた。
「……そうか、私をハメたように、彼等も卑劣な罠で分散させるつもりだな?」
「そんな面倒なマネはしねぇよ。正面から斬り伏せるっつーの」
「はっ!さすが、脳みその無いスケルトンだな。話すことはできても、想像力が欠けているようだ」
なんとも嫌味な嘲笑と共に、小馬鹿にした台詞で俺を罵倒するヅダット。
ふん……想像力が欠けてるのはどっちか、すぐにわからせてやるぜ。
「じゃあ、行ってくる」
「いってら!」
俺が離れている間の護衛ダンジョンモンスターを召喚しながら、オルーシェは手を振って送り出してくれた。
◆
地下二階へと通じる、階段の手前。
この地下一階の最後の小部屋に陣取り、俺は侵入してきた冒険者達が来るのを待ち構えていた。
やがて、わいわいと騒がしい話し声と共に、扉を開いて冒険者達が姿を現す!
「うおっ!なんだ、スケルトンがいるぞ?」
仁王立ちで室内待機していた俺に意表を突かれ、リーダーらしき戦士が驚きと警告の声をあげた!
それを聞いた仲間の連中も、一斉に警戒体勢へと移行する。
なるほど、なかなか実戦慣れはしていそうだ。
「なにか……あのスケルトンは、雰囲気が違うな」
「ああ。もしかしたら、この階層のボスなのかもしれん」
ヒソヒソと言葉を交わす冒険者達に、俺は腰の剣を抜いて切っ先を突きつけた!
「一度だけ言うぜ。このまま回れ右して立ち去るなら、命は助けてやる」
ヒリュコフ達の時と同じように、冒険者として最初の警告はしてやる。
しかし、そんな俺の親切を奴等は笑いながら拒否した!
「アハハハ、馬鹿言ってんじゃねーよ!」
「スケルトン風情が、えらそうに!」
「しかし、喋るスケルトンとは珍しいな。こんなのがいるなら、この先には案外お宝があるかもしれんぞ?」
そう話す奴等をよく見れば、その道具袋は大きく膨らんでいる。
おそらく、ここにたどり着く前に地下一階を探索し、配置してあったアイテムなんかを集めてきたのだろう。
依頼主とはぐれたというのに、呑気な連中である。
「念のために言っておくが、お前らの依頼主はこちらで預かっている」
「あん?あいつ、まだ生きてるのか」
「え?」
残念そうに言う冒険者達に、俺の方が目が点になりそうだった。
「報酬アップの証文は取れてたし、もういらなかったんだがな……」
「まぁ、生きてるなら救出して、さらに上乗せを狙うのも悪くねーか」
こ、こいつら……。
本当に現代の冒険者のモラルは、最低だな!
しかし、俺の忠告は受けとる気はないらしい。
なら……遠慮はいらないな。
「警告はしたぞ……」
そう告げた俺は、ゆらりとした足取りで冒険者達へと歩を進めた。
◆
「ただいま」
「おかえり」
冒険者達を斬り倒してきて俺を、オルーシェが迎えてくれる。
そして、俺の戦いを見ていたのだろう……唖然としたヅダットが、鏡に写る倒された冒険者達を眺めていた。
「ば、馬鹿な……なんでスケルトンごときに、A級冒険者が……」
ここに来て、ようやく現実が見えてきたのか、ヅダットは震える声で呟く。
ふふん、そりゃまぁ普通のスケルトンとは違うからな!
今の俺は、オルーシェによって倒した敵の魔力を吸収してパワーアップできるよう、強化されたスケルトン……『魔食いの骸骨兵』となっているのだ。
ヒリュコフ達との戦いで、ただのスケルトンのままだとキツいという事がわかったからの処置だが……生き返らせるのはダメで、パワーアップはオーケーというオルーシェの基準がいまいちわからない。
まぁ、なにか考えがあるんだろうが。
さて、掃除も済んだし……そろそろヅダットを処するとするか!
「や、やめろ!私に触れるな!」
「そんなにビビるなよ、殺しはしねぇからよ」
「え?」
殺しはしないの一言に、怯えていたヅダットの顔にわずかな希望が灯る。
「殺しはしないが……お前の体の目立つ所に、名前と所属を刻み込んでから放逐してやるよ。もちろん、全裸のままでな!」
「なっ!」
真っ裸で、名前バレしながら帰投しなければならないなんて、こいつらみたいなプライドの化け物には、生き恥以外の何物でもないだろう。
しかも、魔力を封じる魔道具に拘束されているため、転移や治癒の魔法も使えない。
くくく、オルーシェ達が受けた苦痛の何分の一かでも、味わうがいいさ。
そして、今後のためにもたっぷり屈辱を覚えてもらいたい!
「よーし、じゃあ刻むぞぉ!」
ナイフを手に取り、迫る俺にヅダットはなんとか抵抗しようとする!
だが、俺とオルーシェに押さえられて、動きを完全に封じられた。
「や、やめろぉ!お前ら、人の心とか無いのかっ!」
「おめぇらに言われたくねぇよ(ないわよ)!」
キレイにハモった俺とオルーシェの台詞は、苦痛と屈辱に喘ぐヅダットの悲鳴にかき消されてしまうのだった……。




