01 選抜会議
◆◆◆
ダルアス達が、マルタスターから引き出した情報に慌てていた時より少し前……。
『聖女』の敗北から五日目の時点で、彼女を送り出した『教会』の上層部では、ただならぬ緊張感が渦巻いていた。
「『天啓の聖女』が、ダンジョンに入ったという連絡があってから五日……一切の連絡が無い」
「彼女からというだけでなく、随行した教会騎士達からの定時連絡も含めてだ」
それが何を意味するのか、誰もが薄々気づいていながら、口にする事は憚られている。
『聖女』とは教会の権威のひとつであり、民草からの信奉を集め、日々の生活を安らげるためのアイドル的な物でもあるのだ。
ましてや、神の一部である『聖骸』に適応した『聖女』は、彼等にとって必殺の武器としての役目も担っている。
それが、万が一にも神敵である魔王に敗北したのかもしれないなどとは、決して認める訳にはいかなかった。
「……仮に、だ。マルタスターが何らかの理由で行動不能になっていた場合、早々に救援を送る必要があるな」
「うむ……。当初は、十日の間に連絡が無ければ第二陣を送るはずだったが、予定を早めた方がいいかもしれん」
その発言に反論は無く、皆が賛成を示すように小さく頷いた。
「だが、本当にアレが窮地に陥るような事が、あるのだろうか……意志疎通が可能な相手なら、強制的に神の信徒へ変えてしまう『聖骸』の力があるのだぞ?」
「確かに、それまでの敵を味方に変える、素晴らしき能力ではある。だが、敵は魔王……神の力が通じないという可能性も、無くはない」
「そういえば、古参のエルフやドワーフにも、神の声が完全に通じないという事例があったな」
「ああ、友好的といった雰囲気にはなるが、神の従僕……とまではならなかった」
「それも仕方あるまい。魔王が現れる前の時代の連中は、現代を生きる我々とは価値観……いや、精神構造そのものが違うと言っても過言ではない」
「冒険者全盛の頃か……まったく、野蛮な奴らだ」
今の時代でも、冒険者の一部は反社会的なごろつきと大して変わるものではない。
そんな連中を魔族と同様であると鼻で笑いあっている内に、ほんの僅かだが思考に弛みが生じてくる。
そんな空気を引き締めるかのように、一人の上位神官がパンッ!と手を叩いた!
不意の音に、その場の視線が彼に集中する。
「諸兄らの気持ちもわかるが、今は現状から目をそらすよりも、今後の動きを決めなければなりますまい」
その言葉に、他の上位神官達も表情が堅いものになっていった。
「そうだな……最悪の状況に目を背けたくて、無意識に話をズラしていたのかもしれん」
「うむ……」
最悪の状況、つまりは『聖女』の敗北である。
事故や苦戦で行動不能になっているだけなら、まだいい。
だが、全能なる神の僕にして、その寵愛を受けているはずの『聖女』が、悪しき魔王に返り討ちにあったなどという事があれば、それは決して世に広めてはならない事案だ。
万が一、魔族達が敗北したマルタスターの姿を世間に晒すなどの行為を行えば、教会の権威と立場は大きく揺らぐだろう。
魔族達と戦い続けて二百年近く……その間にコツコツと地位を築き上げ、巨大な影響力を持つに至った『教会』ではあるが、政治的に見れば潜在的な敵も多い。
「布教に有効な『天啓の聖女』が無事ならば、多少の揉め事はあっても我々の地位は安泰だろう」
「だが敗れていたら……」
その言葉の続きを、誰も口にしようとはしない。
少しの間、室内に重い沈黙の時間が流れる。
だが、その空気を払うかのように、先程の上位神官が口を開いた。
「『浄化の聖女』を、件のダンジョンへ送り込む事を提案する!」
その彼の言葉に室内がざわめき、動揺が走る!
「浄化の……だと!?」
「だが、あれは扱いが難しいぞ」
ザワつく同僚達に、提案した上位神官は両手を広げて落ち着くよう促した。
「無論、『浄化の聖女』の扱いづらさは承知の上だ。しかし、場合によっては全てを消し去る必要があるだろう」
彼の言葉の意味を理解し、神官達は息を飲む!
つまり、マルタスターが敗北していた場合、魔王に利用される前にその生死にかかわらず、敗北という事実ごと証拠を隠滅する必要がある……そう彼は告げているのだと!
「もちろん、無事に救い出せるよう尽力はしよう。しかし、いざという時には覚悟を決めてもらうよう、皆の同意を得たい」
聖職者などとはいえ、教会の権威を高めるために、裏に回れば大なり小なり後ろ暗い事にも手を染めてきた。
しかし、さすがに神の一部をその身に宿す者を切り捨てる行為には、躊躇せざるをえない。
それは、ある意味で自分達の信仰に唾を吐く事になるからだ。
再び、沈黙の時間が流れる……だが。
やがて、ポツリポツリと賛同の手が挙がり、最後まで苦悩していた神官も賛同の意を示す。
「よし……では、『浄化の聖女』と神官兵団に加え、ダンジョン攻略に長けた冒険者を雇い入れて、魔王の迷宮へ送り込む!」
「待て!部外者を連れていくのは、マズいのではないか?」
状況によっては、秘匿すべき身内の恥を晒しかねないと反対の声も上がるが、取り仕切る上位神官は静かに言葉を放つ。
「我々だけでは、どうしてもダンジョンへの対応が不十分だろう。なに、冒険者達へは他言無用を条件に報酬を弾んでやればよいし……もしも信用ならぬ輩ならば、そやつらも浄化すればよい」
「……なるほど」
上位神官は顔の前で手を組みながら、とても神に仕える者とは思えぬ笑みを浮かべる。
そして、その笑みはこの場にいた神官達すべてが浮かべている物と同様だった。
「では、すべては神のために……」
「神のために!」
薄暗い部屋に、ピタリと息の合った神官達の声が響いた。
◆◆◆
洗脳能力のある『聖骸』を身に宿した、『聖女』マルタスターを捕らえてから、問題の十日目を過ぎた。
彼女から引き出した情報が正しければ、まったく連絡が取れなくなったマルタスターの安否を確認するために、次の教会からの刺客が動き出す頃だろう。
捕らえてから一週間がだった頃にその情報を入手した俺達だが、様々な準備をするには時間は恐ろしく足りていない。
かといって、何もしないわけにはいかないのだから、まずは身近な所から始めようということになったのだ。
そんな訳で、俺はオルーシェと共にダンジョン内部に設置されている、トラップの改良などに着手していた。
「……んん、毒系トラップとして、大量の毒虫で部屋をいっぱいにするのはどうかな?」
「あー、下手なガス系より、そういう精神的にキツいやつの方が、いいかもしれないな」
ガスや毒矢とは違って、一発で致命傷にはならないだろうが、敵が集団だった場合に混乱の招き方は前者の比じゃなさそうだし。
うんうん。
なかなかに、エグい提案をしてくるオルーシェが頼もしいな。
なんか時々、唇に触りながらニヤけたり、俺をチラチラ盗み見てるのは、ちょっと怖いが。
それにしても──現在、先の『聖女』からの襲撃を乗り越えはできたが、今の俺達にはまったく余裕がない。
それというのも、マルタスターの奴がオルーシェを洗脳して、俺やティアルメルティを倒すために勇者ゾンビなんて物を作らせたせいである。
ダンジョンモンスターは破壊されて再吸収されたとしても、生産時に使用したポイントよりも回収できるポイントが大幅に減ってしまう。
そのために、今は元々作ってあった罠を改良するに止めて、ポイントを節約している状況なのである。
くそっ!無駄な出費ばっかさせやがって!
そのくせ、『聖女』本人をダンジョンに吸収させたとしても、大したポイントにならないのだから、余計に腹立たしい。
内心で悪態を吐きながら、ダンジョンの入り口付近に配置するモンスターの中に、見た目は変わらないが強化した個体を潜ませておくという作業にもどる。
基本、浅い階層は雑魚が多いから、急に強い個体を配置しておけば、それだけで意表を突けるからな。
俺も駆け出しの頃に、よく苦労させられたもんだぜ。
──そうして、しばらく俺達が作業に没頭していたると、不意にダンジョン・コアから警告を告げるような音を発した!
『ダンジョンに侵入者アリ!ダンジョンに侵入者アリ!』
手を止め、ダンジョンコアからの警告音に耳を傾けながら、俺とオルーシェは顔を見合わせた。
おかしいな……地上階層のマルマからは、新顔冒険者やダンジョンアタックするチームがいるとの報告は、受けてないんだが……?
オルーシェにも一応聞いてみるが、返ってきた答えはやはりノーだった。
ふむう……確かに、地上階層の村で休憩等を使わなければ、通常よりも早くダンジョンまで来れる。
が、その場合は一切の休み取れぬ状態であるため、雑魚モンスターにも不覚をとるかもしれない。
冒険者……なら、あんまりそういう行動は取らねぇな。
ということは、セオリーを知らない侵入者は、教会の関係者か!?
「ふむう……よし!強化したダンジョンモンスターを、侵入者に当てる!」
入ってきたのが何者かは分からんが、新たな『聖女』だった場合は、そこそこ強いダンジョンモンスターで手の内を暴きたいからな。
「モニター、回すね」
そんな俺の意図を汲み取ってくれたようで、オルーシェは侵入者とダンジョンモンスターがぶつかりそうな位置のモニターをマスタールームに展開させる!
だがっ!
侵入者が姿を現す前に、先制攻撃とおぼしき物が通路から放たれ、着弾したそれは爆発となってダンジョンモンスターの待ち構える部屋を煙で覆ってしまう!
「ちっ!」
「これじゃ見えない……」
狙ったのかどうかは定かじゃないが、これじゃ敵の戦力が分からんな……。
しばし緊張の面持ちでモニターを注視していると、やがてケムリが晴れて映し出されたのは……配置した強化ダンジョンモンスターを事も無げに屠った二つの人影!
「おう、ダルアス!」
「久しぶりね」
ヒラヒラと手を振って見せていたのは、
旧知の戦友!
エルフのレオパルトとドワーフのエマリエート、その二人だった。




