06 ダルアスの賭け
堂々と現れた『聖女』に、俺達は尻を強打した痛みも忘れて即座に距離を取る!
そんな反応に、当のマルタスターは「あらあら……」と困ったような顔を見せた。
「随分と警戒されてしまっていますね……」
「当たり前だろうが!それより、オルーシェはどうした!」
落ち着いて辺りを見れば、ここはダンジョン最下層のマスタールームだ。
ならば、マスターであるオルーシェもいるはずなのに、姿を見せたのはマルタスターだけで彼女の姿がない。
もしも、あいつに何かあったら……そんな思いと共に睨み付けると、マルタスターは少し困ったように眉をひそめた。
「はぁ、それが……オルーシェ様なら、そちらに……」
視線を移す彼女に釣られ、そちらの方向へ目をやると……なぜか恍惚とした表情で、オルーシェが床に伏していた。
えっと……大丈夫なんだよな?
「先ほど、ダルアス様とダンジョンモンスターとの戦いを見ていらしたのですが、途中からこのような様子で……」
ううむ、そりゃ『聖女』も戸惑うわな。
今もオルーシェは「ダルア……すき……格好よ……」と、なにやらブツブツと呟いている。
「やれやれ、オルーシェめ。洗脳されているのに、いつも通りだな」
そんな姿を見て、ティアルメルティ達は仕方ないねといった感じで、生暖かい目を向けているが……俺が戦ってるのを見ると、いつもこんなんなのか。
ちょっと怖いんだが……。
「おい、オルーシェ!」
俺が声をかけると、ビクンと跳ね上がった彼女は、眼鏡の位置を直しながらこちらを凝視する!
そうして口元のよだれを拭うと、何事もなかったかのようにマルタスターの隣へと戻ってきた。
「さすがダルアス。ゾンビ化していたとはいえ、『勇者』達をああも軽々と撃破するなんて」
少し誇らしげにオルーシェは告げると、キッと表情を引き締めて手を差し伸べてくる。
「やっぱり、貴方は必要。神のために、マルタスター様達の下でその力を振るってほしい」
「お前の頼みでも、それは却下だ」
互助会的なギルドに所属するならともかく、訳のわからん組織の走狗になるなんざ、真っ平だぜ。
そして、元のオルーシェだって、俺と同じ考えだったはずだ!
「……どうやら、そちらの魔王に毒されていらっしゃるようですわね」
悲しげに言いながら、マルタスターがそっと眼帯へと指を伸ばそうとする!
その瞬間、俺は指輪の力を解除して、骸骨兵の姿へと戻った!
「あら……」
「フッ……お前の『聖骸』の力は、アンデッド状態なら通用しないって事は、お見通しだ!」
「そして、余達にも効かぬという事もな!」
勝ち誇り、勝利のポーズを決めるティアルメルティと四天王の二人!
ちょっと気が早いんじゃないかとは思いつつ、現状の戦力差なら俺達の勝利は間違いないだろう。
……なんて事を考えていたら、オルーシェがダンジョン・コア(本体)に手をかざす。
そして、新たなダンジョンモンスターを、この場に生み出した!
「なっ……!」
俺は思わず絶句する!
なぜなら、現れたダンジョンモンスターは、アンデッド化した知った顔。
『真・勇者』である、トルディスのゾンビだったからだ!
「こらぁ、オルーシェ!お前、なんて物を作ってるんだよ!」
「ダルアスを止めるには、これくらいのダンジョンモンスターが必要と判断したから」
「評価してくれるのはありがてぇけどよ、先の『勇者』ゾンビどもといい、この『真・勇者』といい……どんだけポイント振り込んだんだよ!」
「教会の敵となる連中をダンジョンに放り込んでいけば、いずれ回収できるから問題ない」
ちぃっ……オルーシェは、確かに必要とあらばダンジョンポイントを大量に使う事を躊躇しないタイプではあるが、俺達の利益以外でこんなにも大盤振る舞いするとはな。
まったく、ろくでもない洗脳してくれるぜ『聖女』様はよぉ!
「ゾンビとはいえ、今の骸骨兵状態のダルアスじゃ、トルディスには勝てない……生前の姿に、戻るしかないよ」
「そうなれば、ダルアス様にも神の祝福を受け入れていただけるはずですわ」
「くっ……」
現状はヤバい、かといって『復活』を使えばもっとヤバい!
なんという隙を生じぬ二段構え……。
「オルーシェ!しっかりせんか!」
なんとか彼女を正気に戻そうと、ティアルメルティも悲痛な呼び掛けを続ける。
しかし、オルーシェは悲しげな表情を浮かべるだけで、『真・勇者』ゾンビを引っ込める気配は見せなかった。
……と、そこで俺は少しばかり違和感を感じる。
確かに、今の彼女は教会や『聖女』の言葉を最優先にしてはいるが、基本的な思考や感情は変わっていないのではなかろうか?
ここに落ちてきた時、オルーシェの様子を見たティアルメルティも、「いつもと変わらん」みたいな事を言ってたしな……。
「……おい、オルーシェ。ちょっと確認するが、教会側がティアルメルティを処刑するって事を、お前はどう思ってるんだ?」
『聖女』の言うままに、魔王を捕らえようとしたのは確かだが、オルーシェ自身はそれをどのように感じているのか。
「……ティアの事は友達だと思ってるから、悲しいとは思う。だから前にも言ったけど、抵抗しないならせめて苦しまないようにしてあげたい」
「オルーシェ……」
友達と言われた事を嬉しく思う反面、揺るがぬ処刑の意思を感じたティアルメルティは、複雑な表情を浮かべる。
しかし……これでハッキリしたな。
『聖女』による洗脳は、教会の意思を絶対かつ最優先にするべく操る物で、本人の思考を丸ごと変えてしまうような物ではないのだろう。
ならば……一か八かだ!
「…………」
俺は無言のまま剣を納め、左手の指輪に魔力を集中させて、生前の姿を取り戻す。
「えっ!?」
「な、何をしとるんだ、ダルアス!?」
慌てるティアルメルティ達と同様に、オルーシェ達も戸惑うような表情を浮かべていた。
しかし、そんな奴等に対して俺は何も言わず、腕組をしながらただ『聖女』を睨み付ける!
「……なるほど、神の力を試すつもりなのですね」
俺の意図を察したのか、マルタスターは綺麗な顔を笑みの形に染まった。
そして、それを見たオルーシェも、ハッとしたような顔で俺を見る!
「洗脳るものなら、やってみろ……そういう事なのね」
さすが俺の相棒、わかってるじゃないか!
そんな思いを口には出さず、バチン!とウインクひとつしてオルーシェに答えた。
しかし、そんな俺をマルタスターは余裕な顔のまま、『聖骸』の一部が植え付けられている右目の眼帯へと指を伸ばす。
「こちらの力を知った事で、何らかの策をお持ちなのですね」
「さぁ、どうだろうな」
飄々と返す俺に、マルタスターは小さく含み笑いをする。
「ですが、どれだけ耐性や意志が強かろうと、関係ありません……神は絶対なのですから!」
勝ち誇った言葉と共に、マルタスターは眼帯を外す!
そして、その下から現れた右目代わりの口が、体液のような糸を引きながら、大きく開かれた!
「~~~~~~゛っ!!!」
響きわたる、声にならない絶叫!
スケルトンの時には、単なる衝撃波にしか感じなかったというのに、『聖骸』から放たれた聞いたこともない言語は、その意味を鉄槌の如く俺の脳に叩きつける!
「がっ……あ……」
一瞬、あまりの情報量に意識が飛びかけた。
これが……この世界の創造主の力になのか……。
人知の及ばぬ存在の一端に触れ、自然と様々な感情が沸き上がってくる。
そうしていつの間にか、俺の目からはうっすらと涙が零れ落ちていた。
「……どうやら、理解していただけたようですね」
「ああ……本当にいたんだな、神ってやつは」
俺の言葉に、マルタスターは感慨深く頷いてみせる。
しかし、そんな様子を窺っていたティアルメルティ達が、焦った声で呼び掛けてきた!
「うおぃ!まさか、なんの考えもなく洗脳されてしまったのか!?」
「ダ、ダルアスさん!しっかりしてください!」
「そうですよ、我ら男衆だけで集まった時の、タイプな女性について若干の下ネタを交えながら楽しく語り合った、友情の記憶を思い出してください!」
「……それは、ちょっと聞き捨てならないんだけど?」
タラスマガの言葉に、オルーシェ達がピクリと眉をひそめる。
くそっ、あの野郎!
何もこんな時に、野郎集会の事を言わんでも……ぶっとばすぞ!
俺が内心で毒づいていると、何かいい考えが浮かんだのか、マルタスターがポン!と手を打った!
「それでは、ダルアス様には神の信徒となった記念に、魔王を捕らえる栄誉を授けたいと思います!」
「ほぅ……魔王は教会にとって、不倶戴天の敵なんだろ?ぽっと出の俺が、そんな役を頂いちまっていいのかい?」
「もちろんですわ!これより、オルーシェ様と共に尽力していただけるのですから、ある程度の手柄は立てていただきませんと!」
ニコニコと微笑みながら、マルタスターは俺の隣に立って、ティアルメルティ達に指を突き付けた!
「観念なさい、魔王!これよりワタクシ達、神の下僕による神罰が下されるのです!」
「……いや、そうはならねぇよ」
「え?」
ポツリと呟いた俺に、思わずマルタスターがこちらに顔を向ける。
その瞬間!
抜刀と同時に、下方から振り抜かれた俺の剣の切っ先が、マルタスターの右顔面を『聖骸』ごと斬り裂いた!
「きゃあぁぁぁぁっ!」
「~"~~~"~!!!」
マルタスターと『聖骸』、二つの悲鳴が重なって大きく響く!
それが断末魔となり、『聖骸』は大量の血と共に崩れ落ちていった!
「!?!?」
唐突かつ、あり得ない急展開に、オルーシェもティアルメルティ達もポカンと口を開けて呆然としている。
しかし、トルディスゾンビだけが俺の行動を敵対行為とみなして、動き出した!
だがっ!
「……遅いっ!」
生前の『真・勇者』であった奴ならともかく、身体能力だけの木偶の坊など、全開の俺の敵じゃない!
数度斬り合わせた後、俺は頭から唐竹割りで『勇者』ゾンビを両断してやった!
「ふぅ……」
「な、なぜ……」
「あん?」
「な、なぜ貴方は神の奇跡に触れながら、このような真似を!」
傷口を押さえながら、怒りよりも困惑の割合が大きいマルタスターが、問いかけてくる。
「なぜって……そりゃ、俺が冒険者だからだろうな」
「はぁっ!?」
俺の答えに、マルタスターは訳がわからんと言わんばかりに、『聖女』らしからぬ声を張り上げた!
「ダ、ダルアス……それは確かに答えになってない……」
むっ?
オルーシェまで、これで納得いかんのか?
「あー、だからよ?神様ってのが本当にいて、その力の恩恵を授かって信仰している奴等……ようは、あんたら『教会』の連中がいるってのは、確かに理解したぜ」
『聖骸』の力により、無理矢理に叩き込まれた情報があり、それが神聖な行為であるらしい事は認めよう。
「だがよう、それがどうしたって話だろ?」
「なっ!?」
あっさりと言い放つ俺に、またも彼女らは驚きの表情を見せる。
「か、神の存在に触れ、そのお力を身をもって知りながら、なぜひれ伏してお仕えしようとしないのですかっ!」
「わかってねぇな……俺みたいな根っからの冒険者ってのは、依頼は受けても指図は受けねぇんだよ!」
「っ!?」
「それがたとえ、神だろうが魔王だろうが……上から目線で言うことを聞かせられると思うなよ!」
なにやら必死なマルタスターを突っぱねるように言ってやると、彼女は信じられないような物を見るような目で俺を見上げていた。
……とはいえ、この結果は俺にとっても賭けではあった。
洗脳されたオルーシェの様子から、意識や記憶を弄るのではなく、『神と教会』を何よりも上位に置くようになるのがマルタスターの能力だと推理したのはいいが、俺も彼女みたいになる可能性はあったからな。
確かに、今の俺にも神やら教会やらへの畏敬の念みたいな思考はある。
あるのだが……結局、冒険心は止められねぇんだ!
「い、今まで……そんな事をおっしゃる冒険者の方など、おりませんでしたのに……」
「俺の時代の冒険者を舐めるなよ!現代の軟弱な冒険者とは、気合いが違う!性根が違う!鍛え方が違う!」
「お、俺の……時代?」
あれ?
もしかして、マルタスターは、俺が二百年前の時代を生きていた冒険者だって事を知らんのか?
まぁ、仲間内にとってはいまさら当たり前過ぎて、説明してなかった可能性はあるが……。
「ま、なんにせよ……神の存在証明なんざ、冒険者にとっては冒険への燃料にしかならねぇって事さ」
「…………」
恐れ入ったのか呆れたのか……『聖女』は傷口を押さえたまま、痛みも忘れたかのように言葉を無くしていた。




