04 挑め『オルアス大迷宮』
「よっしゃ、行くか!」
「ちょ、ちょっと待たぬかっ!」
早速ダンジョンへ乗り込もうとした俺を、ティアルメルティ達が慌てて止めに入る。
「いくらなんでも、急ぎすぎだ!ろくな準備や情報もなく、お主らが育てたダンジョンに潜るのは無謀であろう!」
「いや、俺はよくダンジョン内をパトロールしてたから……」
「にしても、今は敵にオルーシェさんが取り込まれいるんです。どうダンジョンが作り変えられているか、わかったものでは無いでしょう?」
「むむ……」
なるほど、言われてみれば確かに……。
どうやら、俺とした事が相棒が敵陣営に洗脳された事実に、知らず知らず焦っていたようだ。
とはいえ、ほうほうの体でダンジョン最深部から逃れてきた俺達に、何の準備が……って、待てよ?
そこで俺は、ふっ……と脱出した時の事を思い出す。
「そうだ、あの時……俺にダンジョンマスターの持つ権利の一部が、俺に譲渡されたって言ってたな!」
俺がオルーシェによって傀儡にされかけた瞬間、彼女のかけておいた『彼女自身が、何らかの手段によって正気ではなくなった時』に発動する保険が発動し、俺達は窮地を脱する事ができた。
そんなプログラムを準備しておく辺り、用意周到なオルーシェらしい。
さすがは、俺の相棒だな。
「よし、コア!応答しろ!」
『なんでしょうか、ダルアス様』
俺の呼び掛けに、頭の中でダンジョン・コアの声が響く。
「オルーシェから譲渡された、ダンジョンマスターの権限の内容を教えてくれ」
『はい。主に『ダルアス様という存在への介入』、『ダンジョン内の階層を増減』、『設置されたトラップの変更』などに対する権限が、今のダルアス様にあります』
「……んん?」
『要するに、ダルアス様の存在に何らかの手を加えようとしたり、ダンジョンの階層を増やしたり、既にあるトラップの場所を動かす事。それらが、現在のオルーシェ様では操作ができない案件となっておりますね』
簡単な説明、どうも。
だが、なるほどな……そういう事なら、少し手間だが俺達の手でこの『オルアス大迷宮』を攻略するのも可能だ。
何かあった時、俺の冒険者としての技量があれば、必ずなんとかしてくれるだろうというオルーシェからの厚い信頼を感じるぜ。
「おい、ダルアス。一人でブツブツと言っておらんで、余達にも状況を説明せよ」
ん?
ティアルメルティ達には、ダンジョン・コアの声が聞こえていないのか。
それならと、俺はコアから解説された『権限』について、彼女達にも説明する。
「……ふむう。確かにそういう事なら、ダルアスの実力と余達の力を持ってすれば、オルーシェの元へ行くのもそう難しくはなさそうだな」
ティアルメルティも納得したように、「さすがはオルーシェだ」と呟いていた。
「……そうなると、あとはあの『聖女』とやらの能力について、ですかね」
「確かに、な」
あの綺麗な顔に不釣り合いな、眼帯の下……右目部分にあった、不気味な口から放つ『声』の正体を突き止めなければ、オルーシェを元に戻せるのかどうかもわからない。
うーん、つい配置されてた教会側の兵士達を全滅させてしまったが、こんな事なら何人か生かしておけばよかったな。
だが……そもそもの話、何重にも物理的、精神的な魔法に対する防御壁を構築していたにもかかわらず、彼女があっさりと洗脳されちまったっていうのは、どういう訳なんだ?
理不尽すぎる、マルタスターの洗脳手段に愚痴をこぼしていると、ティアルメルティが神妙な面持ちで口を開いた。
「おそらくではあるが……アレは、『聖骸』の力を使ったものだろう」
「せいがい……?」
聞き慣れぬ単語に、俺は小首を傾げる。
「『聖骸』とは、文字通り聖なる遺骸……つまりは、神の体の一部……って、なんだその顔は」
「いや、別に……」
どうやら、俺の素直な感情が顔に出てしまっていたようだ。
だが、咎めるようにティアルメルティは言うが、急にそんな胡散臭い話をされても、「何言ってんだ、こいつ?」って顔にもなるだろう。
そもそも神だのなんだのってのは、はるか天の彼方でこの世界を見守ってるもんじゃないのか?
そんな当然ともいえる俺の疑問に、今度は小馬鹿にするように肩をすくめて、魔王は鼻を鳴らした。
「まったく……何も知らないのだな。確かに、あらゆる神は生きている間、天の国と呼ばれる異界に住んでいる。しかし、死ねばそこから自身が作った世界の地上へと落ちてくるのだ」
「なにっ!?」
「地上に落ちた神の死骸は、山になるなり湖になるなりして、世界と同化する。だが、その前の状態……落ちてきたばかりで、世界と交わる前の神の死骸を、『聖骸』というのだ」
んんっ!?ちょっと、待て!
「つーと、何か!? この世界の神は、死んでるって事か!?」
「うむ。まぁ、神にも寿命はあるのだから、当たり前の話ではあるがな」
「いや、そういう事じゃなくて……この世界は大丈夫なのか!?」
「ああ、別にひとつの世界に神が一人とは限らんし、創られた世界の行く末は、そこに住む生き物達の手に委ねられるものだ」
作り手の大工が死んでも建物は残るだろうと、ティアルメルティは笑いながら言う。
ううん、確かにその例えは的確ではあるな。
でも、なんでそんな事に詳しいんだ、こいつら?
「余達が元いた世界でも、『聖骸』をめぐる逸話と争いの記録などがあったからな」
なるほど……神はどの世界にもいて、似たような事案はあったって訳か。
しかし、まさかこんなタイミングで、世界の真理の一端に触れる事になるとはな……状況が状況ではあるが、冒険者としてはちょっとワクワクしてしまった。
「だが、そうなるとあの『聖女』の右目部分に付いてた口が、その『聖骸』ってやつによるものなのか?」
「うむ。おそらくは、あの口から神の声を放つのだろう」
「なにせ、この世界の創造者の声ですからね……どんな魔術よりも、深く魂に響いて縛り付けるでしょうね」
タラスマガの言葉に、ガウォルタもコクコクと頷く。
強力な精神魔法の使い手である、四天王の二人がこうまで言うなら、それは相当な物なんだろうな。
「しかし……そんな強力な洗脳なら、なんで俺やお前らに通じなかったんだ?」
「そりゃ、ダルアスは今アンデッドだし、余達は元々別世界の住人であるから、この世界の神の声が通じなくてもおかしくはあるまいよ」
ああ、そういう事か。
ちなみに、マルマの場合はダンジョンモンスターとして、この世界の住人判定があったから『聖女』に取り込まれたのだろうと、魔族達は推測していた。
「なんにせよ、『聖骸』の能力が俺達に通じないって事なら、普通にダンジョンを攻略してマスタールームに陣取ってる元凶を斬れば、解決ってことだな!」
よぉし!
これで、やれる事とやるべき事は決まった!
俺に与えられた、ダンジョンマスターの権限があれば、道に迷うこともないだろうし、最速で最深部を目指すか!
「っしゃ!行くぜ、お前ら!」
方針が定まった今度は俺を止める事無く、ティアルメルティ達も力強く頷いて見せる。
そうして俺達は、本拠地であるダンジョンを攻略すべく、入り口を潜って地下へと向かう階段を降りて行った。
◆
ダンジョンに侵入した俺達は、特にダンジョンモンスターからの襲撃を受ける事もなく通路を進む。
そうして、二階層へと続く階段の手前にある、ちょっとした広間に足を踏み入れた時の事だった。
『ダルアス……ティア……』
不意に、俺達を呼ぶ声が響く!
この声は……。
「オルーシェか!」
『そう……私』
俺達の返答に、遠くマスタールームにいるはずの彼女が頷いた気がした。
『もうこれ以上、抵抗するのを止めて。悪いようにはしないとマルタスター様も言ってるし、私もお願いするから、あなたに与えられたダンジョンの権限を私に返して、おとなしく投降してほしい』
「ほぅ、そいつはありがたい申し出だ。だが、お前ならこういう時に俺がなんて言うか、分かってるよな?」
『…………』
無言の返答。
それは、俺の答えが拒否しかないと分かっているからだろう。
それだけにオルーシェも価値観を変えられてはいるが、しっかりと意識はあるのだと判断できる。
『……あまり、オルーシェ様を悲しませないでください』
すると、沈黙した彼女に変わって、別の女性の声が届いてきた。
間違いない!
くそったれな『聖女』、マルタスターだ!
「その、悲しませる原因を作ったのはお前だろうが!」
『まぁ!ワタクシは神の声を伝え、オルーシェ様を本当の目覚めへと導いただけですのに……』
「何が本当の目覚めだ!友達を殺せとけしかけるのが、聖職者のやることかよ!」
『魔王を相手に友情などと……それこそ、オルーシェ様を惑わす邪悪な思想ですわ!』
「ちっ……本当にろくでもねぇ奴だな!」
だが、そんな舌打ちをする俺に代わり、ティアルメルティが口を開く。
「ふん……『聖骸』の力を使って、自分達の思想を植え付けただけであろう?」
『っ……!?』
一瞬、ティアルメルティの言葉に、マルタスターは言葉に詰まったような気配を感じさせた。
まるで!図星ですと言わんばかりな『聖女』の反応に対し、魔王はしてやったりと微笑む。
『……なるほど、さすがは魔王ですわね。その情報を知る貴女方が、益々危険な存在であると再認識いたしました』
わずかばかり低いトーンになった彼女の声が、本気になった事を感じさせる。
そしてマルタスターは隣にいるであろうオルーシェに、お願いという体で指示を出した。
『では、オルーシェ様。よろしくお願いいたします』
『はい……ごめんね、ティア。なるべく、苦しまないようにする』
悲しげなオルーシェの言葉と共に、俺達の目の前の床から、ゆっくりと何かが沸き上がるように形を成していく。
『そして、ダルアス……あなたの事も、すぐに復活させるから』
眼前に現れた、新たなダンジョンモンスター達。
それは、かなり立派な装備を身につけた、六体のゾンビだった。
だが、俺達はそのゾンビ達の生前の姿に見覚えがある!
「あ、あいつらは……!?」
「うそ……」
タラスマガとガウォルタが、息をのむ!
それもそうだろうな……なんせあのゾンビどもは、かつてこのダンジョンに侵入してきた、『勇者』達なのだから!
『いきなさい、『勇者』ゾンビ達』
オルーシェの下した命令に従い、『勇者』達の成れの果ては、俺達に向かって突進してきた!




