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02 『聖女』マルタスター

           ◆◆◆


「……なんか、緊張しますね」

「そうね……」

 硬い表情で声をかけてきた魔族の村民に、村の代表を任されているマルマは小さく頷く。


 現在、彼女達はこのダンジョンへの挑戦者達が集う村へと向かって来ているという、教会勢力を出迎えるために村の入り口付近に集まっていた。

 彼女達のマスターであるオルーシェや、魔王ティアルメルティから「ひとまずは相手の出方を見るように」との指示を受けてあえるため、なるべく友好的に歓迎を行うつもりだが、やはり緊張するのは仕方がない事だろう。


 なんせ、教会は魔族の存在その物を敵とし、この世界の先住民達の団結を促した組織だ。

 そんな連中が、魔王が支配し魔族のほとんどが集まっている『オルアス大迷宮』を、快く思っていないのは明白である。

 ただ、表向きは魔王から離反し、この世界で共存を謳っているマルマ達に対して、教会側がどのように思っているのかはまだよくわかっていない。

 だからこそ、こうして友好的に迎えろという指示なのだろうが……まるで、獰猛な肉食動物に餌をあげてきてと頼まれたような気分になるのも否めなかった。


(出会った瞬間、バトルに突入……なんて事にならないといいのだけれど……)

 マルマは内心でため息を吐きながら、最悪の事態に陥らない事を願う。


「……来ました」

 やがて、険しい山道を抜けてきた一行の先頭集団が姿を見せる。

 息を飲むマルマ達を尻目に、彼等は村の入り口へと向かわず、後陣を迎えるように左右へと広がっていく。

 そうして、最後尾の輿を担いだ一団が到着すると同時に、訓練された演劇を思わせる一糸乱れぬ動きで、無言のまま片膝をついて踞った。


 その異様な光景にマルマ達が言葉を失っていると、地面にそっと下ろされた輿の扉が開かれ、中から一人の少女が姿を現した。


「……っ!」


 一瞬、マルマを含めたその場の全員が息を飲む。

 地面に降り立ったその少女が、あまりにも美しかったためだ。


 太陽の光を受け、キラキラと輝く蜂蜜色の髪は風に揺れると甘い香りを漂わせ、纏うゆったりとした法衣がまるで天使の羽のようだった。

 さらに、新雪を思わせる白い肌に映える桜色の唇から漏れるわずかな吐息は、か細く儚げながらも耳に心地よく響く。

 ただ、ブルーサファイアにも似た、輝くその瞳の右側は、不釣り合いな眼帯によって覆われている。

 しかし、それでも損なわれる事のない清浄なる雰囲気を放つ彼女は、マルマ達の脳裏に自然と『聖女』という単語を連想させていた。


「はじめまして、魔族の皆様。ワタクシは、教会によって『聖女』の称号を賜った修道女(シスター)のマルタスターと申します」

.


 荒ぶるドラゴンでもおとなしくさせそうな、思わず見惚れてしまう微笑みを浮かべながら、マルタスターと名乗った『聖女』は頭を下げる。

 ぼんやりと彼女の美しさにうっとりとしていたマルマ達だったが、そこでようやくハッとしたように礼を返し、歓迎の意を示した。


「よ、ようこそ、マルタスター様。私はこの村の代表を務めています、マルマと申します」

「よろしくお願いいたしますわ、マルマ様」

 名乗ったマルマは、「なんだか名前が似ていてますね」と返される笑みに、くらりと目眩がしたような気がした。

 しかし、元は男であるとはいえサキュバスの面目にかけて、同姓に魅力される訳にはいかない!

 今は上級淫魔としての矜持が、マルマを奮い立たせた!


「そ、それでは、教会の皆様。こちらで、ささやかながら歓迎の用意をしておりますので……」

「いえ、おもてなしは結構です。それよりも、あなた方の……そして、ダンジョンに巣食う魔王について、お話を聞かせて下さい」 

「は、はい……」

 頷くマルマに、マルタスターは用意していた歓迎用の会場ではなく、この村の最奥にある教会の建物を会話の場に指定する。

 まずは懐柔の第一歩目と思っていた所で出鼻を挫かれ、わずかにマルマは先手を取られたような想いを抱いた。


 だが、堅物であると聞く教会の者ならばそういう事もあるだろうと思い直し、「それでは……」と教会の方へ案内しようとする。

 が、動き出したのはマルタスターのみだった。

「あ、あの……皆様は?」

「我々はこの場で待機させていただきます。くれぐれも、マルタスター様に失礼の無きよう、お願いいたします」

「そ、それでしたら、せめて用意した会場の方でお休みいただくのはどうでしょうか?」

「いいえ、マルタスター様がお戻りになるまで待機しておりますので、どうぞお構い無く」

「あらあら、皆様ったら……」

 とりつく島もない教会兵達の態度に、頑なで申し訳ありませんと『聖女』は苦笑する。

 そんな彼等に対して、またもマルマは内心で舌打ちをしていた。


 なぜなら、彼等がこの場にとどまるという事は、いつでも村の制圧に移れるという無言の圧力に等しいからだ。

 決してこちらに主導権を握らせぬという態度に、マルマが警戒感を募らせたのも無理はないだろう。

 だが、そんな内なる感情を毛先ほども見せずに、マルマはにこやかな態度を崩さぬまま、マルタスターを教会の建物へと促す。


(……まぁ、いいわ。こうなれば、手始めに彼女を『魅了』してしまいましょう)

 マルタスターに背を向け先導しながら、マルマの顔に淫靡な笑みが浮かび、獲物を前にした舌舐めずりが艶やかな唇を湿らせる。


 『勇者』を倒し、それを吸収して大量のダンジョンポイントを獲たダンジョンマスター(オルーシェ)は、その一部を使ってマルマを強化していた。

 それによってサキュバスである彼女の『魅了』は、今や性別や種族を問わず、あらゆる精神防御を突破して堕とす事ができる、『完全なる魔性の魅了パーフェクトチャーム』へと進化を遂げていたのだ!


(たとえ敬虔な『聖女』だろうと、いざとなればメロメロに堕としてあげるわ……)

 にちゃりとした粘着質な本音を隠しつつ、マルマとマルタスターは二人、建物へと入っていった。


           ◆


「…………なるほど、そういう事だったのですね」

 この村の成り立ちと、今までの推移をマルマから説明されたマルタスターは、可愛らしく細い顎先に指を当てながら頷くようにして聞いた話を反芻している。

 無論、馬鹿正直に「実はこの村はダンジョンの一部で……」などと話すはずもなく、マルマが語ったのはこういう時のために用意しておいた、カバーストーリーだ。


 その内容といえば、元々がこの村は魔王から離反した魔族の一部によって作られ、流れ着いた人間(・・)であるマルマの協力を得て、ダンジョンに挑む者達を支援していたという物である。

 やがて、ダンジョンへ移り住んだ魔王がダンジョンマスターとなったが、彼等は迎合することはなく、いつか魔王の脅威が排除される事を願いながら、今も迷宮に挑む者達を支えているのだと、マルマは熱く語ったのだ。


 その迫真の演技が通用したようで、マルタスターはひとまず彼女の話を信じたように見えた。


(さて……あとは、彼女を魅了するだけですけど……)

 マルマはいつでもサキュバスの本性を現し、『完全なる魔性の魅了(パーフェクトチャーム)』を発動させる準備を密かに整える。

 できることならば、警戒を解いてもらった方が堕としやすくなるため、マルマはマルタスターの隙を窺う。

 すると突然、彼女のほうに視線を向けたマルタスターが、なにか含みを持った笑みを浮かべる!

 その姿に、わずかに緊張したマルマを捉え、『聖女』はさらに目を細めた。


「な、なにか?」

「いいえ……マルマ様のお話に、ワタクシはとても感銘を受けました」

 うっとりとした口調で、そっと伸びたマルタスターの細指が、彼女の眼帯に触れる。

 それはまるで、何かに祈りを捧げているようにも見えた。

 白い頬にほんのりと朱が差し、宝石のような瞳がわずかに潤む姿は、呼吸を忘れそうになるほど美しい。

 思わず見惚れたマルマに、マルタスターは熱のこもった声で囁きかけてきた。


「ねぇ、マルマ様……ワタクシは貴女のような方にも、偉大なる神の声を聞いていただきたいのです……」

「か、神の……声……?」

 ゴクリと息を飲むマルマの様子に、マルタスターは自身の眼帯を撫でながら、陶酔したような微笑みを深めた。


「そう……ワタクシの主である、偉大なる神の御声。そして、マルマ様も忠実なる神の僕とならんことを……」


 そう言いながら……マルタスターは眼帯を外した。


 そして、その下より現れた物を見て……マルマは声にならない悲鳴を上げた!


            ◆


「……なんだ?」

 マルマと『聖女』の二人が入っていった教会の建物から、なにやら妙な声が聞こえた気がして、教会兵達をもてなしつつ(彼等はいっさい飲食物に手を出さなかったが)監視していた魔族達が、顔を見合わせた。


 彼等の目の前の教会兵達が平然としている所から、なにかトラブルがあった訳ではなさそうだが、わずかな不安が胸の内で首をもたげる。

 マルマ達の様子を見に行った方がいいのだろうかと、魔族達が心配していた矢先、教会の扉が開かれて中の二人が姿を現した。

 それでホッとしたのも束の間、なにかただならぬ様子のマルマに、彼等は眉をひそめる。


「ああ……素晴らしい……世界が輝いて見えるようですわ、マルタスター様!」

「そうでしょう、マルマ様。貴女も敬虔なる神の下僕になられた事、嬉しく思いますわ」

 感激に耐えきれず、ポロポロと涙を溢しながらマルタスターと支え合い、寄り添いながら戻ってくるマルマ。

 演技とは思えない、あきらかに異常な態度を見せるマルマに、村人である魔族達は困惑した表情を浮かべていた。

 そんな彼等の前にまで歩み進んできた彼女は、マルタスターから離れて高らかに宣言する!


「皆さん!これより私達は、この村の権利と運営をマルタスター様に一任し、神と教会への奉仕を第一として、すべてを捧げる事を掟とします!」

「なっ!?」

 突然な代表者の宣言に、魔族達は絶句し、マルタスターをはじめとした教会兵達が拍手を持って応えた!


「な、なにを言ってるんですか、マルマさん!」

「そ、そんな事を勝手に決めたら……」

「大丈夫、マスター(・・・・)は私達が説得するわ」

「っ!?」

 現在、ダンジョンの主は魔王という事になっており、この村の魔族達はそれと敵対している設定になっている。

 にもかかわらず、マルマは平然と内通していたという事実を口にした。

 そんな事が外部の者達に知れれば、この村はかなり危険な状況に追い込まれてしまう。


「い、いや!今のは……」

「安心してください。マルマ様からは、すべて聞き及んで(・・・・・・・・)おります(・・・・)

 慌てて誤魔化そうとしていた魔族達は、マルタスターのセリフを聞いて驚愕して言葉を失った!


「な、なにかヤバい!誰か、オルーシェさんに連絡を……」

「させませんよ!」

 異変を感じ、この場から離れようと踵を返そうとした魔族達の眼前で、マルマがその正体であるサキュバスの姿へと変化する!

 そして、教会関係者の前で淫魔となったマルマに一瞬怯んだ彼等を、『完全なる魔性の魅了(パーフェクトチャーム)』の視線が貫いた!


「…………」

 トロンとした恍惚の表情で立ち尽くす魔族達を眺め、淫魔と『聖女』が満足そうに微笑む。

「素晴らしい力ですね、マルマ様」

「光栄ですわ、マルタスター様。ああ……これからは神のためにこの力を奮って尽くせるのだと思うと、感激で身が震えます……」

 嬉しそうに涙ぐむマルマに、マルタスターもまた神への祈りの言葉を口にした。


 やがて、スッ……と顔を上げると、次なる目的のために彼女達は動き出す。


「では……まず、この村の住人達を、マルマ様のお力で無力化いたしましょう」

「はい」

「そして、ダンジョンマスターであるオルーシェ様という方にも、神の僕となっていただきます」

「次いで、魔王(ティアルメルティ)様を捕える……という流れですね」

 ダンジョンマスターと魔王を売るような発言をしたマルマに、マルタスターは満足そうに頷いた。


「すべては、神への信仰のために」

「はい……すべては神への信仰のために」


 偉大なる神へ、奉仕する喜びに満ちた『聖女』と淫魔は、教会兵達を従えて魔族の村を掌握していくのであった。

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― 新着の感想 ―
[一言] ~「はじめまして、魔族の皆様。ワタクシは、教会によって『聖女』の称号を賜った|修道女《シスター ~》のマルタスターと申します」 誤改行になっているようです。
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