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01 新たなる脅威

           ◆◆◆


 小さな蝋燭による、わずかな光源に照らされた薄暗い部屋に、数人の人影が小規模な円卓を囲むように着席しているのが見える。

 その者達は、囁くようなボソボソとした会話を交わし、議論のような物を展開していた。


 ここは、三つの王国を股がって信仰されている、神の教義を広める団体……通称『教会』の総本山。

 そして、この部屋に集まっている彼等こそ、様々な運営に携わる最高幹部達である。

 迷える信徒達を救うため、そして教会の地位をさらに確固たる物にするための話し合いが、彼等によって日々行われていた。


 そして今日、彼等が議題にあげているのは、最近になって魔王に支配された凶悪なダンジョン、オルアス大迷宮についてである。


「……数日前、ディルタス王国の魔導機関から、『勇者』と銘打った者達が件のダンジョンへ侵入した」

「ふむ……して、その結果は?」

「まぁ、大惨敗と言っていいな。切り札としていた最大戦力も投入したが、返り討ちにあったそうだ」

 報告を受け、暗がりに浮かぶわずかな彼等の顔が、嘲笑の形に歪む。


「その結果も、当然といえば当然か」

「左様。魔導機関(やつら)は、非人道的な実験を行っていたというしな」

「信仰心無き犠牲を重ねた所で、所詮は人の力の限界……」

「驕った魔導師どもには、良い教訓になったであろうよ」

 嘲りを交えた言葉に、同士達は賛同するように小さく嗤う。


「だが、件のダンジョン……そろそろ、放置しておくわけにはいくまい」

「確かに……なんせ、我々の教義において最大の恩敵である、魔王が巣くっておるのだからな」

 魔王……その名があがった瞬間、ピリッと空気が引きつる感覚が広がった!


「かつてこの世界に現れ、人々の分断の原因となった厄災ども……」

「我々にとって、決して見過ごす事のできぬ人類の敵よ!」

「そんな魔を統べる王を討つのは、神の御業を持つ者が相応しいのだ!」

「その通り!なればこそ、魔王を討つのは人の作りし『勇者』ではなく、神によって選ばれた我々が立てた『聖女』でなくてはならん!」

 力強い誰かの声に、どこからともなく拍手の音が静かに響く。


 人ではなく、神の業において魔王を討つ……。

 現在は各国の事情によってダンジョンへの介入を拒まれてはいたが、ここにいる誰もがその大願を胸に秘めていた。

 しかし、ディルタス王国の敗退により、その枷は大幅に緩んでいる。

 今こそ『教会』の力を世に示して、神への信仰を深める時なのだ!


「非道な実験による『勇者』や、大義なき冒険者などといった輩に、『魔王討伐』という崇高な使命をやらせる訳にはいかん!」

「左様!」

「では……皆、異論はないな?」

 最後の決議を取ると、この場にいた全員が賛成の意思を示す!

 『勇者』によって疲弊しているであろう、ダンジョンの奥に鎮座する魔王を滅ぼすために!


「では……『聖女』と神兵団の派遣を承認する!」


 話を締めくくる、議長とおぼしき者の言葉に、先ほどとは比べ物にならないほどの拍手が湧き上がった!

 これにより、『勇者』を撃退したオルアス大迷宮に、新たな危機が迫る事となったのである。


           ◆◆◆


「そいやぁっ!」

 俺の気合いのこもった一閃と共に、ダンジョンへ侵入してきた冒険者パーティの一人が血飛沫をあげながら倒れた!


「ひっ、ひえぇぇっ!」

「や、やっぱヤベぇよ、この骸骨兵(スケルトン)!」

 手練れだったらしい前衛があっさりやられた事で、一行は完全に浮き足だっている。

 今なら適当に斬り込んでいっても、全滅させる事は難しくないだろうが……。


「こ、こんな所で死んでられるか!」

「とんずらー!」

 殺られた仲間に見向きもせず、残った連中は回り右をして逃走してしまった。

 まぁ、その判断は間違ってはいないと思うが……ったく、最近の冒険者ときたら。

 もうちょっと、仲間意識的な物を見せてほしいもんだよな。

 おっさんっぽい愚痴を内心でこぼしつつ、俺はたった今倒した冒険者と、そいつらに殺られた(・・・・・・・・・)らしい(・・・)別の冒険者一向に視線(・・・・・・・・・・)を落とす(・・・・)


 少し前まで、魔王討伐の『勇者』がこのダンジョンへ入るからと、一般の冒険者達は立ち入りを禁止されていた。

 まぁ、それでも手練れの連中は国やギルドの目を盗んでダンジョン(うち)に潜っていたんだが、ディルタス王国の魔導機関が大きな損害を出した事で冒険者を抑える圧力が弱まったらしい。

 さらに、一国の機関がやられるくらいのヤバいダンジョンなら、マジでヤバいお宝もあるかもしれないという噂まで広がり、ティアルメルティ達がダンジョンに居着く前同様、有象無象の冒険者達が侵入してくるようになったわけだ。

 確かに、「危険が危ない」なんて言われた所で、冒険者って連中に対しては火に油を注ぐようなモンだしな。


 ただ、侵入者が増えれば、当然のように質も下がる。

 先ほど俺が倒した奴等のように、ダンジョンでお宝を手に入れた連中を狙う、冒険者狩りみたいなのがまた現れ出したのだ。

 ダンジョンポイントを集める以上、侵入者が多いのは構わんのだが、こういった下衆の連中が増えると挑戦者も減るし俺も忙しい。

 まったく……現代の冒険者は、もっと助け合いの心とか持てよな!


 そんな風に憤慨しながら、遺体からダンジョンに吸収されなさそうな武具やアイテムを回収していると、不意にオルーシェからの通信が届いた。


『ダルアス、いま大丈夫?』

「ん?大丈夫だが……どうかしたか?」

『それが……マルマから、少し気になる情報の連絡が入ったの』

「マルマから……?」

 俺達が擬装して作ったダンジョン付近の村で、まとめ役と情報収集を兼ねているマルマからの連絡は定期的に入るようになっている。

 しかし、オルーシェが気にかけるような事柄となると……なんだか、いやな予感がするな。


「わかった、俺もそっちに戻る」

『うん、よろしく』

 オルーシェからの通信が途切れると同時に、通路の壁が動いて彼女がマスタールームまで繋げたであろう下り道が、俺のすぐ目の前に現れる。

 俺は、念のために周囲を見回して人の気配が無い事を確認すると、口を開けたショートカットの通路に飛び込んでマスタールームへと急いだ。


            ◆


「おう、来たなダルアス」

 俺の姿を見つけ、ティアルメルティ(魔王)が声をかけてくる。

 そんな彼女に、軽く手を上げて返事を返すと、俺はダンジョンマスターであるオルーシェの元へと進む。


「おかえり、ダルアス」

「おう……っていうか、ティアルメルティ以外にも四天王が勢揃いって事は、結構な大事(おおごと)なのか?」

 部屋を見渡せば、魔王であるティアルメルティの側近である、魔王四天王の面々がすでに集まっている。

 言ってしまえば、このダンジョンの最高戦力達が集められているわけだが、それだけにただ事ではないという空気が、室内に漂っていた。


「うん、それなんだけど……実は、ディルタス王国の魔導機関に続いて、教会が動き出しているらしい」

「教会……?」

 はて……教会って、そんなに警戒するような組織か?

 俺の記憶を辿ってみても、教会なんてもんはちょいとした回復魔法を教えてくれたり、時たま説法会みたいなのを開いてるイメージしかないんだが。

 俺がそう言うと、一同は呆れたようにため息を漏らした。


「それはいったい、いつの時代のイメージなのだ?今時、どこの田舎でもそんなぬるい支部はないぞ!」

「ティアの言う通り、ダルアスの生きてた時代とは違って、今の教会勢力はかなりの力を持っている!」

「そ、そうなのか……」

 二人に迫られ、俺は少し怯みながらも彼女らの語る教会の現状をおとなしく聞く事にする。


 なんでも、それほどまでに教会が勢力を伸ばして広がっていったのには、魔族との戦いが根底にあるらしい。


 魔族達がこの世界に召喚された際、組み込まれていた従属の縛りをティアルメルティが解き放ち、自由となった彼等と現地人の対立が起こった。

 そんな混迷の時に、魔族を世界を統べる神の敵と定義して、人々の団結を促したのが教会勢力なのだという。

 その甲斐があってか、人だけでなくエルフやドワーフといった種族の結束は成され、両陣営はこれまで争う事になったそうで、世界の団結の象徴として教会はどんどん力を付けていったそうだ。


 現在では、三つの王国を股にかけて広く分布し、その最高幹部連中の言葉となると、国王ですら無下にはできない程にまで大きくなったらしい。

 ふーん、俺が知る時代の教会とは、随分と様変わりしたんだな。


「……なるほど、な。しかし、そんな連中が動きたって事は……やっぱり、『勇者』絡みか?」

 『勇者』はディルタス王国による、『人間至上主義』を成すためという裏の目的はあったが、対外的には魔王へ対抗するための旗印でもあった。

 それがやられてしまったのだから、新たな希望となるべく教会が動いたとしても不思議はないだろう。


「うん、それもあると思う。でも、ひょっとしたら地上階層の村が狙われているのかも……」

「ああ……それもあるか……」

 相槌を打ちながら、俺は腕組みしながら現在の地上階層について思いを巡らせた。


 元はといえば、あそこはこのダンジョンに潜ろうとする冒険者なんかに対する罠として作られた、地上階層を擬装した村だ。

 現在では、この世界に残る事を選択した魔族達の住む場所にもなっているが、魔王を不倶戴天の敵とする教会からすれば、疑わしいに違いない。


「むぅ……一応、彼の者達が受け入れられるようなストーリーは作ってあるが……」

「それを教会がどう判断するかは、わからない……」

 冒険者達に協力的だったり、魔族が移住する前は先住の人がいたはずだが?といった疑問に対する対策のために、それらしいストーリーは用意してある。

 そして、それを代表であるマルマの魅了(チャーム)の魔力によって、聞く者に受け入れ易くはしていた。

 だが、魔族に対して猜疑心を持ち、魔力への抵抗力があるという、教会の連中を言いくるめられるかどうかはわからない。

 最悪、問答無用で魔族は殲滅!なんて可能性も無いわけじゃないだろう。


「さて、どうしたもんかな……」

「ここは下手に動かず、相手の出方を見た方がいいと思う」

 うーん……まぁ、オルーシェの言い分が妥当か。

 相手が何を目的としてるかわからない状況で、迂闊に動けば藪蛇になりかねない。

 まずは、友好的な態度で当たらせてみるのがいいだろう。


「うん。マルマ達にも、そう言い含めておく」

「そうだな、よろしく頼む」

 そうして、一応の方向性は決まったのだが……まだ、ティアルメルティ達の顔から、不安の色は消えていない。

 それだけ、教会との確執は深いのだろうが……。


「そんなに心配すんなって!もしもダンジョン攻略に乗り込んで来たら、まとめてポイントにしてやろうぜ!」

 俺が努めて明るく振る舞うと、ようやくティアルメルティ達も笑みを浮かべた。


 さて、鬼が出るか蛇が出るか……。


           ◆◆◆


 ──険しい山道を、完全武装した兵士らしき集団が規則正しく隊列を組んで進んでいく。


 決して広いとは言えない上に、泥濘(ぬかるみ)や地上に姿を覗かせている木の根などが足元を掬いそうになるが、それらの地形の悪さを物ともしない確固たる意志が、彼等の行軍からは感じられた。


 そんな一団の後方に、数名の兵士と屈強な運び手によって担ぎ上げられた輿(こし)のような物が見える。

 山岳の悪路を、そんな物に乗って運ばれている者がいれば、幾ばくかの不満が見てとれてもおかしくはないのだが、担ぎ手達の表情に浮かぶのは喜びにも似た充実感だ。

 それだけ、彼等が運んでいる人物は重要なポジションに有る者なのだろう。


「……マルタスター様。間もなく、例のダンジョン付近にあるという村に到着いたします」

 護衛らしき兵士の一人が、恭しくマルタスターと呼ばれた人物に語りかける。


「わかりました、ありがとう」


 すると、返ってきたのはごく短い返事。

 だが、そんな素っ気ないとも言える声を聞いた兵士は、感激に身を震わせながら深々と頭を垂れた。


「邪悪なる魔王を討ち、それらに惑わされている者達を救うために……神よ、お力をお与えください」


 外側からは窺いしれない事だが、外界から完全に遮断され、暗闇に包まれている。

 そんな檻にも似た輿の中で……『聖女』と呼ばれる立場の少女マルタスターは、一心に神への祈りを捧げていた。

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