02 魔導機関からの刺客
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普段は人の姿など見えない山奥を、数人組の一団が足音を立てながら進んでいた。
彼等のバラバラな外見は、見るものが見れば、すぐに冒険者と呼ばれるならず者達であると理解するだろう。
魔族と呼ばれる恐ろしい侵略生物達との戦いで、国軍が兵力を回せない辺境や小規模な町から依頼を受け、魔人族やモンスターを退治する武装集団。
しかし、その本質は高額の報酬と現地からの搾取を是とする、ヤクザ者に近い。
当然ながら、一般の住民から良い印象は持たれておらず、平時であれば眉を潜められ遠巻きに見られる連中だ。
それでも、正規兵を除いて戦闘を生業としている彼等の存在は、危険なモンスターに対抗するための手段として無くてはならない。
自分達の居住区の危機という、迫る脅威を前にすれば多少の横暴にも目をつむるしかない……まさに背に腹は変えられぬという状況を、冒険者側もよく理解していた。
なので、住民の不満が爆発しない程度に自らの私腹を肥やした後は、きっちりと仕事をこなすのである。
しかし、いま山中を進む一団は、近隣の一般居住区から依頼を受けた者達ではない。
A級と呼ばれるランクに属する彼等は、大っぴらにできない国の暗部に関わる案件を任される事もある。
そして、まさに今回の依頼は「そういう案件」であった。
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──目指すポイントまでは、もう少しかかるため、この辺りで小休止することなった。
周囲を警戒しつつ、各々が一休みしている間に、A級チーム『グリーン・テンプレー』のリーダーであるザックは、この集団の部外者……依頼主であるヅダットと名乗った男の元へ向かう。
それが本名かどうかは知らないが、ヅダットが持っていた身分を証明する印は、ディルタス国の魔導機関と呼ばれる組織に属する物だった。
加えて普通より高い報酬だった事もあり、同行を条件とする依頼であったにも関わらず、ザック達はそれを受けたのである。
「ヅダットさん、もうすぐ目的地だが大丈夫かい?」
「ええ、お気遣い感謝します」
当たり前だが、依頼主が冒険者に同行を申し出るなどということは、ほとんどあり得ない。
つまり、依頼主みずからその目で確認しなければならない、なにかがあるのだろう。
三下ならばここでお偉いさんの弱味が握れるかも……などと色気を出す所かもしれないが、ベテランである彼等はそんな危険な橋は渡らない。
見てみぬ振りができるからこその、A級なのである。
だが、今回の依頼は彼等が受けてきた中でも、少しばかり異質だった。
とある少女の確保が目的(しかも、多少の乱暴は黙認する)とは聞いているが、そんな事に国家の機関が動く……となれば、単純に好奇心が湧いてしまう。
だから、当たり障りのない会話の中で、ザックはチラリと理由について尋ねてみた。
「なに、その娘がうちの組織から、かなりの量の魔道具を持ち出しましてね。それらを全て回収するために、私が派遣された訳です」
話だけ聞けば、貧乏クジを引かされた風であるが、その目はこれ以上は首を突っ込むなと言っている。
だからザックは了解の意を示して、もう十分ほど休んだら出発しますと告げると、仲間達の元へ戻っていった。
「ふぅ……」
一人になったヅダットは、小さなため息を漏らす。
ザックの問いかけをかわした安堵からではない。
これから確保しなければならい、実験体十七号と呼称された少女の事を考えて、だ。
(あれは人類の希望だ……)
強大な魔族だけでなく、元よりこの世界の住人であるエルフにドワーフといった、人間を越える魔力を持つ亜人族の者達や、狂暴な魔人族。
一部は友好関係を築いている者もいるが、奴等は全てが将来的に人類の脅威となりうる。
そんな連中に対抗すべく、人類至上主義を掲げるディルタス王国の魔導機関内に設立されたのが、『ムーラーレイン』という暗部であった。
決して表に出せない、非道の人体実験や研究などを専門に行うこの部署において、その集大成とも言える成果が実験体十七号なのだ。
(なんとしてでも、連れて帰るぞ……!)
我知らず、握りこんだ拳に力がこもる。
そう決意を新たにしていたヅダットの耳に、出発しますよとのザックの声が届き、彼は再び重い腰をあげた。
◆
「これは……ダンジョンか?」
さらに山奥へと進んだ一行は、岩肌にぽっかりと口を開く、遺跡の入り口のような物を発見して立ち止まった。
しかし、ヅダットの持つ人探しの魔道具は、この先……つまり、ダンジョンの内部を示している。
「まさか、このダンジョンに隠れているとでも?」
「相手は子供なんだろ?いくらなんでも、無理じゃないのか?」
そんな言葉が『グリーン・テンプレー』の中で交わされが、ヅダットの一言が彼等の対話を打ち切った!
「とにかく、探している人物の反応がこの中からするのだから、このダンジョンの探索をお願いしたい!」
「しかしね、ダンジョンの攻略にはもっと準備がいる。今のままでは、危険すぎる」
「反応からして、せいぜい地下三回程度の場所に奴はいます。そのくらいなら、大丈夫でしょう?」
「いやいや、ダンジョンを舐めちゃいけない!」
一見すれば、ザック達の言うことはもっとに聞こえる。
しかし、ヅダットはそんな彼等の言い分の裏に潜む意図を感じ取っていた。
すなわち、報酬のアップ。もしくは、追加のボーナスと行った所だろう。
(意地汚い冒険者どもが……)
この期に及んで、まだ金を引き出そうとする連中の性根には腹が立つ。
だが、それでもこいつらは野外活動のプロだ。
彼等の協力無しでは目的を達する事はできなさそうなので、仕方なくヅダットは追加の報酬を提示した。
それを受けた途端、「不本意だが」といった顔をしながら、ザック達はダンジョンへの潜入を受け入れる。
(俗物め……)
内心で唾を吐きつけながら、ヅダットはザック達の後に続いて、ダンジョン入り口の階段を降りていく。
──そう長くない階段の先には、見事に舗装された通路が伸びていた。
しかも、壁や床自体がぼんやりと光を放っているようで、薄暗いながらも松明や魔法の灯りは必要さなそうである。
「なかなか立派なダンジョンだな……それじゃあ、頼むぞ」
「任せろ」
ザックに促され、チームの斥候役である男が先頭に立って、通路へ足を踏み入れた。
注意深く一人で数メートル先へと進むと、オーケーだと言うように、無言で手を振って見せる。
「よし、行こう」
合図を受けて、ザック達が進む。
しかし、その最後尾についていたヅダットが足を踏み入れた、その瞬間!
突然、床が崩れ落ち、それに巻き込まれる形でヅダットの姿が落とし穴の中に消えた!
「えぇぇぇっ!?」
思わぬ展開に、ザック達がヅダットの落ちた穴に駆け寄る!
しかし、すでにヅダットは暗闇の中に溶けて消え、その姿を確認することはできなかった……。
◆◆◆
「おっ、かかったぞ!」
「よし!」
ダンジョン・コアが写し出す、侵入者達の映像を眺めていた俺達は、狙い通りに罠に落ちた奴がいたのを見てグッと拳を握る。
「最後尾を狙らうように、発動する落とし穴……そういうのもあるんだね」
「先に行く連中が大丈夫だと、案外ひっかかるんだよな、これが」
かつて、俺自身が体験した罠の再現だからな。
しかも、ダンジョンに入ってからすぐの所に設置してあったのがミソである。
そんな罠に、笑えるほど軽々と引っ掛かったマヌケ野郎だが、その身柄は間もなくここに落ちて来るだろう。
と、思ってる間にも、落とし穴の出口であるこの部屋の横穴から、悲鳴のような声が響いてきた。
それは徐々に大きくなり、勢いよく横穴から射出された人物が、「ぐえっ!」っと踏まれたカエルみたいな声で鳴きながら床を転がっていく!
「う、うう……いったい何が……って、きゃあ!」
体を起こそうとしたその男が、自分の格好を確認して羞恥の声をあげる!
それもそのはず、奴はここに落ちてくるわずかな間で、全裸になっていたからだ!
実を言えば、あの落とし穴は途中から滑り台のようになっていて、その進路上に『装備品解除』の罠が仕掛けてあった。
身体にいっさいダメージがない代わりに、全ての装備が外れて真っ裸になってしまうというこの罠は、俺が現役だった当時、ギルドの『かかりたくない罠ランキング』の常に上位にあった代物である。
なんせ戦闘中にうっかり踏もう物なら、敵陣で真っ裸になってしまうのだから凶悪極まりない。
しかし、それ故に今回の捕縛目的を果たすためにはちょうどよく、こうして罠に罠を重ねて使用したのだ。
「ククク……まんまと引っ掛かったようだな」
「ス、スケルトンが喋っ……!?」
野郎の汚ない裸など目に毒なので、オルーシェの目を手で覆いながら俺はマヌケ野郎に凄んでみせた。
すると、奴は俺の存在にビクリとしながらも、オルーシェの姿を見た途端にハッとした顔つきになる!
「お、お前は実験体十七号!」
「その呼び方はやめて!」
「ブッ!」
トラウマになっている呼び方をした男に、俺の手から離れたオルーシェが、ボールのような物を投げつけた!
それは見事に男の顔面にヒットした後、スルリとほどけて奴の手に絡み付いて拘束する!
「なっ!こ、これはっ!」
「お前らがヒリュコフって冒険者達に持たせた、魔法封じの拘束具だよ」
あの時、彼女を捕らえた魔道具を、調整しなおしたのがそちらになります。
さて、どうやらこいつは、オルーシェを苦しめていた魔導機関の一人みたいだが、全裸の上に魔法も封じられて縛られている今は、文字通り手も足も出まい。
なら、色々とお話を聞かせてもらおうか。




