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10 限界突破の一撃

            ◆


 オルアス大迷宮の地下四十五階層。


 ここが、獣人化した『勇者』トルディスとの、勝負(タイマン)の舞台に選んだ場所だ。

 ここは蟻の巣のように広がったダンジョン内でも、マスタールームから離れた位置にあり、大型のダンジョンモンスターを配置するために作られた階層である。

 そのため、複雑な通路などはないがだだっ広い部屋が多く、派手に暴れるにはうってつけの場所となっていた。


 その中の一室で、俺は『勇者』を待ち構える。

 部屋の扉は開放されているので、俺も奴も互いを見過ごす事はないだろう。


 そうして待つ事、数分……。

 

『来ました』

 頭に響くダンジョン・コアの声と共に、ビリビリと空気が引きつるような圧力が近づいてきた!

 やがて聞こえてくる足音と、通路の奥に揺らぐ人間離れした影。


「……よぅ、待ってたぜ」

 いよいよ姿を現した獣人化した『勇者』に、俺はあえて気軽な口調で声をかけた。

「……………?」

 しかし、肝心の奴は俺の顔を見て小首を傾げる。

 あー……そういや、骸骨兵(スケルトン)状態の時でしか対面してないから、今の俺の姿を見るのは初めてだったか?


「なんだ、お前は……いや、この臭い?」

 まるで野生動物のように、トルディスはスンスンと鼻を鳴らすと、怪訝そうな表情を浮かべる。

「お前はまさか、あの骸骨兵か?」

「おうよ!この姿でのお目見えは、初めてだがな!」

 確認してきた奴に胸を張って答えると、トルディスは「マジかよ……」と小さく呟いて、両手で顔を覆った。


 まさか、生前の姿の俺に驚いたわけでもないだろうが……などと考えていると、不意にトルディスの肩がわずかに震え、掠れた呻き声のようなものが俺の耳に届いてくる。

 それが笑っているのだと気づいたのは、獣面の口の端が笑みの形に歪んでいたためだった。


「クックックッ……凄まじいな、このダンジョンは。使い魔とはいえ、まさか死者の蘇生まで可能とは!」

「『勇者』様からお褒めに与るとは、光栄だねぇ……ついでに、もっとダンジョンの力ってやつを身をもって味わってみたらどうだ?」

「面白い……存分に堪能させてもらうぞ!」

 短く言葉を交わし、俺達は互いに武器を構え……正面から激突した!


 初めに動いたのは、俺!

 『勇者』の強さと恐ろしさを知っているだけに、後手に回れば押しきられるだろうからな!


「うおぉぉぉぉぉぉっ!」

 咆哮を放ちながら、俺は無数の斬撃を繰り出した!

 今の生身の状態は、骸骨兵(スケルトン)時の倍は強い!

 その俺の攻撃は、先の戦闘では刃が通らなかった鋼のような獣毛に覆われているトルディスの肉を裂き、いくつもの傷をつけていく!

 だが、それでも獣化した『勇者』へ、決定的なダメージを負わせるに至らなかった!


「ちっ!」

「いいぞ、もっとだ!」

 余裕の表情を浮かべながら、トルディスは反撃に転じてくる!

 その一撃一撃が、重く鋭く、そして速い!

 こちらの攻撃は微々たるダメージしか与えられんのに、向こうのは一発で致命傷になること間違いなしとか、なんて分の悪い話だ!

 やっぱり、あれを使うしかないようだな……。


 俺は一度、『勇者』と大きく間合いを取り、そして奥の手を発動させた!


強化ブースト!」


 ダンジョン・コアと打ち合わせておいた、キーワードを俺は口にする!

 それと同時に、ダンジョンポイントが能力を向上させる魔力となって身体に流れ込み、今まで感じた事のないほどの力が、全身に漲った!


「むっ!」

 突然、雰囲気の変わった俺に、トルディスは警戒を示す!

 だが、遅いんだよっ!


 ダンジョンポイントのドーピングを受けた俺は、雷光を思わせる速さで『勇者』の懐に飛び込んで剣を振るう!

 今まで筋肉で止められていたその刃は、急激な速度の変化を見せた俺の動きに追い付けなかった、トルディスの腕を深々と斬り裂いた!


「ぐあっ!」

 初めて苦痛の悲鳴をあげながら、トルディスの方から間合いの外へと跳びのいていく!

 しかし、俺の手には肉と骨を断った手応えが残っており、奴の腕はかろうじて繋がっているだけといった様子だった。

 よっしゃ!と内心でガッツポーズをとった俺だったが、トルディスが顔を歪めながら無理矢理に傷口を合わせると、瞬く間に腕が繋がっていく!

 なんだよ、それ!ずるい!


「……今の一撃は驚いたぞ。いったい、何をしやがった」

「敵にベラベラと手の内を明かすか、バーカ!」

 挑発も兼ねて、あえてガキっぽく返してみたが、それもそうだなとトルディスは乗ってこなかった。

 ちっ!野郎、まだ冷静だな。


「確かにお前が何をしたかなど、どうでもいい事だ……俺が、それを上回ればいいだけの話だからなぁ!」

 ギラリと奴の瞳が怪しい光を放った瞬間、渦巻く闘気が『勇者』の体から噴き上がる!

 こ、この野郎!

 まだ本気じゃなかったってのかよ!?


「限界まで付き合ってもらうぞ、骨野郎ぉ!」

「こちとら、ダルアスさんって名前があるんだよ、化け物がぁ!」

 気圧されぬよう、負けじと叫んだがこのままじゃ勝てん!

 仕方ない……持ってくれよ、俺の体!


強化ブースト、三倍だぁ!」

 雄叫びをあげながら、俺達は再び激突した!


           ◆


「ごおぉぉぉぉぉぉっ!」

「があぉぁぁぁぁぁっ!」

 トルディスと俺、二体の凶獣同士が、激しくぶつかり合う!

 刃が交わる度に、落雷を思わせる火花が散り、爆発めいた轟音と嵐のような衝撃波が、フロア全体を軋ませた!


「フハハハ!楽しいなぁ!」

「なん、にも……楽しくねぇよ!バカ野郎!」

 狂ったように笑いながら、剣だけでなく牙や爪を駆使して襲いかかってくる『勇者(トルディス)』!

 それに対して、俺も蹴りや体当たりを交えた戦場剣術で対抗していく!


 辛うじて奴の猛攻を凌いではいるものの、ドーピングの無理が祟っているのか、筋肉や骨が悲鳴をあげている!

 さらに、毛細血管も破れ始めたようで、視界が赤く染まりはじめ、鼻血が溢れだした!


「フッ、フハハッ!どうした、そんなものかぁ!?」

「やっ……かましいわ、ボケェ!」

 トルディスの爪で頬を裂かれながらも、俺は深く踏み込んで体当たりをかまし、強引に間合いを広げる!


 ここだっ!ここで決める!


 互い、一瞬の溜めが効く次の一撃が決着をつける物になると、本能的に悟った!


 迸る凶気を纏いながら、肉体的な武器を総動員して迫るトルディス!

 更なる強化を発動して、迎え撃つ俺!

 目にも止まらぬ速さの影が交差し、空間すらも断ち斬るような一閃が走った!


「…………」

「…………」

 ……そして、訪れる静寂。

 すれ違った俺達は、背を向けあったまま立ち尽くす。


「がはっ……」

 やがてフロアに響いた苦鳴は、俺の口から漏れ落ちた物だった。

 同時に、トルディスの牙と爪によって、深々と抉り取られた首と脇腹から血が溢れだす。


「ごふっ……」

 小さく咳き込むと、思った以上の血が口から飛び散り、ビシャリと水音を立てて大きな血の花が床に咲いた。

 さすがにまいったね、こりゃ……。

 傷は内臓まで達しているようで、どう安く見積もっても致命傷だ。

 だが……。


 俺の背後で、ゴトンと重い物が落ちる音がする。

 霞む目でなんとか後方を確認すると、手応えがあった通り、トルディスの首が床に落ちて転がっているのが見えた。


 結果は相討ち……か。


 戦いの興奮から覚め始めた俺は、痛みと同時に意識が遠退き始めたのを自覚した。

 全身から力が抜け、ガクリと崩れ落ちる。

 同じように、首を失ったトルディスの身体が、俺の後ろで音を立てて倒れ伏した。


 はぁ……まぁ、あの化け物相手に、引き分けたのなら上等だな……。

 なんとかオルーシェを守れた事に、安堵のため息をつくと、不意に彼女の言葉が脳内に響いた。


『ダルアス……絶対に私の所に帰ってきてね』


 戦いの前に交わした約束が、頭の中で囁くように甦る。

 ああ……だけど……。


「すまん……オルー……シェ……」

 零れ落ちる呟きと、大量の血液。

 さらにドーピングによる限界を迎えた身体は、まるで石にでもなったかのように、指一本動かす事ができなかった。

 もう一度……心の中でオルーシェへ向けた詫びの言葉を最後に、俺の意識は闇に包まれた。


           ◆


 ……。

 …………。

 ………………………あれ?


 一体、何が起こったのか……?

 奈落の底に意識が沈んだ感覚から一転、急激に覚醒した俺は、現在の自身の状態を確認しようとした。


 致命傷を負ったはずではあるが、肉体の痛みはほとんど感じない……というか、完全に消失している?

 傷口のあった場所へと、恐る恐る指を伸ばしてみたのだが、指先は空を切るばかり。

 いや、これ傷口ばかりかそれを負ったはずの肉体そのものが無く(・・・・・・・・・)なってる(・・・・)!?


 そう、俺の身体は、いつの間にか骸骨兵(スケルトン)のそれへと戻っていたのだ!


「……なんで?」

 思わず呟いてみたが、よくよく考えてみれば『勇者』との戦闘が終わった時点で、強化した状態(ポイントのドーピング)が解除されていてもおかしくは無いか。

 何より、あのままだったら限界を越えた反動とダメージで消滅する危険性もあったんだよな……。

 その可能性を考えると、戦闘が終了してから即座に骸骨兵へと戻されたのは、むしろナイスだと言える。

 そして、その判断を下したのはきっと……。


「ダルアスっ!」


 頭に思い浮かべた人物が、俺の名を呼びながら、このフロアに姿を現した。

 不安と安堵が入り交じり、ごちゃごちゃになった感情を表情に出しながら、涙目のまま彼女は駆け寄ってくる!


「……お前のおかげで、勝ったぜオルーシェ」

 実際、あのままだったら良くて引き分けだったからな。

 そんな思いも込めつつ、俺がそう彼女に言うのとほぼ同時に、オルーシェはタックルするような勢いで、抱き付いてきた!

 その勢いに抗えず、押し倒されるようにしてまた床にへたり込んでしまう。


「お、おいおい!?」

「良かった……ダルアスが生きてて、本当に良かった……」

 ううむ、今の骸骨兵な俺が生きていると言っていいのかは判断に苦しむが、オルーシェが言っているのは、そういう表面的な事じゃないんだろう。

 いくら鈍いと馬鹿にされる俺だって、その程度は察せられるってもんよ。


 だから俺も余計な事は口にせず、ただ心配してくれていたオルーシェの背中をポンポンと叩き、感謝の気持ちを伝える。

 それを感じ取った彼女も、俺の胸板(というか、胸部鎧)に額を当てたままぐすんと鼻を鳴らした。


「見事であったぞ、ダルアスよ!」

「やりやがったなぁ、おい!」


 そんな声と共に、ティアルメルティ達魔族連中や、レオパルトとエマリエートが次々とフロアを訪れる。

 そして、あの『勇者(バケモノ)』を倒した俺を囲み、オルーシェごと揉みくちゃにしながら、誉めてるんだか貶してるんだかわからないくらいの荒っぽい称賛の言葉を投げつけてきた。


「………………なぜだ」


 ん?

 不意に聞こえた、俺達の誰でもないその声に、ピタリと皆が口を閉ざす。

 そうして、恐る恐るその声がした方に目を向けると……。


「なぜ……俺が負けたのだ……」


 こちらを見上げるように睨みながら、『勇者(トルディス)』の生首(・・)が理解できないといった口調で疑問の言葉を口にしていた!

 ヒィッ!生きとったんかい、ワレェ!


 その恐るべき『勇者』の生命力におののいていると、スッとオルーシェが俺達から離れてトルディスの首の元へと歩き出す。

 俺は危険だから止めようとしたが、彼女が大丈夫だと言わんばかりに手をかざすので、仕方なくその動向を見守る事にした。


「……無様ね、トルディス」

「オルーシェ……お前ごときに、見下ろされる日が来るとはな……」

 トルディスは一瞬だけ殺意のこもった視線をオルーシェに向けたが、すぐに自嘲気味な台詞を吐き捨てる。

 そうして、乞うような問いを彼女に投げ掛けた。


「俺はあるゆる状況に備え、このダンジョンをクリアする自信があった……なのに、なぜこうして敗北の憂き目にあっているんだ?」

「……そんな事もわからないの」

「なに……?」

「あなたは確かに全てを利用して、最高の強さを手に入れたかもしれないけど、結局は一人(・・)だった。でも、私はたくさんの人に助けられ、支えられて今ここにいる」

 チラリと俺達を振り返り、少し照れ臭そうな笑みを浮かべて、オルーシェはトルディスに言い放った!


「そうやって紡いできた絆の力の前には、どれだけ強くても独りよがりな力なんて、取るに足らない物よ!」

 それがお前の敗因だと、オルーシェは胸を張って堂々と宣言する!


「……絆の力……そんな、雑魚どもの……馴れ合いに……」

 そんな言葉を最後に、トルディスの目から光が失われ、今度こそ本当に力尽きたようだ。

 めちゃくちゃな野郎だったが、最後まで仲間との関係について理解できなかったようなのは、ちと哀れな気もするぜ……。


「…………」

 かつて憎んだ相手の末路に思う所があったのか、しばらく無言で顔を伏せていたオルーシェだったが、クルリと振り返るとパッと微笑んで見せた。


「皆のおかげで、私の過去に一区切りつける事ができたわ……本当にありがとう」

 感謝の言葉を告げながら、少しだけ気を引き締めるように真面目な顔をするオルーシェ。


「だけど、まだ大元と言える魔導機関や、その長であるバスコムは生きている。これからも、どんな手を使ってくるか油断はできないわ」

 確かに、トルディスのような『勇者(バケモノ)』が他にいないとは限らない。

 それに、他国の連中が静観している現状とはいえ、ディルタス王国の動向次第ではどう動いてもおかしくはないのだ。


 状況は、いまだに予断を許さない。

 しかし、だからこそなんだろうな……オルーシェは明るく笑顔を浮かべ、拳を掲げた!


「なので、明日からもっと頑張る!そして、今日だけはこの勝利を大いに祝おう!」

「おぉぉぉぉっ!」

 俺達もそんな彼女に賛同の雄叫びを挙げ、そのまま勝利の宴へと突入していくのだった。

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