07 冒険者達の戦い方
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「……む?」
四天王を撃退した後、いくつかの階段を下りてダンジョンを進んでいた『勇者』だったが、その階に降り立った瞬間、妙な空気に足を止めた。
まっすぐな通路が伸びる視線の先には、今のところは何の異変も見られない。
しかし、研ぎ澄まされた彼の感覚は、気配を消して待ち伏せる猛獣のようなイメージを脳内に映し出していた。
「次の四天王……いや、違う?」
うまく言葉に言葉にはできないが、なんとなく魔族とは違う気がする。
そんな直感めいた感覚に、トルディスは少しだけ思案するように首を傾げた。
「……オルーシェの奴が、直接動き出したかな?」
以前、斥候代わりに送り込んだ『勇者』達から得られたデータには、強い精神的な負荷がかけられていた物があった。
おそらく、それも魔王四天王によるものであったのだろうが、先に倒したソルヘストやラグラドムとの戦いを見て、魔族達の力ではトルディスに通用しないと判断したのかもしれない。
そのため、己の使えるダンジョンモンスターを配置したとしてもおかしくはないだろう。
(まぁ、実際俺には精神攻撃の類いは一切効かないから、その考えは合ってるんだがな……)
一か八かではなく、柔軟に対処を変えるオルーシェに少しだけ感心しながらも、トルディスは新しい階層へと一歩目を踏み出す。
(あのガキが自分の手駒を使うというなら、それはおそらく……話に聞いたスケルトン型のガーディアン!)
このダンジョンへ挑んだ事のある、冒険者達から集めた情報のひとつにあった、とてつもない強さを誇る骸骨兵。
それがオルーシェの虎の子の手札であるなら、叩き潰せばあの生意気なガキを絶望させられるかもしれない。
(そうやって心を折れば、再教育も楽になりそうだしな)
心の内に暗く燃える嗜虐心が、『勇者』の顔を笑みの形に歪める。
「よぉし……見ていろ、オルーシェ!お前の自慢のダンジョンモンスターを、今から粉々に砕いてやる!」
楽しげとも取れる呟きと含み笑いを漏らしながら、トルディスは通路をドンドンと進み始めた。
◆
「……気づかれたか?」
「……気づかれたっぽいね」
俺よりもはるかに感覚に優れたレオパルトとエマリエートが、確認するように頷きあう。
深い森や、ダンジョンにも似た地下坑道などで活動をする、エルフとドワーフがそう判断したのなら、ほぼ間違いないだろうが……。
「マジかよ、すげぇな」
敵ながら、鋭い危険感知を持つ『勇者』に対して、思わず感心してしまう言葉が漏れた。
俺達が待ち伏せるこの階に、奴が下りて来たタイミングはオルーシェからの通信でわかっていたが、こうも早く気取られるとは思わなかったもんな。
つーか、この距離……というか、入り組んだダンジョン内で俺達に反応するなんて、野生のモンスターでも無理だと思うぞ?
「まぁ……俺達の位置はハッキリしていないが、なんかいるなって気配だけを気取られた感じだな」
「そうだね。こっちの正確な位置はわからないから、むしろ手出しをさせるためにわざと堂々としてる感じだわ」
「ほぅ……」
自らを囮にして、俺達を引っ張りだそうってか。
中々豪気な事だが、そういうつもりならやる事は変わらねぇな!
俺達はオルーシェから託された、この階層の地形が詳細に記されたマップを開く。
その地図上には、通路に沿って移動する赤い光点と、階層の一部に固まる三つの青い光点が見えた。
この光点が、それぞれ『勇者』と俺達の現在地を知らせてくれている。
さらに、彼女から渡されたもうひとつのアイテムである、薄い石板のような物を赤い光点に重ねると、その表面に現在の『勇者』の姿が映し出された。
「グヘヘ、何も知らずにノコノコと歩いてやがるぜ」
「なんだ、その悪役みたいな言動は……しかし、こりゃ便利だよな」
「アタシらもかなりの数のダンジョンをクリアしてきたけど、防衛の立場に立つのはほとんどないからね」
「確かにな……」
かつては、俺達もダンジョンマスターが存在する迷宮攻略なんかもした事はある。
その時、謎のタイミングで奇襲を受けたりするなんて事が時折あった。
当時は偶然の遭遇かと思っていたが……ああいう時も、もしかしたらこんな感じで監視とかされていたのかもな。
そんな思い出に浸っている間にも、赤い光点は物怖じした様子もなく、ダンジョン内をグングン進んでくる。
そうして、俺達とある一定の距離まで近づいてきた。
「……それじゃあ、頼むぜレオパルト」
「任せておけ」
不敵な笑みを浮かべつつ、レオパルトは愛弓に矢をつがえて引き絞る!
今、『勇者』が踏み込んできた現在地。
そこは、レオパルトの弓の有効射程距離内だ。
入り組んだダンジョンの通路内ではあるが、この範囲内であれば彼は風魔法を駆使して自在に矢の軌道を操り、確実に的を射抜く事ができると豪語している。
つまり、遠距離から一方的に攻撃できるって事だ。
ふふふ……様々な状況や技術を最大限に利用して、臨機応変に対処しながらも確実に勝てるように場を整える。
現役冒険者だった時の気持ちが甦るようで、なんだか楽しいな!
国の重鎮としての役目を背負わされ、長らく現場から遠退いていたらしいレオパルトとエマリエートも、心なしか俺と同じような気持ちに見えるぜ。
「それじゃあ、始めるぞ!」
「応よ!」
俺達の答えを合図に、レオパルトは戦闘開始の合図となる、一矢を射ち放った!
それと同時に、マスタールームにいるオルーシェへ合図を送ると、この階層をうっすらと照らしていた壁や床の明かりが、一斉に消えてしまう!
案の定、『勇者』の動きが止り、戸惑うように辺りの様子をうかがっている!
ダンジョン内が薄明かるいからと、照明道具要らずと油断していたであろう『勇者』には、突然の暗闇へ即座に対処もできまい!
俺達も現役だった頃は、この手のトラップに手こずらされたからな!
そして……。
「ぐあっ!」
『勇者』の悲鳴と共に、激しい衝撃音がダンジョン内に響く!
遠方から通路を縫って飛来したレオパルトの矢は、見事に『勇者』へとヒットした!
「まだまだぁ!」
続けて、レオパルトは第二、第三の矢を放つ!
暗闇で視界を封じられた『勇者』は、辛うじて盾を構えるものの、再び飛来したレオパルトの攻撃に耐えきれず、大きく体勢を崩した!
「よぉし!そのまま奴を釘付けにしてくれ!」
「任せろ!」
楽しげに連続で矢を撃ち込むレオパルトに続いて、今度はエマリエートの出番だ!
「オルーシェ、アレを頼む!」
『了解!』
オルーシェに頼んだのは、テレポートの罠を利用して、彼女を『勇者』の背後に送り込んでもらうという事。
そうなれば暗闇での近距離戦闘という事になるが、地下を根城とするドワーフには高い暗視能力が有るため、今ならレオパルトの攻撃で防戦一方な『勇者』を背後からボコれるって寸法よ!
「それじゃあ、行ってくるよ」
「おう、頼んだ!」
まるで、ちょっとそこまで買い物にでも行くようなエマリエートが、オルーシェが用意したトラップの魔法陣に足を踏み入れた。
それと同時に彼女の姿が消え、小型モニターに映し出されていた『勇者』の背後に浮かび上がる!
「っ!?」
その瞬間、何かしらの気配を感じ取ったのか、『勇者』は弾かれたように振り返えろうとした!
が、それよりも速くエマリエートの一撃が、無防備だった『勇者』の背中に叩き込まれる!
「ごぼっ!」
またも響く、『勇者』の悲鳴!
だが、エマリエートはそんな物を気にせずに、猛攻を加えていく!
「敵地に乗り込んで来といて、ボーッとしてんじゃないよ、『勇者』様ぁ!」
「モンスター……じゃない!?」
言葉を放つモンスターもいないわけではないが、それとは違う明確な意思が込められた言動と唐突な闇討ちの状況に、奴も若干混乱しているようだ。
その隙に、エマリエートの攻撃は面白いようにヒットして、『勇者』へダメージを与えていく!
堅い装甲の鎧を着ていてるであろう『勇者』に対して、彼女は武器を戦斧からバトルメイスへと持ち変えていた。
これならば斬撃の効果は得られない代わりに、攻撃の衝撃は内部に伝わって直線的なダメージを与えられるだろうという読みは大当たりだったようである。
前方からはレオパルトの射撃、後方からはエマリエートの猛攻!
もうこのまま決まってしまって、俺の出番はないかも……そんな思いが、ふと浮かんだその時だった!
「おおぉぉぉっ!」
いつの間に詠唱を終えていたのか、雄叫びと共に通路を覆い隠すほどの炎の壁が、『勇者』から噴き上げる!
その炎にレオパルトの矢は弾かれ、さらに照らす光は暗闇に紛れていたエマリエートの姿を浮かび上がらせた!
「ハァ……ハァ……ドワーフ、だと?それに……前方からの攻撃は、エルフの仕業か……」
床に散乱する砕けた矢の破片を見て、『勇者』は遠距離攻撃の正体に気づいたようだ。
「……お前には、見覚えがある。たしか……『鉄姫』とかいう二つ名で呼ばれている、エルスティア王国の奴。だとすれば、矢を放っていたのは、お前の相棒『穿光』とかいうエルフか」
むぅ、一目でエマリエート達の素性を見抜いたか。
さすがに、ディルダス王国からその手の情報はもらっているらしいな。
そんな、襲撃者達の正体に気づいた『勇者』は、憎しみの籠った目でエマリエートを見据えながら、口を開く!
「魔王が支配するこのダンジョンで、奴に与するとはどういうつもりだ、この裏切り者どもがぁ!」
『勇者』の怒号が、大気を震わす!
並の人間なら、それだけで失神でもしそうな所だが、さすがのエマリエートはどこ吹く風といった様子で受け流していた。
「裏切りねぇ……でも、魔族との決着後に世界制服を企む『勇者』様の方が、アタシらにとっては脅威なんでね」
「!?」
エマリエートの言葉にほんの少し反応した『勇者』は、まるで「なぜそれを!?」と言わんばかりだ。
「まぁ、先行してきてた『勇者』達が、それっぽい事を言ってたし、ディルダス王国の方針を見てれば、そのくらいの予想はつくわ」
「フッ、それで魔王側に寝返るのか……やはり小賢しいな、亜人種という連中は」
「アンタらよりも、よっぽど話が分かるから……ねっ!」
再びエマリエートが攻め立てる!
しかし、暗闇というアドバンテージを失い、レオパルトからの援護も遮られた状況では、『勇者』へまともな有効打を与える事はできず、ほとんどの攻撃は防がれてしまう!
「ちいっ!」
「舐めるなよ、ドワーフ!姿が見えさえすれば、貴様なんぞ……」
「……それじゃあ、俺も交ぜてくれよ」
「!?」
不意に声をかけられ、『勇者』は天井からテレポートしてきた俺へ向かって、顔を向けてきた!
そうして、奴の頭上へ向けて刃を振り下ろすが、辛うじて盾で受け止められてしまう!
だが、それでがら空きになった胴体へと、エマリエートのバトルメイスの一撃がクリーンヒットする!
「ぐふっ!」
苦鳴と共に後退りながら、『勇者』は新たに参戦した俺を睨み付けた。
「次々と……鬱陶しい!」
忌々しげに、血の混じった唾を吐き捨てる『勇者』。
多少はふらついているものの、その立ち振舞いには行動不能に至るほどのダメージを感じられなかった。
「ったく、美味しい所を譲ってあげたんだから、ちゃんと仕止めなさいよ」
「できればそのつもりだったんだがな……野郎、思った以上にタフっぽいわ」
いくら高い防御力を持つ鎧や盾で身を包んでいるとはいえ、ドラゴンを射抜くレオパルトの弓や、トロルを一撃で屠るエマリエートの攻撃を受けておいて、あの程度のダメージしか受けていないとは考えづらい。
しかし、回復魔法などを使っている素振りもなかった事から、おそらくは自動的にダメージを回復する能力かなにかを持っているんだろう。
となれば……。
「さぁて……エマリエートは下がっていてくれ。あとは俺がやる」
「あら?もしかして、マスターちゃんにいいとこ見せたい感じ?」
「まぁ、そんな所だ」
軽口を叩きながら前に出た俺を、トルディスの野郎は額に浮かんだ血管を引くつかせながら、剣先を突きつけてくる。
「俺を相手に、一人でやろうってのか骨野郎!」
「そういうこった。かかってこいよ、『勇者』様」
クイクイと手招きしてやると、獣のような咆哮をあげて『勇者』は突っ込んできた!
「調子に乗るなよ、実験体の使い走りごときがあぁ!」
レオパルトの豪弓を思わせる突進に、俺は完璧とも言えるタイミングでカウンターの剣を振るう!
しかし、奴はその剣撃を盾で受けると、即座に反撃へと移ってきた!
互いに振るう剣がぶつかり合い、激しい火花と衝撃波がいくつも生まれる!
そんな爆発じみた余波を撒き散らす攻防の中、俺の剣が奴の盾を跳ね上げて『勇者』の身をさらけ出させたっ!
すかさず俺は一歩踏み込み、その無防備と胴体へと剣を突き立てようとする!
だがっ!
「くっ!」
突き出された、俺の剣そのものを狙ったトルディスの攻撃によって、軌道がズラされた突きは堅い奴の鎧を貫くには至らなかった!
さらに、弾き上げられた盾を持っていたトルディスの左腕に力が込められ、盾そのものを俺に目掛けて振り下ろしてくる!
骸骨兵には、斬撃よりも打撃が有効。
そのために、盾による打撃を狙っていたのだろう。
奴の口の端に浮かぶ笑みが、それを物語っている。
しかし……俺もそう来るのを狙ってたんだよ!
我が身を砕かんと迫る、盾での攻撃をギリギリの所で回転しながらかわし、その勢いのまま伸びきった奴の腕へと剣閃が走る!
そして……血飛沫をあげながら、『勇者』の左腕は盾ごと宙を舞う事となった!




