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06 『勇者』の対策

           ◆◆◆


 ──足音が聞こえる。

 明確な意思をもってダンジョンの奥へ、そして更なる地下を目指して進む足音は、侵入者の物以外にあり得ない。

 そして、その足音の主はもうすぐ目の前の扉を開き、この部屋で待ち受ける魔王の刺客と会いまみえるだろう。

 だが……近づいてくる足音には、奇妙な違和感があった。


 金属の鎧を纏い、石畳の通路を進んで来るというのに、どこか粘着質な……まるで靴底に張り付いたガムを連想させる、そんな響きが交じっているのだ。

 その奇妙な足音の主は、やがてひとつの扉の前で止まると、ゆっくりと開いて室内へ侵入してきた。


 かなり広い、百人は入れるであろう大部屋で待ち構えていた、魔王四天王の一人である『天空』のソルヘストは、侵入者である『勇者』トルディスの姿を一目見て目を細める。

「……ぶふっ!」

 そして、こらえきれずに吹き出してしまった!


「……何がおかしい」

「いや、何がって……」

 かろうじて笑うのを堪えていたソルヘストと対峙するトルディスの様相は、大見得を切ってダンジョンへ足を踏み入れた時とは変わり果てていた。

 その姿は薄汚れて悪臭にまみれ、何日も戦場を這い回っていたかのような惨状を思わせる。

 そのくせ、モンスターの体毛などが飾りのように張り付いていいて、ペット好きな飼い主がモフり倒してきたようだ。


 ダルアス達からの提唱を受け、オルーシェが急遽設置した『命に別状はないけれど、ひどい嫌がらせの類い』といったトラップの数々は、思った以上の成果をあげていた。

 そして、こちらの予想以上にそんなトラップにハマり続けた『勇者』の姿を、ソルヘストもマスタールームで見学していたのだ。

 なので、突入前の尊大な様子と現在の醜態のギャップを前にして、耐えきれなかったようである。


「……正直、魔王が巣くう難攻不落のダンジョンと恐れられているここで、こんな下らない罠が大量に仕掛けてあるとは思わなかったぜ」

 怒りを抑えながら、トルディスは努めて平静に語ろうとした。

 実際、様々な耐性や強化に富んだ装備を纏う『勇者』に対しては、致死の罠よりも地道な消耗を狙ったトラップの方が、長期的に見て有効だろうというのを、トルディス自身も頭の片隅で理解してるためである。

 だが、それはそれとして、おちょくるような下らない罠を張りまくるダンジョンマスター(オルーシェ)に、怒りが湧かない訳ではない。

 実験体として囚われていた時代から、彼女に対しては生意気なガキという印象を持っていたトルディスにとっては、他の者から受けるよりも大きな屈辱を感じてもた。


「どうした?なんなら、外で体を洗ってくるまで待っててやろうか?」

 吹き出すのを堪えながら、そんな言葉をかけてくるソルヘストに、トルディスはひとつ舌打ちをすると、ペッと唾を吐き捨てた。

「気遣いは無用だ……」

 そう言うと同時に、トルディスは素早く詠唱を済ませ、発動させた水魔法を自分に向かって放つ(・・・・・・・・・)

「なっ!」

 その意図する所はなんとなく理解できるが、かなりの規模の魔法を使った『勇者』に、ソルヘストも思わず驚愕の声を漏らす!


「……………ふぅ」

 やがて、荒れ狂った水魔法の奔流が治まると、洗い流されて綺麗になった『勇者』が、何事もなかったかのように濡れた髪をかきあげた。

 攻撃魔法を自らに放ったというのに、まるでひとっ風呂浴びたといった様子のトルディス。


(自身でコントロールしていたのだろうが、あれだけの魔法を食らって、全くの無傷とは……どういうレベルの魔法防御を持っているんだ?)

 改めて、今まで侵入してきた『勇者』との格の違いを見せつけられ、ソルヘストは先程までのトルディスに対する浮わついた気分を捨てて、警戒を強めた。


(『奥の手』はあるが、それなりに消耗が激しいからな……まずは、(こちら)で戦ってみようか!)

 ジッとソルヘストが様子をうかがう先で、『勇者』を洗い流した名残の水滴が彼の目に入る。

 その瞬間、ほんのわずかにできた隙を突いて動いたソルヘストが、まばたきの間にトルディスとの距離を詰めた!


「もらった!」

 動き出したと同時に抜刀していた刃が、『勇者』の首を狙う!

 だが、肉と骨を断つ感触の代わりに、固い金属がぶつかり合う音が室内に響いた!


「くっ!」

「さすが魔王四天王、なかなかの踏み込みの速さだ」

 完全に首を飛ばせるタイミングだっただはずだが、防御を間に合わせた『勇者』の技量に、ソルヘストは舌打ちする!

「今度は、こちらからいくぞ!」

 そう宣言したトルディスは、ソルヘストの体を押し返すと、凄まじい勢いで剣を振るってきた!


「ぬうっ!」

「ほらほら、どうしたぁ!」

 自由自在、雑なようで巧みなトルディスの猛攻に、ソルヘストは防戦を強いられる!

(ちぃっ!こうなれば……)

 剣の勝負では分が悪いと判断し、『勇者』からの強い一撃を防ぎながら、勢いを利用して間合いを取るソルヘスト!

 そうして、必殺である彼の『奥義』を発動させた!


「うっ!」

 突然、口元を抑えながらトルディスの動きが止まる!

 自分の術中に、『勇者』がかかった事を確認して、ソルヘストは小さな笑みを浮かべた。

「苦しいだろうな……訳がわからないだろうが、お前の回りでは今、呼吸をするための空気が無くなっている」

 一定範囲内の大気を自在に操る、ソルヘストの『奥義』。


 彼の能力ならば、効果範囲内を意図的に酸欠状態を作り出す事も容易い事だった。

 シンプルな能力ではあるが、どんな強者であろうと呼吸ができなければ、当然死は免れない。

 金魚のようにパクパクと口を開け、入ってこない酸素を取り込もうとする『勇者』の姿に、ソルヘストは勝利を確信した。

 あとは、間も無く意識を失うであろうトルディスに、止めをさすだけの簡単なお仕事を行うだけである。


 だが、勝利を目前にして、ほんのわずかな隙を見せた瞬間!


「なっ……」

 神速の踏み込みで間合いを詰めた『勇者』の一撃が、ソルヘストの胸を斬り裂いた!


「ば……かな……」

 確実に酸欠状態に陥っていたはずの人間に、こんな動きができるはずがない!

 信じられない思いで膝をつくソルヘストを、トルディスは悠々とした表情で見下ろしていた。


「なるほどな……酸欠で死んでいた連中が何人かいたが、あれはお前の技で殺られたのか」

「な……に……」

 今まで、ソルヘストの奥義から生きて逃れた者はいないし、死因を隠すために別の手段でトドメをさすようにしてきた。

 そうして秘匿しているはずの自分の奥義だというのに、なぜか『勇者』は心当たりがあるものとして知っており、何らかの対策をたてていた事に驚きを隠せない。


「くくっ、なんで知ってるんだって顔をしているな……」

 斬撃のダメージと、疑問に歪むソルヘストの表情を眺め、愉快そうにトルディスはその訳を語る。


「なぁに、先にこのダンジョンへ突入してきた『勇者』の集団がいただろう?あれは、お前ら魔王四天王の能力を暴くための捨て石でもあったのさ」

「っ!?」

「あいつらの肉体及び精神の状態は、遠く離れたディルタス王国の魔導機関で、常にチェックされていた。そうして、魔王四天王と対峙した際、どのような手段で殺されたかを分析し、その対策方法を俺に課したって訳だ」

 事も無げにトルディスは言うが、同じような境遇であったはずの『勇者』達を、データ取りのための使い捨てにしながら平然としている目の前の男に、ソルヘストは薄ら寒い物を感じていた。


「そういう訳で、四天王対策は完璧だ。残念だったな」

 話しは終わりだと言わんばかりに、トルディスは剣を振りかぶる。

 その凶刃がソルヘストの頭に振り下ろされそうになった、その時!

 突然、落とし穴のように開いた床に飲み込まれ、ソルヘストの体は落下していった!


「……オルーシェの野郎か」

 標的がいきなり居なくなり、トルディスは舌打ちしながら振りかぶった剣を下ろす。

 おそらくは、ダンジョンマスターの手によって、魔王四天王を逃がされてしまった。

 その事に、トルディスはわずかに顔を歪めるが、すぐに肩をすくめて息を吐き出す。


「……まぁいい。好きなだけ悪あがきした方が、絶望も大きくなるだろうからな」

 やがて見れるであろう、万策尽きて彼の前で泣き叫ぶオルーシェの無様な姿を想像して、トルディスはサディスティックの笑みを浮かべていた。


           ◆◆◆


 ──オルーシェによる、緊急避難の装置で助けられたソルヘストが、滑り台のような通路を通ってマスタールームへと落ちてくる!

 しゅぽーんと音が出そうなくらい、勢いよく落ちてきて床を転がる彼へ、ティアルメルティが駆け寄りながら慌てて回復魔法を施した。


「うう……申し訳ありません、魔王様……」

「気にするな、今は回復につとめよ!」

 ティアルメルティに励まされ、おとなしく癒されるソルヘストだったが……俺達は、彼と『勇者』の戦いについて意見を出しあう。


「まさか、あれだけの数の『勇者』を投入してきたのが、全部斥候だったな……」

「イカれてるぜ……採算度外視もいいところだ」

「まぁ、それだけ四天王の『奥義』を、警戒してたのかもしれないがな」

「そんな事は、今はどうでもいい!」

 ディルタス王国の無茶っぷりに、少し引いていた俺達の会話を遮ったのは、ソルヘストと同じく武闘派四天王の片翼を担う男……『大地』のラグラドムだった!


「ソルヘストが殺られた以上、次は俺の出番だ!」

 死んでねーよ……という、ソルヘストからのツッコミを無視しつつ、ラグラドムはオルーシェへ迫る!


「さぁ、オルーシェ殿!俺を『勇者(やつ)』の進路上のフロアへ、転移させてくれ!」

「そ、それはかまわないけど……大丈夫なの?」

「なぁに、ソルヘストの『奥義』と違い、俺の『奥義』はフロア全体を直接的な死の罠にする。逃げられはせんよ!」

 自信満々でそう言うラグラドムと、ティアルメルティの顔を交互に伺うオルーシェだったが……四天王の主が意を決して頷いたのを見て、コントロールパネルを操作すると、ラグラドムを彼専用にしていたフロアへと転移させた。

 そうして、トルディスがその部屋へとたどり着くよう、ダンジョンの内部をチョコチョコと弄る。


「頼んだぞ、ラグラドム……」

 モニターに映る、『勇者』を待ちかまえる四天王の背中に、ティアルメルティは小さな声援を送っていた。


            ◆


 ──二十分後。

「ぬうぅぅっ!」

 先程のソルヘストと同じように、『勇者』に斬られたラグラドムが、緊急避難の通路を滑り落ちてきた!

 しゅぽーん!といった音が出そうなくらい勢いよく落ちてきて床を転がる彼に、またもティアルメルティが治療のために駆け寄る!


「うう……申し訳ありません、魔王様……」

「き、気にするな!」

 ティアルメルティ達のやり取りに軽い既視感を覚えつつ、俺達はラグラドムとトルディスとの戦いについても意見を交わした。


「まさか、フロアと同化して相手を飲み込むラグラドムの『奥義』を、空中に浮遊するだけで回避するとはな……」

「しかも、探索魔法で即座にラグラドムを発見して反撃に出た……これは、完全に対策を練られた動きたったわね」

 レオポルト達が言うように、『勇者』はラグラドムの『奥義』を容易く回避してみせた。

 そうなって見れば簡単なようにも思えるが、これはかなりラグラドムの『奥義』が研究されたからによる対処法だろう。


「くっ……こうなれば、次は我々が……」

「やめとけ、多分お前らが行っても返り討ちだ」

 そう言いながら、残る四天王のタラスマガとガウォルタが腰を上げようとするが、俺はそれを止める。

 先の二人の技が、こうもしっかりと対処されている所を見ると、恐らく精神攻撃系なタラスマガやガウォルタの『奥義』についても、何らかの対策が取られているだろう。

 元々、四天王(あいつら)の『奥義』は初見殺しの要素が強いだけに、こうも分析されてしまっていると必殺とはいかなくなってしまう。

 これも、今までは必ず敵を倒せていたからこその、弊害かもしれないな。


「……むぅ」

 予想以上の手強さを見せる『勇者』に、オルーシェの顔にもほんのわずかに焦りの色が浮かぶ。

 確かに、このダンジョンで最高戦力である魔王四天王が完封されてしまっている状況では、浮き足立つのも無理はない。

 だが……。


「安心しろ、オルーシェ」

 俺は、彼女の肩をポンと叩きつつ、レオポルト達と共に笑顔を見せてやる。

「ダ、ダルアス……」

 それでも不安は払拭されないのか、心配そうにこちらを見上げるオルーシェに、次は俺達の番だと告げた。


「で、でも四天王でも通用しないのに……」

「まぁ、オルーシェが心配するのもわかるがな……俺達は、冒険者だぜ?」

「そうそう、自分達より格上のモンスターと戦うなんざ、日常茶飯事だったしな」

「そういう意味でも冒険(・・)するのが、アタシらの稼業なのよ」

 不敵な笑みすら浮かべる俺達を見て、オルーシェだけでなく魔王達もゴクリと息を呑むのが感じられた。


「大丈夫……なの?」

「任せろ。その場その場で、臨機応変に対処するのが、デキる冒険者スタイルってやつさ!」

 そして、俺達はそんな冒険者の中でも上位を誇っていたのだ。

 この程度のピンチなんぞ、何度も乗り越えてきたっつーの!


「頑張って……でも、絶対に戻ってきてね!」

 オルーシェからの声援を背に受け、俺達は『勇者』を迎え撃つべく、マスタールームを出てダンジョンの上層部へと向かうのだった。

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