05 恐怖のトラップ
さて、ひとまずダンジョンに侵入してきた『勇者』には、前にも使用した多重次元構造を繋げて遠回りさせる事で、時間を稼ぐとしよう。
その間に、オルーシェへ俺達の経験からくる「こんなダンジョンは嫌だ!」な罠の類いを伝授する。
「それで、どんな凶悪な罠があったの?」
今までにも、それなりに彼女へは過去に体験したダンジョントラップの話をしていたから、かなり期待されているようだが……。
「そうだな……あの、『めちゃくちゃ臭いガスを噴出する罠』とかどうだろう?」
「ああ、アレか……」
「数日は臭いが取れなくて、難儀したね……」
「……は?」
俺達の会話を聞いて、オルーシェだけでなくティアルメルティ達もキョトンとして首を傾げる。
まぁ、まて。
話は、最後まで聞いてほしい。
「あー、まず前提として、ダンジョンに潜る手練れの冒険者ってのは、様々な毒に対する耐性とか、それらを無効化する魔道具なんて装備を身に付けてる事が多いんだよ」
「特にソロで動く奴となると、ほぼ確実に毒や麻痺、あとは石化とか呪いなんかへの防御はバッチリだろうな」
かく言う俺だって、生前はそういった魔道具とかを身に付けていたからな。
まぁ、不幸な事故が重なって死んでしまった訳だが。
「だけど、逆にそういう奴にだからこそ、直接的な害は無いけど、めちゃくちゃ不快っていう罠が効くのよ」
エマリエートの言葉に、オルーシェ達は納得したような、そうでもないような微妙な表情を浮かべる。
きっと、そんな罠が『勇者』にどれ程のダメージを与えられるのかと、懸念しているんだろうが……。
「考えてみてくれ……常に自分の体から、「夏場に数日放置した生ゴミ」みたいな臭いがするのを!」
「!」
「さらに、ダンジョン内には体を洗うような場所はほとんど無い!」
「!!」
「そして、そんな腐臭を好むモンスターは結構多いのよ!」
「!!!」
俺達の体験談から想像しうる地獄に、魔王ですら恐怖に顔を引きつらせた!
「な、なるほど……肉体的に与えるダメージはともかく、精神的にはかなりキツそうね……」
「ああ。それに、殺傷能力が低いこともあって、危険な罠を感知する魔法なんかに引っ掛からないのも利点だな」
そう、この手の罠は発見すらしづらいって、斥候系の冒険者達がよく嘆いていたもんだ。
今でもそういった職業の連中は、泣かされてるかもしれんが。
「ふむ……注意の及ばぬ方向からの嫌がらせとして、意外とよくできているのだな」
初めは「なに言ってんだ、コイツら」みたいな顔をしていたティアルメルティ達も、俺達の説明を聞いて納得したようだ。
「……他には、どんなのがあるの?」
「そうだねぇ……あたしはあの『めちゃくちゃベタベタする液体をぶっかけられる罠』が嫌だったなぁ」
「ああ~、アレな!」
「わかるわ~」
エマリエートの挙げた罠に、またも他の連中が怪訝そうな顔を見せる。
確かに、何かの罰ゲームみたいな罠だが、これが意外と侮れないくらいに鬱陶しいのだ。
「まず、液体だから兜や鎧の隙間から入って、全身がベタベタになるのよ」
「おまけに、乾いても粘着力は落ちないから、ただ歩いているだけで細かいゴミや埃なんかが纏わりついてきて、不快感がすごい」
「そんな状態で、モンスターと戦闘でもしようもんなら、顔面に敵の体毛やらなにやらがくっついて視界を塞いだり、口回りに付いたのが呼吸を邪魔したりと、かなりの苦戦になったりするんだよな」
「なるほど……」
当時を思い出したから、ほぼ愚痴みたいな意見だったが、オルーシェは真面目にメモを取ってダンジョンに活かそうとしていた。
「あとは、あれだな。『くるぶしくらいまでの小さい落とし穴が、無数に配置されてる通路や部屋』!」
「アレも、地味に嫌な罠だったよなぁ」
「巧妙にカムフラージュされてるし、とにかく体勢が崩れるから、戦闘時にはかなり厄介だったね」
うんうんと頷く俺達に、今度はちょっとわかるわって顔のオルーシェ達も、頷いてみせていた。
「……まぁ、他にも『二重底になってて、アイテム取り出した瞬間にミミックになる宝箱』とか『手の届かない天井から、ひたすら虫が落ちてくる』みたいな罠もあったが……参考になったか?」
「うん……どれも意外で、けっこう効果がありそう!」
すでに頭の中で罠の構築を始めているのか、オルーシェは瞳をキラキラさせながらブツブツと呟いている。
できれば、自分の罠で『勇者』の野郎に手痛い一撃を食らわせてやりたいだろうが、単独でダンジョンを制覇しようって相手だからな。
嫌がらせで精神を削って、悔しがってる姿を笑ってやり、荒事になったら四天王に任せる方が現実的で有効だろう。
「まぁ、参考になったようでなにより。で、どれを使うんだ?」
「いやぁ、全部盛りでいいんじゃねぇかな」
いたずらっ子のようなワクワク面を浮かべていたレオポルト達に、俺は横からそう言ってやった。
オルーシェ達も「全部やるの?」といった顔をしているが、考えてもみてほしい。
「あの自信満々でピカピカな『勇者』がよぅ、悪臭と汚物とか虫まみれになって、泣きっ面を晒しながらコケまくるんだぜ?そのザマを見てみたくないか?」
「見たい!」
パアッといい笑顔を見せて、オルーシェは即答した。
うんうん、そう言うと思ったぜ!
「しかし……もしかしたら、『勇者』の怒りに火を注ぐ形になって、思わぬ力を発揮されるようになりはしないだろうか?」
普段から割りとネガティブな、四天王のタラスマガが、不意にそんな事を言う。
だが、安心してほしい!
「なぁに、『勇者』の相手をするのは四天王だ!余裕、余裕!」
俺は明るく笑いとばすと、タラスマガの肩をポンポンと叩いた。
なんせ彼等の奥の手は、単独や複数に関係なく敵を蹂躙できるからな!
嫌がらせトラップで精神的に疲弊し、モンスターと戦って疲労した『勇者』なんぞ、赤子の手をひねった後に元に戻すくらい、楽勝だろう。
とはいえ、油断は禁物だがな。
「いや、勝敗の心配というより、このままだと悪臭と汚物にまみれた『勇者』と直接戦闘になるのが、嫌なんだが……」
なにやらブツブツと言ってはいたが、喜色満面でトラップの配置をするオルーシェの耳には届いていなかった。
「フッフッフッ……これで良し。あとは『勇者』の醜態を、高みの見物といきましょう」
セッティングを終え、いい仕事をしたとばかりに、オルーシェはニヤニヤしながら含み笑いを漏らす。
ふむ……なんとも、ダンジョン初心者がかかりそうな位置にセットしてある罠の配置っぷり。
さすがだな。
後は、『勇者』の野郎がここまで踏破してくるのを、待つばかり。
俺達はあえてトルディスの現状を映さず、モニターの前で『勇者』が姿を現すのを待った。
──やがて、多重次元構造によって長々と遠回りさせていた階層から、『勇者』が抜け出してくる。
相変わらず自信に溢れた足どりで、ノコノコ進む奴だったが……仕掛けられたトラップの数々により、『勇者』の驚きと悲鳴、そしてそれを見て爆笑する俺達の声が、ダンジョン内に響き渡るのだった。




