03 過去の因縁
「どうした、オルーシェ!?」
兜を取った『勇者』の顔を見て、ただならぬ形相になった彼女の肩を、俺は後ろから支える。
カタカタと小さく震えるその様子は、かなり怯えているようでもあるが、目に宿る感情の色はそれだけではないようだ。
よほど、あの『勇者』との間にある因縁が、生易しい物ではないという事なのだろう。
「……心配すんな」
励ますように、彼女を支えた手に力を込めてやると、オルーシェは弱々しいながらも笑みを見せてコクリと頷いた。
「ありがとう、ダルアス……もう大丈夫」
ふぅ……と大きく息を吐き、オルーシェはしっかりと体勢を整える。
そうして、俺達へあの『勇者』との関係を語りだした。
「あの『勇者』の名前は、トルディス……私と同じ、ディルダス王国の魔導機関で実験体にされていた、同期生の一人」
「なん……だと……」
という事は、オルーシェの仲間……?
なら、話し合いとかで、穏便にすませられるかもしれないという事か?
「ちがう!」
しかし、俺の思惑とは全く逆だと言わんばかりに、オルーシェは強い否定の言葉を放った!
「あいつは……トルディスは、野望に満ちた人でなし!」
「だ、だが、お前と同じ境遇の奴だったんだろう?」
「あいつは組織の連中と結託して、危険度の高い実験には自分以外の仲間を宛がっていた。そのせいで、私よりも年下の子や、魔力の低めだった子達がどれだけ犠牲になったか……」
いつしか、怯えよらりも怒りの方が強くっていったオルーシェから、ギリギリと歯の軋む音がする。
その当時に受けた彼女の無念は、相当なものだったのだろう。
「そのくせ、あいつは実験結果の恩恵だけを受け取って、自身を強化していった。あいつだけは……許せない!」
……なるほどな。
普段は温厚なオルーシェが、こうも怒りと殺意を『勇者』に向ける理由はわかった。
同じ境遇でありながら、回りの仲間を食い物にしてのしあがってきた『勇者』か……。
冒険者の間でも、一番嫌われるタイプの野郎だな。
案の定、レオポルト達も嫌そうな顔をしている。
しかし……そんなにも因縁深い野郎との再会でもあるんだ、ここはきっちり宣戦布告しといた方がいいかもしれん。
「よっしゃ、オルーシェ!あいつがダンジョンに入る前に、一発かましてやれ!」
「え、でも……私の存在をバラすのは……」
「なぁに、野郎は薄々気づいてるようだし、ここでお前が健在だと知らしめてやれば、ダンジョンで痛い目に会う度に、お前相手に悔しがる『勇者』の顔が見れるぞ!」
「……それはいい!」
『勇者』の屈辱に歪む顔を想像して、オルーシェが素敵な笑みを見せる。
うん、本当にあいつが嫌いなんだな。
一応、対外的にはこのダンジョンの主という事になっているので、ティアルメルティ達にもうかがいを立ててみたが、彼女達もオルーシェがガツンと言ってやる事に賛成してくれた。
「我が友オルーシェの敵は、余の敵でもある!存分に、かましてやれい!」
「ありがとう、ティア!」
魔王であり、ダンジョンマスターというヤバい立場の二人ではあるけれど……少女達の友情ってのは、いいもんだな!
父親代わりの俺としても、改めてオルーシェに良い友達できた事に、安心するような感情が湧いてくるというもんだ。
「…………ふぅ」
小さく息を吐き、呼吸を整えたオルーシェは、まさにダンジョンへ踏み込もうとしていたトルディスに向かって、外部音源で声をかけた!
「随分と久しぶりね、トルディス……いえ、実験体五号と呼んだ方がいいかしら?」
『ほぅ……』
急に呼び掛けられたトルディスは、歩き出していた足を止め、わずかに警戒するような声を漏らした。
自分本意な野郎と聞いていたので、『実験体』という呼ばれ方をしてキレるかと思ったのだが、トルディスはニヤリと笑みを浮かべて声のしてきた方向へ顔を向ける。
実際にこちらの事が見えている訳ではないだろうが、まるで視線を合わせているかのような目付きは、なんだか気味が悪いな。
『やはり生きてたか、十七号……』
「その呼び方はやめて。私には、オルーシェという名前がある」
『なら、お前も俺を実験体呼ばわりするなよ。やられて嫌な事は、人にしちゃいけないぜ?』
「まるで、まともな『勇者』みたいな事を言うのね……クズのくせに」
冷たい刃を思わせる鋭い言葉をトルディスに投げつけるも、当の本人はどこ吹く風といった様子で肩を竦めるだけだ。
『……一時は実験のせいで心を折られたようだが、どうやら生意気な性根は変わってないみたいだな』
「ええ……私達を追い詰める一助を担った、あなたを前にしても怯えなくてすむくらいには、立ち直れたわ」
『そいつはめでたいな。なら、昔みたいに躾てやらないとダメか?』
「できるのかしら、あなたに?」
『当然だろう。飯を取り上げて、お預けを教えてやった時みたいに、また悔し泣きさせてやるよ』
「……その奪った飯に、こっそり仕込んだ虫の死骸に気づかず完食する、あなたの姿は滑稽だった」
『ハハハハ……』
「フフフフ……」
互いに相手を牽制しながら、乾いた笑い声を漏らす二人の間に、なにやら見えない熱気のような物が渦巻いているのを感じる……。
つーか、けっこう負けてなかったんだな、オルーシェ……。
『さて……話は終わりだな。今から、お前と魔王とやらを殴りにいくぜ。無様な泣きっ面を晒す準備をしておけよ』
「楽しみにしてるわ。あなたが、ダンジョン内でにっちもさっちも行かなくなる姿をね」
互いに宣戦布告の言葉を投げつけ合うと、映像と音声は途切れた。
それと同時に、オルーシェは大きく息を吐き出して、へなへなと座り込んでしまう!
「お疲れ」
「うん……」
俺が彼女の体を受け止めてやると、にっこりと微笑んでオルーシェは体を預けてくる。
うんうん、トラウマになってる原因相手によくやったよ、この娘は。
「さて、疲れておるオルーシェには悪いが、早速『勇者』へ対抗せねばなんな」
ティアルメルティがそう口火を切ると、四天王達も頷いて立ち上がる。
だが、そんな魔族の面々にオルーシェが待ったをかけた。
「やる気に水を差すようで悪のだけれど……まずは、私にやらせてほしい」
普段なら、荒事は専門家にお任せといった彼女が名乗りを上げた事に、周囲の空気がざわ……といった感じに戸惑いを孕む。
「だがな、オルーシェ……」
「もちろん、前線に立つ訳じゃない」
心配そうなティアルメルティに首を振り、立ち上がりながら冷静な口調でオルーシェはダンジョン操作のパネルを展開させた。
「過去の因縁を精算するために、あのクズにはまず私がかましてやりたい」
ギュッ……と拳を握るオルーシェに、仕方がないなと言わんばかりに、ティアルメルティ達が苦笑して見せる。
「仕方がないな……一番槍はオルーシェに譲ろう」
「ありがとう、ティア」
再び、ハグし合う少女達を眺め、この場にいた俺達全員がほっこりとした笑みを浮かべて二人を見守る。
なんとも尊い光景だ。
やがて、ティアルメルティから離れたオルーシェは、俺とレオポルトにエマリエートといったダンジョン攻略経験の豊富な冒険者組に頭を下げた。
「皆の経験を、教えてほしい。私に……力を貸してください!」
「あったりめぇじゃねぇか、こいつぅぅっ!」
いつもと違った彼女のおとなしい態度に、俺達の中の保護欲がビンビンに掻き立てられ、思わずオルーシェを抱きかかえてグルグルと回ってしまった!
「よぉし……それじゃあ、あの『勇者』を仕止めるために、ヤベえ罠とか仕掛けてやろうぜ!」
なぜだか、オルーシェ以上にやる気になっている俺達に戸惑う彼女と共に、俺達は大きく拳を掲げて気合いの声を放った!




