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10 束の間の宴

           ◆◆◆


「……データは取れたかね?」

 様々な器具や魔道具が並び、その中でも一際目を引く、謎の液体に満たされた巨大なガラス容器に浮かぶ少年を眺めながら、ディルダス王国魔導機関の長であるバスコム・マイガンは、特殊な水晶球を観察していた部下達に声をかけた。


「……やはり、第二陣として投入した『勇者』部隊は、全滅したようです」

「ふむ、まぁそれは想定の内だから構わんよ」

 二十人以上の『勇者』達が命を落としたというのに、バスコムを含む魔導師達の表情に悼むような色は微塵もありはしない。

 所詮は使い捨ての『勇者』であり、素体さえ用意できれば代わりはいくらでも作れるからだ。

 むしろ、彼等が死ぬと同時に送られてくるよう細工しておいた、魔力信号の解析に嬉々として取り組み、様々な死に様への興味を示していた。


「肉体に戦闘によるダメージを受けている個体は、意外に少ないな」

「これは……毒?なにやら、呼吸器に障害が……」

「徐々に圧死しているような反応も……」

「こちらは、精神的ダメージとストレスによる自害のような……」


 多種多様な反応を分析し、それに対する手段について、魔導師達は意見をぶつけ合っている。

 その様子に、満足そうに笑みを浮かべながら、バスコムは再び容器の中の少年に視線を戻した。


「もうすぐ目覚めの時だ、『真の勇者』よ……お前が歴史を変える、その時のな……」


 そんなバスコムの呟きに呼応するかのように、一際大きな呼吸の泡が、ボコンと音を立てて浮かび上がっていた。


           ◆◆◆


 (きた)る『勇者』の軍団を撃退したダンジョン内では、戦勝ムードによる大宴会が繰り広げられていた。


 魔王や四天王は言うに及ばず、魔族の世界に帰るべくティアルメルティの呼び掛けに応じた一般魔族や、マルマと共に地上で作業を行っていて連中までも巻き込んでの大騒ぎである。

 もちろん、この中にはレオパルトやエマリエートの姿もあった。

 少し前まで、不倶戴天の敵同士と言っても過言ではない間柄だったのに、なんとも平和な事である。


「よぉ、どうしたんだオルーシェ」

「ダルアス……」

 皆が酔って盛り上がる中で、どこか浮かない顔のダンジョンマスター様に、俺は声をかけた。

 すると、彼女は手にしていたカップの中身(もちろん、ジュースの類である)をグイッと飲み干すと、大きく息を吐いてから俺の顔を見上げた。


「……やっぱりおかしいの」

「おかしい……って何が?」

 なにやら腑に落ちない様子の彼女に問い返すと、オルーシェは手元にダンジョン操作のパネルを展開して、俺の方へと向ける。


「見て……これが、今回『勇者』達を撃退して得た、ダンジョンポイント」

 そこには、ずらりと並んだ数値が記されていた。

 百……千……万……。

 右の端から桁を数え、それが十桁ほどある事に、思わずため息をついてしまう。

 んもー、こんなにあるならすぐに俺を生き返らせてくれてもいいような物なのに、なんでかこの娘は却下するんだよなぁ。


 そんな事を考えながら数値を眺めていると、なにやら勘違いをしたのか、オルーシェは「気づいたみたいね」と嬉しそうに頷いた。

 ……つい、見栄を張ってわかった風に頷いてしまったが……いったい、何の話だろう?


「ダルアスも気づいた通り、入手したポイントが少ない」

「!?」

 え、そうなの?

 だが、確かに言われてみれば、十桁ポイントに到達してはいるものの、二十人以上の『勇者』を吸収したのに二十億に届いていない。

 一人頭で一億ポイント近くになっていた前回の『勇者』に比べれば、今回の『勇者』は……えーと……。


「今回の『勇者』達の平均は、だいたい八千万弱といった所。このポイントの差が、どうしても引っ掛かるの」

 サラリと計算したオルーシェは、再び操作パネルへと指を走らせた。

 まぁ、確かに多少のバラつきがあったとしても、平均で二千万も少ないんじゃ、気になるというのも、ちょっとわかる。


「なんだ、つまり前の『勇者』に比べると、今回のは劣化版って事か?」

「そう言っていいのか、わからないけど……ただ、それが量産化による弊害なのか、あえて能力を落としてでも何かを得ようとしていたのか……」

 難しい顔をしながら、オルーシェは俯き、思案モードに突入してしまった。

 うーむ、そういった不安な気持ちもわかるんだがなぁ……。


「……おい、オルーシェ」

「ん?」

「あれを見てみろ」

「?」

 小首を傾げながら、オルーシェは俺が指差した方へと顔を向ける。

 その先には、酒に酔ってどんちゃん騒ぎをする連中の姿があった。


 半裸になって、訳のわからん歌を垂れ流すレオパルト。

 泣き上戸でべそをかきながら、四天王のガウォルタにうざ絡みするエマリエート。

 ほぼ全裸で酔いつぶれる四天王達に、ひたすらゲタゲタと笑う魔王ティアルメルティ。

 まさに、混沌の坩堝としか言い様のない、カオスで収拾のつかないボンクラどもの饗宴が繰り広げられている。

 そんな、教育上よろしくない光景を眺めつつ、俺はオルーシェの頭にポンと手を置いた。


「お前さんが不安になるのもわかるがよ、今くらいはぜんぶ横に置いといて、バカ騒ぎに交ざってもいいんじゃねぇか?」

 まぁ、かつてはディルダス王国の魔導機関で、実験体として非道の扱いを受けてきただけに、その研究の集大成である『勇者』に対して、オルーシェが過敏になるのも理解はできる。

 ただ、まだまだ先は長いのに、ずっと気を張っていたら疲れるだろう。

 こんな時くらい、肩の力を抜いて、年相応にはしゃいでもいいと思うんだ。

 そんな事を話ながら頭を撫でていると、オルーシェはふにゃりとした笑みを浮かべ、そうだねと答えた。


「うん、ダルアスの言うことも一理ある。それじゃ、リラックスするために協力してくれる?」

「おっ!いいぞ!」

 そのために、俺の必殺宴会芸でも披露してやろうかと提案したが、断られてしまう。

 くっ……ちょっと悲しい!


「私は、静かに落ち着きたい……だから、ダルアスの膝を貸して?」

 胡座をかいて座る俺を見ながら、オルーシェは上目遣いにそんなお願いをしてきた。

 なんでい、そんな事ぐらいお安いご用だ!


「よーし、いつでも来たまえ!」

 俺がお膝をポンポンと叩くと、オルーシェはちょっと考え込むように顎に手を当てる。

「……骨のままだとお尻が痛くなりそうだから、生前の姿になって」

「いや、それは構わないが……無駄にダンジョンポイントとか、魔力を使っちゃわないか?」

「私がリラックスするためなら、それは必要経費。なにも問題無い」

 お、おう……お前さんがそう言うなら、俺は構わんが……。


 そんな訳で、許可も降りたし左手の指輪を通して魔力をそそぐと、媒体から流れ来る力で俺は、生前の『A級冒険者・ダルアス』として、一時的に復活を遂げる!

 そんな俺に満足をした様子で、オルーシェは当たり前のように俺の膝元へと腰を下ろし、その小さな体をこちらに預けてきた。


「むふー」

 俺の胡座の上はそんなに収まりがいいのか、ご満悦といった感じで表情でオルーシェはリラックスした笑みを浮かべている。

 その小動物めいた振るまいに、俺もなんとなく彼女の頭を撫でてみた。

 すると、自分が猫だったら豪快に喉を鳴らしてるぜ!と言わんばからに、うっとりとした顔つきでされるがままになる。


 うーむ……考えてみれば、オルーシェはお辛い過去ばかりで、庇護してくれるような大人に甘えた事なんて無かったはずだ。

 それ故に普段の大人びた態度なんだろうが、それがここまで素をさらけ出してくれると、俺の中の父性がキュンキュンしてくるじゃねぇか!

 こうなったら、とことん甘やかしてやるぜ!


 そんな衝動に駆られた俺は、オルーシェが望むままに食事を口元へ運び、求められれば優しく頭を撫でてやった!

「なんだ、あの二人の距離感……」

「……『お嬢様と下僕』プレイでもしているのか?」

 なにやら、俺達の様子を見てひそひそと話す声が聞こえてくる。

 いや、仲のいい親子のようなコミュニケーションをとっていたつもりなんですけど……。

 まぁ、他人の目よりもオルーシェの心労回復が大事と開き直り、その後も彼女の要望に応えていたのだが……。


「…………」

「オルーシェ?」

 いつの間にやら、オルーシェは俺の膝の上でスヤスヤと寝息を立てていた。

 いつも毅然とした態度を崩さなかった彼女だが、やっぱり疲れは溜まっていたんだろう。

 それが俺に甘えた事で、一気に溢れ出たのかもしれないな。

 今後も、時々はこうやってリラックスさせてやった方がいかもしれん。


「…………フッ」

 小さく笑った俺の懐で、オルーシェはモゾリと身を動かした。

 その安心しきった寝顔を眺め、俺は彼女を起こさないようにお姫様抱っこの体勢に移行すると、バカ騒ぎが続くこのフロアから、オルーシェの寝室があるマスタールームへと向かう。

 気の利くダンジョン・コアによって繋げてもらった、マスタールームへの道を進む道中、腕の中で眠る薄幸の少女を思う。

 そうすると、次に来るであろう『勇者』の襲来に対して、新たな闘志を燃えてきた!

 これが……この気持ちが、『娘を守る親父』のような気持ちなのか!


「……父ちゃんは、頑張るぜ!」

 眠るオルーシェへ、俺は静かに……しかし力強く囁きかける。

 その時、なにか悪い夢でも見たのだろうか?

 オルーシェは寝顔のまま、「違う、そうじゃない」とでも言いたげに、ほんの少し眉をしかめていた。

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