09 勝利への違和感
冒険者が数組で挑む、大規模討伐にも似た編成で現れた『勇者』達が、雪崩をうってダンジョンの入り口から侵入してくる。
俺はその様子をダンジョンの最深部、マスタールームで眺めながら、『勇者』達を値踏みしていた。
……前回の奴らにも言える事だったが、画一的な装備に似たような雰囲気を纏っているため、それぞれの顔立ちや性別の違いはあるのに、まるで同一人物が群れを成してるような奇妙な感覚を覚える。
性能を突き詰めた挙げ句、没個性になるのは量産型の宿命かもしれんが、個性的すぎる冒険者家業をやっていた者からすると、なんだか気味が悪いよな……。
そんな事を思いながら侵入者達の映像を見ていたが、オルーシェが「さてと……」と呟き、けたたましくパネルの上に指を滑らせ操作し始めたので、ついそちらに視線が引かれた。
ペロリと唇に舌を這わせながら、オルーシェはダンジョンへ介入していく。
『勇者』達のわずかな足並みのブレを利用しながら、トラップや多重次元構造などを駆使して敵を分断していく手並みは、味方ながら唸ってしまうほどに鮮やかだ。
ほえ~……と、オルーシェのダンジョンマスターとしての技量にぼんやり感心していると、なにやら彼女はチラチラと俺の方を覗き見するような視線を向けてくる。
これは……誉めて欲しいんだな!
幼少期におつらい過去があるオルーシェは、時々こういう甘えたいような仕草を俺に向けてくる。
不思議な事に、他の連中にはそういう所をあまり見せないから、俺はよっぽど信頼されているんだろう。
昔から俺は、なんか子供には好かれるしな。
そんな訳で、「すごいぞ!可愛いぞ!」と少し大袈裟に誉めながら、オルーシェの頭をわしゃわしゃと撫でてやった!
すると、耳まで真っ赤になった彼女のパネルさばきが、さらに勢いを増していく!
ふむ……これが、誉めて伸ばすやり方ってやつか。
結構、如実に結果が出るもんなんだな。
「うふふ……」
そんな俺達を眺めて、なぜかティアルメルティがほくそ笑む。
んん……もしかして、こいつも撫でて欲しいのかな?
そう思って手を伸ばそうとしたが、「余よりもオルーシェを構ってやれ」と、やんわり否定されてしまった。
いや、まぁ……それは全然いいんだけどね。
とりあえず、俺はオルーシェにナデナデを続行し、オルーシェも甘んじてそれを受け入れ、なんかニヤニヤしながらティアルメルティが見守る。
そんなほんわかした雰囲気が流れるマスタールームとは裏腹に、『勇者』達とそれを待ち受ける迎撃者達が映像の向こうで続々と会敵し始めた!
広域範囲攻撃を持つ、四天王には各々に三、四人ほどの『勇者』が。
そして、今後のために『勇者』の実力を量りたいと言っていたレオパルトとエマリエートの所には、一人ずつが誘導されて送り込まれている。
まぁ、四天王は言うに及ばず、レオパルト達も油断しなければ負ける事は無いだろう。
とはいえ、それでも何が起こるかわからないのも、実戦というものだ。
俺達は、戦闘を開始した仲間達の様子を注視した。
◆
「……え?終わり?」
あまりの早い決着に、俺は思わず声を漏らす。
各所で戦いが始まってから数分後、最後に残っていた『勇者』が倒れ、もはや動く侵入者はいなくなっていた。
なんか、前より『勇者』の質が悪くなってない?
「さすが、奥義無しなら四天王と互角に戦うエルフとドワーフの古強者……見事だな」
レオパルトとエマリエートの戦いを見ていたティアルメルティが、『勇者』相手にほぼ一方的に勝利を収めた二人を賞賛する。
レオパルトは地の利を生かし、高速移動しながら弓での遠距離攻撃を繰り返すという、実にエルフらしい戦い方をしていた。
敵としては、魔法で攻撃しようにも詠唱の隙はなく、これに対抗するためには、いくらか被弾するのを覚悟で距離を詰める他ない。
『勇者』の一人もそう判断して、守りを堅めながら突進したのだが、それこそレオパルトの罠なのだ。
相手が完全に防御体勢になった所で、あいつの弓術の中でも最大の威力を誇る魔力を乗せた必殺の射撃、『穿つ流れ星』で『勇者』を仕止める!
少しばかりタメを要する必殺技を放つために、相手の行動を縛っていく戦法は、まさに熟練の狩人を連想させた。
そんなレオパルトの戦術とは真逆に、どこまでも前に突っ込んでいくのが、ドワーフの……いや、エマリエートの戦い方だ。
とはいえ、未熟なドワーフなら生来の鈍重さゆえに理想の間合いを保つ事はできないのだが、彼女ほどの戦士となれば魔力による脚力の強化を用いて、野生動物以上の速さで迫る事ができる!
そうして、小柄な体をも活かして、相手の懐に密着してしまえば、有利な間合いで戦いに持ち込める訳だ。
固い皮膚を持ち、ただでさえ防御力の高いドワーフの肉体に、己が仕立てた全身鎧を纏う姿は、まさに鉄の城!
そんな彼女に、間合いを潰されて思うように剣を振れない『勇者』は、反撃もままならずに防戦を強いられる。
それでも何とか攻撃に移ろうと、エマリエートから距離を取ろうと後方へ跳んだ!
それこそが、彼女の戦斧の必殺の間合いだとも知らずに!
おおきく振りかぶったエマリエートの一撃は、肩口から脇腹に抜けるようにして、『勇者』を両断した!
──いかに凄まじい力が有ろうとも、絶対的に経験の足りない生まれたばかりみたいな『勇者』相手に、あの二人が遅れを取る訳がない。
なので、ほぼ予想通りだった戦いは、百点満点と言っていいだろう。
しかし……。
ほとんど同時に始まった、魔族の四天王達と『勇者』達の戦いについては、さすがの俺も言葉を失ってしまった。
なんせ、前の『勇者』達との戦い同様、四天王によるワンサイドゲーム。
しかも今回は、前回よりも各々が相手する『勇者』の数が多かったにも関わらず、である。
んもー、あの四天王の奥義って、強すぎじゃねぇか!
強すぎて仲間を巻き込むから、単独時じゃないと使えないっ手くらいしか、欠点がねぇぞ!?
俺が素直にそんな感想を漏らすと、ティアルメルティの鼻がグングン高くなっていくのが感じられた。
「……おかしい」
「うん?」
「どうかしたのか、オルーシェ?」
戦闘が終わって、後はお楽しみのダンジョンポイント判定だというのに、ダンジョンマスターであるオルーシェは、何か納得いかないような顔をしている。
「敵が……『勇者』が、余りにもモロすぎる」
「そりゃ、思った以上に一方的ではあったが、余の四天王にかかれば……」
「それにしたって、余りにも敵が無策すぎる。仮にも、完成品である先の『勇者』達が全滅させられたというのに、ただ人数を増やしてごり押しするしか手がなかったとでもいうの……?」
ううむ、そう言われてみれば……。
「私は、ディルダスの魔導機関の悪辣さを知っている。だからこそ、余計にこの力ずくな行動に、違和感を覚えるの」
そこで、非人道的な扱いを受けてきたからこその違和感か……。
悲しい話だが、オルーシェがそう言うならば言葉に説得力が沸いてくる。
「ふむ……ならば、オルーシェはこの集団突入の真の意図は、なんだと思うのだ?」
「おそらくは……調査」
「調査?」
思わずオウム返しをした俺達に、オルーシェはコクリと頷いた。
「前回の『勇者』一行が全滅した時、敵はこのダンジョンと魔王が、一筋縄ではいかない事を悟ったはず」
「まぁ、虎の子の『勇者』が全滅すりゃ、警戒はするだろうな」
「うん。だから次の策として、このダンジョンの戦力を測る手に出ると思う」
そのための大量動員ではないかと、オルーシェは自らの推測を話した。
なるほど……確かに、俺が駆け出しの冒険者だった頃にも、未知のダンジョンが発見されると人手を集めて大規模調査なんかやったりしてたな。
それを思い返せば、オルーシェの感じる違和感にも納得がいくというものだ。
「まてまて。確かにオルーシェの言うこともわかるが、こうして侵入してきた『勇者』は全滅させたのだから、何も問題はなかろう」
それはまぁ、ティアルメルティの言うとおりだろう。
どんな情報を得ようとも、報告できなければ意味が無いのだからな。
しかし、それでもオルーシェの顔は、いまいち晴れはしなかった。
「あいつらが、ただ全滅させられるだけの可能性を考慮してないとは思えない……」
ブツブツと口の中で呟く彼女の様子に俺は少しだけため息を漏らすと、そんなオルーシェの頭に手を置いて、やわやわと撫でてやった。
「確かに、何らかの思惑はあったかも知れねぇよ。だけど、現状でわからない事を意識しすぎるのも、いいもんじゃないぜ?」
「ダルアス……」
「それにな、敵が何を企んでいようと、俺とお前なら乗り越えられる……そうだろ?」
「……うん♥」
最初はビックリしたようだったが、いつしか気持ち良さ気な猫みたいに柔らかい雰囲気になったオルーシェは、少し照れながらもそのまま俺に撫でられ続ける。
「まぁ、余達もおるのだから、大船に乗ったつもりでいるがいい」
ニヤニヤとしながら俺達を見ていたティアルメルティは、そう言って薄い自分の胸をドンと叩く。
「頼もしいな、マジでよろしく頼むぜ」
「おう!任せておけい!」
カッカッカッと高笑いするティアルメルティに、俺とオルーシェは顔を見合わせて苦笑する。
まったく、この底抜けに明るい魔王様は……。
すっかり空気の変わったマスタールームに、少女達の笑顔の花が咲く。
そんな様子に、俺も釣られて笑顔になっていた。
だが……オルーシェの危惧も当然ながら、見過ごせない物がある。
次の襲撃は、もしかしたら今までよりも苦戦するような事態になるかもしれないな……。
そんな予感が、わずかに俺の胸中に広がるのであった……。




