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07 嵐の前のクールタイム

           ◆◆◆


 研究員らしき者達が慌ただしく動き回る、とある国の施設。

 人類の天敵、魔族への対抗手段を開発すべく、日々倫理を問わない技術への着手を行うそこは、ディルタス国の魔導機関の中の特殊部署、『ムーラーレイン』の一室である。


 中にいるのは、機関の長であるバスコムを始めとした魔導機関の幹部達と、ディルタス王国の執政を取り仕切る大臣達だ。


「──例のダンジョンに送り込んだ、『勇者』達はどうだった?」

「侵入するとの連絡があってから、三日ほど経ちますが……その後はなんの応答もありませんな」

 重苦しい雰囲気で話を切り出した重鎮達に比べ、どこか呑気な雰囲気すら漂わせるバスコム達。

 その研究者達の態度に苛立ちを隠せず、大臣の一人が舌打ちをした。


「なんですかな、その緊張感のない態度は!」

「全くだ、虎の子の『勇者』が役に立たなかったというのに、悪びれる事もできんのか!」

 一人が口火を切ると、次々に大臣達から非難の声が上がる!

 それは、それだけ『勇者』にかけていた予算と期待は大きいという事でもあるし、魔王を討伐した(・・・・・・・)後の計画(・・・・)にも多大な影響を及ぼすためでもあった。


「陛下は薄汚い魔族を駆逐した後、エルフやドワーフといった亜人どもを支配下に置いて、正しい人の世を作る事を望んでいるのだぞ!」

「そのために必要なのが、単騎でも千の兵と戦える『勇者』という存在なのだ!」

「その『勇者』が数人ががりで、たかがダンジョンのひとつすら攻略できんとは……恥を知れ!」

 世界を統べる王国の幹部という、きらめく地位に着く野望が頓挫しかけている現状に、大臣達は徐々に感情的になっていく。


 そんな風にまくし立てるお偉方に対して、バスコム達はいたって冷静に、大臣達の感情が落ち着くまで話を聞き流していた。

 やがて、言いたいことを言い尽くしたのか、大臣達が息を切らせて静かになると、タイミングを見計らったようにコップに注がれた水が運ばれてくる。

 それを勧めながら、バスコムは悠然と大臣達へ一礼した。


「皆様方の、ご不安やご指摘はごもっとも。ですが、どうぞご安心ください」

「……どう安心しろというのかね?」

「まず、『勇者』に関してですが、すでに量産化の目処はついております。適度な素体と少々の時間がいただければ、百や二百はすぐさま補充できるでしょう」

 自信に溢れるバスコムの言葉に、大臣達から「おぉ……」という驚きと感嘆の声が漏れる。


「さらに、本当の切り札とも言える、『真の勇者』も間も無く完成いたします」

「『真の……勇者』……?」

「それは、いったいどんな物なのかね」

「そうですな……『量産型勇者』の数十倍、単独で数万の兵に匹敵する兵と思っていただければ」

「な、なんと……」

 大臣達が、言葉を失うのも無理はない。

 バスコムの言う事が本当ならば、『真の勇者』とやら一人で、一国の軍事力に匹敵すると言っているのだから。


「魔王の巣くうダンジョンにも、すでに第二陣、三陣と投入する準備を進めております。必ずや、近い内に良い報告ができるでしょう」

「……なるほど、君達が余裕な理由がわかったよ」

「陛下にも、そのように報告しておこう。吉報をまつ」

「はっ、お任せを……」

 安堵した様子の大臣達に、再びバスコムは一礼する。

 そうして、しばし談笑をして後に退室していく彼等を見送った後、最高責任者である彼はやれやれとばかりにグッと伸びをした。


「お疲れ様でした、バスコム様」

「成果ばかりを求める、お偉方の相手は大変でしたね」

 身内だけとなり、労いの言葉をかけてくる部下達に、バスコムは苦笑してみせる。


「なに、パトロンの機嫌を取るのも、研究者のスキルのひとつよ。奴等には、今後も気持ちよく金を出してもらわねばならんしな」

 肩をすくめて見せる最高責任者の様子に、部下の研究者達からも小さな笑いが沸き上がった。

 だが、それも束の間の事。


 一斉に真顔となった彼等は、次々と『勇者』の稼働率や作戦行動についての計画や報告をバスコムへと計上していく。

 それらをその場で精査し、基本的にその方向でヨシ!との指示を出すと、研究者達はバスコムに会釈して、各々の部署へと戻っていった。


 そうして一人になったバスコムは、ひとつため息を吐いて自分用のコップに注がれた水を口にする。


「……魔族との決着に、亜人どもの支配……これは、間も無く終わるだろう」

 おとぎ話のような、『勇者』の量産化に成功した以上、自分の呟きが現実になるのは、時間の問題だ。

 だから、彼の目はその後の目標や研究について、想いを馳せる。


 やってみたい事は、まだまだ沢山あるのだ。

 それには、一般的な倫理観や忌避感を踏みつけ、残虐とも言える実験が伴う事だろう。

 だが、ディルタス王国が魔族を駆逐し、世界を支配してしまえば、大手を振ってそれらの研究にも着手できる。


「ふっ……くふふふ……」

 まるで少年のような笑みを浮かべ、バスコムは輝く未来予想図に、堪えきれない歓喜の笑い声を漏らしていた。


           ◆◆◆


「マジかよ……」

 ダンジョン・コアが映し出した画面を見て、俺は思わず声を漏らす。

 そして、そんな驚きは隣にいたオルーシェも同様だったみたいだ。


 魔族の四天王と共に、ダンジョンへと侵入してきた『勇者』を倒し、そいつらの骸を吸収させた訳だが……変換されたポイントの大きさが、驚愕の理由である。


 その数、約六億ポイント!

 『勇者』一人頭が約一億ポイントって、子供が適当にぶちあげた数字じゃねぇんだぞ!と、思わずツッコミそうになってしまう。


「これは……嬉しい誤算だな」

 言葉とは裏腹に、表示されたポイントを見た魔王ティアルメルティは少し顔をひきつらせていた。

 まぁ、以前に俺達との戦いに敗れてダンジョンに吸収された、魔族五人衆とは比べ物にならない評価数値だから、複雑な所もあるんだろう。

 だが、念のために確認だけはしておかなければ。


「おい、コアよ。この数値に、間違いはないんだよな?」

『はい。『勇者』を吸収した結果、間違いなく六億ポイント近くに変換されました』

 うーん、口頭での質疑でも間違いないようだ。


「一度の襲撃でこれほどのポイントを得られるなら、また来てほしいものだな……初見殺しに長けた余の四天王なら、楽に稼げるし……」

「『勇者計画』は、『勇者』の量産も目指していたはずだから、きっとまた来る」

「それは良いな!入れ食い状態というやつか!」

「そうだね」

 キラキラした瞳で、ちょいとゲスい発言をするティアルメルティ。

 そして、その横でオルーシェも同感だと言わんばかりに頷いていた。


「……一応聞いておくが、オルーシェは『勇者』の境遇に思う所はないのか?」

 俺としては、オルーシェを魔導機関に連れ帰って、何らかの実験材料にしてやるなんて言ってのける連中に、同情の余地はない。

 しかし、奴等が彼女の過去と同じような道筋で『勇者』になっていたのかもしれないと思うと、オルーシェに躊躇する気持ちがあってもおかしくないと思えるのだ。


「相手がどんな過去でどんな境遇でも、私を狙ってくるなら関係ない。向こうから話し合いを求めるならともかく、私や仲間に問答無用で危害を加えるなら、問答無用で対応するまで」

 うーん、ドライなご意見!

 しかし、変にあまっちょろい事をぬかすよりは、自分達が生き残るための心構えができていて、冒険者目線では好感が持てるというものだ。


 しかし……これだけのポイントが入手できたという事は、もう俺を生き返らせてくれてもいいんじゃなかろうか?

 六億からみれば、百万ポイントなんて屁みたいなもんだろうしな……。

 そんな淡い期待を込めながら、ちょっとばかりオルーシェに打診してみるものの……帰ってきた答えは「NO!」とい物であった。

 しかも、被せ気味の即答で!


「なんでだよ!億だぞ、億!これだけあるなら、百万なんてハナクソみたいな物だろ!」

「ポイントの大きさが、問題じゃない。十年という、年月が必要なの」

「年月……」

 ぬぅ……前々から思っていたが、その十年になんの意味が……。


「やれやれ……わからんのか、ダルアスよ」

 首をかしげる俺に、したり顔のティアルメルティが声をかけてくる。

「わからんのかって……なにがだよ?」

「オルーシェはな、自身が成長する時間が欲しいのだよ。お前と並び立つためにな」

「俺と……?」

 魔王の言葉に俺がオルーシェへ視線を向けると、彼女はカァッと赤くなって目を伏せてしまった。

 むぅ、この反応……。

 そして、俺と並び立つようになりたいという事は……!


「オルーシェ、お前もしかして……」

「う、うん……」

「俺みたいに、冒険者になりたかったのか!」

「は?」

 言い当てられたせいか、彼女はキョトンとした顔をしているが、そういう事なら納得がいく。

 つまり、オルーシェが言う十年とは、彼女自身が成長して一端の冒険者になるために、必要としている期間なのだろう。

 それも、現代の弱い冒険者ではなく、俺達の時代に通じるような冒険者になるための。


 思い返せば、俺と出会った時からそれっぽい事を考えていたような節もあるし、全てが決着した後の生活の事も想定すれば、悪くない選択肢と言える。

 それに、最近のオルーシェの能力と胆力は、冒険者をやるにちょうどいい感じに仕上がってきてるもんな。

 もう少し経験を積めば、いずれ名のある実力者になる可能性もあるだろう。


「そうか……お前が、そんな事を考えていたなんてな」

「あぁ、はい……」

 おや?

 隠してた目標がバレてしまったせいか、オルーシェの顔にはガッカリとした疲労感みたいな物が漂っているような気が……?

 そして、なぜかティアルメルティも、「こいつ、わかってねぇな……」みたいな表情を浮かべている。

 おかしいな、完璧な推理のはずだが……。


「それにしても、アレだな……オルーシェが将来的に冒険者になるつもりなら、生き返った際には俺とパーティを組むのも悪くないな」

「え……!」

 ポツリと漏らしたそんな言葉に、生気の抜けていたようなオルーシェが、カッ!と目を見開いて過剰とも言える反応をしめした!


「私とダルアスが……二人っきりのパーティを……」

「いや、二人だけのパーティって事はないかもしれんが……まぁ、パートナーって感じにはなるかもな」

「生涯のパートナーに……」

 生涯って、大袈裟だな。

 第一、そこまで続く前におっさんな俺が引退するか、オルーシェが別の恋人やなんかを見つけて離れていく可能性の方が高いだろう。

 それが変な男だったら許せんかもしれんが、親父代わりの俺としては、できればその時は祝福してやりたいもんだ。


「しかし、俺とオルーシェがパーティを組むとしたら……さしずめ、『親子パーティ』って感じかな」

 なんとなく微笑ましい気持ちになった俺がそう言うと、オルーシェはちょっとだけ不満げな顔を見せる。

「そこは、『夫婦パーティ』でいいのに……」

 なにやら小声で聞き取れなかったが、オルーシェはブツブツと何事か呟いていた。


「……まぁ、一歩前進と思って頑張ろう!」

 やがて、思考の海から意識が帰ってきたのか、顔をあげた彼女はフンス!と気合いを入れる!


「ティア!これから、私に色々な魔法を教えて!」

「おっ?気合いが入っておるな。いいぞ、余だけでなく、四天王も空いた時間に師事できるよう取り計らってやろう」

 オルーシェの申し出に、ティアルメルティも二つ返事で快諾した。

 つーか、魔王や四天王から魔法を習うって、すげぇ贅沢な話だな。

 元々、高い魔力を持つオルーシェだから、どれだけの魔法使いに育つのか、末恐ろしいぜ。


「……ダルアスが、手放したくないって思える女になってみせるから、待っててね!」

 赤くなりながらそんな事を囁いて、オルーシェはティアルメルティと共に、訓練に向かう。

 ……ははっ、なんだか可愛い事を言ってくれるじゃないか。

 確かに、高レベルの冒険者(・・・・・・・・)ともなれば、いざという時に別れづらいもんな。


 それにしても、前衛の俺に後衛のオルーシェって布陣は、案外悪くないなバランスになりそうだ。

 思いつきみたいなものだったが、『親子パーティ』って組み合わせは正解かもしれん。


「そうなると、俺もうかうかしてられんな!」

 これから、様々な魔法を習得して強くなるであろうオルーシェに負けぬよう、俺もこれまで以上に鍛えねばと、気合いを入れ直すのであった。

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