06 戦慄の四天王
◆
「──いま戻ったぜ!」
「おかえり、ダルア……ス……」
戻った俺をパァッと明るい笑顔で迎えてくれたオルーシェだったが、こちらを見るなり急に固まってしまう。
挙げ句、真っ赤になったと思ったら、すごい勢いで顔を逸らされてしまったではないか。
え、なにその反応……!?
「どうしたのだ、オルーシェ?」
様子がおかしいと気づいたティアルメルティが尋ねると、オルーシェは彼女を引きずって部屋の角に移動する。
そして、ヒソヒソと少女達は内緒話を始めてしまった。
「久しぶり……生ダルアス……格好い……ともに見れない……」
断片的に単語は聞こえてくるものの、声が小さすぎてなんのことやらわからない。
かすかに俺の名前が聞こえた気がしたけど、なにかダメ出し的な事だったらどうしよう……(ドキドキ)。
「なるほど……おいダルアス。どうしたのだ、その格好は?」
やがて、オルーシェの話を聞き終えたティアルメルティが、こちらに声をかけてきたのだが……格好?
いやまぁ……確かにいつもの骸骨兵じゃなくて、生前の姿のまま戻ってきてしまったが……。
「お主、オルーシェは思春期の乙女なんだぞ!そんな格好で出てきたら、刺激が強すぎるであろうが!」
「俺の生前の姿の、何が刺激的なんだっつーの!」
生前の姿を見たのは初めてじゃねぇし、俺は言ってみればオルーシェの保護者だで、家族みたいな物だろう?
骸骨の姿よりは、親しみがあると思うんですけおっ!
そう反論してやると、ティアルメルティはやれやれといった感じで、ため息を吐いた。
「本当に、お主は乙女心というものに疎いな……普段、骸骨の姿しか見せていない奴が、急に異性を感じさせる姿を見せれば、戸惑うのは当然であろう!」
所謂、そのギャップが乙女心をくすぐるのだなどと、ティアルメルティは力説する。
まぁ、その心情はわからなくもないが……異性を感じさせるとは、どういう事なんだ?
もしや、「風呂あがりの父親に、全裸でうろつくのをやめてほしい」的な事なんだろうか?
思春期の娘の思考と考えれば、それもあり得るな!
肝腎のオルーシェの方を見てみれば、いまだに頬を赤く染めながら、時折こちらをチラチラと盗み見ている。
その様子から、嫌悪感を抱かれているようではないっぽいが、やはりなにか距離的なものを感じてしまう。
なので、俺は指輪の力を止めて、通常モードの骸骨兵へと移行する。
これでもう、恥ずかしくはないだろう!
そう思って、オルーシェの方へ顔を向けてみたのだが……なぜか彼女は、すこしがっかりした様な表情で、「ああん……」と無念そうな声を漏らしていた。
なぜ?
ぐっ……難しいぜ、思春期の乙女心!
そんな俺達を、微妙に残念そうな顔で見ていたティアルメルティだったが、パンパンと手をたたいて気持ちを切り換えるように真面目な表情をみせた。
「さて、本題に入ってもらおう」
本題……そうだ!
魔族四天王の連中が、いかにして俺よりも早く『勇者』達を倒したのか、その奥義とやらを見せてもらわなくては!
「フフフ、とくと見るがいい!我が配下である、四天王の強さをな!」
ティアルメルティの合図を受け、オルーシェがその戦いの記録を再生し始めた。
◆
『天空』のソルヘストVS『勇者四号』
──その光景は異様だった。
『天空』の二つ名とは裏腹に、地に立って見下ろすソルヘストと、その視線の先で床に倒れる『勇者四号』の少年。
しかも、『勇者四号』は喉をかきむしり、陸に上げられた魚のように口をパクパクとさせている。
その様子から、呼吸ができていないのであろうという状況が、ありありと予測できた。
──ほんの少し前まで、宙を舞いながら防御よりで戦うソルヘストに対して、『勇者』は果敢に攻め立てていた。
「どうした、魔王四天王!随分とぬるいじゃないか!」
「フッ……『勇者』の実力を、見計らっているのさ」
「生意気なっ!」
物理的にも精神的にも上から目線なソルヘストの言葉に、『勇者四号』は舌打ちしながら電撃の魔法を放つ!
それをかわしきれず、わずかに被弾したソルヘストは、苦痛の声を漏らして地面へ着地した。
それを見た『勇者』が、ニヤリと笑う!
「見たか!魔王四天王なんて肩書きがあろうと、我々『勇者』の敵ではないのだぁ!」
「ふむ……確かに遠近の攻撃に優れ、隙も少ない。これが『勇者』か」
剣の技量はかなり高く、空中へ逃れようとも追撃の手段を持つ『勇者四号』は、さらに魔法を放ってくる!
「厄介だな……さっさとケリをつけるか」
そう呟いたソルヘストは、何を思ったのか優位な頭上へと向かわず、後方へ跳んで間合いを取った。
しかし、逃げたソルヘストに対して、それを好機とみた『勇者』は、トドメを刺さんと一気に迫る!
だが、ソルヘストとの距離が縮まったと同時に、『勇者』は唐突に剣を取りこぼすと、胸と喉を押さえながら倒れて倒れ込んでしまった!
「……『天空』という異名から、空中戦が得意なんだろうと思われているがね。私の真の能力は、大気そのものを操るものなんだ」
聞こえているのかどうかはわからないが、それでも冥土の土産とばかりにソルヘストは痙攣する『勇者』に語りかける。
「いま、私の周囲半径二十メートル以内は、無酸素状態になっている。呼吸ができなければ、どれだけ強大な力を持っていたところで、剣を振ることも魔法の詠唱も不可能だ……」
ソルヘストの言う通り、もはや『勇者』は戦うどころの話ではない。
そして、その範囲の中に味方がいたとしたら、今の『勇者』と同じ苦しみを味わう事になっていただろう。
「これが私の奥義、『万気掌握』……ああ、もう聞こえていないか」
すでに、ピクリとも動かなくなった『勇者』を目の当たりにして、ソルヘストは酸欠に陥った彼を皮肉るようにため息を吐いてみせた。
◆
『大地』ラグラドムVS『勇者三号』
金属のぶつかり合うような轟音が何度も響き渡り、激しく飛び散る火花が激突する両者を照らす!
全身を硬質化させたラグラドムと、大剣を振るう『勇者三号』の戦いは、一進一退の様相を見せていた。
「さすが、魔族の中でも四天王を名乗るだけの事はあるな!」
「貴様も、『勇者』というだけの事はある。今まで戦った人間の中では、上位に入るぞ!」
互いに、小手調べは終わったとばかりに、少し距離を取って、ラグラドムと『勇者三号』は笑みを浮かべる。
しかし、『勇者』の持つ剣の刀身に青白い電が走ったのを見て、ラグラドムは眉をひそめた。
「見せてやろう……これが俺の必殺技だ!」
一瞬の残像を残して、『勇者三号』は自身が電と化したような速さでラグラドムへ迫り、すれ違い様に斬りつける!
その速度に反応できなかったのか、硬質化しているはずのラグラドムの胴体に、深々とした斬撃痕が刻まれた!
「っ!?」
だが、斬ったはずの『勇者三号』は、怪訝そうな表情を浮かべる!
「な、なんだ……手応えが……」
「ククク……なかなかの技だったぞ、小僧」
深傷を負ったはずのラグラドムから、ダメージを感じさせない声で話しかけられ、『勇者三号』は戸惑いながら振り返る。
するとその視線の先で、ラグラドムの傷口から血ではなく、サラサラと砂のような物が溢れているのが目に入った!
「こ、これは……」
「ククク、これこそ『大地』のラグラドムが奥義、『儂は豊かな大地となる』。数百の敵を飲み込み、大地を肥やすこの技を、たった一人に使ってやるのだから光栄に思うがいい!」
奥義を発動してラグラドムの体が、二つ名の如く地面一体化していく!
それと同時に、『勇者三号』はまるで全周囲から見られているような……または、すでに補食されて胃の中に落とされたような、凄まじい悪寒を感じた!
『……終わりだ、『勇者』よ』
「!?」
その姿は見えずともフロア全体から響くラグラドムの声と共に、『勇者』の足元が流砂を思わせる形状に変化し、彼の下半身を飲み込み始める!
「な、なんだこれは!?」
脱出しようにも踏ん張りが効かず、ズブズブと徐々に沈み込んでいく自分の体に焦りながらも、『勇者』は隠れているラグラドムをあぶりだそうと闇雲に魔法を乱発した!
『無駄だ、このフロアはすでにワシの腹の中。ダンジョンの全て吹き飛ばすほどの威力がなければ、逃れる術はない』
「そ、そんな……」
悲痛な叫びをあげて、魔法を放つ『勇者三号』!
しかし、その声と姿はやがて地面に消えていった。
◆
『暗澹』のタラスマガVS『勇者五号』
その戦いは、先の四天王の物と比べても不可解な物だった。
『勇者五号』の少女は、タラスマガの魔法によって視覚を封じられたにも関わらず、正確な攻めで彼を追い詰めていく!
「はて、視力は封じたはずですが?」
「その程度で勝ったつもりになるなんて、『勇者』を舐めすぎよ!」
確かに目は塞がれたものの、繊細なコントロールで体全体を覆う魔力の膜を作り出し、全身がセンサーになった『勇者』の攻撃は鋭さをましていった。
「普段なら、あらゆる感覚器感を封じる私の魔法をほとんど弾く魔法防御の高さ、そして視力を封じられても問題なく戦える技術……さすがは『勇者』」
「そうでしょう?じゃあ、さっさと死んでよね、薄汚い魔族どもの四天王!」
勢いづいて猛攻を加える『勇者』から、のらりくらりと逃げていたタラスマガだったが、ふぅ……と小さくため息を吐いて、『勇者五号』から間合いを取る。
「やれやれ……これは、私の奥義を使うしか有りませんね」
「ふっ……奥義とは大げさね。お前の攻撃力が、さほど高くないのはお見通しよ」
確かに彼女の見立てた通り、タラスマガは敵を弱体化させ、味方を有利にするサポートを得意としていた。
しかし、それだけで四天王となれるほど、魔族の力は甘くはない!
「では、ご堪能ください」
そう呟いたタラスマガ体から、奇妙な音楽が流れ出した。
「……歌?」
魔族からの攻撃(?)には、どんよりとしたメロディーに聞き取れないほど幽かな、それでいて確かに何かを訴えかけている聞き覚えのない言語での歌声が、添えられている。
「ふん……さしずめ、自分への鎮魂歌かしら……」
訳のわからない行動に出たタラスマガを、『勇者五号』は嘲笑う。
だが次の瞬間、突然に脳内に浮かび上がった生々しい過去の映像に、彼女は青ざめた顔で目を見開いた!
「……誰にでも、嫌な思い出や辛い記憶、思い出すだけで気が滅入るような経験は有るものです。ましてや、実験漬けにされてきた貴女達『勇者』は、常人の比ではないのでしょう」
「あ、ああ……」
タラスマガの言う通り、震える『勇者四号』の表情は、怯えや苦痛、そして絶望の色へと徐々に染まっていく。
「やがて、その辛く苦し記憶は増幅され、貴女の心を壊す」
「い、いや……いやあぁぁぁっ!」
絶叫と同時に武器を手放し、『勇者五号』は頭を抱えて踞ってしまった!
そうやって、耳を塞ぐがタラスマガから響いてくる歌は、耳ではなく肉体そのものに染み入るように伝わって記憶を揺さぶる!
どのようなトラウマがフィードバックされたのか、それは彼女以外にはわからない。
「ゲボッ!」
しかし、胃の内容物を吐き出し、汚れた口元を拭う事もせすににガチガチと歯が鳴らし、震えながらボロボロと涙を流して嗚咽する『勇者五号』の姿は、深く絶望した子供の姿そのものだ。
やがて……わずかな水音と、むっとする臭いが漂い、『勇者』がへたり込む床に水溜まりが広がっていった。
自分が失禁したことにも気づいていない様子で、全てに絶望した『勇者』の少女は、落とした自らの武器にゆっくりと手を伸ばす。
そして、その切っ先を……タラスマガではなく、自らの喉に突きつけた!
そのまま、躊躇なくズブズブと刃を刺し込み、グラリと倒れると安らかな表情を浮かべてその命を終える。
「自死が救済に感じられるほど、絶望を与える我が奥義、『怨嗟冥々歌』……堪能していただけたようですね」
聴覚だけではなく、魔力の波となって肌を通して脳に響き渡る呪いの歌を終えたタラスマガは、絶望に自死を選んだ『勇者』の少女を見下ろす。
そうして、「私も、もう少し明るく生きたいんですがね……」と己に対する暗い気持ちで、ため息を吐いた。
◆
『幻惑』のガウォルタVS『勇者六号』
「『幻術』奥義……『幻夢園界』……」
ボソボソと呟きながら、ガウォルタが奥義を発動させると同時にフロア全体を覆う、霧のような物が発生し始めた。
「ちっ……」
軽く舌打ちしながら、『勇者六号』の少年はいつでも反撃に出られるように構えを取る。
そんな彼の目の前で、ガウォルタが発生させた霧の中から無数の人影が現れた。
「っ!?」
それを見た『勇者六号』の顔が、かすかに強ばる!
なぜならば、姿を現したのは今まで彼が『勇者』となるために手にかけ、蹴落としてきた元実験体の仲間達だったからだ。
ある者はゾンビのように朽ち果て、ある者は致命傷をおっていながらも、笑顔で『勇者六号』に向かって歩を進めてくる。
まるで、できの悪い寸劇でも行っているような光景だったが、突然『勇者』は自らの唇を思い切り噛みつけた!
「くっ……」
わずかに漏れた苦痛の声と流れる血を拭い、『勇者六号』はガウォルタへとしっかり視線を向ける。
「俺の記憶に干渉する幻術……といった所か……」
「…………」
正解!と言いたげに、ガウォルタはパチパチと小さく拍手する。
極端に無口なのか、それとも話せないのか……とにかく、そんなガウォルタの態度に、『勇者』は苛立ちを覚えて舌打ちをした。
「負け犬どもの姿を見せたくらいで、『勇者』が怯むと思ったか!この程度の幻術に頼るようでは、四天王とやらもたかが知れてるな!」
幻術を無効化した『勇者』は、ガウォルタとの間合いを一気に詰める!
その攻撃を避けようとしていたガウォルタだったが、彼女の鈍い動きなど簡単に読む事が可能だった!
「のろますぎるぜ!」
嘲笑う咆哮と共に、『勇者』はガウォルタを一刀の元に斬り伏せる!
「……………っ!」
悲鳴すらあげる間も無く、血飛沫を上げながら地に伏せたガウォルタを、『勇者六号』は満足そうに踏みつける!
「なめた真似をしやがって……」
「あ……ううっ……」
苦痛に美しい顔を歪める魔族の姿が更なる嗜虐心を駆り立て、『勇者』は何度も何度も彼女を踏みつけ、蹴りあげた!
やがて、ピクリとも動かなくなったガウォルタを仰向けに転がし、胸の奥へと手を当てて心臓が動いていない事を確かめる。
「ふっ……所詮は薄汚い魔族。『勇者』である俺の敵ではない」
躯となった敵の姿に満足し、先へ歩を進めようとした、その時!
パチンと指の鳴る音と共にガウォルタの死体は消え、自分がフロアの真ん中で棒立ちのまま呆けていた事を彼は自覚した!
「なっ……ああっ?」
「いい夢は見れた?」
急に横合いから声をかけられ、『勇者六号』は飛び上がりながらその場から離れる!
そして、その声の主を確認した時、信じられないといった表情を浮かべた。
彼がたった今、殺したはずのガウォルタ。
その彼女が妖しい笑みを浮かべながら、『勇者六号』を見つめているではないか。
「……そうか、今のも幻術だったというわけだな。やるじゃないか、魔族!」
予想よりも強力らしい、ガウォルタの幻術に驚きはしたものの、素の戦闘力なら彼の方が上だ。
よりいっそう幻術に注意を払いつつ、対処していけば負ける事などありはしないと、『勇者六号』は再び唇に歯を立てた。
だが、そんな『勇者』の様子をうかがいながら、ガウォルタはクスクスと笑う。
「……何がおかしい」
「いえね、すでに私の術中にあるのに、まだそれに気づかないのがおかしくて……」
「は?」
一瞬、何の事かわからずにキョトンとした『勇者六号』だったが、彼女の言葉の意味を理解してゾワリと総毛立つ!
しかし、そんな悪寒を押さえ込んで、『勇者』はガウォルタを睨み付ける。
「……戯れ言を!貴様ごときの幻術に、何度もかかる訳がないだろうが!」
「それじゃあ、証拠を見せてあげる」
彼女がそう言いった途端、『勇者』の体に異変が起こった!
「あ、がっ!あうぅ……」
声がかすれ、妙に高くなっていく!
たくましかった腕や足が細くなっていき、代わりに胸と臀部が丸みを帯びて膨らんでいった!
さらに身長も縮んで、サイズの合わなくなった装備がずり落ちそうになってしまう!
それを慌てて支えようとした彼……いや、彼女となったとなった『勇者六号』は、装備の重さに耐えきれずに、その場にへたり込んでしまった!
「な、なんだこれは……」
細く、華奢になった自分の手を見つめながら、少女の姿になった『勇者六号』は青ざめた表情でガタガタと震えだす。
「あら、ずいぶんと素敵な姿になったのね」
からかうようなガウォルタの言葉に、ハッとなった『勇者六号』は彼女に詰め寄った!
「お、俺を元に戻せ!」
「ウフフ……たかが幻術なのでしょう?自力で破ってみたら?」
「ぐっ!」
楽しげに嘲笑うガウォルタから手を離し、『勇者』は自身の唇を噛んだ!
「っ!?」
しかし、何度自分に痛みを与えても、その姿に変化は起こらない。
少女となったまま、『勇者』は自身の体を抱きかかえるようにして、カタカタと震えた。
「いい表情ね。さっきまでの、興奮しながら私を足蹴にしてた時とは大違いだわ」
ニヤリと悪意を感じさせる笑みを浮かべ、ガウォルタがまたパチンと指を鳴らす。
すると、彼女が発生させた霧の中から、再び複数の人影が姿を現した。
そして、それを見た『勇者』の表情が、驚愕に変わる!
現れたのは、数人の『勇者六号』。
それらが、下卑た笑顔でこちらを眺めていたのだ!
「あ……ああ……」
「貴方は……女をいたぶるのが好きなんでしょう?今度は是非とも、いたぶられる立場も味わってちょうだい」
そうガウォルタが告げると同時に、『勇者六号』が『勇者六号』に殺到していく!
「い、いやあぁぁぁぁっ!」
悲鳴に混じって、装備や服を破りさる音や、柔らかい肉を殴打する音が響き渡る!
そんな、掠れる絶望の声と、暴力の音が入り交じる不快な協奏曲は、いつまでも絶えることなく続いていった……。
────ふあぁっ。
ワープの罠でこのフロアに跳ばされて来てから、ずっと棒立ちになっている『勇者』を眺め、ガウォルタは小さなあくびを漏らした。
(私の幻術にかかったのはいいけど、どんな悪夢を見てるんだろうね……)
ガウォルタの奥義は、無味無臭のフェロモンにも似た魔力の微粒子を取り込ませる事で発動する。
そのため、前もってその微粒子を充満させておいたこのフロアに転移してきた目の前の『勇者六号』は、あっさりすぎるほど術中に落ちた。
だが見せる幻覚は、彼女自身でコントロールできる類いの物ではないので、いま『勇者』がどのような体験をしているのかはわからない。
ただ、か細く「いやあぁぁぁぁ……」と声が漏れている事から、ろくな物ではないのだろう。
(まぁ、どうでもいいか……)
気だるげに腰に下げていた針剣を抜き、無抵抗な『勇者』の心臓へと突き立てる。
(おやすみ~)
ゆっくりと倒れた彼を一瞥し、パタパタと手を振りながら、ガウォルタは悠然と踵を返した。
◆
「……すげぇな」
四天王達の戦いの記録を見終え、俺は素直にそう溢していた。
肉体的、精神的にとそれぞれの攻撃手段は違ったものの、奴等の奥義とやらは初見であれば逃げられる奴はいないだろう。
しかも、それが広範囲で多人数に作用するのだから、タチが悪い。
はっきり言って、対抗手段も見当たらねぇよ、あんなの。
「フフフ……余達を敵に回さんで良かったと、安堵しているようだな」
「……まぁな」
悔しいが、誇らしげなティアルメルティの言葉に頷くしかない。
前に四天王と戦った時は、奴等が縛りプレイをしていたんだなと理解さられてしまったからな。
とはいえ、強力なあいつらが味方なのは、いまの状況ではありがたい。
ここに乗り込んできた『勇者』達も、これで全部……いや、もう一人足りない!?
「……そういえば、マルマにも一人回していた」
ああ……そうか。
確か、『勇者』との戦いを熱望するあいつの所にも、一人送り込んでいたんだった。
五人衆には勝てたあいつだし、『勇者』の一人くらいになら勝てそうだとは思うが、危ないようなら助けにいってやるか。
そう思って、オルーシェに地上階層の様子を写し出してもらう。
だがっ!
『あんっ♥ああん♥ほら、ほらぁ♥もっと頑張ってくださいぃっ♥』
『あっ!あっ!ら、らめぇっ♥これ以上されたら、壊れちゃうよぉ♥』
『アハハ、いいですよぉ♥限界まで出しきって、気持ちいいまま逝っちゃってくださいねぇ♥』
真っ黒な画面の中、嘲笑を含む妖艶な声で責め立てるマルマと、快楽に悶え苦しむ『勇者』らしき少年の声、そしてねっとりとした情事の音だけが、こちらに声を届いてきた。
なにやってんだ、あいつは……。
『マスターに対する十八禁に抵触する可能性がありましたので、音声のみをお届けしています』
ダンジョン・コアによる自主規制!?
まぁ、小さい子もいるし、そこはナイス判断だ!
「……『勇者』をも倒す、サキュバスの妙技……今後の参考のためにも、見てみたい」
「お前には、まだ早い!」
好奇心旺盛なのはいい事だが、そっち方面の勉強はもう少し大きくなってからな!
「ダルアスは過保護だな……魔族なら、この程度のまぐわいを見た所で、どうってことはないぞ?」
横から口を挟むティアルメルティの言葉に、オルーシェはチラリと俺に視線を送る。
だが、ダメだ!
「魔族は魔族、うちはうちです!」
意見が却下されたからか、それとも子供扱いされたからか……ちょっとばかり、ふくれっ面になったオルーシェは、少しうらめしそうに俺を上目遣いで見てくる。
やれやれ……娘を持つ親父ってのは、こんの気苦労を抱えるものなんだろうか。
最後にマルマに持っていかれ、『勇者』と戦った事よりもどこか重い疲労感を感じながら、俺は今後オルーシェのそっち方面への興味に対してどう接っするか、そちらの問題に頭を悩ませるのだった。




