02 勇者達の襲来
◆◆◆
魔族の巣窟となった、ダルアス大迷宮入り口付近の村は、本日もダンジョンに挑もうとする冒険者達が数組集って、英気を養っていた。
かつて、生きているかのように偽装したアンデッドで運営されていたこの村は、現在では管理者であるシスター・マルマの元、魔王に離反した魔族達がその役目を担っている。
無論、魔王への離反は建前で、本来の目的はこの世界に残る事を望んだ一部の魔族が、人間達に受け入れてもらうためのアピールの場であった。
村の運営を通して、威圧するでもなく、媚びるでもない対等の関係性を築くという目論みも、いまのところ所は上手くいっていると言っていい。
これなら、数年もすれば受け溶けられるだろうとマルマ達も安心していた、その矢先の出来事だった。
◆
その日の昼下がり。
これからダンジョンへ潜ろうと、村を出ようとしていたある冒険者のパーティが、新たに村を訪れた別の冒険者らしき一団と村の入り口付近で揉めていた。
そこへ、たまたま通りがかったマルマが仲裁に入ったのだが……。
「この村の周辺では、冒険者同士の争いはご法度という暗黙の了解がありますでしょう?」
「いや、もちろん俺達は弁えてるさ、シスター。しかし、こいつらがよぉ……」
美貌のシスターが困った顔で間に入った事で、ニヤけそうになるのを堪えながら、顔馴染みの冒険者達は新参らしい一団を横目で示す。
見れば、六人からなるそのパーティの面々は、雨でもないのにマントを羽織ってフードを目深にかぶっていて、まるで顔を見られたくないと言わんばかりだ。
さらに、その背格好からしてまだ歳若い者達ばかりのようで、駆け出しの冒険者の一団にも見えた。
だからこそ、マルマも初めは顔馴染みの彼等が、先輩冒険者からの洗礼としてちょっかいをかけたのではないかと疑ったのである。
しかし、話を聞けば絡んで来たのは若い冒険者達の方だというのだ。
「先輩冒険者の方々は経験豊かで沢山の知識をお持ちなのですから、敬意を持って接しなければいけませんよ。まぁ、多少は困ったちゃんな方も中にはおりますが……」
「やだなぁ、シスター。俺達はそんな輩じゃないって」
冗談めかして言うマルマに、顔馴染みの冒険者達も苦笑いを浮かべた。
確かに、彼等は昨今に多い下衆な冒険者とは違い、他のパーティとも友好的で協力しあえる気性の面々だ。
しかし、そんなマルマ達とのほんわかとしたやり取りを眺めていた新参達は、嘲るように鼻で笑った。
「くだらない連中だな……」
「なんだと」
若い冒険者の一人が漏らした呟きを聞き付け、先輩冒険者達の顔から笑みが消える。
「おい、小僧ども。なにがくだらねぇって言うんだ?」
威圧するように見据える視線を受けながらも、平然とした様子で若い冒険者は口を開いた。
「この村に滞在していたという事は、魔族と接していたという事だろう?よくもまぁ、そんな馬鹿げた真似ができるものだ」
「それに、パーティに亜人どもがいるじゃない……」
「まったく、情けない事ですね」
仲間を小馬鹿にするような若造達の一言に、カッとなった先輩冒険者のリーダーが相手の胸ぐらに掴みかかる!
「冒険者として、エルフやドワーフが優れた連中だって事は、素人でも知ってることだろうが!それすら知らねぇ、てめぇは何様だ!?」
「何様と言われれば……」
言いながら、胸ぐらを掴まれた青年はリーダーの手首をそっと握った。
「『勇者』様……かな?」
そして、次の瞬間!
先輩冒険者達とマルマの顔色が変わる!
「ぐああっっ!」
ミシミシと手甲を歪めながら食い込む指に、骨まで響くような痛みを感じたリーダーが悲鳴をあげた!
さらに、リーダーを救おうと他のメンバーが動き出そうもするより早く、別の新参冒険者が目にも止まらぬ動きで彼等を一瞬にして昏倒させる!
「て、てめえぇっ!」
痛みを忘れたかのように、激昂したリーダーは押さえつける相手へ怒涛の蹴りを何度も打ち込む!
しかし、微動だにしない新参冒険者のフードに潜む口元が、笑みの形に歪んだ。
「魔族に媚び、亜人どもにへつらう。そして、勇者である我々に逆らうお前達は……悪だ!」
断罪する言葉を口にすると、万力の如く込められた力でリーダーの手首を握り潰そうとする!
もはや、声にならない悲鳴と共に金属のひしゃげる音が響いた!
「させませんっ!」
あわや手甲ごと手首が砕かれる寸前で、セクシーなポーズを決めたマルマが横合いからフードの青年を殴りつける!
魔力の乗せられた思わぬ不意打ちを受けて、冒険者リーダーの手を放した勇者を名乗る一団は、一斉にマルマの方へと視線を移した!
「ほぅ、まったく気配を感じなかった」
「だが端で見ていた我々も、奴に気づけなかったのは妙だな……」
「それに、あの打撃……どうやら、ただのシスターではないようね」
不意打ちしたにも関わらず、一切ダメージを受けていないように見える勇者達に、マルマへ内心では動揺し、服の下の見えない部分が汗まみれになっている。
しかし、表面上は冷静な態度を崩さずに無理矢理に抑えた落ち着いた声で、彼女は『勇者達』に問いかけた。
「貴方達……『勇者』を自称するという事は、ディルダス王国の使者ですね」
「それを知っているお前も、ただの村の代表者という訳ではなさそうだな」
ディルダス王国や他国の間でも、極秘にされている『勇者計画』について知っている者は少ない。
にも関わらず、勇者という単語からディルダス王国を連想したマルマへ、勇者達は警戒を深めた。
「……この村の管理者として、これ以上の乱暴狼藉は許しません!」
「ほぅ……許さないと言うなら、どうする?」
「村の代表者として……シスター・マルマ、推して参ります!」
どこか色っぽい構えを見せながら、マルマは勇者達へ向かって雄々しく吠えた!
◆
『──といった感じで、交戦になってんです』
地上階層からのマルマとの交信で、事のあらましは理解した。
なるほど、非常事態のサイレンの原因はそれか。
だが、そんな連中と相手にしているというのに、のんきに状況を説明している余裕がマルマにあるのだろうか?
『ご安心ください!戦闘開始の寸前で幻惑の霧を散布して、逃げ仰せました!』
バトる雰囲気満々だったのに、戦う前に逃げたんかい!
……と、ツッコミそうになったが、マルマの戦闘力を考えると、その方が無難か。
それに、幻惑の霧は地上階層の住人が偽装アンデッドだった時、部外者から真相を隠すために自然現象に見せかけた防衛装置だ。
それでうまく勇者達の目を欺けたなら、ダンジョン内の似たような罠も有効かもしれん。
これは、いい情報だ。
『村の住人および滞在していた冒険者達は、非常用のシェルターへ避難させたので、最初に絡まれた方々以外は大きな怪我人はありません』
声のみの交信なので見えないが、おそらく胸を張ってマルマは報告してきた。
表向きには、村に滞在している魔族達は魔王に離反した連中なのだから、ダンジョン内に避難させる訳にはいかない。
なので先住民が作ったという体で、村から少し離れた場所に小型ダンジョンモンスター無しモデルを、いざという時の避難場所としてオルーシェが作っておいたのだ。
『ですが、そろそろ私達が逃げた事を察して、奴等はダンジョンへ向かうと思われます。気を付けてください、マスター!』
「うん、わかった。そっちも気を付けてね」
『はぁい!』
元気のいい返事を残して、マルマからの交信は切れた。
「そうか、ついに動きだしたか……『勇者計画』!」
近くでオルーシェとマルマのやり取りを聞いていたティアルメルティが、グッと拳を握る!
魔族を滅ぼす事を主とした計画が動き出したのだから、ティアルメルティの心情も穏やかではないだろう。
しかし、俺達だって備えをしていなかった訳ではない!
「ダルアス、ティアルメルティ……四天王に連絡を。あとは、前もって立てておいた作戦の通りに」
「おうよ!」
「うむ!すぐに準備をしようぞ!」
オルーシェに頷き返し、俺達は勇者達を迎え撃つべく、一斉に動きだした!




