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08 各々の思惑

 ──その日、世界は震撼した!


 三大王国のひとつ、ディルダス王国が誇る魔導機関の特殊部隊を滅ぼした『オルアス大迷宮』。

 その恐るべきダンジョンが、魔王率いる魔族の精鋭によって支配されたのだ!


 件のダンジョンから世界中の国家へと、魔王ティアルメルティの名をもって直接行われたその宣言により、各国で小競り合いを続けていて魔族達はこぞってダンジョンへと集結していく事となる。

 それによって一時的には戦争は小康状態となったものの、やがて魔のダンジョンで力を蓄えた魔族達による再進行が来るであろう事は容易に予測がつき、大小様々な国の王達はその対策が急務となっていた。


 しかし、魔王の宣言から数日後、わずかな光明がもたらされる。

 かのダンジョンに長期潜入していた、『閃光』と『鉄姫』の異名を持つエルフとドワーフの古強者達が、とある情報を持ち帰ったのだ。


 それは、魔王及びその直属の四天王は、前のダンジョンマスターとの戦闘で重症を負い、かなり長い時間ダンジョンから出る事ができないであろうという報告であった。

 さらに、一部の魔族達は魔王からの離反を示し、こちらに協力しても良いというのだ。


 彼等は、旧オルアス大迷宮の近くにあった、四天王に滅ぼされた村(・・・・・・・・・・)を拠点として復興させ、ダンジョン攻略を行う者達の支援をすると申し出たという。

 かつてダンジョン付近にそういった村があった事は、各国が送り込んでいた冒険者達や、それらに偽装した調査隊からの報告で知られていた。

 そして、その村が魔族によって新たに運営される事に、当然ながら難色を示す者も多かった。


 だが、迷宮の最奥に潜む魔王に挑むためには、突入前の補給は欠かすことはできない。

 何より、その報告をもたらしたエルフとドワーフは、村の魔族代表と交わした誓約書を持ち帰って来ていた事もあり、最終的には『その村に住む魔族のみは、隣人として迎え入れる事』を選択した国が多数であった。


 そうして、魔族達との戦争は新しい局面へと向かう事になったのである。


           ◆◆◆


 ──ディルダス王国の首都、ジャハルマ。

 人間至上主義を掲げ、エルフやドワーフなどの亜人種と呼ばれる隣人達を、人間が正しく支配してやらなければならないという思想を持つ国である。

 そして本日、その国の中枢では重鎮達による会議が開かれていた。

 議題は、『この国の端にあったダンジョンが魔族の巣窟となった事と、その対応について』である。


「忌々しい魔族どもが……今さら一部の者がすり寄ってきた所で、許すことなどできるものかよ!」

「全くだ!せめて亜人どものように、奴隷に落としてこそ生きる事が許されるべき連中であろうに」

「他国の連中は、よほど頭が沸いているもみえる」

 侮蔑と差別が端々から感じられる言動を交えながら、ディルダスの重鎮達は話を続けた。

 とはいえ、人間以外には苛烈な彼等の方針は、魔族を殲滅すべし!ですでに決まっている。

 故に、議題に上がっているのは、魔族を滅ぼした後に、いかにしてディルダス王国がダンジョンの恩恵を受けるようにすべきか……であった。


「たしか、ダンジョンから帰還したエルフどもの情報では、魔王や四天王はダメージを負って弱体化しているとか?」

「ならば、奴らを追い詰めるチャンスではある訳だな」

「しかし、凶悪なダンジョンに魔族が集まっている以上、迂闊に手は出しづらいか……」

 浅いダンジョンならば、人海戦術で埋め尽くすように攻略できなくもないが、日に日に成長していくというオルアス大迷宮にその手段は使えない。

 だが、冒険者を使ったとしても魔王の元まで到達するには、力不足は否めないだろう。

 どうした物か……そんな空気が漂い始めた頃、今まで沈黙を守ってきた一人の男がスッと手を挙げた。


「おお、バスコム殿……何か妙案がおありか?」

 発言を促された男……かつてオルーシェを捕らえるためにオルアス大迷宮へ向かいながら、任務に失敗して苦汁を飲まされた魔導機関の長、バスコム・マイガンが静かに頷いた。

「……我々の研究の成果、それがあと一月ほどで、実働が可能になります」

 そんなバスコムの言葉に、室内がザワリと揺れる。


「おお……そうか、いよいよ……」

「アレが遂に……」

「はい。魔族どもを滅ぼし、後に亜人どもを支配するための、超兵士の製作と量産……『勇者計画』の発動です!」

 力強く宣言したバスコムに、集まっていた重鎮達が、感無量といった面持ちでため息を漏らす。

 多数の実験体や、莫大な資金を投入して行われていた国家プロジェクト……それがいよいよ実働段階に入ったのだ。

 万感の思いが彼等に訪れるのも、無理はないだろう。


「フッ……魔導機関が要求する、実験体とする素体の選別や確保に苦労しましたなぁ」

「魔族に対する国の枠を越えた計画などと偽って、他国に資金を出させたりもしました」

「もっとも、研究成果は公表できませんから、他国からの支援はすぐ打ち切られたりしましたがね」

 苦労話で盛り上がる重鎮達だったが、バスコムがひとつ咳払いをすると、すぐさま緊張感を取り戻した。


「皆様にご苦労をかけた件、魔導機関の長としてお礼申し上げます。ですが、まだ気を抜いてよい時期ではありません。いっそうの引き締めをよろしくお願いいたします」

「う、うむ」

「確かに、バスコム殿の言われる通り」

 少し浮かれた雰囲気を払拭すべく、重鎮の一人がバスコムへ質問を向けた。


「それで、その『人造勇者』のスペックは、カタログ通りなのかね?」

「むしろ、それ以上と言ってもいいでしょう。魔族どもの四天王が相手でも、ひけは取らぬと確信しております。アレならば、ダンジョンの最奥に巣くう魔王も、必ず打ち取るでしょう」

 頼もしい魔導機関長の物言い。

 それを聞いて、重鎮達は安堵と欲望の入り交じった笑みを浮かべた。


「ククク、見えてきましたな……我が国が、すべての頂点に立つ日が来るのも」

「うむ、王もお喜びになるだろう」

「……必ずや、ご期待にお答えいたします」

 そうして、研究の摘めがあるのでと言葉を残して、バスコムは会議室を出る。

 扉の向こうから聞こえる、明るい話し声を背中に受けながら、彼は研究施設へと向かうべく歩を進めた。

 しかし、その漂う雰囲気や足取りには、わずかながらに晴々としない感情がある事を感じ差せる。


「……実験体十七号に、守護者のスケルトン……あの二人だけは、ワシの手で殺してやりたかったのだがな」

 ポツリと呟き、拳を握るバスコム。

 魔族にダンジョンが乗っ取られた以上、自分に屈辱を味わわせた奴等も、死ぬなり消滅するなりしたのだろう。

 自らの手でリベンジを果たせなかった無念が、わずかな未練となって廊下を進むバスコムの表情に紛れる。

 しかし、そんな感情の機微はすぐに鳴りを潜め、最終調整の残る人造勇者達への処置へと、彼の思考は没頭していった。


           ◆◆◆


 ──レオパルト達は、うまくやってくれたかなぁ……。

 そんな事を考えながら、俺は厨房でエプロンに身を包み、冒険者が夜営時の慰みとして作る事がある簡単な菓子の製作していた。

 ……なんでそんな事を?と問われれば、オルーシェとティアルメルティに頼まれたからとしか言いようがない。


 事の発端は、数日前に行われた魔王によるダンジョンへの集合命令。

 それによって、各地で小競り合いをしていた魔族達が、一斉にこのダンジョンへと集まって来ていた。

 その数、凡そ七千。


 そいつらの前でティアルメルティや四天王の連中から、俺とオルーシェは協力者として紹介されたのだが……反応はひどい物だった。

 人間なんかと協力できるか!と言わんばかりに、ブーイングの嵐が巻き起こり、一部の血の気の多い奴等が俺達に襲いかかろうとする一幕もあった。

 まぁ、先にそういう事態も想定されていたから、ティアルメルティ達の立ち会いの元、ボコボコに返り討ちにしてわからせてやったりしたのだが。


 そうして実力を見せてやると、案外あっさりと魔族の連中は俺達を受け入れた。

 そのついでに、あまり戦闘向けの能力を持っていない魔族(女子が多かった)から人間の文化を教えて欲しいと請われ、こうして冒険者式お料理教室を開いているという訳である。


 もちろん、プロの料理人には及ばないが、長期クエストをこなす事もある冒険者にとって、料理の腕は必修スキルであり、俺程度でもそこそこの物は作れる。

 なので、普段は料理に対して頓着のない魔族達に、美味い物を食う喜びというものを教えてやるぜ!


「……でも、こんなにのんびりとしていていいんですかねぇ」

 俺と一緒に魔族達への指南役をしていたマルマが、ポツリと呟く。

 一度は四天王によって、偽装村の壊滅と共に死んでいた彼女だったが、そこはダンジョンモンスター扱いだった事もあり、オルーシェの手によってあっさりと復活を遂げていた。

 そんなマルマの呟きに、俺はチャカチャカと手を動かしながら答える。


「魔王はダンジョンから動けないって設定を作った以上、向こうの出方を待つしかないからな。今は、鋭気を養う段階だと思っておけ」

「ですけど、新しいこの外部階層(むら)の住人は受け入れられるでしょうか……」

「それは今後の付き合い方次第だろうよ。とりあえず、今までみたいにダンジョンへ潜る連中に、友好的な村を演じるしかねぇだろうな」

 現在、この偽装村は前のカムフラージュしたアンデッドではなく、魔族の有志によって運営されている。

 彼等は、元の世界ではなくこちらの世界に残る事を望んだ連中だ。

 魔族もそれなりに長い時間をこちらで過ごしているから、こういう奴等がでてくるのは想定されていた。

 なので、魔王に離反して人間サイドに付くという設定で、こちらの世界に残りやすいようにしたのである。


「そう……ですね!私も、残る皆さんが受け入れられるよう、夜のサービスにさらなる力を入れるようにします!」

「一応、お前はここのまとめ役なんだから、羽目を外し過ぎるなよ……」

 性欲モンスターのサキュバスである、こいつが気合いを入れ過ぎるとろくな事にならないだろうからな。

 少しばかり、釘を刺しておかないと。


 ……だが、冒頭の呟きの通り、レオパルトとエマリエートの協力で、ダンジョンへ侵入しない限り魔族と敵対しないですむ状況は整えた。

 これで、ここへ好んで来る奴等は絞られるだろう。


 オルーシェの捕獲と、魔族の殲滅を企む、ディルダス王国の魔導機関。

 そして、そいつらによって開発された人造勇者による『勇者計画』。

 明確な敵を、ダンジョンへ引きずりこむためのお膳立ては完成した。


 そいつらを食らって、ダンジョンポイントに変換し、魔族の悲願と俺の完全なる生き返りを果たす!

 そんな決意を新たにし、悪そうにほくそ笑みを浮かべながら、俺は指についた生クリームを舐め取るのであった。

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