04 よろしく、相棒
「いったい、なにやってんだ、てめぇ!」
俺は叫びながら、さらに彼女を蹴ろうとしていた連中との間に入って、オルーシェを守るように立ちふさがった!
「こんな子供相手に、やり過ぎだろうが!」
「子供だからと油断してると、痛い目をみそうなんでね……抵抗できなくしておいた方が、安全だろう」
「そもそも、なんであんたが、そのガキを庇うんだ?そいつに、煮え湯を飲まされていたんだろ?」
「それとこれとは、話が別だ!依頼主に引き渡すつもりなら、もっと丁寧に扱え!」
「いいんだよ、これで。そもそも、抵抗するなら手足の二、三本は折っても構わないと言われているんだ」
「なっ……!」
依頼主も、それを受けたこいつらも無茶苦茶だ!
「お前ら、A級冒険者としての、矜持はねぇのかっ!」
冒険者の頂点でもあり、外に名を知られる者だからそこ、人格面も問われるのがA級だ。
俺だって上品な人間じゃあないが、人として最低限のラインは保っている(つもりだ)!
第一、こんな行動を取っていたら、普通に降格だってあり得るだろうに!
「はぁ?」
しかし、何を言っているんだ、こいつ……と言わんばかりに、ヒリュコフ達は顔を見合わせて肩をすくめる。
「なんでもするし、なんでもできるからA級なんだろうが」
「いやいや、A級は冒険者の最高峰なんだから、下衆な真似をしたらダメだろうが!」
当然の反論する俺に対し、奴等の中の攻撃魔法使いの女と、回復魔法使いの女が面倒くさそうにため息をついた。
「もういいよ、リーダー。こいつに案内させるっていう、役目は終わってるんだしさ!」
「そうですよ。珍しいスケルトンとはいえ、邪魔するならさっさと片付けてしまって、実験体とダンジョン・コアをもらって帰りましょう」
なっ!
こ、こいつら、最初から何もかも持っていくつもりで……。
強盗かなんかか、お前らは!?
やりたい放題にも程がありやがるだろう!
すぐにでもぶちのめしてやりたいところだが、今の俺では対抗手段がない。
せめて、生前の体だったら……。
そんな事を思っていた時、背後に庇っていたオルーシェの嗚咽する声が耳に届いた。
チラリとそちらを見れば、普段クールで小生意気な雰囲気の小娘が、ボロボロと涙を流して震えている。
「う、うう……やめて……痛いことしないで……お願いします……」
虚ろな瞳で泣きながら、記憶の中の何者かに絶望した声色で懇願するオルーシェ。
実験体なんて言われていたが、この歳でいったいどれだけの酷い目にあってきたと言うんだ……。
『マスター、しっかりしてください!』
不意に、ダンジョン・コアがオルーシェに話しかけたため、ヒリュコフ達もギョッとしたようだ。
ダンジョン・コア……そうだ!
「おい、コア!一時的でいいから、俺を生き返らせる事はできないか?」
『それは……マスターからの指示があれば、可能です』
「だけど、今のオルーシェは魔法が使えないらしいが……」
『魔力が封じられていても、私を操作するのに支障はありません』
なるほど、それは重畳!
そうとわかれば……。
「おい、オルーシェ!少しの間だけでいい、俺を生き返らせろ!」
俺はそう申し出るが、当のオルーシェは怯えた瞳のままガチガチと震えるばかりだ。
「……大人は……信じられない……どうせ、すぐに裏切る……」
かろうじて聞き取れそうな細い声で、オルーシェはブツブツと呟く。
むぅ……すごい大人不信。
まぁ、それだけ酷い事をされたんだろうが……。
俺はそんな彼女の頭に、ポンと手を置いて優しく撫でてやる。
急に頭を撫でられたのが意外だったのか、オルーシェの瞳に理性の光が戻ってきた。
「ちょっとは落ち着いたか?」
「…………」
俺の言葉に、少女は小さく頷く。
「よし。なら、いま言った通り、少しの間でいいから俺を生き返らせてくれ!」
そうしたら、あいつらをぶっ飛ばしてやるぜ!と説得するも、オルーシェは首を横に振った。
「無理……五対一だもの……」
「おいおい、甘く見られたもんだな。俺はA級冒険者の中でも、かなり強い部類に入ってるんだぜ?」
そうでもなけりゃ、単独でA級を張れる訳がない!
あんな、A級上がりたてっぽい連中なんぞ、ひと捻りだっつーの!
だが、そんな俺の生前なんぞ知らないオルーシェの態度は、まだ頑なに拒否を示している。
だから俺は、もう一度彼女の頭を撫でながら、訴えた。
「あいつらを案内しちまったのは、俺だ……お前を怖がらせる事になって、すまなかった。だが、俺の名にかけて必ずお前を守ってみせる!」
己の名にかける……それは、自分の命すらもかけて約束を果たすという誓約だ。
正面からオルーシェの瞳を見つめ、俺はそう誓う。
打算も裏もない、真摯でまっすぐな言葉でしか、今の彼女には届かないだろう。
「……本当に……守ってくれるの?」
「俺を信じろ!」
再び、俺は強く訴えかける!
そんな俺の想いは通じたのか、オルーシェは小さく蚊の鳴くような声ではあるが、答えてくれた。
「十分……。今のダンジョンポイントの貯まり具合だと、あなたを生き返らせるのは十分が限界」
「おお、それで充分だ!」
十分だけにな!と、おっさんくさい駄洒落を口にすると、少しだけオルーシェが顔を綻ばせた。
「何をごちゃごちゃやってんのよ……あんたは邪魔だから、もういっぺん死んどきなさい!」
ヒリュコフ達パーティの一人、攻撃魔法の使い手が、炎の塊を俺に向かって放つ!
オルーシェもいるのに、お構いなしか、この女!……と抗議する前に、奴の魔法は俺に着弾して爆発した!
だがっ!
爆発の煙が消えていくのと同時に、その場所に立っていた人影を見て、ヒリュコフ達が驚きの声を漏らした。
なぜなら、奴等の視線の先には、肉体を取り戻しスケルトンではなくなった、俺の姿があったからだ!
「おお……久しぶりの身体だ……」
復活した五感の刺激は、スケルトンの時とは比べ物にならなず、俺は思わず天を仰いで呟いた。
生きてるって、素晴らしい……。
しかし、そんな余韻に浸る俺に対して、何やらヒステリックな声が響いた!
「わ、私の魔法が直撃したのに、なんで無事なのよっ!」
「は?」
そんなもん、体内の魔力を練って抵抗したからに決まってるだろうが。
それ専門で魔力を伸ばす魔法使いには及ばないものの、誰だって体内には大なり小なりの、魔力を宿しているのが当たり前だ。
それらをコントロールして、身体能力や魔法に対して抵抗力を上げるのは、冒険者として基礎の基礎だろう。
まぁ、片手で火球の魔法を防げるのは、A級でも上位クラスの俺レベルでないと無理だろうけどな!
さて……生き返ったのはいいが、纏っているのはボロい服だけで、武器も防具もないな。
うーん、仕方ない。奴等からもらうか。
そう判断した俺は、いまだ動揺している最前に立っていた戦士に狙いを定めると、一気に間合いを詰めた!
驚く戦士の右手を蹴りあげ、落とした剣を奪うと同時に、流れるようにそいつの腕を狙う!
剣を奪われた戦士は、俺の動きにろくな反応もできないまま、その利き腕が飛んだ!
「遅い」
つい感想を漏らした俺に、ヒリュコフともう一人の剣士が襲いかかってくる!
だが、そんな奴らの斬撃をあっさり弾くと、俺はもう一人の剣士の腹に、剣を突き立てた!
「弱い」
鎧ごと腹部を貫かれ、血を吐きながら崩れ落ちる剣士に、俺は再び感想を漏らした。
「このっ……化け物かっ!」
あっさりと仲間がやられ、激昂したヒリュコフが滅茶苦茶に剣を振り回しながら、襲いかかってくる!
俺はその攻撃を易々といなしながら、敵の魔法使い達の位置を確認した。
それと同時に、ヒリュコフの攻撃を大きく弾くと、俺は呪文を唱えていた魔法使い達に狙いを定める!
「油断しすぎだろ」
詠唱に集中していた魔法使い達は、ほとんど無防備な様子で突っ立っており、俺は一呼吸でその二人を斬り捨てると、残るヒリュコフへと剣先を向けた!
「な、なんなんだ、お前はぁ!」
さすがに、想定外の事態過ぎて、ヒリュコフも混乱しかけているようだ。
つーか、お前らの方がなんなんだよ……A級にしては、弱すぎるぞ?
ここは一発、先達としてビシッ!と決めてやろう!
「フッ……A級冒険者、「剣狼」のダルアスとは、俺の事よ!」
「知らねえよ、そんな奴!」
ええっ!?
こ、これでも、少しは有名人のつもりだったのに……ちょっとショック……。
何より、ドヤ顔で二つ名を告げたのに、知らんとか言われてしまって、おっさんは恥ずかしいっ!
「……んんっ!ま、まぁそのなんだ……これまでの行動を反省し、改心するって言うなら、同じ冒険者のよしみで見逃してやらんでもないぞ」
一応、そう忠告してやる。
何だかんだでA級は貴重な戦力だし、これで外道な真似をしなくなれば、世間の役には立つだろう。
今ならまだ、治療すれば助かるだろうしな。
「……わかった。今回の依頼は諦めて、今後は行動を慎むと約束するよ」
思ったよりもあっさりと、ヒリュコフは降参しながら剣を納め、軽く両手を挙げて見せた。
うむ、わかってくれたか。
「なら、仲間を連れて、早く身近な町へでも行くんだな」
「……そうさせてもらう」
そう言うと、ヒリュコフは倒された仲間の元へ向かう。
そして、俺もオルーシェの様子を見るために、奴に背を向けた。
その、次の瞬間!
倒された仲間の剣を拾ったヒリュコフが、背後から襲いかかってきた!
「死ぃ……」
「救えねぇな、お前ら」
ヒリュコフの剣先が俺に届く前に、すれ違いざまに走った俺の剣閃が、奴の首を飛ばす!
……まぁ、こういうパターンもあると思っていたがよ。
重い音を立てながら、ヒリュコフの首が床に落ち、胴体がゆっくりと倒れる。
冒険者の掟として、許すのは一度まで。
それで改心しないなら、あとは自らの命で償ってもらうしかあるまい。
……さて、こうなった以上、ヒリュコフの仲間達も助からないだろう。
ならば、せめて苦しまないようにトドメを刺してやるか。
◆
──やがて、他の仲間も含めた、死屍累々とした凄惨な絵面が広がった。
掃除が大変そうけれど、放って置けばいずれダンジョンに吸収されるだろう。
こんな奴等なら、こういう末路もありだろうからな。
「あ……」
奴等が全滅したためか、オルーシェを捕らえていた魔道具が力を失い、ハラリとほどけていった。
俺はそんな彼女に近づき、手を差しのべる。
「大丈夫だったか?」
「う、うん……」
手を取りながら、なぜかオルーシェは紅潮した顔で俺の顔を見つめていた。
なんだろう……無事に助かったから、興奮状態になっちゃったのかな?
「今の姿が……あなたの生前の姿なの?」
「ん?まぁな……」
「そう……年齢は?」
「三十五だが……」
「二十三も歳上か……」
なにやら考え込むように、オルーシェは顎に指をあてて「うーん……」と唸りだす。
なんだなんだ?
いままで下僕扱いして、俺の事なんざ気にもしてなかったくせに……?
訳もわからず彼女の反応を待っていると、時間が切れたのか俺は再びスケルトンの姿に戻ってしまった!
ぬあぁぁっ!
そんな頭を抱えて悶える俺を見て、オルーシェはクスクスと笑う。
「なんだよ……笑うと、年相応に可愛いじゃねぇか」
そう言うと、また顔を赤らめて俯いてしまった。
ははは、このくらいくるくる表情が変わる方が、愛嬌があっていいってもんだ。
思えば、あのクールっぷりも、緊張とか強がりから来るものだったのかもしれないな。
「ん、こほん……」
わざとらしく咳払いをひとつすると、真面目な表情になってオルーシェは俺に顔を向けて、頭を下げた。
「まずは……助けてくれて、ありがとう」
気にするな……と言いたい所だが、まだ言葉は続きそうなので、しばし待つとしよう。
「さっきの冒険者達が言っていたように、私はとある魔導機関で実験体として、拷問紛いの事をされてきた……」
自らの体を抱き締めるように押さえながら、オルーシェは話す。
その姿が痛々しくて、俺まで切なくなってくる気分だった。
「……いままで、私にとって大人という存在は、恐ろしい物でしかなかった……だから、あなたの事も絶対的な支配下におかなければ、安心できなかった」
そして「ごめんなさい」と、もう一度オルーシェは頭を下げた。
そうか……俺を下僕のように扱う心の裏には、そんな不安があったのか。
子供なのに、そんな不信感を募らせた生き方をしなきゃいけないとは、周りの大人はよほど酷い奴等しかいなかったんだな。
「でも、初めて大人の人に助けてもらえた……だから、あなたを信用したいって思ってる」
「子供がそんな言い方すんなっつーの!遠慮なく、大人を頼っていいんだからよ!」
オルーシェの頭をわしゃわしゃと撫でてやると、くすぐったそうな笑みを浮かべて、俺の手をとった。
「うん……あなたを頼りたい……パートナーとして」
「パートナー?」
「そう。あなたの事は、必ず生き返らせる。だから、このダンジョンを育成する私を守ってほしい」
「なるほどな……だが、それなら俺がダンジョンのマスターに返り咲いても、いいんじゃないのか?」
「それはダメ!」
俺の提案は、あっさりと切り捨てられる。
な、なんで……?
「だって、あなたはダンジョン育成が、致命的に下手だもの」
ぐっ!
ダンジョン・コアからも言われた事があるだけに、反論できねぇ!
「魔導機関から逃げ出して、偶然たどり着いたここは、私にとって最後の希望……絶対に私に手出しできなくなる、難攻不落のダンジョンを作り上げるためにも、私自身が納得のいく物を作りたいの」
そんな思いを口にされてしまっては、何も言えなくなってしまう。
まぁ、確かに素人の俺よりは、立派なダンジョンを作れるだろうしな。
何より、必ず生き返らせると確約してくれた以上、俺は護衛とサポートに回った方が、適材適所というもんだろう。
「……わかった。ダンジョンの方は、お前に一任するわ」
「うん。スゴいのを作ってみせる!」
やる気をみせるオルーシェだったが、そんな彼女にひとつ聞いておかねばならない事があった。
「ところで、俺はいつ頃生き返らせてもらえるんだ?」
「んん……ざっと、十年後」
ぶはっ!
俺は思わず、噴き出さしてしまった!
じゅ、十年!?
いや、一、二年くらいは覚悟してたが、まさかそんなに長くかかるのかよっ!?
「計画的にやっていけば、それくらいの年月が過ぎて、ようやくあなたを生き返らせるだけの、ダンジョンポイントに余裕ができるわ」
な、なるほど……。
納得すると共に、そこまで先を考えてダンジョン育成に取り込めるオルーシェに、大したものだと尊敬にも似た気持ちが芽生えた。
しかし……十年かぁ。
思わず、大きなため息が漏れる。
「悪い事ばかりじゃない」
「え?」
ポンポンと俺を軽く叩きながら、オルーシェは親指で自分を指し示す!
「十年後、私は二十二歳。生き返った時に三十五歳のあなたと、並んでも違和感はない!」
……そりゃ、お子様のオルーシェが、成長するのは当たり前だが、それのどこが俺への特典になるんだ?
子供の考える事はよくわからないが、なんか得意気な顔をしてるから、ここは話を合わせておいてやろうか。
「まぁ、そうだな……お前さんなら、スゴい美人になってそうだな」
「期待してくれていいよ」
自信満々にそんな事を言いながら、オルーシェは右手を差し出してきた。
「そんなわけで、これからも末長くよろしくね、相棒」
「……ああ、よろしくだ、相棒」
妙な展開にはなったものの、一応の生き返らせる目処は立ったから、良しとするしかないだろう。
キラキラと輝く瞳で俺を見上げる少女と握手を交わしながら、俺はとりあえずできる事をしよう……と若干、現実逃避じみた思考で乾いた笑いを漏らすのであった……。




