06 魔王の提案
「魔族を召喚したのが……人間?」
ティアルメルティの言葉に、俺は思わずレオパルト達の方へ顔を向ける!
「マジで!?」
「知らん!」
だよね!
慌てて首を振る彼等に、俺も納得した。
確かに、俺が死んでた間……百年ほど前に魔族が突然この世界に現れ、猛威を振るったとは聞いていた。
が、まさかそれが人為的にもたらされたなんて話、いきなり言われても信じられる訳がない。
「つーか、なんの目的があって人間が魔族を召喚なんかするんだよ!」
わざわざ世界を危機に陥れたがるとか、そんなやべー奴がいるはずもないだろうに!
「ふん、たしか人間どもの内戦か何かで、優れた戦力を欲したからよ!」
「…………」
うーん、それならありそう……。
追い詰められた馬鹿か、一気に戦況を決めようとした馬鹿が、たまたまやらかした可能性はあるな。
特に、変に能力のある奴は時々、斜め上の方向に突っ走る事があるし。
「だけど、召喚されたのなら魔族は召喚主に逆らえないはず」
オルーシェの疑問に、ティアルメルティはよくぞ聞いてくれたと笑みを浮かべた。
「余の膨大な力によって、魔族にかけられていた全ての縛りを解いてやったのだ!」
「ええっ!?」
珍しくオルーシェが、大きな声と驚愕の表情で椅子から半立ちになる!
って、それはそんなにすごい事なのか?
魔法にはさっぱりな俺や、召喚魔法にはあまり詳しくないレオパルト達もいまいち事のすごさがわからずにキョトンとしてしまう。
「……召喚魔法は、向こうからこちらに呼ぶ時に、この世界に身体を適合させる呪を組み込んで相手を縛る事ができる。言ってみれば、魚を陸上に適合させる代わりに、命令に服従させるような感じ」
「ほうほう」
考えてみれば別の世界から生き物を呼ぶんだから、色々な環境が合わないって事もあるかもしれんか。
「それを、ティアルメルティは自らの魔力を持って適合する事で、服従という縛りを解いたと言っている」
「マジかよ!それって、すげえ事なんじゃねぇのか?」
「めちゃくちゃ凄い。しかも、自分だけじゃなく魔族全体を縛りから解放したと言うのなら、その魔力総数は計り知れない……」
普段は冷静沈着なオルーシェが、ここまで焦るとは……ちんちくりんな嬢ちゃんにしか見えないティアルメルティが、なにやら恐ろしい怪物に見えてきたぜ。
「……それだけの魔力を持っているあなたが、このダンジョンを手に入れて何をするつもりなの」
はっ!
そういえば、魔族の悲願とやらのために、ダンジョンの所有権を渡せとか言ってたな。
そんな膨大な魔力を持ってるコイツらが、なんだってダンジョンなんかに拘るんだ?
「フフフ……元々は、このダンジョンを人間との戦争に利用するつもりだったが……教えてやろう。余達の悲願、それは……我等の世界へ帰還する事だ!」
「魔族の世界への……帰還!?」
「そんな事が……可能なの?」
驚いているのは、俺やオルーシェだけじゃない。
今まで話しを聞いていた、レオパルトとエマリエートまで、ティアルメルティの語るスケールのでかい話しに驚きを隠せないでいた。
「自我を持つほどのダンジョン・コアと、余の魔力が合わされば……可能だ。おそらく数年は魔力を溜め込まねばならんが、このダンジョンを方舟として、魔族全員が元の世界へ帰還できるだろう」
「おお……」
自信満々なティアルメルティに、レオパルト達も感嘆の声を漏らす。
もしかしたら、魔族がいなくなるかもしれないんだから、それと戦っていた奴等からしたらありがたい話だもんな。
『その方が、我々の王であるに相応しいという事が理解できたかな?』
すると映像の向こうから、四天王達が勝ち誇ったように声をかけてきた。
そりゃ、種族全体を救ったようなもんだし、自分達の世界へ導いてくれる存在ときたら認めるしかあるまい。
『我々の真の目的と戦力の違いを悟ったなら、このダンジョンを明け渡せ』
『早々に退去するなら、見逃してあげましょう』
『……(コクコク)』
四天王なんて呼ばれる連中からの、穏やかな退去勧告。
「うーん、魔族との戦争も終わるかもしれんなら、そういう選択も……なぁ?」
「そうだね……ここは、オルーシェの嬢ちゃんに前向きに検討してもらって……」
現在、魔族と争っている当事者である、レオパルトやエマリエートからも、そんな声が出始める。
だが……。
「悪いが、このダンジョンは明け渡せんな」
はっきりと断言した俺に、全員の目が集まった!
「おい、そりゃ……」
何か言いたげな意見を手で制して、俺は言葉を続ける。
「まぁ……俺が生き返るためっていうのはもちろんあるが、このダンジョンはオルーシェの身を守るための城でもあるんだよ」
「なんじゃと?」
「レオパルト達には前にチラッと話したが、オルーシェはディルタス王国の魔導機関から逃走してきた」
「そういえば、そんな事を言っていたな」
「アンタらが話さなかったから、詳しくは事情を聞かなかったけど……」
しかし、二人はそれがそんなに重要なのか?といった顔をしている。
まぁ、エマリエートの言う通り、詳しい事情は話してないからな。
「オルーシェは、ディルタス王国で非合法な人体実験の被験体にされていた被害者だ。そして、今も狙われ続けている」
「なん……だと……」
「女の子一人が、国を相手にするんだ……この拠点を失えば、どうなるかは明白だろう?」
「ううん……ぐむぅ……」
さすがに事情を聞いたレオパルト達も、難しい顔をして言葉を失ってしまう。
「ぬぅ……」
そして、なぜか魔族の連中に至っても、同じような反応を見せていた。
なんだ、案外お人好しか、こいつら。
しかし、こいつらが葛藤するのもわかる。
確かにダンジョンを明け渡せば魔族との戦争は終わるかもしれないが、行く手の無いオルーシェを保護すれば、今度は人間の国同士で戦争が始まるかもしれないんだからな。
だが、それを回避するならオルーシェを生け贄にしなきゃならない。
さすがに、見知った顔の十代の少女が実験動物みたいに扱われるのがわかっていて、それを無視したり引き渡したりはできないだろう。
「それに俺は今、ダンジョン付きのモンスターみたいなもんだし、ここを明け渡せばそっちに行かざるをえない。それじゃあ、オルーシェを守ってやれないんだよ」
「ダルアス……」
この場でただ一人、オルーシェの立場に立って擁護する俺に、彼女はキラキラした瞳を向けてくる。
うんうん、まるで頼れる父親を見るような目だぜ。
そんな彼女の頭を撫でながら、俺は安心させるように語りかけた。
「大丈夫だ、お前は俺が守る」
「……しゅきぃ……♥」
ん?
なんか、口元を押さえて呟いてたから何を言ったのか聞こえなかったけど、妙に潤んだ瞳をしてるな?
顔も真っ赤だし……風邪か?
「オルーシェよ、お主はなんの実験の被験体にされておったのだ?」
不意に、ティアルメルティがそんな質問を飛ばしてくる。
すると、一転していつもの表情に戻ったオルーシェが、そちらに顔を向けた。
あれ……風邪とかじゃなかったか。
「様々な突出した能力を持つ子供達を集め、その素養を分析して別人に発現させる実験……それによって、人知を越える超兵士を作り出す事を目的としていた」
「ほぅ……」
「その実験の名目は『勇者計画』。魔族に対抗できる『勇者』を、人為的に作るための計画」
「やはりか……」
心当たりがあるのか、ティアルメルティ達の目がギラリと光る。
「その計画については、俺達も聞いた事があるな。魔族への切り札となるかもと、期待されていたが……」
「ええ。だけど、こんな子供を実験体にしていたなんて……」
ディルタスとは別の国の重鎮として働いているというレオパルト達も、その計画自体は知っていたそうだ。
というか、人類存亡の危機を回避するためと、他国からも出資を募っていたのだとか。
「もっとも、計画の内容自体が不透明だし、万が一『人工勇者』が作れても魔族を倒した後を考えると、まともに協力する国は無いがな」
「魔族との戦争の後か……」
「ただでさえ、ディルタス王国は人間至上主義の風潮があるからね。魔族を一掃したら、次はドワーフやエルフだ……なんて事になりかねないわ」
確かに、そんな国が『人工勇者の軍団』みたいな物を持ったら、亜人排斥を名目に他国に戦争をふっかけそうだもんな……。
後から致命傷になる可能性が高いのに、協力するような国はないだろう。
「ふむ……改めてオルーシェよ、余はこのダンジョンの譲渡を希望するぞ」
話を聞いていたティアルメルティは、再びその提案を持ち出してきた。
「改めて……って事は、こっちの事情も考慮した上でって事だろうな?」
「もちろんよ!」
頷く魔王の姿に、俺とオルーシェは顔を見合わせてから話を促した。
「まず、余がこのダンジョンを治めた場合、全ての魔族をここへ集結させる。それにより、わざわざ乗り込んでくる者を除いて、魔族と人間との争いは終わるであろう」
ふむ、まずは戦争の終結という事だな。
「次に、ディルタス王国のよからぬ計画を企てておる連中の目を、このダンジョンに集中させる。そいつらが余達を狙ってくれば、ピンポイントで組織にダメージを与えられるからのぅ」
「なるほど、『勇者計画』の大義名分は魔族と戦う事だから、続行するためにはここを無視することはできないわな」
「そう!それに、ダンジョンという『地の利』、余達とお主らという『人の和』を持って、有利に戦いを進められるであろう」
ティアルメルティはそう説明して、これ以上はないだろうと言わんばかりに胸を張った。
……確かに、ディルタス王国の魔導機関……正確には、そこの『勇者計画』を潰せれば、オルーシェが狙われる可能性はほとんど無くなるだろう。
そうなれば、ダンジョンの譲渡だって不可能じゃない。
もちろん、俺を生き返らせてもらってからじゃないと困るが。
現に、オルーシェも口元に手をあてて、思案に耽っている。
実際、ティアルメルティの提案は、あらゆる問題を解決できそうな一手ではあるのは間違いない。
そんな前向きな考えを浮かべていた、その時!
不意に、横合いから俺達を殴り付けて来るように、声をかけてくる者達がいた。
──魔族……四天王!
『お言葉ですが、魔王様……ダンジョン・マスターはともかく、そこの骸骨兵やエルフとドワーフ等は、不要と思われます』
『左様……足を引っ張られては、迷惑ですからね』
あ?
おいおい、随分と舐めた事を言ってくれるじゃねぇか!
「誰が足手まといだ、コラ……」
「私達は、あんたらの所の五人衆とやりあって勝ってるんだがね」
『そうだな、我々の予備を倒したのは、まぁまぁ出来るといった所だろう』
『しかし、中途半端な腕自慢はかえって危険です』
「それじゃあ……試してみるかよ?」
舐められて火が着いた俺達は、画面向こうの四天王達に勝負を申し込む!
それを受けて、魔族の最高戦力達はニヤリと笑みを浮かべた。




